スペアのスペアの
「ソラ、これはおもちゃじゃないんだ」
勇者がやや申し訳なさそうに言ってくるが、今はどうでもいい。ソラはツンと耳を背けて、ちらりと魔鳥を見た。
『が、がが』
喋れないままでも、その驚愕はよく伝わった。
目玉がこぼれ落ちそうになっている。
なんの反応もない聖剣を見て、信じていた魔王復活など起こらないのだと、思い知っただろう。
「にゃーん(魔王とか、魔王の娘とか、ばっかみたい!)」
魔王が封じられていたとして、ソラには何も、感じるところがない。
そもそも魔族の子供は、親とは関係が希薄なものだ。ソラにとって、魔王は魔王であり、親ではない。
親と呼ぶなら、むしろ、魔力と居場所を与えてくれる、勇者こそ——。
「ソラっ」
焦った声をあげて、勇者がソラの体を聖剣の影に隠し、魔鳥を床へ叩きつけた。
その直前、自由だった尾羽から毒々しい色の羽をソラに向かって放ったからだ。
『キィエエエエ! 目覚めの鍵にすらなれぬ出来損ないよ! 魔力が足りないのなら、命まで捧げなさい! 魔王様の娘など、ただのスペアのスペアのまたそのスペアでしかないのですから!』
羽根は勇者の咄嗟の対応で、ソラを掠めることなく彼方へ飛び、魔鳥は勇者に踏みつけられて、へしゃげた声を上げて床にのびてしまった。
突然、静けさがその場に満ちた。
魔鳥のうるさい叫びが途絶えたから、ではない。
「に……」
ソラは、自分の鳴き声さえ空間に吸収されるのがわかって、さっと勇者の肩に駆け上った。
だが、そこも同じだ。
今や小屋の中全てが、音を封じられたようだった。
光が陰り、音が消え、精霊が弾かれ、魔力が滞る、その空間は。
勇者が、ソラを片手で掴んで、自分のシャツの胸元にぽいっと入れた。にー!と抗議する声も消えてしまうので、なんとか爪を立てるのは自制したが、とても良くない行為だ!
顔だけ出して文句を言おうとしたソラの、目の前に。
聖剣が、浮いていた。
「おいおい、聖剣が勝手に結界を張る? どういうことだ」
勇者の声は、直接響いたから聞き取れたのかもしれない。
勇者の手には鞘だけしかない。聖剣は、今や主人であるはずの勇者に向けて、抜き身の輝きを見せつけて反抗的だ。
何かおかしい。
ソラは、勇者のシャツの中に潜り込んだ。意外にもシャツは洗濯された匂いがしたし、温もりに溶けた勇者自身の匂いは魔力同様、悪くはない。
何よりそこは、ソラにとってはどこよりも安全だ。
「くっ、自分から、潜り込んでくるだと……」
勇者がデレがどうだとか文句を言って、少し震えているようだったが、気にしないことにした。
「んんっ、さて、こいつはどうするべきなんだ? 大体、あれからずっと様子がおかしかったからな。——それに、俺じゃないだろ? ソラに反応してる? 何なんだ?」
その時、ふと勇者が、顎に手を当てて考え込んだのを、ソラは見ていない。
しばらく思案したあと、勇者は半信半疑の薄目で、じっとりと聖剣を見据えた。
「……魔王?」
もぞりと暖かな固まりが懐で動くのをシャツの上からひと撫でして待つ。
だが、何も起こらない。
「だよな。娘のことなんぞ託されたから気になっただけ、気のせいだ。魔王はもう——」
勇者が自嘲気味に頭を振ったとき。
「我が娘を、貶めたのは、どこのうつけ者か……」
あらゆる現象を抑制するはずの結界の中で、地を揺らすかの低い声が、朗々と響き渡った。




