1007 HPゼロになりましたアリガトウゴザイマシタ
♤
「...なんかグッタリしてない?飛弾」
「...俺のHPゲージは残り1だよ。これ以上何かあったらHPが0だよ、智下」
「あ~、納得。ミサさん、ちょっとやり過ぎだと思うよ?飛弾が風前の灯よ?」
「あはははは~。そうね、ちょっと羽目を外しちゃったかも。ゴメンね~、真実君」
「はぁ。もう良いよ。これ以上何もなければ」
「ふふ。もう今日は満足したから大丈夫よ?でもちょっと歩き疲れちゃったから、休憩しましょうか~」
「あ。じゃあ、あたしたちが何か奢りますよ。ミサさんにはお昼も奢って貰っちゃったし。ね、黒生」
智下の申し出にコクコクと頷く黒生。良いのか?二人とも小遣い少ないんだろ?それなのに服買った上に下着店の袋まで抱えてるじゃん。結構お金使っただろうに。
「んなら、俺が奢るよ。今日は一銭も使ってないし」
「それは駄目。あたしたち、飛弾にまだお礼が出来てないんだし。お茶くらいは奢らせて。女の子に奢って貰えるなんて、そうそうないわよ?」
「で、でも...」
「ふふふ。優しいな~真実君は。二人の懐事情が気になるんでしょ。なら一階のフードコートにあるジェラートなんてどう?あれなら安いし、きれいだし、美味しいし~」
「あ、それ良い!外はまだ暑そうだから丁度良いかもっ!それにあそこ、シングルでも2色選べるからお得なんだよねっ!」
ミサの提案に智下が激しく反応し同意する。横を見れば黒生も顔を輝かせてコクコクと頷いている所を見ると、異論はないようだ。仕方ないかと俺もそれに同意し、皆で移動した。
「はぁぁぁぁぁ...美味し~い。ジェラート最っ高~♪」
「いや~ん、幸せ~。この為に歩き回ったって言っても良いくら~い♪」
「...♪」
相変わらず黒生は口数が極端に少ないけど、午前中と比べればかなり表情が豊かになった。人見知りが激しいって智下が言ってたけど、それにしては喋らなさすぎだろとは思う。それでもこの半日で随分と慣れたのかも知れない。修学旅行で行動を共にする立場としては良い事だと思う。シャクシャク、美味いなこれ。
「そう言えばさ、話が途中になっちゃったけど...あの道場って何の道場なの?」
「ん?そう言えば言ってなかったか。あそこはな、護身術の道場だよ。以前は合気道だったんだけどね」
「師範って~、あれで合気道も柔道も空手も合気道も出来る、何でも屋なんだよ~?」
俺の説明にミサが補足してくるが...言い方ぁ!!
「ミサさん、人の事を便利屋か何かと一緒のように言わないでやって!それと合気道を二度言ってるよ」
「ぷぷっ!何か凄そうなのに可愛く思えてきたよ、あのチョンマゲオッサン」
「...www」
あ~、何か二人ともツボに嵌まったみたい。黒生ですらクスクスと笑ってる。
「くぷぷっ!ええっと、それで今の奥さんにそのジュードーとカラテとアイキドーを教えたの?」
「いや、それじゃあ基本を覚えるだけでも大変だからって、先ずは相手から逃げる術を自分なりに考えだして教えたのが始まりだって。それまで合気道を習ってた生徒さんもそっちの方が目的に合っててとっつきやすいからって、合気道を止めて護身術の道場にしちゃったらしい。で、そこに俺が入門したんだ」
「ああ、小学生の時だっけ?そんな時から、またどうして?」
先程の奥さんの話で俺が小学生から通っている事を思い出したんだな、と溶けかけのジェラートを頬張り、話を続ける。
「それ以前から学校で虐められててな。親や先生は全く役に立たないし、自分の身は自分で守らないと!って思ってた時に道場の看板を付け替えているのを見てだったな。小5の時だったよ」
「へぇ~。今の飛弾からは想像...出来るね、何故か」
「...ひっでぇ。これでも悩んでるんだぞ?」
と言いつつ、本当はそんなに気にしてはいない。なので少々おどけながらだ。智下もそれは感じ取ってくれたようだ。
「ああ、ごめんごめん。で、親に言ってお金出して貰って?」
「いんや、親になんて言えないよ。昼は家にいないし、夜だって俺が寝てから帰って来るくらいだから...」
あまり家庭の事情は言いたくないけど、隠せば隠すほど人は聞きたがる事を習ったから仕方なく打ち明ける。サラッと。誤魔化す技術なんて俺にはまだ無いし。
「はぁ、それで小遣いで...それは大変ね」
「ま、飯代も貰ってたから、やりくりしながら何とかね」
「でね~、それまで小中学生がいなかったから、月謝をどうするって話になってね~。最初は一般の半額の5000円にしようかって話になりそうだったんだけど、それだと真実君が払えないって。で、その時の生徒たちや先輩が間に入って真実君が無理なく払える今の金額になったんだよ~?」
「えっ!?ミサさん、それ本当!?安すぎる今の値段って飛弾のせいなの!?」
「...ミサさ~ん。それも言わないでって言っておいたのに~」
うっわ~、恥っずい!月謝が払えないからって値引き交渉したって思われたんじゃないか?実際は金額聞いてそんなに払えないってボソリと言っただけだったんだけど。そんな事、恥ずかし過ぎるから口止めしておいたのにっ!どうやらミサは俺との約束なんて結構軽いものの様だ。智下と黒生はそんな事ないと信じたい。マジで。
「う~ん...この際だから聞いちゃうけど、虐めの原因は?言いたくなければ答えなくて良いのよ?あたしも前、虐めと言うかからかわれた事あるから」
「あ~、最初の切っ掛けは名前だったな。俺の下の名前ってマミって読めるだろ?小学生の頭じゃ、そうしか読めなかったってのもあってマミちゃんって女の子扱いされたのが始まりだよ」
「え、それだけ?そんなんで中学まで虐められないでしょ?いくら何でも」
ああ、小学生なんてくだらない理由であだ名付けるけど、あまりにも下らない理由だと直ぐに飽きられて学年が変わる頃には忘れられるんだよな。でも俺の場合は...
「ああ。また別の理由があってね。ちょっと特殊な夢を見るんだけど、それをみんなに言ってみたら気持ち悪がられてね。すぐ話すのを止めれば良かったんだけど、毎日のように見るから得意気に毎日話してたら、そのうちそれが原因で虐めになっちゃってね」
「...夢?夢なんてみんな見るでしょ。普通の人は大半は忘れちゃうみたいだけど」
「やっぱりみんなはそうなんだよね。でもさ、俺の場合はやたらリアルなんだよ。毎日夢の中で生活しているみたいに。で、そんな話をすればみんな気持ち悪いって、ね。今では智樹だけが面白がって聞いてくる程度だよ」
言おうかどうか迷ったけど、どうせこの話は同級生の間では有名だろうから今更だ。隠す事はしない。寧ろ間違った噂を耳にする方がどう伝わるか分からない分、怖いと言える。
「リアルな...夢。見るんだ、飛弾は」
ん?何だ?この話をすると、殆どの人は面白がってどんな夢か聞いてくるか、気持ち悪がって遠ざかるかだけど、智下はそのどちらでもなく、何か考えだした。気が付けば黒生も首を傾げながら何か考え事をしているっぽい。既にどこかで間違った俺の噂話を聞いていて、話の違いを疑問に思っているんだろうか。
「どうしたんだ?智下も黒生も。どっかで違った話でも聞いたか?」
「...え?あ、いや。何でもない。それはそうと、あたしの名前、出来れば苗字はあまり叫ばないで欲しいんだけど。あたしも昔、苗字でからかわれた事あるんだ。黒生は下の名前で、ね。ある意味、黒生の名前ってキラキラネームだし...って言っても、黒生って苗字でもからかわれた事があったわね。う~ん」
ハッとした智下が顔を上げて答えると、名前の呼び方に注文を付けてきたけど...ええっ!?それはちょっとハードル高くないか?苗字じゃない呼び方って言ったら...
「なあ、智下さんよ」
「何だい、飛弾さんよ」
「苗字じゃない呼び方って、下の名前を呼ぶしかのうなるんだけんどが、それで良いかのう?」
「まあ、そうなるのう。あたしは気にしないのでそれで呼んでくれると助かるのう」
「...そう、か。むぅ。しかしのう、それは中々難しい話じゃぞい」
「そう難しく考えないでくれると良いのじゃがのう」
「そうか...のう、綾乃さんよう。これで良いじゃろうか」
「...むう、仕方ないのじゃが...これはこれで恥ずかしいのう」
恥ずかしさのあまり、寸劇で誤魔化しながら呼んでみるが、やはりハードルとしてはかなりきついな。顔が熱いので残っていたジェラートを一気に口に放り込む。どうにか苗字のままか、あだ名にしたいものだ。というか、智下もよくこの寸劇に合わせてくれたな。もしかして智下もこの呼び方はこそばゆいのかな?って、この寸劇を見ていたミサも黒生もクスクスと笑ってるんですけど?
「ふふふ。良いんじゃない?下の名前で呼んで貰えば。私も真実君に下の名前で呼んで貰ってるし。ね、光輝ちゃんも気にせず下の名前で呼んで貰いなさいよ。いずれ苗字は変わっちゃうけど、下の名前は一生付き合っていくんだから、気にしてたらつまらないわよ?ね?」
「えっ!?ちょっ!ミサさん!この上、更に黒生まで下の名前で呼べって?嫌だって言うのを無理やりは俺はやりたくないんだけどっ!それにミサさんは最初は違う呼び方だったしっ!!」
「あら。良いじゃない、呼んであげれば。少なくとも真実君は光輝ちゃんに嫌われては無いと思うし。良いと思うわよ?ね?」
ミサってば、またハードルをグングンと上げてきたな。また俺で遊んでるんじゃないだろうな。勘弁して欲しい。
「ほら。真実君、呼んであげなさい。ね?ね?」
「うぐっ!嫌なら嫌って言えよ?...光輝、さん」
「!!!////呼び捨てで良い」
は!?ちょっ!何?首を引っ込めるように小さくなって顔を真っ赤にした黒生が俺に向かって細い声でボソリと言ってきた。そして、手にしていた溶けかけのジェラートをシャクシャクと口いっぱいに頬張って、熱くなった顔を冷やす。何だか、リスみたいだ。
すると智下までもが何を血迷ったのか、やはり残りのジェラートを一気食いした後、俺に要求を告げてくる。
「飛弾!あ、あたしも呼び捨てで!小さい頃からそう呼んでいたって事にすれば自然だからっ!!寧ろ、さん付けの方が恥ずかしいかもっ!ねっ!そうしよ!決まり!ね!」
「は!?ちょっ!何その無理やりな設定はっ!そんなのすぐバレるって!周り、地元の人間ばかりなんだぞ!?」
「い、良いじゃない!何ならあんたも真実さんって呼んであげようか?どう?」
「ひえっ!いや、それは絶対やめて!」
「じゃあ、呼び捨てで決まりっ!ね、光輝もそれで良いよね!」
折角ジェラートで顔を冷やしたのに、また顔を真っ赤にさせて智下が黒生に同意を求めると、やはり顔を赤くした黒生もコクコクと頷く。勢いで智下も黒生の事を下の名前で呼んだな。仕方ない、諦めて呼び捨てで良いか。その方が恥ずかしくないってのもあながち間違ってないのかも知れないしな。
「あらあら。ちょっと炊き付け過ぎたかしら。ライバルが増えちゃったみたいね~」
苦笑を漏らすミサだけど、ライバルって何の事だろうか。
「ねえ、さっきミサさんの事、呼び方が違ったって言ってたけど、どう呼んでたの?」
「...言わなきゃ駄目?」
「聞きたいな~、ま・さ・の・り・さんっ!」
「ぐわぁ~!!それはやめてくれっ!こ、この卑怯者めっ!!」
「...ウチも聞きたい」
「ええっ!き、光輝までっ!?」
「あ、光輝だけ名前呼んだっ!ずるいっ!」
「は?何だ?綾乃も呼んで欲しかったんか!?」
「っっ!!何でも良いから早く教えなさいよっ!」
「くっ!くそう...ミ、ミサ姉だよっ!普通だろ?小学生が高校生を呼ぶんだからさっ!!」
ゼイゼイと息を切らしながら答えると、漸く気が済んだのか大人しくなる智下。
何気に黒生が聞こえる程の声量で智下に援護してきたのは誤算だった、意表を突かれて二人の名前を呼んでしまったじゃないか!ミサも呼び捨てが良かったな~とかブツブツ言ってるけど、それは無理だからっ!!
が、今度は智下が矛先をミサに変えた様だ。
「呼び方が変わったのってミサさんの指示?」
「あら、よく分かったわね。そうよ~?」
「...ミサ姉のままじゃ駄目だったの?」
「駄目って事は無いけど、そう呼んで欲しかったからね~」
「...ミサさん、彼氏は?」
「ん~?いないわよ?」
「...さっき見せて貰った稽古の後に気付いていたんだけど、もしかしてミサさんって、飛弾の事...」
「ふふふ。それ以上はダ~メ。私の方が圧倒的に不利なんだから。6つも違うんだから、ね~?さてと。じゃ~、そろそろ帰ろうか。みんなバス?良ければ私がクルマで送るわよ?ここから家まで歩いて10分くらいなんだけど。」
ビクゥ!!
「えっ?良いの?お願いしようかしら。バス代もバカにならないし。ね、光輝」
コクリと首を縦に振る黒生。だけど俺は...
「俺は遠慮するから。歩いて帰るよ」
「何を遠慮してるの~?真実君。良いじゃない、乗っていけば。」
「そうよ?ここからじゃ歩いてだと30分じゃ帰れないでしょ?」
「いや、いつも歩いて帰ってるから。これもトレーニングの一環だから!」
「...何か変ね。必死と言うか...あっ!そうか!恥ずかしいのね?あたしたちと同じクルマに乗るのが。そんなの気にしなければ良いのに」
「いや、そういう訳ではっ!」
黒生もこちらを見て目をパチパチとしばたたかせてアピールしてくるけど、何としてでも回避したく必死に抵抗する俺...
「ま~さ~の~り~く~ん?あなたにはまだ荷物持ちの仕事が残ってるわよ~?それに、か弱い女の子三人が歩いて帰るっていうのに放っておく気?もし私たちが襲われたらどうするつもりなの~?」
ひぃぃぃぃ!!もう逃げられない~!!
♤




