1000 いつも通りの夜
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「……よし。宿題終了、と」
空欄をびっしりと埋めたプリントを前に、グッと背を伸ばす。時計を見れば8時をとうに過ぎ、8時半になろうとしていた。
「うっわ、ヤバいな。仕方ない。今夜はレトルトにするか。ご飯はまだ沢山あった筈だから……」
よし、ドンカレー(中辛)にしよう。確かとろけるチーズもあったし冷凍のハンバーグもあったから、今夜は豪華チーズハンバーグカレーだ。うん、想像しただけで美味そうだ。
そう決めると俺は階段を下りてキッチンへと行こうとして足を止めた。
「あ~、この時間だと先に風呂を用意しておいた方が良いな。忘れたらシャワーで済ませる事になるし、母さんからまた文句を言われそうだしな」
そう決めると早速風呂の栓を抜いて残り湯が抜けていくのを見ながらスポンジで湯船を拭っていく。少しくらい濡れたって平気な時期なので、早さ優先だ。抜けきる前に拭い終わったので、シャワーで汚れを流していく。節水もできるし時間の節約にもなる俺の必殺技だ。中二病には罹ってはないと思う。もう中三なんだから、そう信じたい。
ま、それ以前に痛い事を学校で言い触らしてしまっていたから、今更なんだけどな。
手早く風呂掃除を済ませると、栓をして蓋を閉める。湯張りは晩飯を作る途中で良いだろう。あまり早いと湯が冷めてガスが勿体無い。
……何だか俺、主婦みたいな事言ってるな。碌に料理もできないくせに。
さて、メシメシ。
キッチンに行き、レトルトカレーを鍋……じゃなく時間短縮に卵焼きを焼く四角いフライパンを使って茹でながら、別のフライパンで冷凍ハンバーグを焼いていく。冷凍ハンバーグはレンジでチンでも良いんだけど、やっぱり少量の油をひいて焼いた方が美味いんだよな、気のせいかもしれないけど。おっと、ぼちぼち風呂の湯張りをしておいても良いかな? もうすぐパウチが茹で終わるから食べている内に湯張りが終わるだろう。ジャストタイミングを狙うのだ!
よし、茹で上がりの時間だ。ハンバーグも良い感じに焼けたところ。って、ああっ!! ご飯を温めるのワスレテタ!!
急いでご飯を盛ってレンジに投入! その間に冷蔵庫からチーズとカット済みキャベツ、プチトマトを取り出してサラダを作り、準備万端だ。
チ~ン
「……ご馳走さまでした」
やっぱりカレーにチーズは正義だなっ! それにちょっとだけ焦げ目を付けたハンバーグは相性バッチリだ。納豆を投入するという話を聞いた事があるが、俺はそんな邪道な道に手は染めず、正攻法でいくのだ!
手早く食器を洗うと着替えを取りに部屋へ戻り、風呂へ突入する。
時間はまだ9時になる前。少しくらいはゆっくりと湯に浸かれそうだな。ま、長湯なんてしないのだけど。
「あ゛あ゛~」
風呂に浸かると声が出た。親父臭いだなんて言わせないぞ?だって自然に口に出るんだから。ま、家に誰もいないからこそ、油断しているんだけど。
俺の両親は二人とも家に殆どいない。父さんは単身赴任で、年に数度しか帰って来ない。母さんは俺が寝てから帰り、俺が学校へ行ってから起きてくるから、丸一日……いや、丸一週間顔を会わさない事も普通だ。休みも不定期だから、週末に家族で……と言う事もほぼ無いに等しい。あったとしても晩飯を作るのが面倒だからと外食に行く程度。休みの日は確り寝たいからと、起きるのは昼を過ぎてからなので、昼飯はそれぞれ各々で作って食べるのがこの家のスタイルとなっている。基本、ほったらかしだ。
こんな感じなので、冷蔵庫の中の管理は俺が担っている。小遣い兼食費と言う名目で毎日お金を1000円づつ貰って(専用の箱に入れられて)いるけど、親が冷蔵庫に補充するのはアルコール類とつまみだけなので、俺の食費と言うよりは二人の食費になってしまって圧倒的に足りない。冷蔵庫が空っぽだと文句を言われるのだ。辛うじて米は買って来て貰っているので、今のところ何とかやりくり出来ているけど、小遣いを捻出するのに四苦八苦している。
以前、夕食を共にした時にそれを訴えたけど、でも何とかなってるんでしょ?小遣いが欲しければ、もっとやりくりして見せなさい。料理でも覚えればもっと食費が浮かせられるわよ?と。ったく、俺を何にしたいんだよ。
こんな親なので、俺は両親が一体何の仕事をしているのかも知らない。
俺を料理人にでもしたいのか? って事は料理人なのか?とも思ったけど、特に道具に凝ってる訳でもなく、珠に作る料理の味付けだって特に美味い訳でもない。既製品で十分だ。
全く、本当にうちの親はよく分からない。
長湯し過ぎた。
俺の入浴シーンなんて需要無いだろ。あっても……ええっと、何て言ったっけ? ああ、あれだ。ショタ。ショタコン。まあ、そんな特殊な人がこんなところを見てる筈もないし。
さて、さっさと寝るか。中学三年としては早過ぎかも知れないけど、このくらいの時間には寝ておかないと、何があるか分からない。
以前、夜更かししてみようと起きていたら、いつも寝る時間を少し過ぎた頃にスイッチが切れたようにその場に倒れ込んで寝てしまった。
帰ってきた母さんが焦ったみたいだけど、クースカ寝ているようにしか見えない。病院に連れていこうか迷いつつ様子を見る事にしたみたいだったけど、翌日には俺は母さんが寝ている内に普通に学校に行ったので、次の母さんが休みの日にしこたま怒られた。
まぁ、今の時期くらいだったら良かったんだけど、真冬に暖房の効いてない廊下で何も羽織らずにぶっ倒れていれば当然か。トイレから部屋に戻る途中だったんだよな。トイレに行く前じゃなくて良かったよ。いや、良くないよ。下手したら家の中で低体温症でヤバかったんだよ。
殆ど何もない部屋に戻って明日の時間割りを確認すると、さっさと布団に潜り込む。録に小遣いが残らないから、漫画やラノベ?なんかを買うにも躊躇してしまい、結局買ったためしがない。ケータイやスマホなんて持たせて貰える筈もない。どうせそのお金もやりくりして見せろって言うんだろうし。ま、持たせて貰ったところで、掛ける相手なんていないしな。ああ、そう言えばクラスに一人だけ俺の話を聞いてくれる奴がいるな。でも、学校で話せば良いから、態々電話なんて掛けてこないだろう。他にも知り合いはいるけど、歳が離れているからやはり電話なんて掛けてこないに決まってる。持て持てとは言われていたけど、でもそれも社交辞令だろうし。
そんな使われるかどうかも怪しい物に毎月お金を吸い取られていたら、今でも買うのがやっとな服が買えなくなってしまう。全く、シーズン始めに服代をくれるとは言え、少な過ぎるんだよ。足りない分を何で食費から払わなくちゃいけないんだよ。益々小遣いの取り分がなくなるじゃないか。
親には小遣いから出すからと言って許して貰ったあそこに通う為の月謝分は確保しないといけないし。
あ、そろそろかな?
俺には秘密にしていない秘密がある。その事を小学校の時に言い触らしていたら、それが原因で虐められるようになった。ガキンチョだったからそうなる事も分からず得意気に話してたら気味悪がられて……
フンッ! 良いよ、お陰で友達付き合いで余分なお金を使わずに済んでるし。うん、強がりだよ。でも仕方ないじゃないか。やっちまた事はもう無かった事には出来ないんだから。
そんな事を布団の中で考えている内に、徐々に微睡の中に吸い込まれていく。どうやら今夜もいつも通りの様だ。
俺は薄れ行く意識の中で溜め息を吐く。明日の朝も気持ちよく目覚める事は出来なさそうだ、と……
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