新しい婚約者
ウィリアム殿下から聞かせてもらった話は予想外過ぎるものだった。
隣国の王太子様が五年も前から自分の事を想ってくれていたと予想出来る人がいるのだろうか。
「ソフィア嬢、私は君の事が好きだ。叶うなら私の妻となってほしい」
そっと差し出されたのはアメジストの嵌った指輪だった。
脳裏に甦ったのはアーサーから指輪を貰った時の事、一方的な裏切りにあった日の出来事。
「この二日間で用意した物だから気に入らなかったら売ってくれても構わない。他の物を用意しよう」
長年の想いを聞かされて指輪まで用意されたのだ。唯一の逃げ道だった婚約解消という手も彼には通用しなかった。他に断る理由が見当たらない。
「父が許してくれるか分かりません」
「父様はソフィが望むなら構わないと言っているよ」
頭を撫でてくるのは兄だった。隣を見ると諦めろと言いたそうな表情を向けられる。
お父様も許可を出しているの?
どこまで用意周到なのか分からない。
「ソフィア嬢」
名前を呼ばれてウィリアム殿下を見ると笑いかけられて胸がどきりとする。でも私は人の好意を素直に受け止められる自信がない。
「何か不安な事があるなら言ってほしい」
察したのか表情に出ていたのか優しく問いかけてくる声にゆっくりと口を開いた。
「ウィリアム殿下の気持ちはとても嬉しいです。でも、私は…人を好きになる事がどういう事なのか分かりません。大切にしようと思っていた人には真実の愛の相手を見つけたと捨てられました。怖いのです…。また裏切られたら私は人を信じられなくなります」
本音を吐露する。
不安な気持ちでいっぱいの私の手を握ったのはウィリアム殿下だった。温かくて安心して、心の奥底がじんわりと熱くなる感覚に不思議と涙が出てきた。
「私は君を裏切るような真似はしない」
「口では簡単に言えますよ」
手を引っ込めて自分の手を握ると少し震えている。
婚約者に裏切られた事実が自分の中で大きな傷になっているなんて知りたくなかった。
「確かにその通りだ。それに私の身分は君を苦しめてしまう事もあると思う。それでも必ず君を幸せにする。我が名ウィリアム・レイディアント・サンライトにかけて誓おう」
諦めが悪い事この上ない。
少しでも信じてみたいと思ってしまったのは彼の目があまりにも真っ直ぐなせいだ。
こんなに簡単に絆されるような人間じゃないのに。
「すぐに信じて欲しいとは言わない。私を好きになってくれと強要するつもりもない。ただ私に愛されてくれないか?」
愛される?私が?
ウィリアム殿下の言う『愛』が家族愛と違うものなのは分かる。でも、それがどういうものなのか私は知らない。
もし彼を好きになって、真実の愛を知ったというアーサーのように正常な判断が出来なくなったら私はどうしたら良いのだろうか。
「もし私が愛を知って愚かになったらどうしますか?」
「偽物じゃなかったら愛は人を強くすると思うが?」
「………強く」
「君の周りにもそういう人達がいるだろう?」
きっと隣にいる兄や王都にいる父の事を言ってくれているのだろう。
確かにそう考えると悪いものじゃないのかもしれない。
「君が断っても私は文句を言うつもりはない。ただ信じてくれるまで待つと決めてるんだ。諦めの悪さには自信があるからな」
「どれだけ私が好きなんですか」
「さぁな。際限がなくて困ってるところだ」
愛おしいものを見るような瞳に顔が熱くなっていく。
この人は本当に諦めてくれる気がないのね。
悪い気分じゃない。むしろ少し嬉しいと思っている自分がいる。
「ご迷惑をおかけすると思いますがよろしくお願い致します」
私に新しい婚約者が出来た瞬間だった。
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