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61 尾崎蓮也との対局

 この後に、羽黒祐介は一計を案じた。彼は尾崎蓮也に会うために尾崎の自宅へと向かったのである。根来も粉河も、祐介が、尾崎の息の根を止める為に何かしらの罠を仕掛けようとしているように捉えていた。そこで粉河が祐介に同行した。

 しかし、祐介は尾崎に会うなり、下らない雑談を始めた、事件が起こったことはまったく尾崎に伝えずに。次第に話題は囲碁に移っていった。

「尾崎さんは相当、囲碁がお強いそうですね」

 などと褒められて、尾崎はちょっとはにかんだようだった。

「そんなこともありませんよ」

 そんなことを言いながら、巧みに一局交える流れに持っていったのである。

 この時、粉河はてっきり彼がアメリカのファイロ・ヴァンス探偵や、日本の神津恭介探偵の小説に出てくるような、ゲームによる性格診断を行おうとしているのだと思った。それはあながち勘違いでもなかったが、祐介の真の狙いは実はそこではなかった。

 尾崎は、棚から碁盤と碁笥を取り出した。碁笥を取り出して、

「やけに少ないな……」

 と眉をひそめた。確かに、碁笥の中には三分の二ほどしか碁石が入っていなかった。

「おかしいな、洗ったままかな。ちょっとすみませんね。これでは試合になりませんね……」

「いえ、構いませんよ。僕なんかどうせ中押しで負けるでしょうから……」

 祐介が冗談半分にそう言うので、尾崎もまあどうにかなるだろうと考えを改めて、対局が始まった。


 それで、祐介と尾崎が盤面に碁石を打ってゆく様を、粉河はじっと見ていた。

 尾崎は、そっと碁石を摘むと、二本のしなやかな指の先に移して、盤面にパチリと打った。

 祐介は、途中まで手加減をしていたようだが、中盤戦も佳境を迎えると満足したらしく、一気に形勢を逆転させて、中押し勝ちしてしまった。

「強い……」

 尾崎は、感心したようにため息をついた。


 その後、しばらく、ものを取りに部屋に引っ込んだ時に、粉河は待ちきれなくなって祐介に迫ると、小声で尋ねた。

「どうでしたか、性格診断の結果は。現場の黒石の形は、やはり尾崎の打ち方と同一でしたか」

「性格診断ですって?」

 祐介はその言葉にちょっと苦笑いをすると、

「そんなことはしていませんよ。そうですね。強いて言えば、違うでしょう。尾崎さんはもっと大胆な手を使ってきました。しかし、現場の碁石はまだ中盤戦に差し掛かったところでしたし、断言はできません」

「断言はできない……。そうですか」

 粉河はあきらかに落ち込んだようだった。

「それよりも、僕が確認したかったのはもっと単純なことです。尾崎さんの打ち方ですよ。それも、手筋とか、そんなややこしいことを言っているのではありません。盤面に打つ時の、彼の碁石の持ち方を確認したかっただけです」


「持ち方?」

 粉河は眉をひそめて、思わず問い返した。

「ええ、碁石は普通、人差し指と親指、あるいは中指と親指で碁笥から摘み上げてから、人差し指と中指の先に移して、盤上に打つはずです。したがって、碁石には中指の指紋が残るはずですね。しかし、現場に残された碁石には、尾崎さんの親指と人差し指の指紋しか見つからなかった。中指の指紋はなかったのです。だから、尾崎さんがよほど変わった碁石の持ち方をしているのか、僕は確認しようと思ったのです」

「そうだったのですか。しかし、尾崎はちゃんと人差し指と中指に挟んで打っていましたね」

 祐介も頷く。

「ええ、それも中指の方が上になっていましたから、碁石には中指の指紋が残っていないとおかしいですね」

「すると、あの碁石は彼に濡れ衣を着せる為に……」

 粉河は、尾崎が戻ってくる気配を感じて、口をつぐんだ。


 粉河は用事があると言ってその場から退室すると、すぐに根来に連絡をした。

『俺だ』

「粉河です。根来さん。現場に残された碁盤ですがね。あれは犯人によって仕組まれた偽の証拠ですよ」

『本当か。そりゃまたどうして……』

「あの黒石には中指の指紋が残っていなかったでしょう? 普通に碁を打ったら、碁石には中指の指紋が残るはずなんです……」

『そりゃそうだな。不自然だな』

「ええ」

『しかしな、あれが偽造された証拠だとして、尾崎蓮也の指紋がついた碁石を、犯人はどうやって手に入れたんだ? それが腑に落ちんじゃないか』

「そうですね。しかし、今、尾崎の自宅前にいますが、碁盤も碁石もあります。それで、黒石がやけに減っているんです」

『盗まれたか? よし、じゃあ、いつまで碁石が揃っていたか、尾崎から聞き出すんだ!』

 根来は、興奮した様子で叫んだ。粉河は、思わず携帯電話を耳から離した……。

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