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011 石の対価は









「何か良い話でもあるのかい?エスピーヌ。珍しく予定より早く帰って来たと思ったら、商談に顔を出せだなんて...って、おおっ!何て可愛いお坊ちゃんなんだい!?(美味しそう...)」

「会長...お坊ちゃんは失礼だよ?先々月に成人したそうだから」


 最後に彼女が何を言ったのか声が小さくて聞こえなかったが、商談用の小部屋に現れた女性がエスピーヌに問い掛けた後、こちらに気付いてほんの僅かに訝しむような表情を曝したその女性。それはほんの僅かなものでエスピーヌでさえ気付かないものだったが、それを俺は敏感に感じ取っていた。

まあ、分からないでもない。成人した(15歳になった)ばかりの洟垂(はなた)れ小僧が、買ったばかりの真っ新(まっさら)なお安くない服を着て座っているのだから。しかもその者がエスピーヌが連れてきた、自分が呼ばれるだけの商談をしようとしていると言うのだから。

佇まいを正したその女性がこちらを向いて笑顔で優雅に挨拶をしてくる。


「これは失礼した。私はこのザール商会の商会長、アガペーネ・サグレムと申す。よろしく。因みに商会の名前のザールと言うのは私の旧姓から採った物でね。良い名だろう」

「あ、俺...私はトゥルース・バレットです。よろしくお願いします」


 そう俺が返すと、アガペーネの目がクワッと見開き、エスピーヌの方を見やる。名を聞いただけでピンと来たようだ。エスピーヌはそれに頷いて答える。



「ああ、いつも通りの言葉使いで構わないよ?成る程、では本日は変色石の買取りにお越し頂いたという事で間違いないかな?」

「ええ。この王都を目指して旅をしていた途中で、エスピーヌさんに出会いまして。石を細々と売って路銀を稼いでいたので、助かりました。」

「トゥルース君に出会えたのは運が良かったよ。早速商談をしようとしたんだけど、手持ちの資金では碌に買い取れないと見て途中の支店で買い取ろうと思ったら、これがまた中々の質と量で...。 支店で少し分けて貰ったのだけど、これはもう、本店で一括して買い取る事が商会にもトゥルース君にも良いと判断して、無理を言って同行して貰ったという訳だね」


 エスピーヌが事の次第を補足説明すると、アガペーネが納得したと頷く。


「ふむ。良い判断だ、エスピーヌ。我がザール商会以外だと、運用資金の関係で全てを買い取る事が出来なかったり、買い叩いたりするだろうからね。まあ、お化けサイズの石でも持ち込まれちゃ困難になるだろうけど、大概の物なら買い取る事が出来るから安心すると良い、トゥルース君」

「...は、はぁ。ええっと...お願いします?」



 何故疑問形になってしまったのか自分でもよく分からないが、取り敢えずエスピーヌが言っていたように悪いようにはされないらしい。少しホッと息を吐いて荷物から白い布と袋を二つ出す。白い机だから色を際立たせるための白い布は必要ないかとも思ったが、机に直接石をバラ撒いて傷を増やすのが躊躇われたので敷いた。


「全部出しますか?それとも大きい方だけ?」

「ふむ、そうだね。先に大きい方を見せて貰っても良いかな?」


 窓の外をチラリと見たアガペーネにそう言われ、大きい石の入った袋から石をひとつ(・・・)取り出して並べる。机の向こうからホウ...と感嘆の溜め息が聞こえてくるが、遠慮なく石を並べていく。時間が随分経っていたようで、外からの光が直射日光ではなくなり薄暗くなりかけていたので、色合いの確認は手早く済ませたいところだ。

既に燭台に火が入っている。時間が掛かるようなら明日に持ち越しも考えなくてはいけない。これ以上暗くなってくると石の色が日中に見られる赤色でなく、夜の青色でしか見られなくなる。



「...トゥルース君。大きい石はこれだけ?もしかしてもっと良い石も隠し持ってたりしないかい?」


 そう聞かれ、俺は驚きの顔を曝してしまった。聞いてきたアガペーネの隣にいたエスピーヌも、その指摘には驚いたようだ。ここに並べられた石もそれなりに大きめの石が混じっている。削って磨いても充分迫力があるだろう。勿論品質も様々ではあるが、悪くは無い筈だ。

それなのに更に良い石を持っているのか!?とエスピーヌが戦慄の眼を向けてくる。


「ん?何を驚いているんだい?エスピーヌ。その位は当然だろう。いきなり上質な石を見せたところで相手が悪いと足元を見られて叩かれるのが落ち。それに目の肥えた上客にまだ良い物がありますよ、と後出しされた方が財布の紐が緩み易い。それを見越しているんじゃないかな?若いのによく分かっているね、トゥルース君は」


 その答えに舌を巻いたのはエスピーヌだけでなく、俺もだった。そもそも別に分けておいたのは石に目が眩んだ良くない業者対策のつもりだったのだ。だがアガペーネは更にその効果を教えてくれた。こっそりと見ていた家での売買の際も徐々に大きな石を後から出していて、それを参考にしたのもあるのだが。

更に荷物の中から色の違う袋を取り出すと、中からひとつ摘まみ出した。


「...トゥルース君、時間が惜しい。出来ればすべてを見せてくれないかい?」


 アガペーネに言われて観念した俺は袋から更にふたつ、大きな石と色合いの良い石を取り出して並べた。虎の子の石、三つだ。アガペーネは薄らと微笑んで頷くと、その三つの石を手に取って窓際のまだ明るい場所に移動し、石を摘まんで外の明かりに翳した。

ひとつひとつ順に、念入りに見ていくアガペーネは見終った石をエスピーヌに手渡す。エスピーヌもそれに倣って石を光に翳して確認していく。


「ふむ。それぞれの石が特徴のある色を醸し出しているね。どれも上質で透き通るような赤だ。さて、じゃあ、夜の色を確認するとしようか。幸いカーテンで遮光すれば燭台の火で見られそうだね。」


 アガペーネはそう言うと、窓の両脇のカーテンに手を伸ばしシャッと閉めると、途端に部屋の中は燭台の光で幻想的な空間へと変貌する。いつもの暗幕の出番は無さそうだ。そしてその部屋と同じく、並べられていた石たちの色も変貌を遂げていた。


 机の上に並べられている全ての石が燭台の光に照らされて怪しげな青い色を発していた。勿論、手品でも何でもなく、この石の特徴だ。何故火の光で青く色を変えるのかはよく分からないが、この世界には現在、三大変色石と呼ばれる鉱石が知られている。その内の一つであるレッドナイトブルーがこの石の通称だ。正確な石の名称は学者先生たちが勝手に付けているが、その名で呼ばれるのは学者先生界隈だけであるので無視しても良い。そもそもその通称は現象を端的に表したものなので、その言葉の意味を考えては負けだ。直訳すれば赤い夜の青である。意味が分からない。

そんな事を思いながら、俺は椅子の背もたれに体を預ける。その間にも机の向こう側に座り直した二人は石をひとつひとつ手に取って確認していった。




「...ふぅ。流石に肩が凝った。中々の品質の物が多いな。特に後で出した三つが際立っている。月光にも(かざ)してみたいものだ」

「ああ、月光だと更に透き通った輝きを放つと言う?確かに。店の商品をホイホイと持ち出す訳にもいかないから、まだそれを目にした事は無いなぁ」


 アガペーネの言葉にエスピーヌが頷く。

驚いた。そんな事も知っているのか...って、売り物があるのだから知っていても当然か、と思い直す。


「他の屑石も一緒に買い取らせて貰えるのかい?」

「ええ、構いませんけど...少しは残しておきたいかな?何かあった時の保険として」


 そう言って残りの袋から屑石をどしゃっと広げる。



「ふむ。取っておきたい石は引っ込めて貰えるかな?残った石で計算しよう」


 アガペーネに言われ、気軽に売り易そうな小さ目の石と一つまみの屑石を分けて袋に入れる。するとアガペーネは紙にサラサラと数字を書き込んでいく。既に机の上の石は大きさ、色合い、透明度等で数段階に分けられていた。その内容を見て俺は感心する。石に慣れた俺の目から見ても、その選別は的確であったからだ。この人の鑑定眼は本物だ。だからこそ商会をここまで大きく出来たのであろう。途中エスピーヌの意見を聞くものの、ほぼ迷いなく値を付けていくアガペーネ。

最後にもう一度、二人で問題ないと値段を確認し合うと、その合計金額を別の小さな紙にサラッと書き出すと、それを俺の方へと差し出した。


「こちらとしてはこの値段で分けて頂きたいが、どうかね?」




 ...え?



 思わず俺は桁を指で追って数える。

...せ、せ、せんさんびゃくはちじゅうまん?



 数え間違いではないかと、もう二度数え直した後、並べられた石を見、指で数えてみる。

俺の事前の鑑定では今まで小出しして売っていた石も含めて、全部合わせてもせいぜい800万、どう頑張っても1000万は越えないと見ていた。いや、昨日エスピーヌに国内での新しい石の流通が20年くらい止まっていて値上がり傾向であり、今後もその傾向は止まらないだろうと教えて貰っている。

にしても、だ。昨日の180万を合わせると1500万を越える。しかもそれまで売ってきた屑石や残しておく石を除いての数字だ。信じられない...もしかして単位がウォルじゃないんじゃ?と記号を見るが、どう見ても知っているウォルのマークだ。

俺が信じられない!と二人の方を見やると、二人とも本当だ、と言わんばかりに強く頷き返してきた。


「ん?少なかったか?これでも目一杯頑張っているんだが...う~ん、そうだな...トゥルース君の着ている服はウチの商品だね?ざっと見て15万くらい...その分をオマケでは少ないか...え?お連れさんがサフランとまだ服を選んでいる?もう30万をお支払い頂いている?むう、そうか...服代をオマケしようかと思ったけど、お支払い頂いているのなら、それはスマートじゃないね。ん~どうしようか。金額上乗せでいくか...」


 アガペーネがエスピーヌに耳打ちされながら思案しているのを、俺は慌てて止めた。



「ちょ、ちょっと待ってください!少ないなんてとんでもない!寧ろ多すぎて驚いている位です!」

「ん?そうなのか?でも一度口にした事だから覆すのも店の名に傷が付く。何か欲しい物は無いかな?」


 アガペーネがそう聞いてくる。何か悪い事しちゃったけど、これ何か希望を言わないと解決しなさそうだ。う~ん、と考えてみる。これからも旅は続けるつもりでいる。となれば衣・食・住ではなく移動手段ってところで考えてみよう。衣は此処(王都)に来るまでも必要なだけ買い足しているし、商談用の服もこうして購入した。この街に暫く居るのであればこの町に合った服を買い足しても良いが、ここで石の大多数を売ってしまえば、また村まで仕入れに村まで帰る必要があるので、直ぐに旅発つつもりだ。なら食、食料か?とも思ったが、たった二人での旅で大量の食糧を購入する必要は無いだろう。持ち運びも大変だし。

...となると、移動手段という事になるか。う~ん、前々から考えてはいたけど、もう?いやでも当初の予想から考えれば500万以上は余分に貰うから、買えなくは無いし早いか遅いかの話になる。それに移動が楽になるし...

ここはちょっと相談に乗って貰うようにしよう。



「あの...無理なら良いんですけど、相談しても良いですか?」










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『近所に勇者が引っ越してきたようです(仮)』
~2017.12.28 完結しました。

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