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002 その石は

 




 ♠





「おや、あなた方は昨日の…… 何か気に入っていただけた物でもありましたか?」


 店前で掃き掃除をしていた店主らしき(なり)の良い男に声を掛けると、昨日店内を見ていたのを覚えていたようで何かを買いに来たと思われた様だ。


「いや、今日はちょっと見て貰いたい物があって来たんだ」

「……見て貰いたい……モノ?」


 訝しむ顔を(あらわ)にして、俺をジロリと見てくる。その目は頭のてっぺんから足の爪先まで、相手を値踏みするかのようなものだった。そしてその目は後ろに立つシャイニーにも向かう。

 その目は俺とは違い、胸元から始まり腰や臀部を舐め回すように見た後、爪先まで進んだその視線は最後にフードに隠れた顔へと向かう。途端にそれまでニヤニヤしていた男の顔が歪むと、ハッキリと聞こえる程の舌打ちをした。その時点で上手く行かないであろう商談を想像しこのまま帰ろうかと思うのだが、今日中に稼ぎが無いと少々都合が悪い懐事情を思い出して踏みとどまる。もう一軒次第だが、ここでの提示額次第でこの町に見切りを付けるか考えなくてはいけない。

 これまでにも通り掛かった町や村にそれらしい店があれば換金目的で立ち寄っていたのだが、それよりは大きな街に近付いた事で多少条件の良い金額が出るかも知れない。そんな淡い期待と、のっけからのこの男の態度にそうは上手く行かない予感を胸に、案内されるがまま店内へとシャイニーと共に入る。



「それで?見て貰いたい物って?」


 店内奥にある商談用のテーブルに着いた3人。早速店主らしき男が早く出せと掌をクイクイとやるが、自己紹介も無いのか?この男は!と小さな溜め息を吐くと、荷物の中から小分けしておいた小さな袋を取り出してその中でも小さなものを摘まみ出し、別に用意した真っ白な布の上に置く。


「これなんだけど」

「……赤い石、か……」


 そう呟くと、黙って手に取り光に翳す。あ~、この(ひと)は駄目だ。たぶんこの石の価値は見抜けないだろう。


「……只の屑石ですな。これ一個では値は付けられません」


 ほら、やっぱり。俺は溜め息を吐いてコロンとぞんざいに転がされた石をそっと拾い上げると、それを掌の上で転がす。



「へえ。これが無価値……ねぇ。道理で碌な宝石が並んでない訳だ」

「なっ! お前、言って良い事と悪い事があるんだぞ! 分かってるのか!? って、何をしてるんだ?」


 男が顔を真っ赤にして怒り出したのを余所に、荷物の中から手作りの組立式枠と暗幕を取り出すと、それを箱状に組み立てる。


「あんたも宝石屋なら色の変わる石は知っているだろう」

「勿論……って、えっ! ま、まさか……いや、こんな小僧がそんな物を持っている筈が…… おい! 蝋燭か油灯を持って来い! 急げっ! ええいっ! 火種もだっ!」


 奥さんらしき女性から奪い取る様に燭台を受け取った男はテーブル上の白い布の上に置かれた石をふんだくると、その暗幕の中に首を突っ込んだ。暗幕の中から、おお~……とくぐもった声が聞こえてくる所を見ると、その変化を漸く目に出来たようだ。暫くの時間、それを堪能した男は暗幕から出た後もその石の色の変化を確かめ、ホウホウと唸っている。だが、いつまでもそれに付き合うつもりは無い。

 男が白い布の上に一旦石を置いたタイミングで、スッとその石を引っ込める。


「ちょっ! 何で仕舞うんだ!? 売りに来たんだろ?」

「……そのつもりだったんだけどな。こんな屑石には値が付かないんだろ? 余所を当たる事にする」


 立ち上がろうとした俺を男が慌てて制する。


「いや、待ってくれ!その石はレッド(・・・)ナイト(・・・)ブルー(・・・)なんだろ? なら話は別だ! それなりの値を付けるから売ってくれ!」

「……そう言われてもな。さっき店に入る前、俺のツレの体をじろじろ見てニヤけてた奴には売りたくは無いんだがな」


 慌てる男から視線を逸らし、シャイニーの方を見て同意を求める。すると先程燭台を持ってきた女性が男を睨み、アンタ!?と声を荒げている。



 俺が持ち込んだ石はレッドナイトブルーと呼ばれる、日中の光の中では赤く、太陽光の当たらない夜や暗い部屋の中では青く見える変色石である。世間では数の出回っていない貴重な石として、加工される前の小さな屑石でも、万単位の値を付けられるのが相場となっている。これが加工され指輪なりネックレスになると途端に桁が変わるのだから、商売人としてはその機会さえあれば何が何でも手に入れておきたい所だろう。



「とはいえ、ここまで来たのは喧嘩する為じゃないし、貴重な石を見せびらかしに来た訳でもない。それじゃあ、アンタの値踏みはいくらなのか聞かせて貰おうか」


 今、主導権はこちらに移った。攻めるには今だろう。

 と言っても元々普通にしていてもそこそこ良い値を付ける石なのだ、喧嘩腰になってしまったのはやはりこちらが子供の様な者だからであろう。少しは箔を付けねば今後も同じようなやり取りが発生するだろう事は想像に容易い。今度、纏まったお金が出来たら今のみすぼらしい格好をどうにかしないといけないなと思いつつ、再度出した石を今度は丁寧に扱う相手の男を見やる。


「……お聞きしても?これおひとつですか?」

「ああ。今日はこれだけのつもりだ。取り敢えず路銀を稼ぎながら大きな街まで出るつもりだからな。それこそその大きな街より良い値が付けられるのなら話は別だが……」

「……ふむ。この鑑定次第、という事で。分かりました。では……これで如何でしょう?」


 そう言って小さな紙切れを差し出す。そこには4万ワールの数字が。

 それを見て俺は落胆の色を見せた。


「先程、この町にあるもう一軒の店にもこの石を見せてきたんだけど、一発目でもっと良い数字を出してきたぞ? ハッキリ言って俺が街で想定している値段の半分以下だ。話にならない」


 そう言って椅子から立ち上がろうとするのを男が慌てて止める。ライバル店に大きく負けるのは矜持が許さない。そう、この店は今日2軒目である。最初から相手を見下す傾向のあるこの男は駄目だとは思っていたが、それが鑑定にも表れている。


「ま、待ってください。5万5千……いや、6万で如何ですか?」

「……やはり先程の店に行く事になりそうかな。今しがたあちらの店が一発目でもっと良い数字をと言っただろ? 今言った値がそれだ。そしてそこからもっと良い数字も貰っている。そもそもその数字は前に立ち寄った小さな町の個人店で出たもっと小さな石の値だ」



 小刻みに出してくる数字に、いい加減うんざりしてきたので嫌味の一つも言って立ち上がろうとしたところを、今度はそれを見ていた先程の女性が声を掛けてきた。


「ちょっと私にも見せて貰っても良いかい? アタシは妻のシービスってんだけど」


「あ、俺はトゥルース。こっちはシャイニー。ええ、どうぞ」


 思わずそう答えてしまったが、そもそも自己紹介から入ってくるような常識人であれば、この男よりかは話になりそうだ。シービスが暗幕の中で色を確かめた後、拡大鏡を使って状態を見ると、白い布の上に丁寧に置くとこちらへ戻す仕種をした。ん?どういう事だ?と首を傾げていると、シービスは溜め息を吐いて男の頭を叩いた。


「アンタ、本職だろうにこの石の価値も分からないのかい? 色合いといい、大きさといい、恐らく王都へ行けば15万は下らないよ! それを5万だ6万だとみみっちい事言ってんじゃないよ!! 地方という事を勘案しても10万前後は出さないと逆に悪い噂が立つよ!? 此処は出し惜しむ店だってね。もしそんな噂が立ったら持ち込みが無くなって今度は余所から高く仕入れなくちゃいけなくなるって事が分かんないのかね!」


「だがよ、そんな高いもん、何年も凍らせちまうじゃねぇか。売れなければ良い物だって宝の持ち腐れってもんじゃねぇか。なら安く売る為にも仕入れで厳しくしないと……」


「だから馬鹿って言ってんだよ! トゥルースさん。この石はウチでは高級すぎて売れる見込みが無いからひっこめてくれないかい? 代わりにもっと小さな屑石があればそれを分けて貰いたいんだけど。それとシャイニーさん。先程は亭主が失礼を働いたそうで済まなかったね」


 そう言いつつ頭を下げるシービスに、シャイニーは慌てて気にしていない旨を告げ、頭を上げさせる。成る程、この町ではまだこの大きさの石では売り難いのか。勉強させて貰った。出していた石を引っ込めると、代わりに更に小さな石を数粒出してシービスの方に差し出す。




「……やっぱり持ってたかい、トゥルースさん。まだ経験が浅そうだから忠告しておくよ。そう易々と相手の要求に応えるものじゃないよ。特にこんな高額商品は、ね。これはシャイニーさんへの侘び代わりだよ。ここからの値段交渉はあくまで対等に、ね」


 そう言って微笑むシービスは何と言うか……男前だなと思う、女なのに。思わず教えてくれたお礼に少し安く出しても良いかもと思う反面、つい今しがた対等にと言われたばかりだと思い至って苦笑が漏れる。そうこうする内に、小さな屑石を数粒、地方だという事を勘案して納得の7万ワールに落ち着く。


「どうするんだい? この屑石をもう一軒にも見積もって貰いに行くかい? こちらとしては今提示している値段が精いっぱいだから、それを上回られると手を引く事になるんだけど」


 シービスに言われ、シャイニーと顔を見合わせる。確かに競合させた方が値は上がる可能性はあるが、今出して貰っている数字はどちらも納得の金額であり、これを上回る数字を無理して出そうとすればその店の旨味を削ってしまい、下手をすると店が立ち行かなくなってしまう事になると俺でも想像できる。それ程頑張ってくれた数字だ。俺はシャイニーに向かって頷くと、シービスの方を向く。


「いや。これも何かの縁だし、大事な事を教えて貰えたから、これで手を打ちます」

「そうかい? それは有難いね。シャイニーさん、どうせ亭主がアンタの顔についても何か失礼を重ねてるんだろ? 後できつく叱ってビシバシ働いて貰うからね。アンタの無念はアタシが晴らしておくよ!」


 亭主に蹴りを入れつつ、そうシャイニーに向かってニカッとするシービス。彼女の顔について何も言わないし……やはり男前だと思う。



「この後はどうするんだい? やっぱり王都の方へ移動かい?」

「ええ。昼を食べたらこの町を出ようと思います」


 シービスに聞かれ、即答する。路銀が出来たのだから無駄銭は使いたくないので、より高く売れそうな王都へ少しでも進むべきだ。


「そうかい。くれぐれも気を付けて行くんだよ。半日もあれば次の町に着くさね。女の子が野宿だなんて危なっかしいったらありゃしないからね」

「えっ!? 俺の心配はないの!?」

「当たり前さね。ま、せいぜい夜盗に襲われない様に気を付けるこったね」

「うっわ! この差は酷くね?」



 かっはっはっはっは!と皆で大笑いした後、良い商談が出来たとシービスに礼を言って俺とシャイニーは店を後にするのだった。





 ♠






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『近所に勇者が引っ越してきたようです(仮)』
~2017.12.28 完結しました。

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