1001 休み時間-01
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「おう、真実!おはよう!」
そう手を挙げたのは、クラスメイトの秦石智樹。何とか遅刻せずに済んだな、と鞄を机の上に放り付け、智樹におはようと返す。
「...何だよ、酷い顔だな~。また眠れなかったのか?」
「...いや、たぶん寝てはいると思う。けど、寝た気が全くしないんだ」
机の上に放り投げた鞄を力なく机の横のフックに掛け直すと机の上に突っ伏すが、何故か眠く成る程ではない。う゛~と唸っていると、智樹が後ろの席の俺に体を向けて椅子の背もたれに乗りかかり、本格的に聞く体勢になる。ああ、また話さなくては駄目かと溜め息を吐くと、嫌々ながら顔だけを上げ腕の上に顎を乗せた。
「で?今日はどうだったんだ?昨日は石を投げられて腕に青痣付けてきたんだっけ?ホントに青痣が付いてんだもんな。リアリティあるよ、お前の話は」
智樹がワクワクさせた顔を寄せて聞いてくるが、これは毎朝の日課になりつつある。俺は諦めて体を起こすと、あった事をイチから話す。
「先ず、朝飯。激マズだった上にメチャ少なくてさぁ。後で分かったんだけど、スープは具を減らされた上で湯で薄められてたらしい。パンも古くなった固くて小さいの一個だったよ」
「へぇ~。今どきスープを薄めるなんて聞かないよな。昭和かよ!ってツッコミそうになったじゃん!」
「いや、キッチリとツッコんでるし。てか、昭和かよって、昭和でも戦後位の話なんじゃない?」
「それより、何で分かったんだ?薄めている所でも見たんか?」
「いやそれがさぁ、昼飯に入った店で同じ宿に泊まってた商隊の人と相席になってね。その人たちはまともな具だくさんのスープや柔らかい大きなパンだけでなく、サラダも付いてたって教えてくれたんだ」
「何?そんなあからさまだったのか?そういう店って淘汰されてくだろ、普通なら」
「まあ、そうだろうね。その商隊の人たちももう使わないって言ってたし。で、その後、その商隊に付いていく事になっちゃってね」
「ん?じゃあその町での商談は成功しなかったのか?」
「いや、したよ?2軒目の店でオヤジさんは話にならなかったけど、オカミさん?そっちが話の分かる人でね。午前中の内に屑石を数個買って貰ったよ。で、その商隊の馬車で半日進んだ町に連れて行かれてイキナリ大きな商談になっちゃってね。」
「また話が飛んだな~。っと、先生が来た。話は後でな」
そう言うと前を向く智樹。俺、飛弾真実は、中学3年生。毎朝こうして前の席の智樹に俺が体験した夢を聞き出してくる。面倒な話だけど、毎日更新される下手なネット小説よりリアルで面白いと言うが、言っている意味が分からない。まあ復習が出来るから良いか、と諦めている。
それから休み時間毎にその話は続く。飽きもせず聞く智樹に話す俺。俺は慣れているから良いが、智樹は周りからシカトされていたりしないのか少し気になる。前に一度聞いてみたが、そんな事ないし、あったとしても気にしたら負けだから気にするな、と言い放たれた。
「すげえな、120万が180万か。笑いが止まらないだろ」
「いや、ハッキリ言って怖いよ!小銭しか持っていなかったのに突然大金をポンと出される身にもなってよ。白金貨なんて初めて手にしたし、両替すれば大白金貨になる金額なんだから!こっちで言えば1万円の札束をいきなり渡されたようなもんだからね?」
「あ~。そんな大金、使い道が分からないか。結局、次の石の仕入れに使われるんだろうな、それ」
「だろうね。連れてかれた宿も今までの民宿みたいな所じゃなくてホテルっぽい所だったし」
「へぇ~。じゃあさ、シャイニーちゃんだっけ?もしかして良い雰囲気になっちゃったり、その先まで経験しちゃったりした?」
「ええっ!?ちょっ!そんな事ないよ!」
「...怪しい。この野郎!ちゃんと話せ!ウリウリ!」
智樹がヘッドロックをしてくるのを甘受けしながら、仕方なく月光下での出来事を話す。石を翳しての甘い時間。そしてその光の下での彼女の顔...。
「...確かシャイニーちゃんと出会った日の夜にそう見間違ったって言ってたな。それが本当だったら、実は超絶の美人さんだったって話だよな?う~ん...」
目を瞑り腕を組んで考え込む智樹に、それを黙って見る俺。時々智樹は鋭い指摘やアドバイスをくれる。結構的確だったりするから聞いておくようにしている。じっとしてそれを待つ俺。
「それ、呪いじゃね?その商隊長が言ってたんだろ?誰もが大なり小なりの呪いがあるって。それじゃね?そもそもその商隊長の言う事が本当であればだけど」
「本当で...あれば?」
「全て商隊長の嘘なら?」
「でも、俺の考えを当てて見せたけど...」
「考えている事が顔に出てたんじゃないか?」
「え...でも何の為にそんな事を?」
「さあ。もしかしたら朝起きたら石もお金も無くなってたりしてね。」
「ええっ!?そんな事は...」
「無いとは言えないだろ?だって石を持ってるって分かってから殆どそいつの言いなりになってるじゃないか。それはちょっと迂闊じゃないのか?あまり信じすぎるのは危険だぞ」
青天の霹靂だった。いや、確かにエスピーヌを信じ過ぎていたかも知れない。振り回されている内にそこまで考えられなくなっていたのだ。これは反省すべきだろう。やはり智樹の言う事は的確かも知れない。が、難しそうな顔をしていた智樹が突然カラッとした雰囲気へと変わる。
「...と、ここまで言っておいて何だけど、やっぱりその呪いの話は本当かもね。そう考えた方が自然な気がする」
「...自然?」
「だってそうだろ。トゥルース...いや、真実にもその兆候があるじゃないか。軽いか重いか分からないものと結構重いのが」
智樹がそう言ってくるのに、思わず俺は首を傾げてしまう。俺の呪い?
「...おいおい。自覚なしかよ。お前から話を聞く様になって1年経つけどよ、それまでのお前も夢の中のトゥルースも結構あからさまな呪いのようなものがあるぞ?お前が寝不足の様な顔をするのもそうだろ」
...あ、そうか。これも呪いのようなものか。指摘されて初めて認識したな。夢の中での体験...
余りにもリアルで、現実との区別がハッキリ言って付いていない。言ってみればどちらも俺の中では現実なのだ。他の皆は妄想を拗らせていると何年も前から馬鹿にし相手にして貰えなくなったが、今は智樹だけが俺の別の世界の出来事をこうして聞いてくれている。
そう、俺は物心付いた頃には夢の中の世界を認知していた。しかし、それは毎日ではなく時々であったように思う。だが、最近はどうも毎日のように夢の中の世界が動いている。特に1ヶ月前の家を追い出された日と、今日は濃い1日だった。口にした食事の味から風の冷たさ、触れてくる彼女の温もりに柔らかさまでも感じるのだから。何より夢であれば感じない筈の痛みを感じる。いや、朝起きると夢の中で負ったのと同じ怪我をしている事があるのだ。
今までどうにも納得出来なかったのだが、呪いだと智樹に言われ初めて納得出来た。
「呪い...か。ゲームとか漫画とか小説なら呪いを解く魔法とかアイテムとかがあるんだろ?」
ふと思った事を智樹に聞いてみるが、当然その答えは芳しくは無く...。
「まあ、そうだろうね。でも魔法があるような世界だったっけ?今までそんな話は聞いてないけど」
「いや、俺も聞いた事ない。まだ知らないだけかな」
まだ村を出て1ヶ月、俺はあの世界の事をまだ何も知らない。
「う~ん...もし、そういった手段があるなら、彼女の顔の痕を見た時点で教えてくれるんじゃない?」
「う゛。そういうの無かったな。って事は彼女の顔の痕も俺の安眠の無い生活も一生このまま?」
眉間に皺が寄ったのが自分で分かるが、それは智樹も同じだった。
「...真実、忘れたのか?お前、徐々にあっちの時間が長くなっているんだろ?それが本当なら、このままだとこちらのお前は別の何かに変わっちまうか、寝たままになっちまうんじゃないか?っと、先生が来た。六時間目か...眠くなるんだよな、この時間は。この話は明日な」
「...ああ」
最悪だ。そんな事は全く考えて無かった。どうすれば良いんだよこれ。
と考えて、笑いが溢れた。いや、あれは夢だから。リアリティーのある只の夢だから、と自分に言い聞かせる。
でも、この先俺はどうなってしまうのだろう、と考え込む中、お経のような先生の声で六時間目の授業が進むのだった。
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