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63 月菜の秘密

 この出来事が、五色村殺人事件を根底からひっくり返すことになった。この知らせが羽黒祐介の耳に入るや否や、祐介は事件が大きく転換することを予測した。

 絢子の死、そして信也による円空仏の窃盗の事実は、それほどまでに衝撃的だったのである。

 根来はこの時、信也を窃盗犯として逮捕するという選択肢を選ばなかった。信也を泳がせておくと言って、殺人事件が落ち着くまでは、大きく取り上げない方針を取ったのである。そして、彼が殺人事件の犯人としてぼろを出すのを待つことにしたのである。

 面と向かって、あれほど、あからさまな尋問をされながら泳がされる、信也の心境も穏やかではなかった。

 容疑者たちのアリバイが確認される中、月菜は顔面を真っ青にして、根来に、

「話したいことがあります」

 と言った。しかし、それは御巫家の屋敷では話せないと。

「それならば、どこならば話せるのですか? 警察署に行きますか?」

「五色荘なら……」

「五色荘、良いでしょう。ちょうど羽黒もいますからね。よし、粉河、すぐに車を出せ」

 根来と粉河、そして月菜は自動車に乗って、五色荘へと向かったのである。


 ジャジー松岡は、ソファーの上で眠っていた。そこに根来、粉河、月菜の三人が乗り込んで来て、階段を踏み鳴らしながら、二階へと上がっていった。

 ジャジー松岡は、眠い目をこすりながら、三人の後ろ姿を見つめた。

「なんなんだ、一体……」

 それは羽黒祐介も同じであった。祐介は足を組んで少しばかり瞑想状態にあった。これは先ほど胡麻博士に教わった「ロータス」とか言うヨガである。どう考えても坐禅だった。

 そのドアがノックもなしに開かれて、冗談の通じない雰囲気の三人がずかずかと乗り込んできたのである。

「なん、なんですか、皆さん……」

 しかし、根来はそれに答えずに月菜の方を見ると、

「ここならば、話せますか?」

 と尋ねた。

「ええ。でも、そこのドアと窓を閉めてくださいね。カーテンも。そうすれば話します……」

「よし、閉めろ……」

 根来と粉河によって、ドアと窓、そしてカーテンを閉めた。祐介は、ぽかんとしてこれを見つめていた。

「もしかして、ここで口寄せをするんですか? 嫌なんですけど……」

「寝言を言うんじゃない……。今から月菜さんが事件について、重大な情報を提供してくれるということなんだ」

 祐介は、ことの重要性にようやく気付いたらしく、姿勢を正した。


 月菜の顔には、もはや血の気がなかった。そして、三人の顔を見比べると、ついに意を決したように話し出した。

「私は、昨日からこの秘密を一人で隠してきました。そうしなければならないと思ったのです。ですが、絢子さんが殺され、そして、兄が円空仏を盗んだことが発覚した今、私には、もはやこの秘密を守り続ける必要がなくなったのです」

「どんな秘密です……?」

 根来は、すっかり惹きつけられたように尋ねた。

「口寄せの秘密です……」

「口寄せにどんな秘密が?」

 月菜は少しの間、言い淀んでいたが、唾をごくりと飲み込むと、

「あの口寄せをしたのは、私ではありません。姉なんです……」

 根来は、その言葉に目を見開いた。

「あの口寄せをしたのが日菜さんだというのですか? つまり、それはどういう……」

「私たちはすり替わっていたんです。姉はあの日、私の髪型に結い直して、巫女の装束を身にまといました。私は代わりに、姉の髪型に結い直して、姉の白いワンピースを見にまとったのです……」

「何の為に……」

 根来は顔をしかめた。

「口寄せの直前になって、姉が「自分が口寄せをしたい」と言ってきたんです。でも私は、負担が大きすぎると断りました。それに、姉が事件について何かしらの発言をすることは、誤解を招く危険性があると思ったんです。姉は小さい頃、事件の現場に居合わせました。その姉が事件について発言することは、犯人にとっては驚異です。私が口寄せをする方がずっと安全だと思ったんです」

「確かにそうですな」

 根来は、ちらりと祐介の顔を見た。祐介は、爽やかな表情で、月菜の話を聞いていた。


「それでも、姉がとても必死な様子だったので、私は根負けしました。それで、姉に「私の振りをして口寄せをするのならいいよ」と言いました。そうすれば、姉の身に危険が及ぶことはありませんから……」

「なるほど……」

「ところが問題なのは、ふたりのすり変わりを戻すタイミングでした。御巫家の自宅で最初にすり替わった私たちでしたが、口寄せの後は、すぐにでも姿を戻したかったんです。すり替わったままの時間が長ければ長いほど、ばれてしまう危険性が高まると思ったんです。それでも、彼岸寺には人の目に触れない場所がありませんでした。彼岸寺のトイレという選択肢もありましたが、ふたりがすり変わるには狭く、人目に触れない場所でもありませんでした。その時に、五色温泉のことを思い出したんです」

「五色温泉……」

 月菜は深く頷いた。

「ええ。あそこは彼岸寺の門前にある上に、昼間は、ほとんど誰も入浴していないんです。それに一人やふたり人がいたって、私たちふたりを見分けられるはずはありません。とにかく、五色温泉はうまい具合に、服を着替え、髪の結い方を変えるというふたつの行為を、いとも自然に行える場所でした。例えば、私にしたところで、姉の服を脱いで入浴し、髪を洗った後、今度は自分の髪型に結い直して、姉が脱いだ自分の服を着て、出て行けば良いのですから……」

 それからの月菜の話は、驚くべきものだった……。

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