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「美咲ちゃん、私のこと会長から何か聞いてない?」
「いえ、何も」
「そんな、本当に?」
「はい。遺言にも何も記載はされていませんでしたし、父からあなたのことを聞いたことはありません」
何が信じられないのだろうか。口を震わせている。
「千恵子さんも聞いてないの?」
よく母の名前が出せたな、この女の面の皮は鉄か何かでできているんだろうか。
「はい」
ありのままを答えた。すると信じられないというショックを受けた表情をした。
何がそんなにショックなのだろうか。
「そんな、嘘よ嘘よ。私とあの人は愛し合っていたのよ、だから」
「だから遺産もらえるんですか?」
そう言うと露骨に顔が強張ったのがわかった。
「愛し合っていたならいいじゃないですか。それの何が不満なんですか?お金目当てでいっしょにいたわけじゃないんでしょう?」
そういうと悔しそうな顔で走って去っていった。静かに帰ってほしい。あの様子だと以前母にお金目当てで一緒にいる女と言ったことなどすっかり忘れているようだ。
あの女と父が男女の関係だったことは母も私も知っていたし会社の人間だって知っていた。兄の隆弘ような鈍感でなければわかっている公然の秘密だったのだ。だから我がもの顔で会社にやってきたし、わざとらしく父の世話を焼いていた。
しかし、父とあの女の関係はあくまで秘密だったのだ。何か文書で残した関係があるわけではないのだ。父が危篤で呼ばれるのはあの女ではなく、私たち家族。葬式の喪主だって母がやった。あの女は何も関わりのない他人だ。
あの女はわかりやすい、虎の威を借る狐だ。亡き父の威光で色々好きにやっていたみたいだが父がいなくなればそれはもうできないだろう。だから焦っているんだろう。他人にマウントをとれるものが何もなくなってしまうから。遺産でもあれば、何か遺してもらったと言えたのかもしれない。だが、父は何もあの女に渡さなかったし、遺さなかった。父がどうしてそうしたかはわからないが、結局はそういう付き合いだったのだ。
あの父名義のマンションは今私名義になっているのだから住めなくなることもわかっているんだろうか?
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