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 少女からもらったお姫様の人形を、取り出しやすいようにバッグの一番上に仕舞い、チャックを閉める。

 今日は日曜日で学校はもちろんお休みだ。だから、朝からあの店に行ける。夕方や夜にあそこへ行くと、陰気くさくて少し怖いと分かった。店の奥から闇が押し寄せてくる気がして鳥肌が立つのだ。さすがに、朝なら大丈夫だろう。

 動きやすいようにジャージに着替え、朝はまだ寒いからジャンパーを着て、護身用のナイフを懐に隠した。

 机の上に置いてあるテープレコーダーとメモ帳とペンをどうしようかと思ったが、持って行くのはやめた。今日は取材に行くのではない。杏子と名乗った少女と対決するのだ。

 玄関を出る前に、しっかり運動靴の靴ひもを縛る。靴ひもが切れると縁起が悪いと聞いたことがあるが、そんなことはなくてよかった。あまり使っていなかったせいである。

 さあ、出発だ。今回はジャーナリストではなく、佐緒里の元カレとして行くのだ。両手で自分の頬を叩いて気合を入れた。


 日曜の朝だけあって、人通りはそれほど多くない。ポツンポツンとお年寄りが歩いているだけだ。

 人形店は、相変わらずシャッターが下りたままだ。だが、構うものか。ぶち破ってでも入ってやる。

 そう思ってシャッターに手をかけると、いとも簡単に開いてしまった。あれ、鍵がかかっていない……?

 閉め忘れだろうか。いや、あれだけのいわくつきの人形を売っているのだ。そんなことはありえない。だとすると、わざとか……?

 とりあえず、入口のドアを開けた。立てつけが悪く、少し力を入れないと開かない。

 店内は汚れ一つない。近くの人形を見ても、ほこりはまったく積もっていない。店員が念入りに手入れしているのだろう。

 ドアを閉めると、店の奥から革靴の歩く音が聞こえてきた。誰だ、店員かもしれない。

 現れたのは、スーツ姿の若い白人だった。かなり背が高く、やせ形だ。

「いらっしゃい。奥で店主が待っている。ついてきてくれ」

 そう言って、白人は先導して歩いていく。拓也はその後をついていく。

 前回訪れた時と同様に、店主である少女は長机の向こう側のイスに座って本を読んでいた。長い髪が垂れて顔が隠れている。黒い髪に黒い着物。遠目で見ると、まるで闇の塊だ。

 彼女に近づいていくと、少女は顔を上げた。今日も人形のような可愛らしい整った顔立ちをしている。少女はニコッと笑った。

「いらっしゃい。あたしの予想通り、朝に来てくれたのね。歓迎するわ。ぜひ杏子と呼んでほしいな」

 杏子と名乗った少女は、クスッと袖で口元を隠して笑った。

「え、僕、杏子さんにここへ来ることは伝えてないですよ?」

 彼は一歩後ずさって距離を取った。

「カンよ、カン。あたしの予想は結構当たるんだから」

「カン、ですか……」

 なんだなんだ、この人は超能力者かなにかか?

「それで、今日は何かご用かしら? また新しい人形を欲しくなった?」

 杏子は首を傾けてうかがうような顔をした。

「いえ、この前もらった人形はまだ使っていません。これから使うつもりです」

 拓也は、バッグからお姫様の人形を取りだした。そして、自分の胸の前に掲げる。

「へえ、誰かに恨みを持ったの? 欲張りねぇ。恨んでいる人がたくさんいるのなら、たくさん人形を持って行けばいいわ。その代わり、寿命は縮んでしまうけれど」

 フフッと今度は口元を隠さずに笑った。

「聞きたいことがあるんですけど、いいですか」

 彼は少し緊張した声で尋ねた。

「何?」

 杏子はニヤッと笑う。

「この人形は、本当に人を殺す力を持っているんですか?」

 すると杏子は、ハハハと口を開けて笑った。

「当たり前よ。あたしと同じ能力を使えるし、確実に人を呪い殺せるの。人間はまず勝てないわね」

「だとしたら、杏子さんを殺す力も当然あるわけですね」

 拓也の中の恨みの念が強まっていく。すると、人形がピクピクと震え始めた。そして、人形は彼の手から飛び出し、姿を変えていく。それは巨大化し、人形ではなくなり、十八歳くらいの外人のお姫様が姿を現した。

「なるほど……。人形が人を殺すのは本当のようだ」

 彼は少し体が震え、そのお姫様から二歩遠ざかる。

「何のつもりかしら」

 杏子は立ち上がった。さっきまでの笑顔がすっかり消えている。

「僕は、人形によって大事な人を殺されました。だから、あなたを恨んでいます。だから、人形に念じました。杏子さんを殺して、と」

 お姫様は右手を内側から外側に振った。すると、妖力の塊が一直線に杏子に向かって飛んでいった。杏子は、しゃがんでそれを避けた。

「……あたしに勝てると思ってるの?」

 猛獣のような目つきで、杏子は拓也をにらんだ。

「はい。だってこの人形は、絶対に相手を呪い殺すんでしょう? だったら、あなただって例外ではないはずです」

「杏子に手を出すな!」

 白人の男が人形に手をかけた。だが、人形は彼を振り払い、蹴飛ばした。男は壁に叩きつけられる。

「ケンはそこで見てなさい。人形はあたしの力を使うんだから、あなたに勝ち目はないわ」

 杏子はお姫様を凝視しながらそう言った。

 人形は、次々と妖力の塊を投げ続ける。その度に杏子はよけ、背後の壁に穴が開く。

 杏子も応戦した。袖を振って妖力の塊を放つ。でも、ダンスをしているかのように華麗に避け、なかなか当たらない。杏子の打った塊は入口付近の壁を壊し、外へ飛び出していった。

 お互いに塊を投げ合う戦いが続いている。今の所、杏子が優勢に見える。お姫様の放つ塊の濃度が薄くなっている気がするからだ。

「フフッ。しょせんは人形。あたしのつくった模造品。妖力には限界があるの。あなたには勝ち目はないわ!」

 杏子は拓也を指さして吠えた。

 塊の濃度が透明に近くなってきた。するとお姫様はそれを打つのをやめ、杏子に駆け寄って拳で彼女の頬を殴った。かなり強力だったらしく、杏子は壁に打ちつけられて倒れ込んだ。

「もう少しか?」

 拓也は三歩ほど近づいて様子をうかがった。杏子は目をつぶって動かない。気絶したのか? だったらチャンスだ。拓也はナイフを取り出した。これで何回も刺せば、さすがに人外の存在でもかなりの痛手のはずだ。

 お姫様は、杏子の襟をつかんで持ち上げた。そして、片手で妖力の塊をつくる。お姫様の中に残った妖力を全て集めているようだ。

 杏子はダランと四肢に力が入っていない。首も傾いて眠ったように動かない。

 そうだ。それを近距離でぶつけて風穴を開けてしまえ。そうだ、もっとやれ!

 お姫様の腹に風穴が開いた。塊が飛び出し、拓也の脇を通り抜ける。お姫様から一気に力が抜け、その場に倒れた。そして、霧のように溶けて消えてしまった。

「キャハハ、キャハハハ!」

 杏子は狂ったように笑い転げた。妖力の塊をめちゃくちゃに投げる。

「面白いわ、あなた。ここで殺してしまうのはもったいない。またいつか会いましょ。あたしは少し休んで、絶対力をつけて帰ってくるから。約束よ。あなたも少しは戦えるようにしていらっしゃいな」

 杏子は塊を店にぶつけ続けた。壁がはがれ瓦礫となって、陳列されている人形を押しつぶす。柱を次々と壊し、次第に建物が傾いていく。ここはもうもたない。このままでは崩壊して瓦礫に巻きこまれてしまう。

 拓也はすばやく杏子に背中を向けると、入口に向かって逃げていった。ドアは力づくで何とか開いた。

 安全な距離まで来ると、振り返って人形店を見た。内部から崩れていくのが分かる。店から塊が飛び出してきて、向かいの廃屋に穴を開ける。

 ザワザワと人だかりが出来始めた。ケータイを耳に当てて警察を呼んでいる者もいる。

 三十秒ほど経った時、大きな音をたてて屋根が落ちた。それは壁を潰し、一階部分が完全に消え失せた。

 警察が到着する直前に、キャハハと狂ったような声で笑う少女の声が聞こえた。杏子はどうなっただろう。建物の下敷きになっただろうか。

 いや。それはない。絶対力をつけて帰ってくると言っていた。あんなことで命を落とすような存在ではない。拓也はそう感じた。

 警察が来ると、もしかしたら面倒事に巻き込まれるかもしれない。あの建物から自分が飛び出してくる所を、数人に見られているだろうから。

 拓也は、静かにその場を去った。


 警察の取り調べで、崩壊の原因は老朽化によるものだろうと結論づけられた。

 その建物から飛び出してきた少年がいたという目撃証言があったものの、その少年を特定することは出来なかった。

 人形店崩壊事件以降、旭街での連続失踪事件はピタリとやんだ。メディアは、犯人グループは次の街にターゲットを変えたのではと報じた。

 旭街は、一年前の静かな時間を取り戻した。

これにてこの物語は完結です。今までお読みいただき、ありがとうございました。これまでお付き合いいただいた皆様に、深く感謝いたします。

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