婚約破棄されました
「すまない。君との婚約を破棄させてほしい」
王城の一室。頭を下げたのはフール王国の王太子であり私の婚約者でもあるアーサーだった。
いつものように王太子妃教育を受ける為にやって来た私を呼び出したアーサーから聞かされた言葉は理解不能なものだった。
「何を言っているのですか?」
衝撃的なアーサーの発言に戸惑いながらもそれを悟られないように言葉を返す。
「真実の愛を見つけたんだ」
顔を上げたアーサーの顔は長い婚約者生活の中でも見た事がないほど情けないものだった。
私ソフィア・オズワルデスタが王太子アーサー・ハワードと婚約したのは十二年前の話。
アーサーは幼い頃より王太子として大切に守られるように育てられてきた。かといって甘やかされていたわけでもなく彼は厳しい王太子教育を文句も言わず受けていたのだ。そして真面目な青年に成長した。
そんな彼に欠点があるとするなら女性に免疫がないところだろう。
私とは婚約関係にあるが恋人というわけではない。
お互いに忙しく時間がとれてもお茶を共にするくらいだった。
決して仲が悪かったわけではない。ただお互いに婚約者であるのが当たり前で、将来は夫婦となる事が決まっていて、だから他の者に目を向ける事はない。
少なくとも彼の発言を聞くまではそう思っていたのだ。
「その真実の愛のお相手とは誰なのですか?」
まずは話を聞くところからだろう。
尋ねるとアーサーは私から視線を逸らし、小さな声で答えを返した。
「ストーン伯爵令嬢であるデイジーだ」
名前を聞いた瞬間、私は呆れ返った。
アーサーが見つけた真実の愛の相手があのストーン伯爵令嬢だなんて。
この方は本当に女性に対して免疫がないのだと理解した。真実を教えてあげるのが臣下であり婚約者である私の務めだ。
「アーサー様、言いにくいのですが…」
「デイジーは愛らしい子なんだ…。もちろん君だって負けてない美しさを持つ。でも、すまない。私が好きなのはデイジーなんだ。一生を共にしたいと思っている。彼女を愛してる」
私の言葉を遮り自分の想いを語るアーサーを見た瞬間、全てがどうでもよくなった。
陛下や王妃様には長年お世話になった事もあって申し訳ないと思うが彼自身が私との婚約破棄を望んでいるのならそれで良い。
私としても辛い王太子妃教育に終止符を打てると言うなら幸いだ。
「そうですか、分かりました。婚約破棄を受け入れます」
「本当にすまない、ありがとう」
「いえ、別に」
「悪いのは私の方だ。君の今後の婚姻に支障がないように手配もさせてもらう。許してくれ」
もうどうでも良かった。
長年この方を支えられるようになる為に血を吐くような努力を積み重ねてきたが無駄になってしまった。出来る事なら私の努力を返してもらいたいがそれは無理な話だ。
それに妃教育の中で得たものは消えない。これからも役立つだろうと思えば怒りも幾分か収まる。
「アーサー様、これはお返し致します」
「これは…」
アーサーに向かって差し出したのは彼の瞳と同じ色を持つエメラルドが嵌まった指輪だった。
この指輪は五年前。私の十三歳の誕生日にアーサーがくれたものだった。
『ソフィア、君を一生大切にしよう』
プロポーズと呼べる言葉と共に左手の薬指に嵌めてもらったのだ。
私はその言葉が嬉しかったし、常に身につけるようにしていた。でも、それは過去の話だ。
「これは君にあげたものだ」
「婚約者でなくなるなら不要です。王族から頂いた物を勝手に捨てるわけにもいきませんので処分はアーサー様にお任せします」
それだけ伝えると私は立ち上がり礼をする。
「今までありがとうございました。どうかお幸せに」
なれるものなら、ですけどね。
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