014 溺れる二人
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全く停滞してしまった俺の思考。
これはアルコールのせいか、アガペーネの甘い言葉のせいか、はたまたその両方か...。 左腕に絡み付く柔らかな感触が何とも艶かしく気持ち良いのだが、一体何だろう?と目線だけをそちらに向けてみる。
「ア、アガペーネ...さん?」
そう、腕に絡み付いていたのはいつの間にか椅子をこちらに寄せて来ていたアガペーネだった。えっ?ちょっ!む、胸が当たってる!しかし、顔が、体が、熱くなって思ったように動かないし、それ以上何も考えが及ばない。ふわふわとするばかりだ。
が、それにいち早く反応した者が。
「ら、らめぇ!るぅくんはぁ、ウチとぉいっしょにぃねるんらからぁ!」
アガペーネとは反対の右腕にしがみついてきたのはシャイニー。一緒に寝る?うん、シャイニーはいつも一緒だ。そう言えばつい先程、耳元でアガペーネが今晩は一緒に...とか囁いてきていたような気がしたけど...どういう意味なんだろう?
右腕に絡んでいるシャイニーの方を見ると、顔が真っ赤で目が据わり頬を膨らませてアガペーネの方を睨んで唸り声を出している。こんなシャイニーは初めてだな、と思うも、何故こんな事になっているのか全く理解出来ていない。
右腕に毎晩くっついてくる発展途上の控えめな少女の胸と細い腕、左腕には暴力的にバインバインな大人な女性の胸とふくよかな腕...。 ああ、どちらも温かくて柔らかい。それ以外は...それ以上は考えられない。俺を挟んで睨み合っている二人を見ながら未だ働かない頭で考えようとする。俺はどうしたら良いんだ?
「あ~、会長がやらかしちゃってる。大丈夫かい?トゥルース君」
「おや、シャイニーちゃんまで。お酒に飲まれちゃったのかい?」
その事態に漸く気付いたエスピーヌとサフランが止めに入って来た。助かった...のか?
二人を引き剥がそうとするものの、二人とも離れまいと腕に力を入れる。何故こうなった!?エスピーヌとサフランが無理やり二人を引き剥がし、それぞれの席に着かせた。
「悪かったね、トゥルース君。どうも会長は若い男に目が無くてね... 隙あらば部屋に誘い込んでしまうんだよ」
部屋に誘い込んでしまう?部屋でおしゃべりでもするの?そうは言っても、もう俺は直ぐにでも寝たくなってきたんだけど...。 それとも一緒に寝るだけ?俺が首を捻っていると、理解していないと判断したエスピーヌが耳元でこそっと教えてくれる。
「...部屋に連れ込んで食っちゃうんだよ。勿論、食す方じゃなくて性的な意味で」
それを聞いて暫くその意味を反芻する。食っちゃう?性的な意味?...性的な?え?
漸くその意味を理解すると、途端にそれまでただでさえ熱くなっていた頭が沸騰寸前にまで沸き上がってしまい、赤い顔を更に真っ赤に染めた。
「あ~、こりゃいかん。三人とも少し頭を冷まさないと。あぁ、君、ちょっと。次はデザートだよね?何か冷たくてスッキリするものをお願いできるかな?酔いが過ぎたようだ」
近くの給仕に声を掛けるエスピーヌ。確かに何かスッキリするものが欲しい。病気で熱にうなされているような感じで、いつぶっ倒れてもおかしくない状態だ。
じきに出された柑橘系の程よく冷えた飲み物をクビっと一口飲むと、酸味が口いっぱいに広がった後、頭が軽くなり幾分か気分が戻ってくる。それはシャイニーも同じだったのか、ふぃ~っと吐息が聞こえてきた。
「どうだい?少しは酔いが醒めたんじゃないかい?酔った時は果物、特に柑橘類を口にすると良いから覚えておくと良い。食事は後は飲み物だけだけど、どうする?ここで休憩がてら飲んで行っても良いし、これでお開きにして部屋で休んでも良いよ?」
「う゛~、そうですね...ちょっと今は動きたくないかも。少しここで休んでから部屋に行きたいんだけど...ニーはどう?」
エスピーヌの問いに、背もたれに体を預けながら答えつつ、シャイニーは大丈夫かと目を向ける。その位を考える事は出来るくらいに思考が戻ってきたが、これは油断するとここででも眠ってしまいそうだ。
「......ウチはぁ、るぅくんといっしょならぁ、ろっちれもい~よぉ?」
あ~、これは俺よりずっと不味そうだ。ここで寝られちゃうと皆にも迷惑を掛けそうだ。俺は飲みかけのフルーツジュースを飲み干すと、エスピーヌに返事を返す。
「済みません、やっぱり部屋に戻ります。思った以上に酔いが酷いみたいだし...」
「...そうだね、そうした方が良さそうだ。部屋まで私たちも送ろう。明日の朝は少し遅めに迎えに来た方が良さそうだね。私たちが来るまではここで寛いでいて欲しいけど、それで良いかな?」
エスピーヌがシャイニーの様子を確認すると、俺の意見に同意してくる。あ~、大した量を飲んだ訳じゃないと思うのに、こんなに酔うとは。お酒を飲むのはまだ早かったな~、と反省しつつ、エスピーヌの問い掛けにそれで良いと同意すると、フラフラとしながらも立ち上がる。うん、まだ辛うじて歩けそうだが、やはり覚束ないのでテーブルに手を付く。
それを見たシャイニーが座ったまま俺の腕に絡みつく。
「や!いっちゃや!るぅくん、いかにゃいで!」
眼がトロンとしている所を見ると、まだ酔っていて思考が覚束ないようだ。俺がこのまま何処かへ行ってしまわないかと心配しているのか、目を潤ませ、口はわなわなと震わせて、今にも泣きだしそうだ。そんなシャイニーに俺は何とか微笑んで見せて、大丈夫、一緒に行くんだよ、と声を掛けると途端にホッとした表情へと変わる。
ころころと変わる彼女の表情に、実は先程から俺の心臓は脈を速くして爆発寸前だ。これもアルコールのせいなのか?よく分からない。その後、シャイニーはサフランに支えられながらも俺にしがみついたまま席を離れ、部屋へと移動する。勿論、俺はエスピーヌに支えられながらだ。情けないが、初めてのアルコールに完敗だ。
部屋のある二階へ上がる際、アガペーネは大丈夫なのかとエスピーヌに聞くと、いつもの事で不貞腐れて一人でワインを空けた後、別の飲み屋で飲み直すのが定番だから気にするな、と言われた。
「明日、移動の際に説明するよ。あれもたぶん呪いの一つだと思うね」
...また出た、呪いと言う言葉。が、ちょっと今は何を聞いても理解できないと思う。うん、明日聞く事にしよう。案内された部屋に入ると、サフランはシャイニーをベットに腰掛けさせて荷物を手渡している。着替え、一人で出来るかな?
「私たちが部屋を出たら、必ず戸締りを。いくら治安の良い宿と言っても、鍵は必要だからね。何かあれば宿の者に声を掛けてね。でも...本当に二人とも同じ部屋で良かったのかい?」
「ええ。シャイニー、別々に部屋を取ろうとすると嫌がるんで...。 どうしてだかは分からないけど...」
「...シャイニーちゃんを守る立場だって事を忘れちゃ駄目だからね?万一明日の朝、シャイニーちゃんが泣いてたら只では置かないよ?」
ここまで二人で旅を続けてきたのだ、心配しなくても良いのだろうとは思っても酒が入ってまともな思考が出来ない男女が同じ部屋に...間違いがないか心配するなと言う方が間違っているのだろう。
俺の答えに釘を刺したサフランはエスピーヌと共に部屋を出て行った。
さて、着替えてさっさと寝よう。そう思いつつ、シャツのボタンを開けながら部屋の中へ入ると...。
「あれ?ニー?もう着替えたの?」
ドレスが彼女の荷物の上に脱ぎ捨てられ、ベッドのシーツの中でもぞもぞしていると思えば、ニョッと首を出す彼女。
「にぃくん、はやくぅ...いっしょにねるのぉ」
とろんとした目でおねだりしてくるシャイニーに、俺は思わずウッと唸ってしまう。今夜の彼女は化粧がされていて、いつもと雰囲気が違うのだ。その甘い声に一瞬くらっとするが、これもアルコールのせいなのか?ついさっき、サフランが釘を刺していなかったら、俺は歯止めが効かなかったかもしれない。未だスッキリとしきらない頭を振って俺は荷物から寝衣を取り出し、サッと着替えると彼女の待つベッドへと潜り込んだ。
すると、待ってましたとばかりにシーツの中で俺の胸の中に飛び込んで来るシャイニー。途端にすうっと寝息が聞こえてきた。相変わらず寝入るのが早いな、と感心する。
...あれ?何かいつもと違うような?
何故かくっつくシャイニーがいつもより柔らかく、温かく、近くに感じるような...。
いつものように彼女に抱き付かれた状態で体を動かせない俺は、辛うじて自由な腕を動かし彼女の肩に手を当ててみる。
あれ?これって...まさか素肌!?...えっ!?もしかしてシャイニー、ドレスだけでなく下着まで脱いじゃって寝着を着てないの!?ちょっ!不味くないかこれ!?抜け出そうにもガッチリとしがみ付かれて動けない!
そっとシーツの中に目をやると、彼女の頭の奥に素肌の肩と背中が見える。やっぱり何も着けていない!!は、裸だよ、この娘!!まさか下まで!?い、いや、それは今確認しちゃ駄目だ!マジで不味い!自分をコントロールしきれなくなる!
ああっ!どうしたら良いんだ!?アルコールが残っているせいか、何も思いつかないっ!!
ああ...掴んだ肩が、温かくて...すべすべして...柔らかくて...気持ち良くって......
だが、混乱する俺の思考はいつしか微睡の中へと落ちていくのだった。
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*お酒は20歳から!