1008 gkbrな稽古の見学
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「なぁ、真実。何か昨日よりやつれてないか?」
師範が朝イチの時間帯にやって来た俺の顔を覗き込んで、首を傾げる。
「昨日、あれから三人に買い物に付き合わされて...ずっと引っ張り回された挙げ句、帰りに連行されてミサさんの運転で送って貰ったんです」
「...それは...何と言うか...生きてて良かったな。ドンマイ?」
パシパシと軽めに背中を叩いてきたが、どうやら師範には分かって貰えたようだ。俺がミサからの申し出を断ろうとした理由。それは...ミサの運転技術の練度が原因だ。
ミサは兎に角運動系が苦手で、この道場での稽古も普通の人で週一の頻度なら半年程度もあれば覚わるところを、週に二度通って習得するのに二年間もの期間を要したのだ。では免許はと言うと、一緒に入った同級たちが次々と卒業していく中、最後まで掛かったそうで、追い金もかなり必要だったらしい。途中で自動車学校の職員から、卒業を諦めた方が良いと本気で説得され掛けたそうだが、持ち前の諦めの悪さ(?)で半年以上掛けて卒業していた。
クルマは母親が乗っていたコンパクトカーをお下がりとして譲ってもらったが、昨日乗せて貰った時は以前見掛けた時より大きめの傷が気付いただけでも二ヵ所は増えていた。そして運転は...
何もなく(?)無事に帰れたのが文字通り奇跡だと言って良いだろう。
「信号が青になったら急加速。前のクルマに追い付いたら直前で急ブレーキ。で、少し離れたらまた急加速の繰返しになってました。交差点でハンドル回してもタイヤが鳴って曲がってかないし...以前は自転車よりゆっくりだったのに、慣れたからですかね?それにあのクルマ、どっか壊れてませんかね。ブレーキ踏む度に足元から何か振動が伝わってきてたんですけど...そう言ったら、もう車屋に見てもらって異常無しと言われたって...」
「...よくそれで人を轢き殺さずにいられるな。ってか、女の人って普段からそんなに強くブレーキを踏めるのか?いや、それはまさかうちでの稽古の影響か?不味いなぁ...」
一人ぶつぶつと呟く師範に声を掛けると、ハッとした後に教えてくれる。
「ブレーキ中に細かい振動が伝わってくるのは、故障でなければABSが作動しているんだろう。ABSってのは、例えば自転車でブレーキを強く握るとタイヤがロックして転びそうになるだろ?それにそういう時って止まる距離も長くなるだろ?タイヤが滑ると曲がれないし止まれる距離が長くなるから、クルマの方でタイヤがロックしないようにしてるんだよ。そうか~、指導方法を間違えたかなぁ。技が身に付かない分、少しでも筋力を付けて補わないとって詳しく説明せずにやらせてたからなぁ。中々技が身に付いていかない分、長い間筋力を付けさせてしまったから余分な贅肉が取れて筋力が付いてしまったのかなぁ、たぶん。ちょっとやり過ぎちゃったかなぁ。バレたらヤバイよなぁ、やっぱり」
何やら難しい事を言いながら、また自分の世界にトリップしているみたいだけど、さっきから師範!師範!?と呼んでるのに気付いて貰えない。ヤバい、一旦帰った方が良いかな?
「し~は~ん~?ちょっと良いですか~?話を詳しく聞きたいんですけど~?」
「へ?ひ、ひぃぃぃぃっ!!ミサ君!!」
「今の話って~、まさか私の事じゃないでしょうね~。どうなのぉ~?」
「い、いや、その、何と言うか、な、話をしようか。ここは落ち着いて話を」
「このところ、いくらダイエットをしても体重が減らない上に、足や腕の感触が硬くなってきたような気がしていたんだけど...し~は~ん~?何かご存知のようですね~?」
「ひぃぃぃぃ!!」
般若がいました今夜はお通夜のようですご愁傷さまでした。
「ミサさん、おはよう。今日は早いね。昨日来てたから今日は来ないかと思ってたんだけど」
ミサはいつも土曜か日曜のどちらかに道場に来て、もう一方はジムに通ってスタイル維持に気を使っていた...のだが、想定していた運動量が倍になっていれば、それは維持にとどまる筈がない。しかもジムでは目的別に効率的な指導をしてくれるコーチ付き、道場では意図せず筋力を付けさせようとマンツーマンで有酸素運動になるよう指導する師範。どちらか一方と食事コントロールでミサの目的は達成出来ていたのである。完全に運動量過多であった。最近、運動後の食事が美味しい訳であろる。
「おはよ~、真実君。昨日は途中で稽古が終わっちゃったから、少し物足りなかったのよ。それに昨日の二人が来るかも知れないし。あの二人は学校で毎日会えるだろうけど、私は週末に一度か二度だけだから。圧倒的に私が不利なんだからっ」
うん?確かにあの二人が来るなら週末だろうな。だから週末に通っているミサは二人に会いたくて誘ったんだろ?それで何故不利になるんだ?既に三年間も習っているミサの方が有利に決まってるじゃないか。ああ、二人の方が歳的に早くから習えるから、吸収が早いって言いたいのか。
「まあ、三年も前から俺と一緒に習ってるんだし、そんなに簡単には追い付けないと思うよ?(ま、中々腕の上がってかないミサ姉じゃあ、二年後くらいには後から来た小中学生にも追い付かれてそうだけど)」
「そうかしら~。あの子たちの方が断然有利だと思うのだけど...(だって真実君と学校で会って話せる機会がある分、道場でしか会えない私よりずっと仲良くなりそうだし...)」
「ん?」「ん~?」
どこか噛み合わず、何かがちぐはぐな二人だった。
「そうだ、真実。兄貴から連絡があったぞ。取り敢えず、現場や周辺にそれらしい人物は認められなかったらしい...んだけどな」
「ん?だけど?何か問題でもあったの?」
「いや、な。その特徴から、このところ相談が多く寄せられている連中じゃないかって。実際に被害届が出されている案件もあるそうだ。殆どが弱そうな中学生以下を捕まえて集っているらしいんだが、一部は怪我を負わせられているんだと。中には女生徒が拉致されそうになった事例もあったらしい。それで次絡まれたら躊躇なく110番してくれ、出来れば怪我をさせずに生け捕りにしてくれ、だと。ウチの若いのを何だと思っているんだ、全く!」
何とか話題を切り替える事に成功した師範。最後はぼやきになってたが、一応この可愛い教え子を危険に遭わしたくないらしい。可愛いって誰が?
それにしても、そういう事だったら、昨日は捕まえる絶好のチャンスだったのか...
「真実。お前、自分が捕まえようだなんて思うなよ?喧嘩禁止ってのは未だ有効だからな」
「うぐっ!わ、分かってるれよ!そのくらい」
「...しようと思っただろ」
うげっ!何で分かったんだ!?まるでエスピーヌみたいだな。性格は全く違うけど。
「ったく!当たりか。お前は顔に出やすいんだよ!今も何で分かったんだ?って思っただろ。兎に角、お前はまだ腕が未熟なんだ、自ら関わろうとするなよ?」
「ううっ!わ、分かりましたよっ!!分かりました!もうしませんって!」
確かに喧嘩は止められていたけどさ、あれは仕方なかったんだよ!一度は立ち去ろうかと思ったんだよ!名前を呼ばれて仕方なくだったんだよ!
それに...あのまま見捨てられなかったんだよ。
「本当に分かっているんだろうな。あまり図に乗っていると、足を掬われて大怪我するぞ?今回は相手が素人同然だったんだろうから対処出来たに過ぎないからな?そこんとこ間違えるなよ?」
「ううっ!分かってますよ!本当に気を付けますから!」
この師範、こうなると延々とループするんだよな。相手を本当に心配して言ってるってのは分かるんだけど、今は奥さんがいないから止める人がいない。いや、今のミサなら止められる!さっきの勢いを...いや、さっきの怒りを再憤すれば俺は助かる...のだが、肝心なミサの視線は、こちらではなく入り口の方に向かっていた。うわぁ...助け船が無いよ。俺、昼まで魂抜けずにいられるかな?
って、あれ?ミサの視線の先には...
「あ、あの~、こんにちは。昨日はありがとうございました。今日は稽古を少し見学させて欲しいんですけど、良いですか?」
昨日も見た、同級生たちの姿が。
「お?ああ、昨日の真実の女友達か。ああ、良いぞ?見ていってくれ。丁度これから真実の稽古を始めるところだ。ミサ君はどうする?参加するか?」
「ええ。勿論よ?何の為にこの時間に来たと思っているのかしら~?」
ミサの怒りを霧散させる良い切っ掛けになったと師範が思うと同時に、真実もまた、永遠に続く恐れのあった師範のお小言から脱出する切っ掛けになったと内心で喜んだ。
「あの~。道着?みたいなのに着替えないんですか?」
智下が尤もな質問を稽古前のストレッチを始めようとしていた三人に問い掛けると、その隣の黒生もコクコクと頷く。この二人って、仲が良いのかな?昨日は偶然会ったって言ってたけど。確か学校ではそれぞれ一人だったと思ったんだけど...
「ああ、そうだよ。実際に襲われる時に道着なんて着てないだろ?普段と同じ服装、着慣れた服で稽古をしないと意味がない。まあ、初めの頃は転ぶ事も多いし普段の服が破れ易い物なら、動きやすいトレーニングウェアでも良いよ」
「へぇ。じゃあ、あたしが昨日着ていたようなフリフリの服は?」
「そうだな。普段着ているなら稽古でも着てもらう事になる。けど、それは基本的な動きを覚えてからで良いよ。それより先ずは、恐怖心からくる体の硬直を克服する事からだね。それが出来なければ、撃退どころか逃げる事すら叶わないから、ね」
それを聞いた二人が、昨日の出来事を思い出したのか、ああそうか...と大きく頷く。昨日は二人が逃げ出し易いように俺が男たちを引き付けたんだけど、足がすくんだのか二人とも逃げなかったんだよな。おかげで男たちを三人とも倒す羽目になった。恨みを買ってなければ良いけど、無理だろうなぁ。今日の帰りは道を変えた方が良いかなぁ。
「先ずは襲われないように気を付ける事。襲われそうになったら直ぐに逃げ出す事。そして逃げ出す事が出来ない時に初めて撃退する事を考える。勿論、どんな時でも隙があれば逃げ出す事を優先する事が大事だよ」
「...それはどうしてなんです?」
「それはね、何か想定外な事が起きると人ってその場に佇む事の方が多いでしょ?もし相手が喧嘩慣れしてたら?もし相手が凶器を持っていたら?もし相手が人を殺す事を目的としていたら?。じゃあ先ずは逃げる事を考えないと。逃げられるように慣れておかないと。それに、どう考えても自分よりも弱そうな相手に負けると頭にくるでしょ?それも襲おうとした相手にだなんて。そうなると今度は人数を増やして仕返しに来る馬鹿者が現れる。そんな気も起きないくらいの圧倒的な力の差があれば良いけど、真実くらいの中途半端な腕では仕返しに来られるのが落ちだよ」
だから!何で俺を引き合いに出すんだよ!自分に力が無い事くらい分かっているよ!まあ、身近な例を示す方が分かり易いってのはわかるんだけどさ。
「ああ、昨日は逃げずにそのまま捕まえちゃえば良いのにって思ったんだけど、そういう事なのね。でも大丈夫なの?その理屈だと今度は飛弾が狙われない?」
「そうだな。一人目を倒した時点でみんな逃げていれば、ああシマッタで済んだかも知れないが、三人とも倒したからな。まあ、警官の巡回も密にしてくれるそうだから、暫くは何もしてこれないだろうと思うけどな」
でも、用心はしろよ?と師範は俺をひと睨みした後、見学の二人を壁際に退避させて稽古を始める。
うひぃっ!流石は師範。俺には容赦なく殺意を向けて襲い掛かってくる。ここに非番の警官でもいれば、すぐさま取り押さえに介入してくるだろう。その迫力に圧されながらも何とか回避する。あの三人のように倒そうだなんて頭に過る隙もない。
でも、この迫力に慣れてしまえば、いざという時に体が硬直する事なく動く事が出来るのだ。だからこそ、師範は本気で俺を殺す気で向かってくる...んだけど、おいおい!これマジで殺されそうだぞ!?振り下ろされる拳が硬く握られ空を切る...いや、空を斬る音がビュッと聞こえてくる。死ぬ。これ、当たったらマジで死ぬよっ!!
命からがら逃げ切った俺の次はミサの番だ...が、打って変わって師範の様子が変わった。
「「ひっ!ひぃぃぃ!!」」
その豹変振りに、見学組から声にならない悲鳴が上がる。
「けっ、け、け、警察に電話っ!警察って何番だっけ!って、そんなの待ってる場合じゃない!飛弾!早く助けてあげてっ!ミサさんが危ないっ!」
取り乱して叫ぶ智下。そしてそんな智下にしがみつき、ブルブル震える黒生。だけど俺はそれを静観する。
今の師範は痴漢を通り越してサカリのついた獣そのものだった。そんな涎を垂らした師範がミサに襲い掛かる。チラリと見学組二人を見ると、黒生は完全に動く事は出来ないとわかるが、智下も遠からずそうであるようだ。う~ん、あの時逃げる事が出来そうと思ったのは間違いか。
てか、女子中学生をここまで怯えさせるって、本当に師範って犯罪者じゃないんだよな?
「落ち着けよ、彩乃も光輝も。これはさっき言っていた、もしもの時に動けるようにする訓練なんだよ。ほら。ミサさん、ちゃんと動けてるでしょ?流石にあの師範の表情は引くけど、あれに慣れておけば町で男に襲われそうになっても逃げる事くらいは出来るだろ?」
「「...ぁ」」
二人はやっとそれに気付いてくれたようだ。このまま放置していたら、その内本当に警察か人を呼ぶかも知れなかったな。それにしても...
「ぐへへへへ~。姉ちゃん、ええチチしとるやん。なあ、今からオレとホテル行こうや~。ホテルで気持ちええ事一杯しようや~。な、な。ぐへへへへ~」
「ひっ!きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「...ああやって悲鳴を上げれば、周囲の人に気付いて貰えるんだ。そうすれば相手も怯むだろうし、助かる確率も高くなる」
「ゲヘヘ。なあ姉ちゃん、嫌よ嫌よも好きの内だって言うし...ホテルが嫌ならそこの公園でもええんやで?」
「い、嫌あああぁぁぁぁぁぁ!!真実君~!!助けてぇぇぇぇぇ!!」
「...こうして人を指名するのも有効だよ、昨日みたいに、ね」
「ああ、それで助けてくれたんだ。でも、ちょっとこれって...」
誰が見ても変質者そのものな師範から本気で逃げ惑うミサ。これ、本当に演技だよな。なんかマジで本気に見えるんだけど。あの手つきなんて本気でミサの胸を掴もうとしてるようにしか見えないんだけど!
それにしてもミサ、今日はよく動けてるな。たまに稽古を覗き見に行くと、全然動けていない時があるんだよな。あんなにムラがあると、いざという時にちゃんと動けるのか心配になる。知り合いが泣くところなんて見たくないからな。それにしても今日の師範、いつにも増して迫力があるんだけど...ミサの表情に余裕が無くなってきたような...。
なんて事を考えながら見ていると、突如裏口のドアが音を立てて開く。
すると、次の瞬間には師範が宙を舞っていた。
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書き溜めが底を尽きてますので、次話投稿は少し先になるかも...
既に投稿した分の見直しも中途半端になってますので暫くお待ちください




