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それから一年ほどはあっという間に過ぎた。
動く機械式の人形に興味が出て、本格的に作成に乗り出してアルケニーのコーラルを完成させた頃、カーマンインはクロムを通信で呼び出してこう言った。
「六花と結婚したい」
「……ついに耳がおかしくなったか。それとも魔道具が壊れたか?」
耳の具合を確かめるようなしぐさをするクロムだったが、カーマインが本気で言っていることが分かると、途端に顔色を変えた。
「まさか、人形作りに都合がいいからではあるまいな。あれほどお前の趣味に耐性がある者はいないのだぞ!」
「思いを告げたら本人にもそう言われたし、現在進行形で疑われているが、勿論違う」
「……本当か?」
今までの行状があるから全く信じてもらえないのは仕方がないが、少なくとも人形作りが主ではない。
「さまざまな知識を貰ったから、大きな声では言えないが本当だ」
あの素直な性質に惚れたとでも言えばいいのだろうか。曖昧な笑みに覆い隠した無表情というのは出来る様だが、腹芸は無理だ。基本的に口で言っていることと考えていること、行動が一致している。
汚い、臭い、等様々な罵声を浴びたが、それもまたよし。憎しみの感情に寄らない、いたわりの混じる叱責というものに、初めて触れた気がする。そして仕事は一切甘えることなく、見ている時もいない時も、手を抜くことなく真摯に勤めていた。元は身分制度のない世界から来た人間なのに、仕事というだけでこうまで滅私奉公出来るのか良く分からない。
六花がファミレスのアルバイトマニュアルに沿って動いている事など、知る由もないカーマインだった。
「それに、耐性というが、コーラルをそう名付けたのは六花だぞ」
「そうなのか?」
「ああ」
六花の兄が作っていた人形の中に、あのアルケニーという魔物は居た。元は女神の呪いを受けた機織り娘なので、女性しかいないらしい。足の機動性を重視してあれがいいと選んだのは自分だが、あれにメイド服という、向こうでの侍女の制服を着せたのは六花だ。それも「可愛いのは正義!」と、自分の世界では言うのだと、自分の衣装よりもやたら張り切っていたくらいだ。
「人形の趣味よりも、汚い服を気にしないで着ていることと、部屋が汚いことの方が嫌なのだそうだ。まあ服が汚いのは、魔物を狩りに行ったあとに何故か遭遇することが多かったからだが……」
「ああ、それも聞こうと思っていた。ただでさえ忙しいのだ。魔物の討伐も、無理してやることはないのだぞ」
六花の知識から取り出した二酸化炭素を使用した侵入者用の罠が、あまりにも簡単に命を奪ってしまうので、昏倒するくらいに空気中の濃度を調整してようやく形になった所だったため、気遣ってくれたようだ。
国境付近に出る魔物退治は、国境警備隊に派遣された者が年に何人も死ぬ辺境である。いくら魔力が図抜けて強く、様々な魔法が使えるカーマインとて全く安全という訳ではない。だが、カーマインは首を横に振った。
「いや、あれらから獲れる素材を人形に使うと、魔力伝導率がかなり向上することがわかったので、趣味と実益を兼ねているから、気にしなくてもいい」
「……なんでそんなことが分かった?」
「六花からだ。彼の世界では、魔物の素材を己の能力向上や武器防具に使用するのは、お約束なのだそうだ」
コーラルの素材には、魔力と機械の両方が使用されている。今までは処分に困る廃棄物だったが、強度が抜群に良いのだ。それに、想像していたよりも機能的だった。蜘蛛の足というのは足元が平らな所でなくても安定性があり、小さな引っ掛かりさえあれば天井にも潜む事が出来る。休みは不要で組み込む術式にさえ気をつけていれば、主人と認識した相手を忠実に守り、裏切ることはない。
「いいことづくめだろう」
「まあ……な」
カーマインとクロムの間の確執は既にないが、隣国からは常にきな臭い噂が舞い込んできている。結界は魔物用であるという建前があるが、結界を維持する仕組みを知りたがって間諜や刺客が送り込まれてくるのは日常茶飯事だった。
六花は知らないだろうが、コーラルが始末した間諜なぞ一人や二人ではない。玄関入口に鍵が掛かっていないのは、出入り使用人の為であるが、半分は罠に掛ける為だ。
稼働試験を兼ねて捕縛罠の方も動かしてみてはいるが、威力がありすぎる仕上がりになっているのが難点だ。結果、埃や煤、罠の失敗の産物であちこちが汚れるので、六花には罵られてばかりいるが、王宮にそっくりそのまま仕組みを移す日もそう遠い日ではないだろう。
「だが、見た目がなぁ」
「見た目が可愛いと、油断を誘えるだろう」
足元さえ見せなければ、めずらしい動く人形だろうと本気でカーマインは思っている。まあ、余人にこの心情を理解してもらいたいと思っている訳ではないから、構わない。
「罠の方もあともう少しで完成だ。無味無臭だから、うっかり二次災害が出やすいという点で、改善をすべきだろう。気体としては重いらしいので、地下通路に流し込んでおいて泥棒除けに使うのは効果的だな」
ほんの少し吸い込んだだけで昏倒させられる。別に眠り薬でもないし、魔力でもないので魔力が高かろうと低かろうと、同様に薬の耐性があろうとなかろうと効き目は変わらない。
「そうか。魔力を感知しないという意味では非常に便利だが、無差別というのも扱いが難しいようだな。……まあ、それは急いではいないので、ゆっくりやってくれればいい。……話がずれた。六花のこと、本気なのか?」
「今のところ、鼻にもかけられていないが、少しずつ口説いて行くつもりだ。生理的に駄目とかそういった事もなさそうだ。一応顔は好かれているようだから、そこから少しずつ攻めて行くことにする」
六花は、事あるごとに「カーマイン様は、顔は良いのに残念ですね」と口にする。その点だけは加点分だと言う事だ。あとは減点分を少しずつなくして行けば、今までの評価が悪かった分、評価の幅は大きいだろう。
「追い詰め過ぎないように、ゆっくり外堀を埋めるさ。ただ、私の専属からはずさないようにしてほしいということと、時々誰かに彼女の様子を確認させて欲しい。私も気を付けるが言いにくいこともあるだろう」
本来侍女は住み込みで働くものだが、六花がここに住まないのは、本人が望まないのもさることながら、実験中のものとかが多くて危ないからだ。
それに男の一人住まいに、侍女一人が泊まり込むという状況は、外聞的にまずい話だというのもある。が、この先も使用人は増えないだろう。
「このままでは使用人が居ないままになってしまいかねないからな。例え六花が侍女を辞めるとしても、不自由のない生活を送らせるにはどうあっても人手が足りない。いっその事、コーラルの機能を拡張して、警邏だけでなく本当に侍女として働かせるように改善して、量産するようする」
もう少し魔物の素材が手に入れば十分な量になるから、あとは国境付近で魔物を退治するたびにこちらへ運んでもらえればいい。
「……そうか」
「あとは、この屋敷でやっている罠の稼働実験を、別なところで実施するように変更したい。どこか適当な場所を見つけてくれ。細かな調整はこちらでやる」
「分かった。そちらは早急に対処しよう」
カーマインが人に好意を持つことなどありえないと思っていたクロムは、身内が人形に血道を上げているよりは、余程精神的平和が訪れる、と、六花には人身御供、もとい、その太い神経で今後もカーマインの世話を、色々な意味でしてもらおうと全面的に協力することを了承した。
──そして現在。何度目かの結婚申し込みをすげなく断られたカーマインだが、全く気にしていない。王宮出仕用の衣装に身を包んだ自分の姿に、六花が見惚れていることに気が付いていたから。
さらにもうしばらくしてから、綺麗に保たれた屋敷と屋敷の主人の規則正しい生活を送っている様や、増えていくコーラルの同型機、繰り返される結婚の申し込みに恐々として六花はクロムに身分の差を訴えるが、国王から、結婚すると──厳密には子づくりすると──低い方に水が流れる様にそちらに魔力が移譲されるので、過剰魔力が抑えられるからむしろ推奨すると言われてドン引き……その頃になって、ようやくほぼすべての逃げ道がなくなっていることに気付くのだった。
さくっと終わる予定が予定よりも長くなってしまいましたが、ここまで読んでいただいてありがとうございました。
なんとか連日投下できて一安心しました。また、趣味前回のお話に思った以上の評価、お気に入り登録、お気に入りユーザー登録をしていただきまして、ありがとうございました。
ガンダ〇ネタですが、ガンダ〇と防衛相で検索していただくといろんな記事が出てきますが、マニアな方がなまじ偉くなってしまうとこういうことが起きるんだなー(苦笑)と思ったことが元になっております。
逆お気に入りユーザー1000人突破記念ではありましたが、よろしければまた作品を読んで、楽しんでいただけたらなぁと思います。