贈り物
「最後はあそこの店に行こう」
まだケーキを食べるつもりかと店を見ると意外にも宝石店だった。しかも町の中でも飛び抜けた高級品ばかりを取り扱うお店。
たまに私も利用させてもらっているが品質も品揃えも良い。
「今日付き合ってもらったお礼に何か贈ろう」
「いいわよ。自分から案内すると言ったのだから気にしないで」
本名かも分からない名前とケーキ好きの隣国貴族という事しか分かっていない人から高級品を貰うわけにはいかない。
首を横に振って、要らないと言えばウィルは寂しそうな笑みを浮かべた。
「受け取ってくれ。じゃないと気が済まない」
「あちらの店の物なら…」
簡単には引き下がってくれなさそうだと私が指を差したのは同じく宝石店。
ウィルが行こうとしたお店と違う点を挙げるならば平民でも頑張れば手が届く手頃な値段の物しか置いていないというところだ。
「だが、あちらは」
「あちらの商品でないなら受け取れません」
「仕方ない。今日は諦めよう」
今日はって今日しか会う予定がないのですけど。
もしかしたらどこかの夜会で会う事はあるかもしれない。ただ会ったとしてもお互いに今日の事は話さないだろう。
「では、行こうか」
店内に入れば中には想像よりも多くの装飾品が置いてあった。
王太子妃教育の賜物か宝石の良し悪しや本物かどうかの見分けは出来るようになっている。本物であると分かり安心したのは公爵令嬢としてだった。粗悪品を取り扱う店を看過するわけにはいかないし、その出所をはっきりさせないといけなくなるからだ。
実際に似たような理由で取り締まったお店が何軒かある。
「ソフィ、どれが欲しい?」
そう言われても特に欲しい物はない。
本邸には義姉レイラが買ってくれた装飾品が沢山あるのだ。しかもまだ身につけていない物ばかり。
どうしたものかと迷っているとウィルは一つのショーケースを眺めていた。中身は指輪。
「流石に指輪は要らないわよ」
「そうか。残念だ」
「残念って…」
初めて会った相手に指輪を贈る。
勘違いされてもおかしくない行為に及ぼうとしないでほしい。もちろん私は冗談であると分かるけど。相手が男性免疫のない女性だったら確実に勘違いしてしまうだろう。
「ソフィは好きな宝石はあるか?」
「エメラルド以外だったら好き嫌いはないわ」
「逆にエメラルドは嫌いなのか?」
「ちょっと事情があってね、苦手なの」
苦笑しながら答える。
エメラルドが苦手なのは元婚約者を思い出すから。未練はないが過去は消せない。トラウマになるほど嫌いになったわけでもないけどエメラルドの宝石は無意識的に避けてしまうのだ。
「それならアメジストはどうだ?」
「普通です」
しれっと自分の瞳と同じ色を尋ねてくるのはやめて欲しい。
彼には普通と答えたがアメジストは好きな宝石だ。ただここで好きだと言えば確実にアメジストが嵌った装飾品を贈ってくるに違いない。
流石にそれは困るのだ。
「このネックレスはどうだ?」
私が困っている事に気づいてるのか愉快な笑みを浮かべて勧めてくるのはアメジストが嵌まった銀色のチェーンのネックレスだ。
「嫌ですよ」
「エメラルド以外だったら良いのだろう?」
「そうですけど、これは…」
「ソフィ受け取ってくれ」
ここまで強引にする必要はないだろう。
困り果てる私の横でウィルは店主に声をかけネックレスを取り出してもらう。
「付けてみてくれないか?」
「付けるだけですよ」
正直なところデザインも好みのネックレスだ。
今の服に似合うかはともかくとして付けてみるのはありだろう。
店主から受け取ろうとすると横からウィルが手を伸ばした。
「私が付けよう」
婚約者でも家族でもない男性にさせるのは良くないのだけど…。付けたそうな顔をされたら断りづらい。
「………お願い出来ますか」
「勿論だ」
優しい動作をしているのは手慣れている証拠だろう。
女性に贈り物をするのに慣れてるのね。
この行為に意味はないだろうけど兄や義姉に伝わったら大騒ぎするだろう。
護衛には後で口封じをしないとね。
「あぁ、予想通りよく似合っているな」
「そうですか?」
「とても綺麗だ」
うっとりするウィルの美形っぷりは心臓に悪かった。
そっちの方が綺麗じゃない。
やけに早くなる鼓動が彼に伝わらなければ良いと思いながら鏡を見るとやっぱり自分好みのネックレスが首元に飾られていた。
でも流石に受け取れないわ。
外すのは自分でやって店主にお返しする。
「店主それを包んでくれ」
「畏まりました」
「ちょっとウィル?」
「気に入ったって顔をしていたが違うか?」
顔に出したつもりはなかったのに。
頬が緩んでいたかしら。
自分の頬に触れていると隣から笑いをこらえる声がした。
「もしかして謀りました?」
「すまない」
「まったく…」
意外と良い性格をしている。
あっさりと騙された私もまだまだみたいだ。
「今日のお礼と騙したお詫びだと思って受け取ってくれ」
「仕方ありませんね」
負けた戒めとして貰っておく事にしよう。
ネックレスの入った小さな紙袋を受け取り店を出ると日は傾き夕暮れ時になっている。
視察に来たはずなのに結局ケーキ屋と宝石店しか見て回れなかった。収穫がなかったわけではないので良しとするしかない。
「そろそろ帰るか。送るぞ?」
「良いわ、馬車が来てるの」
「貴族だと隠すのはもうおしまいか?」
楽しそうに尋ねられ頷く。
もうバレバレだ。隠しておいても仕方のない事だろう。
「そうです。ですからこのネックレスのお金は自分で出しますよ」
「却下だ。私にも貴族としての矜持があるからな」
さらりと自分も貴族であると暴露するウィルに苦笑する。
「貴族であるなら自身の瞳と同じ色をした宝石を贈る意味をご存知なのでは?」
自分の瞳と同じ色の宝石を渡すのは貴族界において愛を表す事とされている。
これはフール王国だけじゃなくレイディアント王国でも同じはずなのだけど。
「だから贈ろうとしたんだ。別の物を用意するからそれはお礼とお詫びという事にしておいてくれ」
「えっ?」
「後日、君の屋敷に行こう。その時に正式に申し込ませてもらうつもりだ」
「な、なにを…」
「ここまで言ったら分かるだろう?それとも最後まで言ってほしいのか?」
笑顔で聞き返してくるウィル。
彼の言いたい事は分かる。多分想像している事で多分正解。けどそれを私が受け入れるわけにはいかない。
婚約者がいなくなって早々に他の方と、なんて元婚約者とやっている事が変わらないではないか。
「また会おう、ソフィア嬢」
手の甲にキスを送られて颯爽と去って行くウィルの背中を呆然と眺める。
結局彼は誰だったのだろう。
【☆☆☆☆☆】で評価をして頂けると嬉しいです。




