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008 ああ、お約束ですね









「トゥルース君は銀行の口座を持っているのかい?」



俺たちは無事に朝を迎えて、今は馬車で南西にある王都を目指している。

エスピーヌが問い掛けて来るので、隣席に座る俺は首を横に振った。


「今までその必要が無かったし、村にも銀行が無かったので作ってないです」


そもそも預けるだけのお金を今まで持った事すらないので、昨日ちょっとした大金を手に入れてどうも落ち着かない。そうか。銀行を使えば良いんだ。


「本店での商談が纏まれば持ち歩くには不便だろうから、直ぐにでも作った方が良いだろう。本店の直ぐ傍に銀行がある。そこならバレット村の近くにも支店があった筈だ、確認して口座を作ると良いと思うよ」


「そうします。今でも気が気じゃないんで...」


 俺が返答すると、エスピーヌはまあ普通の人ならそうだろうね、と苦笑する。寧ろこんな商売をするなら口座は事前に用意しておくべきだろう。そう、村を出た俺は真っ先に最寄りの銀行で口座を作るべきだったのだ。でも、そうすればエスピーヌたちに会わずこうして王都に向かわない可能性もあったし、あの日にシャイニーに会えなかった可能性もあった。



 俺は、なしくずしで付いてきたシャイニーとの旅を、心の何処かでそうなって良かったと思っている。元々村の中では皆から距離を置かれて一人きりの事が大半であったが、それでも全くの一人ではなく村の中を歩けば見知った者の姿を必ず見る事は出来たのだ。しかし、村を追い出されて山を下りていく道中は全くの一人きりであった。最初の1時間は清々した。新しい世界が俺を待っている!と心を弾ませたのだが、それが2時間経過する頃には心細くなった。もしかしたら世界はあの村だけで、他には人がいないんじゃないか?と不安でいっぱいになった。そして3時間経過した頃、漸く最初の村が見えた。しかし、そこにあったのは、俺を不審者のように見る目、目、目。

いや、今思えばそうじゃない。俺がその村人たちをそう見ていたのだ。村人たちは俺がした訝しむ目を、そのまま返してきていただけなのだ。


 そんな中で出会った彼女(シャイニー)。何故、彼女がそんな俺に付いてきたのかは分からないが、俺はその時、彼女ではなく彼女を罵倒しながら蹴飛ばすように放り出す孤児院の者たちに目を向けていたと思う。ああ、この村でも俺のいた村と大して変わらないんだな、と。そして彼女と目が合い......



 そんな事を思い出しながら、対面に座るサフランの愛玩人形(シャイニー)を見やる。膝の上に乗せられる事は無くなったが、昨日に引き続きサフランに纏わり憑かれ、早い段階で目から生気を失っているように見えるが、昨日のシャイニーの口から満更でもないような発言があったので、たぶん気のせいだろう。俺なら、あれはたぶん耐えられそうにはないように思うのだが。


「...エスピーヌさん。サフランさんは昨日からあんなんですけど、仕事しなくて良いんですか?少しサボり過ぎのようにも思えるんですが...」


「ん~、そうだね...でもあんなんでも一応徹夜して警戒してたから、今の時間は本来睡眠の時間なんだよね」


「...それなら寧ろ休ませるべきでしょう。仕事に影響しますよ?」


「ははははは。サフランね、驚く事に丸三日休まず働く事が出来るんだよね。全くどんな体力してんだかよく分からないけど。だから心配するだけ無駄だね」


 いや、そうじゃなくて...そろそろシャイニーを引き離さないと手遅れ(・・・)になりそうな気がしてならない。何がってのは自分でもよく分からないが...と思うものの、どう助け出せば良いのか分からないトゥルースであった。ただ、それはエスピーヌも感じているらしく、シャイニーに頬ずりしていたサフランに声を掛ける。



「サフラン、結構元気そうだね。次の休憩の後に御者を代わってやって貰えないかい?他の2人の負担が案外大きそうだし」


「ええ~?何?エスピーヌ。まさかとは思うけど、私がシャイニーと仲が良いのに嫉妬でもした?」


 しかし、何故か盛大に勘違いしたサフランの返答に、うへぇ...と護衛(兼御者)の二人までもがエスピーヌと共に顔を歪めた。それを見たサフランが眉を顰める。


「...何だ?その顔は。ったく、仕方ないねぇ。分かったよ。代われば良いんだろ?代わればっ!」


 ブツブツと愚痴を溢すものの、シャイニーを再び愛で出すと次第にその表情は柔らかいものに変わっていく。それに対して一度はホッとした表情を見せたシャイニーの目からは再びハイライトが消えていくのだった。何故なんだろう?と首を傾げるも深くは考えない事にした俺は進行方向を見やる。次の町まであと30分程だという事だ。昼はその町での休憩になるだろう。




 今は大きな川沿いの細道を走っているのだが、道の反対側は低い山で、なだらかな斜面に草が伸び放題で所々大きな岩がある。木々はもう少し奥まった所から始まっているので、この辺りに家を建てるのなら比較的楽であろうが、態々人里離れて立てる事もないかと首を振る。そんな事を考えながら、民家の見当たらない道をポクポクと進む馬車の背もたれに身を預け、ボ~と雲ひとつない穏やかな空を幌の見上げる。

王都が近付いているとは言え、まだ半日は馬車で掛かる距離なので、先程数台の馬車の大きな商隊とすれ違った以外、道中では殆どすれ違う人も追い越される人もいない。まあ、馬車を追い越すのは単騎の馬くらいだろうが、そんなに急ぐ人はそんなにいる筈が無い。


 が、気が付くと馬車の速度が緩まり次第に停止した。気が付けばサフランたち護衛の者の目つきが鋭くなっている。


「...不審者か?」


「はい。前方に4人程、武器を持っているようです」


 サフランの問いに御者兼前方の護衛が答えるが、それは後方からも良くない報告が齎される。


「後方にも3人、馬車が通った後に草むらから出てきました」


「となると、待ち伏せか。全く、舐められたもんだな」



 護衛仲間の二人からの報告に眉を吊り上げたサフランが、エスピーヌに馬の手綱を任せるとサッと馬車から降りる。

通常、馬車一台での移動は余りなく、あっても乗合馬車や郵便馬車、農家の馬車くらいである。郵便馬車は秘匿性のある郵便物を運ぶ事も多いので護衛は確りしているので襲えば双方に被害が出るだろうから余程の事が無ければ襲われる事は無い。乗合馬車は料金の安さから平民が乗る事が多く、襲っても大したお金を持っていないので労力の無駄と見られる事が多い。まあ、若い女性目的の連中はこの限りではないのだが、そのような女性が乗る事はそう多くは無く乗務員を兼ねた護衛も乗り合わせている事が多いので、殆ど襲われる事は無い。農家の馬車はといえば、野菜を納めに行く時に襲っても現金を持っている筈も無く、また野菜を奪っても換金する手間がある。また、その帰りは銀行にお金を預けている場合が多く、やはり襲っても金にならない事の方が多いので、先ず襲われる事は無い。

そして商家の馬車はと言うと、殆どが商隊を組んで護衛を多く雇っている。お金を持っている可能性が高い分、そうする事で身を守っているのだ。なので、1台で移動しているこの馬車は異例と言えば異例なのだ。


 そしてそれを襲おうとしている盗賊と思われるこの輩も異例と言えば異例だ。先の理由により巨大化する商隊を襲うとなれば、盗賊側も対抗してそれを上回るべく巨大化する必要があり、過去にそうして巨大な組織化された盗賊団が生まれたのだが、あまりにも被害が大きくなりすぎて国の軍を動かす事になり、一網打尽にされたのだ。よって、この時代に盗賊行為を行う者たちは不慣れな小集団である事が多く食っていくのもままならないので、そこまで堕ちる者は殆どいなかった。しかし、こうして細々と活動している者がいる為、護衛を無くして必要経費を押さえたいが、必ず必要というジレンマが発生している。警察機構が確りと働けば、そのような者ももっと減るのではあろうが、まだまだその域には達していないようだ。



 脱線が大きくなったが、姿を見せた小汚い格好の盗賊は7人。対してこちらの護衛はサフランたち3人。1台の馬車としては多い方だろうが、人数としては倍以上の差が出てしまっている。完全に戦力外なシャイニーは当然数に入れられる筈もないが、手綱を任されたエスピーヌもまた戦力外の様だと冷静になって分析するが、冷静になっていられるのはいつまでだろうか。これは典型的な力対数の構図だ。これが3倍以上の人数差になっていれば圧倒的にこちらが不利と見る事が出来る。後は相手の腕とサフランたちの熟練度との差がどの位あるかだ。

もし万一、力差が僅かであれば数に勝る相手に軍配が上がってしまう。相手を制圧するには圧倒的な力量差が無ければいけないのだ。


 果たして大丈夫なのか?と思う中、盗賊と思われる男達の中のリーダーと思われる者が一歩前に出ると、大声で叫ぶ。


「積み荷と有り金を全部置いていけ。さすれば命と馬車までは取らない。安い物だろ、素直に従え。」


 何とも安っぽい言葉だ、思わず失笑してしまう。それは俺だけでなく他の者たちも同じだった。但し、シャイニーだけは違った。彼女だけは顔を青くし、手を胸の前で組んで小刻みに震えだしていた。それを見た俺は席を移動し、シャイニーの背中に手を置き、サフランたちに任せておけば大丈夫と心に無い事を言って落ち着かせようと試みたが、どうやら正解だ。小さく震えていたシャイニーの体の力が抜けて震えが止まるのが分かった。

さて、とそれを確認した俺は連中に対峙するサフランたちに目をやる。前方のリーダーらしき男のいる4人にはサフランと御者兼前方警戒役の二人が。後方の3人には後方警戒役の一人が相手をするようだが、相手の力量次第ではあるが無難な配置だろう。恐らく声を掛けてきた男が最も腕が立つと思われるので、その者にリーダーのサフランが当たるつもりの様だ。そして残りの6人を2人で対処する、と。結構無茶じゃないのかな、これ。


 そんな事を考えている内に、サフランが男の要求を蹴った事で遂に小競り合いが始まった。この世界ではある一定の長さを越える武器は軍や警察以外は所持を禁じている。逆を言えば、長ささえクリアできれば武器を所持可能とも言えるのだ。但し、原則で刃物は禁止。例外は狩猟目的で許可を得た場合のみである。結果、妙な武器が多々見られるようになり、戦い方も千差万別だ。盗賊たちは違法である短剣をスラリと抜いて構えた。対してサフランたち護衛はトンファーの様な異形の棒を使う。只の丸棒ではなく、自分なりにカスタムしているようだ。


相手が短剣と見るや、サフランたちは横に突き出したグリップ部ではなく、棒の短い側を握った。これでリーチは相手の短剣より稼げるだろうし、どうやら材質が金属っぽいので剣と打撃し合えば相手の剣の刃こぼれを引き起こす事が出来るだろう。それを証明するように、カキン!カキン!と音が鳴る度に相手の剣の刃がボロボロになっていくのが目に見える。細い刀の刃と、鈍器でもあるトンファーがぶつかれば、そうなるのは当然だろうが、実際に目にしたのは初めてである。それにしても重そうな金属製のトンファーをよく軽々と扱えるよな~と思って優位そうな前方の集団を見ていると、後方から護衛の人の声が...。


「あっ!この野郎!!」









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『近所に勇者が引っ越してきたようです(仮)』
~2017.12.28 完結しました。

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