62 明かされてゆく真実
その時、事件がひっくり返ろうとしていた。ひとつには、彼岸寺の庭を探っていた捜査員が、物置の裏の隙間からあるものを発見したからである。
根来警部は、すぐさま彼岸寺に駆けつけた。禅寺風の枯山水を交えた、その庭園の裏側に物置がある。
その物置の裏には、少しばかり建物との間に空間があって、小さなものであれば上手く隠せるのであった。
今は、その物置の横に、ちょっと風変わりな一メートル程度の細長い仏像が置かれていた。それを見た時に、根来が(アフリカンな仏像だな)と思ったのはあながち間違いとも言えなかった。ちょっと、アフリカや東南アジアなどの人形を思わせるエキゾチックな仏像でもあった。
丸木を大胆に彫り込んだような、シンプルでいて、妙に人の関心を惹く仏像であった。
「これが、円空仏ですか……」
その言葉に隣立っていた法悦和尚は頷いた。
「いかにも、このみ仏こそ! 彼岸寺の円空仏である!」
根来警部は、この状況が呑み込めなかった。一体、どうしてこんなところに……?
恐れ多くも、すぐに指紋が調べられた。そして、そこから検出された指紋は……。
「間違いありません。御巫信也の真新しい指紋がついています」
根来は、目が眩んだようだった。
「すぐに逮捕だ! 逮捕! 俺が責任は全部とる!」
「ちょっと待ってください。根来さん。彼の指紋が円空仏についていたからといって、どうということはないですよ」
粉河は根来を制した。そして、根来はすぐさま御巫家に急行した。
御巫家には、絢子殺しの捜査で、すでに刑事がいて、信也や月菜と話し込んでいたが、根来は凄まじい剣幕で屋敷に立ち入ると、他の刑事を居間から追い出してしまった。
今にも死にそうな顔をして、刑事が部屋から逃げ出してきた。ちょうど、粉河とぶつかったので、
「根来さんは何をするつもりですか?」
と尋ねた。
「御巫信也を落とすつもりです」
「なんですって……」
刑事が恐る恐る部屋の中を覗き込んだ。粉河は、刑事たちを振りほどくと、居間に入ってゆく。
「御巫信也! 彼岸寺の倉庫の裏のことは知っているな!」
「な、何のことでしょうか……」
「円空仏のことだ。お前の指紋が見つかったんだぞ!」
信也はその言葉に、弾かれたように立ち上がると、根来から逃げるように後ずさりをした。
「ち、違うんです!」
「何が違うんだ。言ってみろ!」
「私は殺していない! あれは事件とは無関係だ」
月菜は、驚いた目を見開いて、信也を眺めている。
「私は殺していない! 本当です! あれは事件とは無関係です!」
根来は、ソファを指差すと、
「座れ!」
ところが、信也は完全に混乱していた。ソファに座ろうとしない。彼は慌てていて、突然走り出すと、窓枠に飛びついた。根来はすぐに信也を首根っこを抑えると、ソファに引きずり戻し、無理矢理に座らせた。
「逃げても無駄だ。あの円空仏になぜお前の指紋がついていた?」
根来は少し落ち着いた声で、信也にゆっくり尋ねた。
「あれを盗んだのが私だからです。しかし、あれは殺人事件とは無関係です!」
「なぜ盗んだ?」
「金です。それだけです。半年ばかり前に、上手いこと東京の熱心なコレクターと知り合いまして、相当な額での取り引きの誘いを受けていたので……。あの口寄せの混乱に乗じて……。しかし、それだけです。私は窃盗はしましたが、決して殺人はしていません……」
根来は頷いた。
「その話、詳しく聞かせてもらおう」
「殺人事件が起きたので、私が円空仏を盗んだことがばれれば、警察はふたつの事件を結びつけて、私を殺人犯と断定するだろうと考えていたのです。だから、私はこのことを隠していました。ふたつの事件は無関係です!」
根来はソファに座ると、何も言わずにしばらく黙っていた。それから、再び信也を睨みつけると、
「半年前に東京で仏像の熱心なコレクターに会ったんだな?」
「ええ。しばらく、交流しているうちに、彼が円空仏を相当な額で買い取ると言ってきました。彼岸寺のセキュリティーはお粗末ですから、すぐ盗めると思っていました。しかし、あの閑散とした寺に私がいるところを誰かに目撃されて、その日に円空仏が盗まれたとならば、すぐに私が犯人であることがばれてしまうでしょう。あの日は、大勢、人が訪れていましたから、円空仏が盗まれても、私の犯行とは思われないと思ったのです」
「ふんふん。それで、いつ盗んだんだ?」
「口寄せの後です。私は、月菜の様子を見に行くと称して、都合四度、居間から退室しましたが、実は円空仏を盗もうとしていたのです。二回の下見の後、三度目で円空仏を本堂から庭の隅に、四度目でさらに物置の裏側に移したのです。ところが、殺人事件が起きたものですから、それっきりで……」
根来は、怒りとも哀しみともつかない深いため息をついたのであった……。




