37-奇襲
宵の空の下、箱が積まれたような宵街には静かに緊張感が漂っていた。石壁に空いた穴から営む店も今は身を潜めて暗い影を落としている。
変転人達が怯えている。初めは只の人捜しなのだからと放っていたが、噂と恐怖が思った以上に広まっていた。
店が閉まれば好きな串焼きも買えない。この緊張を早急に鎮めなければならない。酸漿提灯の並ぶ石段を杖に乗って飛び、街の様子を窺う。視線は感じるが、誰も姿を現さない。
事の発端となった狴犴の許へ、この様を報告するために鵺は急いだ。
科刑所の上階に彼はいる。宵街では人間の世界のように裁判所や裁判官という言い方はしない。そもそも裁判という仕組みがない。罪を犯した者を捕らえて刑を与え、牢に入れる。それだけだ。その頭に座する狴犴は即ち宵街の統治者であり、彼がすることは主に、罪を定め刑を決めること。実際にどのように刑を執行するかは大体の所、執行人である鵺が担う。とは言え殆どの場合は地下牢に放り込むだけだ。地下牢に連行する役、と言った方が正しいだろう。
狴犴が罪だと言えば何でも罪にはなるが、そんなことがあれば鵺は止める。今の所はそんな横暴はないが。
科刑所を飛んで上がり狴犴の部屋を目指す。淡い色の窓が仄かに光を受け入れているが薄暗い。
慌ただしく扉を開け放した鵺は杖の先を部屋の奥へ向け、そこに座る狴犴の鼻先まで飛んで止まった。広いが物の少ない部屋の奥にぽつんと置かれた机に、いつも通り座っている。
「ノックくらいしろ」
寸前で止まることがわかっていたかのように表情一つ変えず、狴犴は手元の書類に目を通している。
「お前、街の様子はわかってるの?」
「何のことだ?」
「こんな陰気な所に引き籠ってるから知らないんだろうと思って、報告してあげるわ」
「それは御苦労だな」
顔を上げることもしない狴犴に、鵺の幼い顔が引き攣る。杖から降り、机に小さな手を叩き付けた。
「変転人が皆怯えて店も閉まってるのよ!」
「店を閉めろと言った覚えはないんだが。それは私の所為か?」
「そうよ! お前がマキちゃんを捜してることはわかったわ。でも遣り過ぎなのよ。誰か拷問にかけたって本当なの?」
狴犴は目だけを上げ、不機嫌な鵺を見た。漸く書類から手を離す。
「タイミングが悪かったか? 苧環は関係あるが、少し違う」
「何が違うのよ。言い訳なら言ってごらんなさい」
「苧環に余計なことを吹き込んだ奴がいた。そいつから話を聞いただけだ。睚眦に任せたのは悪かったと思っている」
鵺は複雑な声を漏らし、頭を抱えた。睚眦が尋問をできるはずがない。力を振るうことに快楽を覚える彼女は、拷問しかできない。
「……因みにだけど、何を吹き込んだの?」
「白が獣を殺した件だ」
「ああ……。あれは私もよく知らないけど、毒芹の件よね? 白には応えることをよくもまあ……」
「その所為で苧環に揺らぎが発生した可能性がある。早急に見つけ出したい」
悪を嫌う白が獣を殺したとあっては、頑固な白にも不安は過ぎるはずだ。それがどのように作用するかは未知数だが、大事な白が濁ってはいけない。
「マキちゃんだったらお前が呼べばすぐ来ると思うけど、来ないってことは喧嘩でもしたわけ?」
「それは鵺には関係のないことだ」
「宵街全部巻き込んどいてよく言うわね。やっぱり頭緩いわよお前」
「鵺も、苧環を見つけたら連れて来てくれ。そうすれば街も落ち着くだろう」
落ち着き払って言う狴犴に呆れながら、鵺は机に跳び乗ってどっかと座った。
「こんなに見つからないってことは隠れてるってことでしょ? 宵街の中に居ようが居まいが、隠れられたら絶対捕まらないわよ」
「何故だ?」
「無色には皆、便利な傘を持たせてるじゃない。くるっとすれば一瞬で何処かわからない所へ逃げられるのよ? 捕まえられるわけないじゃない」
「……成程」
「わかってたけど、お前馬鹿よね」
「傘を開く隙を突けば良さそうだが、難しいか。宵街に居るとするなら、椒図に空間を閉じさせよう」
変転人の傘は開かないと転送が行えない。無色に特別な力があると言っても所詮は人間だ。転送を行うには力が足りない。傘を開くことでパラボラアンテナの受信のように周囲から力を集め、それを借用して転送を実行する仕組みだ。傘を開きっぱなしでは邪魔なため、閉じる必要があるのが欠点だ。
「罪人に協力を仰ぐの? それは示しがつかないでしょ」
「妙案があるなら一考するが」
「とりあえずお前は一度休んだ方がいいわね。拷問の件がややこしく伝わってるから、それについては私が収めるわ。皆畏縮して、これじゃ見つかるものも見つからないわ」
「そうか。では今度何か奢ろう」
「その店が閉まってるからね! ここまで来たのよ!」
胸座を掴みたかったが、それは堪える。行き場のない手を彷徨わせ、机上に広げられていた書類を掴み上げた。
「……これ何?」
「獏からの報告書だ。悪夢について報告してもらった」
「罪人に何で報告書書かせてんのよ」
報告書には、願い事を叶える善行の最中に遭遇した悪夢について書かれていた。人間の中から飛び出し成長した悪夢との交戦。眠った時に見るあの夢が外に出て襲って来るのは、実際に見ない限りは信じられないものだった。
「よくこんなもの素直に提出したわね。前は黙りだったのに」
「時間は掛かったが、苧環に頼んだ」
「そんなことさせてるからマキちゃんに愛想尽かされるのよ」
悪を嫌い罪人を疎む白に何度も罪人の許へ足を運ばせるのは拷問に近い。もし白花苧環が見つからない件が喧嘩だとすれば、原因はそれに違いない。
溜息を吐きながら鵺は報告書に目を通した。悪夢の仕組みがこんな風になっているとは知らなかった。何故素直に報告する気になったのだろうか。獏の罪は表向きは暴食になっているが、それは宵街の地下牢に入れることを躊躇い軽罪の扱いで外に出すためだ。刑を決めたのは狴犴なのでその心中は鵺の知る所ではないが。
通常罪人は拷問にかけるのだが、睚眦と距離を取るために鵺はあの誰もいない廃棄された街を選んだ。彼女が拷問すると相手が死ぬ可能性があるからだ。睚眦は罪人の獏の存在を未だ知らない。
(大人しくこんな報告書を提出してるけど、おそらくまだ隠してることはあるはず。クラゲちゃんが上手く嵌ってくれてるみたいだから、大人しいのかしらね……)
読み終えた報告書を置き、机から飛び降りる。木履が音を立てる。
「とりあえず宵街を収めてくるわ。話はそれからね」
「店が開くといいな」
「何でそんな他人事なのよ!」
「鵺が好きな串焼きは何だったか」
「え? えっとね……泥鰌でしょ? あと雀も好き……」
「相変わらずよくわからない好みだな」
「声に出てんのよ! 失礼ね! 亀の手汁も付けておいて!」
亀の手とはあの甲羅を背負う生物の手ではなく、固着する甲殻類の一種だ。形はその名の通り似ている。
長い杖を再び取り出し回して跳び乗る。狴犴の説明不足にも程がある。巣から出て来ない変転人を安心させるため、鵺は急いで街へ出た。
後に残された狴犴は報告書を何度も読み返し、口元に薄らと笑みを浮かべる。
(お前にはもっと善行を熟して名を広めてもらわなければ。どれほど強くなるのか、楽しみだ)
* * *
「あああ疲れた……」
椅子に座ったまま、獏はベッドに倒れるように突っ伏した。顔に被っている黒いマレーバクの面の鼻が当たって少し痛かった。
「…………」
ベッドの上で座る白花苧環は不満げにチェス盤を見下ろしている。もう何度も獏と対戦したが、一度も勝てない。序盤は良いが、じわじわと嬲るように追い込まれる。気付いた時には足元を掬われている。確かに自分で言う程のことはある。獏は強い。だが負けを認めることは屈辱だ。
何度も連続で打たされた獏はもう何も考えたくない程に頭が疲れていた。白花苧環の方が気力は上らしい。
「もう一度いいですか」
「この状態の僕を見てまだそれを言えることに驚きだよ」
ベッドに伏せたまま喋るので上手く聞き取れないが、言いたいことはわかった。
「君は元気だねぇ。僕は甘い物でも食べて来るよ」
「そうですか。ではオレも暫く眠ります」
「平気そうな顔して、君も疲れてるんじゃない。安心して眠るといいよ。その方が怪我も早く治るでしょ」
灰色海月や浅葱斑もいる御陰だろうか、罪人の牢の中でも眠ることができるほど心を許してくれているようだ。眠らなければならないほど頭の怪我が響いているだけかもしれないが。
獏は静かに部屋を出て階下へ行く。廊下の奥の浅葱斑は相変わらず物置部屋を漁っている。物が多いのでまだまだ退屈はしなさそうだ。
誰もいない街は今日も静かで、止まった時間の中で緩やかな空気が流れる。台所を覗くと、灰色海月はせっせと菓子を焼いていた。
「何か食べてもいい?」
「はい。持って行きます」
蹲んでオーブンを眺めていた灰色海月は顔を上げ、顔は見えないが疲労が窺える声の獏を見上げた。交遊相手ができて白花苧環も嬉しいのだろうかと、微笑ましい気持ちになった。
獏は椅子に座り、背凭れに体を預ける。その様子を黒猫が見上げていたが、すぐに物陰に引っ込んだ。疲れていることがわかっているのか、そっとしておいてくれるようだ。目を閉じると、何も見えない暗闇に落ち着く。
「食べる間に、手紙を拾って来ます」
「手紙か……あんまり気分じゃないけど、少しは回復しておくよ」
甘い香りが鼻腔を擽り、灰色海月が店を出る音が聞こえた。少し目を閉じるだけで疲労は少し軽減される。
「…………」
目を開けて机上を見て、獏は無言で固まってしまった。大皿はいつものことだが、見上げるのは初めてかもしれない。小さなシュークリームが錘状に積まれていた。食べたことはないが知っている。これはクロカンブッシュとか言う菓子だ。
「これ……どうやって食べるの……?」
チョコレートが掛けられている所為か、しっかりと接合されていて下手に抜き取ると崩れそうだった。
仕方なく椅子の上に立ち上がり、ゆっくりと頂点のシュークリームを抓んだ。指先が震えてしまう。何だかこういう玩具があった気がする。
そんなに時間を掛けたつもりはないが、机上に片足を掛けながら頂点のシュークリームを齧ると同時に店のドアが開いた。手紙の差出人を連れて来た灰色海月の動きが止まった。
「……行儀が悪いですが」
「食べ方を教えてもらえると嬉しいかな……」
「普通に切り分けていただければ」
「ああ、切る物か!」
よく見れば皿の陰にナイフが置かれていた。死角になっていて見えていなかった。
「威厳も何もないですが、こちらが獏です」
灰色海月は後ろに控えていた女に獏を紹介する。確かに威厳はない。
椅子から飛び降りるとシュークリームの塔で顔が見えなくなったので、ナイフを入れた。少し崩れた。
「威厳がなく不器用な獏です」
「付け足さなくていいよ」
差出人の女はクロカンブッシュを見上げ、感嘆の声を漏らした。
「おめでたいことがあったんですか? おめでとうございます」
「え? いや何もないけど……御祝いの御菓子なのかな? クラゲさん、何か良いことあったの?」
「いえ、何も」
何もないが作ったらしい。ただシュークリームを積んだとしか思っていない。
女は困惑しているが、何かあるとすれば灰色海月の退院祝いだろうか。もう幾日も経っているが。
「これは只のおやつだから気にしないで。とりあえず座って」
「は……はい」
崩れた小さなシュークリームを拾って頬張る獏を見ながら、女は出された椅子に座った。怖々とここに来たが、全く緊張感がなくなってしまった。獏が被っている動物面は不気味だと思うが、それだけだ。
「早速願い事を聞こうか」
一口で頬張れる大きさなのでぺろりと一つ平らげ、紅茶を飲む。疲労感が和らぐのを感じた。
女の前にも紅茶を置かれたので、彼女も釣られて飲んだ。一呼吸置いてキリッと意を決する。
「あの! 私の彼氏になってください!」
「……え?」
唐突な申し出に獏は面の下で目を瞬いた。この女とは面識がないはずだが、何処かで会ったことでもあるのだろうか?
「まっ、間違えました! 彼氏役です! 役!」
慌てて言い直すが、役と言われても同じ反応だった。
「彼氏役って……何するの? 役ってことは、誰かに見せるのかな?」
「そ、そうです……」
女の表情は途端に曇る。浮かれた願い事ではなさそうだ。
「しつこく言い寄ってくる人がいて……彼氏がいるとわかれば、諦めてくれると思うんです。一回デートするだけでいいので、彼氏役してくれませんか!?」
「わざわざ僕に言うってことは、頼める男友達もいないのかな」
「いないんです! ……あ、でも……獏さんも……もしかして女性……?」
「性別の前に僕はお面を取らないけど、そういう彼氏でもいい?」
「え……それはちょっと……」
変な彼氏を用意してしまえば、すぐに別れそうと思われてしまうかもしれない。なるべく普通の良い人を希望したい。女は暫し考えた。
「変な二択を迫っちゃったけど、男なら他にもいるから安心して。好きな人を選んでくれれば――」
彼氏役を他に擦り付けようと笑顔を作っていると、二階で物音がした。爆発音だ。爆発と言えば浅葱斑の武器は爆弾だと言っていたが、何かの間違いであってもそれを出す状況は平常では想像できない。
「……ちょっと待っててね」
灰色海月に目配せし、彼女には待機してもらう。
獏は一跳びで二階へ上がり、音のした白花苧環のいる部屋のドアに耳を当てた後に勢い良く開けた。揉める音は聞こえなかった。
中にはベッドから降り床に手を突く白花苧環と、それを支える浅葱斑の姿があった。他には誰もいる気配はない。窓は開け放され、硝子が派手に割れている。枠にも損傷がある。爆発音はこれらしい。
「大丈夫? 何があったの?」
獏は二人へ駆け寄り、様子を窺う。
「知らない……誰かが……」
白花苧環は眉を顰めながら肩で息をしている。獏はその腕を掴み、ガウンの袖を捲った。僅かだが血が出ている。
「どんな人?」
「黒いフードを被ってましたが、炎のような色の髪が見えました。眠っていた所を首を絞められて、抵抗したら窓から逃げました。追おうと思ったんですが、窓に糸のような物を仕掛けられていて……腕はそれに掠っただけです」
「物音が聞こえて様子を見に来たら、窓に糸がって言われて、ボクが爆破しました。べ、弁償ですか……?」
二人の言い分を聞き、獏も窓を確認し身を乗り出した。爆破した所為なのか、糸はもうなかった。周囲を見渡してみるが、もう何も気配は感じられない。炎色の髪には覚えもない。だが糸には引っ掛かることがあった。以前店の外に仕掛けられていた矢も、変換石で出力された糸が使われていた。同じ物かはわからないが、意識には留めておく。
「弁償はしなくていいけど、部屋は移った方がいいね。ベッドが破片だらけだし。向かいのクラゲさんの部屋に移って。そこで続きを話そう」
部屋を出ると、階下に来客があることに白花苧環も気付いた。願い事の依頼が来ているのだ。
石膏で固められた重い脚を一歩一歩確かめるように踏み出し、誰もいないベッドに腰掛ける。
「善行を優先してください。罪人の刑を妨げるのは不本意です」
「少し待たせてるだけだから大丈夫だよ。どのみち待たせるしね」
「……?」
念のため灰色海月の部屋の窓からも外を確認する。やはり何も気配を感じない。カーテンを閉め、ベッドに向き直る。
「君が言った髪色の人は僕にも覚えがない。この街にも僕達以外には誰もいないって話だし。普通の人間がいきなり君を襲うとも考えられないよね。この街に人間が来るには誰かの手が必要だから」
「だとすると獣か有色ですか? 黒服でしたが」
「……アサギさんの例があるし、見た目で判断はできないかな……。でも有色だとすると一人では来られないよね」
浅葱斑は灰に属しているが、髪は青で服は黒だ。一目で無色の灰と見抜けない。
「オレが取り押さえていれば……」
重い脚に置く手に力を込め、白花苧環は苦虫を噛む。襲われたのは自分なのに相手の顔を見ることもできず、とんだ失態だ。
「マキさん、首は大丈夫? 絞められたんだよね?」
「眠りが浅かったので、すぐに目は覚めました」
「安心して眠ってって言ったのに……窓から侵入される可能性も考えておくべきだった」
「狴犴が送り込んできた人かもしれません。オレが無防備だっただけです」
互いに反省する点はある。相手を責めることはない。この街は安全だと思い込んでいた。その前提が間違っていたのだ。
「狴犴の可能性は低いかもしれない」
「何故です?」
「だって狴犴はここに来たことないよ。僕のことは鵺に丸投げしてたからね。この街の作りも、その中の何処にマキさんがいるかも、窓の位置だってわからない。鵺から聞いたとしても、鵺はこの二階に上がったことがない。この建物を利用することを決めたのは僕だし」
「狴犴ではないなら、通達を受けて誰かが独断で奇襲を掛けた線でしょうか?」
「それこそ有り得なくない? 白が罪人の牢に自ら飛び込むなんて、何も知らない人が思い付くと思う?」
「では知ってる人が手引きしたんですか? ――スミレとか」
憂うように冷たく笑うが、自然と疑えることにも嫌になる。やはり黒は信用できない。その感情しかなかった。
「……君が刻印したから、スミレさんの動きはわかるよ。今は宵街にいるみたいだけど。気になるなら、今から連れて来ようか?」
自分の身に危険が迫り、更に重要な部分の記憶も思い出せない。そんな中で何も信じられなくなるのは当然だろう。黒葉菫を疑うことを咎めることはできない。
「連れて来る……? わざわざここへ? 怪しまれないですか?」
「今、下に来てる願い事の件でね、スミレさんに手伝ってもらおうと思ってた所だから」
「危険な願い事ですか? 悪夢の時のような」
「ああ、そういうんじゃないよ。彼氏役が欲しいだけみたいだから。スミレさんを連れて来るのが嫌なら、マキさんがやってみる? 彼氏役」
「彼氏役とは何ですか……?」
眉を寄せる白花苧環の反応は当然であるが、彼に頼む気は最初からない。痛みは引いてきているがまだ両脚は重い石膏に覆われている。この状態で一日デートをさせるのは酷だ。
「女の子と一日楽しく過ごす役だよ」
「漠然としてますね……」
「君はそんな体だし、髪は真っ白で目立つし。アサギさんも髪は目立つから、スミレさんなら黒いし良い彼氏役ができると思う」
「貴方も黒髪ですよね」
「お面外さないって言ったら断られた」
「ふっ……」
白花苧環は思わず鼻で笑ってしまった。
「とまあそんなわけで、スミレさんを呼ぶのはちゃんとした理由があるから、怪しまれないよ。君も謝りたいなら、いい機会だよ」
「…………」
勝手に黒葉菫に契約の紅茶を飲ませて刻印したことを悪いと思っているなら、謝れば良い。謝った所で獏が彼から何かしら代価を貰わねばならないことには変わりないが。
白花苧環のことは浅葱斑に任せ、獏は一旦部屋を出る。獏が戻るまでは白花苧環に起きていてもらう。わざわざ睡眠中を襲い、目覚めて抵抗されてすぐに逃げたことを考えると、起きている間に再び襲いに来ることはないだろう。白花苧環の強さを知っていての行動ならば、警戒しているはずだ。
階下へ下りると、依頼者の女はシュークリームを頬張っていた。間を持たせるために灰色海月が与えたのだろう。
「遅くなってごめんね。君の願い事を叶えてあげるから、彼氏役を呼ぶね」
「ほっ、ほんふぉ……本当ですか!?」
食べていたシュークリームを急いで飲み込み、女は安心して胸を撫で下ろした。
「クラゲさん、スミレさんを呼んで来てくれる?」
「はい。わかりました」
灰色海月はすぐに小走りで店を出、女はそれを見送った後に獏に確認した。
「スミレさん……って、女性ですか?」
「ん? 男だよ。……ああ名前の所為か。女性の方が良かった? 男性は苦手かな?」
男友達もなく、男に言い寄られて困っているのだから、そもそも男性が苦手とも考えられる。女は慌てて首を振ったが、本心はどうだろうか。
「そんなことはないです! 男性が彼氏役の方がリアリティあると思いますし」
「リアリティか……。だったら慣れてる方がいいのかな……」
「あんまり慣れてると私が付いて行けるか心配ですが……」
「女の子と話せないわけじゃないから、頓挫はしないと思うんだけど」
彼は灰色海月のことは少し怖いようだが黒色海栗とは普通に話していたので、女性が苦手と言うことはないだろう。願い事を叶えることも何度か同行しているので、勝手もわかっているはずだ。
「待ってる間に代価の話もしておこうかな」
「あっ、代価……」
「願い事が叶ったら、君の心の柔らかい所をほんの少し貰うね」
「ぶ……物理的に……?」
「いや物理的に食べないよ。形の無い物を貰うんだよ」
顔が青褪めるので慌てて訂正する。心臓をほんの少し食べるなんてそんな器用なこともできない。
「形が無い物……空気みたいな物ですか? 形が無いのに貰われるのは想像できない……」
「例えばそういう不安な気持ちを貰うと、君はもう不安を感じなくなる。毎日が清々しいね」
「そうなんですか? 不安が無い毎日ってどんなのなんでしょう……」
不安が無いと言えばストレスも無く快適に思えるが、不安や心配は慎重になれる感情だ。それが無いのは、ブレーキの無い状態とも言える。それで良いこともあるだろうが、全て良いとは限らない。そこまでこの女に考えられるかはわからないが、疑問を持つのは良いことだ。
言葉を咀嚼しようと頑張る女を黙って見ながら、街に現れた気配に気付く。もう少し時間が掛かると思ったが、店のドアが開いた。灰色海月の後ろにやや緊張した面持ちの黒葉菫が立っていた。
「おかえり。早かったね」
「家にいたので、すぐに見つかりました」
狴犴の通達を恐れて家に隠れていたようだ。黒葉菫の面持ちはおそらく願い事の方ではなく、こちらだろう。
「大変な時に来てくれてありがとうスミレさん」
「俺は何で呼ばれたんですか?」
急いだのかどうやら灰色海月は何も言っていないらしい。
「この人の願い事でね、一日彼氏役をしてほしいんだ」
「彼氏役? 俺がですか?」
「そうだよ。外見の年齢も一番近いと思うし」
今度は困惑の表情になるが、女の方も口を開けたまま固まってしまった。
「いっ……イケメン!」
「初めて言われました」
「あ、あの、この人が彼氏役になってくれるんですか!?」
興奮気味に獏へ尋ねる。この様子だと男性は苦手ではないだろう。大丈夫そうだ。
「うん。君が良ければ、スミレさんにやってもらうよ」
「相手にとって不足なし! ……ですが、服は普通の服を着てください」
「これ、普通じゃないですか……?」
季節はもう春だと言うのに、全身黒尽くめでは空気が重い。普通の人間がデートで着るような服でもない。宵街で暮らす彼には難しい問題だろう。
「スミレさんには頑張って彼氏らしさを吹き込んでおくよ。待ち合わせの日時と場所だけ決めておこう」
「では明日の日曜日はいいですか?」
「……あ、俺か。いいです」
やや不安は残るが、日時と場所を決めて女は街を後にした。獏は人差し指と親指で輪を作り、女に向けて見送った。
ドアが閉まると黒葉菫は不安そうに獏を見る。
「彼氏の経験なんてないですよ、俺。何をすればいいんですか?」
「僕もそんな経験はないけど、その服はデート向きではないことはわかるよ」
「…………」
もう一度自分の服装を見下ろし、眉を寄せた。そんなに駄目出しをされる服だとは思わなかった。
「変転人としては問題ないよ。色が決まってるし、動き出しやすさのために皆ヒールの高い靴を履いてるよね。でも普通の人間は戦闘しないから」
「……そうですね」
「当日の予定だけど、午前は映画館に行くといいよ。なるべく恋愛映画ね」
「映画館は行ったことないです」
「暗い部屋の中で集団で静かに大きな画面を観るだけだよ。これなら観るだけでいいから何もしなくていいし、共通の話題が生まれて、会話せざるを得ない食事中でも話ができる。恋愛映画を薦めたのは、恋人を演じるためと、内容が何か参考にできることもあるんじゃないかと思って」
「成程……確かにそれだと少し気は楽です」
「映画も食事も、料金は相手の分も含めて全額君が払ってね」
「え?」
納得しながら聞いていたが、突然の要求に思考が吹っ飛んだ。
「待ってください。そんな金、持ってないです」
「ふふ。宵街で生活する君が人間のお金を持ってないことは想像がつくよ。財布は後で渡す。全額君が支払う理由はね、こいつは俺の彼女だぜ、って感じを出してほしいからだよ。各自で払うと普通の友達に見られる可能性もあるから」
「は、はあ……難しいんですね」
「君は常に見られてると思って行動して。彼女が見たいもの、したいこと、興味を示したものには付き合ってあげて。彼女は、彼氏がいるとわかれば相手が諦めるだろうって言ってた。たった一度のデートだけで。たぶん当日、その男に付けられるよ」
「! 手を出してくる可能性はありますか?」
「それはわからない。当日は僕も距離を取りながら付いて行くから、映画館で特定したいね。中に入って来るかわからないけど、君達を意識する男がいないか見ておくよ」
「わかりました」
「その男をどうこうする願い事ではないから僕からは何もしないけど、デートを台無しにされるのは困るからね。彼氏役と一日デートするのが願い事だから」
「やっぱり貴方が彼氏役を引き受けた方が良かったのでは」
「断られたからね僕は。心配しなくても、今から彼氏にぴったりの服を探しに行くから安心してよ」
安心させるようににこやかに笑うが、黒葉菫は気が乗らないままだ。突然彼氏役と言われて途惑う気持ちはわかるが。
「クラゲさん、準備できた?」
「はい。いつでも行けます」
台所に入って何やらごそごそとしていた灰色海月は大きなバスケットを持って出て来た。それで黒葉菫も行く所に察しがついた。
獏の首に首輪は忘れずに、三人は店の外へ出て場所を移動する。
黒葉菫と白花苧環に話をさせようとは思うが、まだ様子見だ。白花苧環は彼を警戒しているので、先に獏が窺っておく。
陽の沈んだ静かな住宅街に現れた三人は、まだ明かりの灯るカフェを見詰めた。まず灰色海月が中に入り、バスケットを差し出す。彼女が菓子の納品を行っている由芽も来客に気付き、洗っていたグラスを落としそうになり慌てて掴んだ。
「皆さん! クラゲさんも怪我が治ったんですね! 良かったです!」
「パウンドケーキを焼きました」
「わあ、凄く美味しそうです! 今日は皆さんお揃いで、もしかしてカフェの御利用ですか?」
嬉しそうにタオルで手を拭きながら接客を始める由芽を、獏はやんわりと制する。
「カフェじゃなくて、君に用があって」
「私に?」
「ちょっとした事情で、スミレさんにデート服を見繕ってあげてほしいんだ」
「でっ……デート!? 彼女さんがいたんですね! ど、どきどきしてきました」
「何で君がどきどきするのかわからないけど、女の子は恋愛話が好きだよねぇ」
興奮する由芽にくすくすと笑うが、相談に乗ってくれそうで安心する。
「本物の恋人じゃなくてフリをするだけなんだけど、この通り着て行く服がなくて」
「もしかして誰かの願い事ですか? 男の人の服は私にもよくわからないので……兄を紹介してもいいですか?」
「お兄さんがいるの?」
「はい。二つ上の兄です。……あの、獏さんの話もしてしまったんですが……大丈夫でしたか……?」
「構わないよ。噂を流して願い事を受けてるから、口は封じてない」
由芽は携帯端末を慣れた手付きで叩き、文字を打ち込む。仕事中だといけないので通話を避けたのだが、すぐに返事が来た。
「何それ面白そう、って返ってきました」
どうやら面白がられたようだ。邪険にされるよりは良いかと話を通してもらう。
「すぐに帰ると言ってます。兄は一人暮らしなんですが、ここからそう遠くないので……私はまだ片付けがあるんですが、待ちますか?」
「急がせるのも悪いし、僕達だけで行くよ。傘を回せば一瞬だし」
「わかりました。兄は由宇と言います。サイズが合えば服も貸せると言ってます。背はスミレさんの方が少し高そうですが……」
「助かるよ。何か願い事があればいつでも言ってね。サービスするよ」
「わあ、ありがとうございます」
にこにこと互いに笑顔で会話をするが、今は特に願い事はないようだ。
由芽は手土産にと菓子を包み、それを持って三人は兄の由宇が住まうマンションへくるりと傘を回した。
由宇が住んでいる部屋の前まで行き呼び鈴を鳴らすが、中には誰もいなかった。まだ帰宅途中なのだと暫く待ち、ばたばたと駆け足で廊下を走る青年が視界に入る。目が合い、互いに相手を観察した後、先に口を開いたのは青年だった。
「え、と……お面が獏だっけ?」
「と言うことは、君がお兄さんかな?」
緩い服装にリュックを背負った青年は獏を認識して人懐こく笑った。気さくで話しやすそうだ。
獏が力で鍵を開けることはできるが、鍵を持つ由宇がいるので開けるのを待つ。靴を脱いで家に上がる彼に付いて獏も靴のまま上がろうとし、慌てて止められた。
「えっ靴脱がない人!?」
「脱がない」
「頑なだな……。掃除が面倒なので、ちょっと待ってください」
雑巾でも持って来て靴底を拭かれるのかと思ったが、ビニル袋を両足に履かされた。床に滑りそうだった。拭かれる方が良かった。
部屋へ案内され、適当に座る。朝脱いだ服だろうかベッドの上は乱れているが、他は綺麗に片付いていた。棚には料理の本が何冊も収まっており、妹は製菓だが兄も料理を嗜むのだろう。
「これ、預かってきた手土産だよ」
「由芽から? 後で礼言っとく」
「君も料理が好きなの?」
菓子は机上へ置き、由宇は早速クロゼットと引出しを開けながら答える。
「好きって言うか、本業です。自分の店ではないですけど、洋食屋で作ってます」
「へえ。兄妹だねぇ」
「デート服……ですよね? オレもあんまり経験ないんで、とりあえず服見てみます?」
「うん。ありがとう。スミレさん、何か着たいのある?」
黒葉菫も立ち上がり、クロゼットの中を覗いてみる。普段着ない黒以外の色がたくさんあった。
灰色海月は部屋の隅で立って待ち、様子を見守る。
「あんまりお洒落な服はないですけど、デートと言えば清潔感ですよね。やっぱり白ですか?」
「安直だね。ただ白ければいいってもんじゃない。同じ服でも草臥れた白い服より、皺も解れもない服の方がいいでしょ?」
「この獏結構厳しいな。でも尤もな意見」
「着物だと楽なのにね」
「着物は持ってないです。着付けできるんですか?」
「まあ多少は。着物だと上下の組み合わせを考えなくていいでしょ?」
「確かに。頭いいなこの獏」
「当日は僕も目立たないように付いて行きたいから、僕にも服を貸してくれる?」
「尾行とか超楽しそう。変な格好にしてもいいですか?」
「何で変な格好させようとするの」
話しやすくはあるが、旧知の友人というような話し方をしてくる。人と喋ることに慣れている感じだ。緊張などしないのだろう。譬え相手が人間ではなくても。
「変なお面被ってるので、服も合わせて変な方がいいと思いまして」
「目立たないようにって言ったんだけど」
「あ。試着は自由にしてください。着てみないとわからないこともあると思うんで」
服をベッドや床に広げる様子を見ながら、黒葉菫は言われたように服を脱ごうとしてハッとした。
「クラゲはいいのか……?」
黙ってじっと見守っていた灰色海月は首を傾いだ。場所が邪魔だったのかと、見回した後少し横に移動した。
「部屋から出なくてもいいのか?」
「そんなに邪魔でしたか? すみません」
しゅんと目を伏せて服を跨いでドアに向かう。悪いことを言ってしまった気がしてしまう。
「クラゲさんは零歳だから、その辺のことはまだわからないんだよ。クラゲさんもね、少しずつわかっていくよ。スミレさんは着替えを見られるのを恥ずかしがってるだけだから」
「言葉にされると俺が恥ずかしいんですが。それに俺じゃなくて、クラゲが……」
女性なので気遣ったつもりなのだが、元は性別のない花だった黒葉菫にもその辺のことは疎い。
灰色海月はまだ少し首を傾ぐが、邪魔だと言われているわけではないと理解はした。静かに部屋の外で待つ。
「……クラゲって零歳だったんですか? 道理で文字が読めないはずですね」
「まだ知らないことが多いから、困ってたら助けてあげてね」
「ウニが宵街に来た時も俺が教えたので、機会があればいいですよ」
獏達の会話を聞いていた由宇は、あの二足歩行する女性が零歳児? と疑問が頭を占めたが、詳しく訊いて良いのかは迷った。由芽から獏の話は聞いているが、胡散臭くは思っている。
いやこんなにはっきりと聞こえるように会話しているのだから、訊いて不味いことはないだろう。
「獏とそっちの男は何歳なんですか?」
「ん? そんなことを訊く人間は初めてだね。僕ははっきり数えてないから大体だけど、百五十くらいかなぁ?」
「年寄りじゃん!」
「獣の中では若い方だよ」
「普通に人間に見えるのに……」
顔は見えないので、手の方に目を遣る。獏の手はすらりと白く綺麗で、老人のような皺は刻まれていなかった。外見と年齢が釣り合っていない。
「俺は十三歳です」
「中学生!?」
こちらはこちらで驚く。獏よりも背丈はあるが、黒葉菫の方が年下らしい。何だかもうわけがわからない。
「ふふ。僕達は普通の人間とは違うから」
「これはこれでいいんですか?」
ズボンを試着していた黒葉菫を振り返り、獏と由宇は一瞬無言になった。
「……短いね」
「オレ脚短いんだな……。長かったら切れるけど」
「脚を切るんですか……?」
「身長差もあるからね。スミレさん、そんなシンデレラみたいなことしなくていいよ。サイズが合わないなら買えばいいから」
苦笑しながら他のズボンも確認する。穿く人物が同じなので当然長さは同じだろうが、長い物ももしかしたらあるかもしれない。由宇も察してズボンを広げて見ながら、獏を一瞥する。
「シンデレラって……脚切る?」
「シンデレラの姉が、硝子の靴のサイズに合うように自分の足を切るでしょ?」
「そんなエグイの初めて聞いた」
「ふぅん。子供向けに改変されてるんだっけ」
何とか穿けそうなズボンを見つけ、それに合わせて上半身を選ぶことにする。由宇が処理を怠って裾を折って穿いていた物が役に立った。
「あ、そうだお兄さん。財布も貸してもらっていいかな?」
「カツアゲ?」
「外側だけだよ。財布本体を貸してほしい」
「それならいいですけど。財布は無いのにお金はあるんですか?」
「僕が入れるから大丈夫」
「オレも尾行参加していいです? 妹が世話になってるので、少しくらいなら奢りますよ」
「駄目」
「即答じゃん」
「気配も消せない人間に付いて来られてもね。気持ちだけ受け取っておくよ」
「じゃ、気持ちだけ財布に入れといてあげますね」
付いて行けないことを心底残念そうに、カード類を抜いた財布をそのまま獏へ手渡す。
「いいの?」
「そんなに入ってないですけど。妹の店に客を入れてくれた人に、ちょっとした御礼です」
獏は財布の中身を確認し、驚いて顔を上げた。
「三千円も入ってる」
「も? しか、って文句言われると思った」
「厚意に文句なんて言わないよ。余計な御節介以外は、どんなことでも嬉しいよ」
「おう……余計な御節介じゃなくて良かった」
くすくすと笑いながら、獏は黒い服を選んで合わせる黒葉菫から服を奪い、それは引出しに放り込んでおく。黒から抜け出そうとしているのに同じ色を選んでどうするのか。無意識に選んでいるのかもしれない。見えない所に押し込む。
何とか服を選び、靴も幸い履ける大きさだったので、履き潰されていない靴を選んだ。
灰色海月は終始部屋の外で蚊帳の外だったので、少し詰まらなさそうな顔をしていた。
あれこれと計画は考えてみたが、恋人の振りはしなければならないが、ほぼ初対面の男にあれこれされるのはどうなんだと疑問を抱き頓挫した。触れることは慎重に、紳士になれと結論を出してこの日は解散した。
迎えたデート当日、連絡手段がないため兎に角わかりやすい場所をと駅前の目立つ飲食店の前で待ち合わせた。指示の通り黒葉菫は時間より早く待ち合わせ場所に着いて彼女を待った。それを遠目にサングラスを掛けた獏が灰色海月と共に見守る。
服よりも苦労したのが電車の乗り方だった。何せ黒葉菫は電車に乗ったことがない。獏にも経験がない。由宇に教えてもらった。路線は複雑だが、彼女と合流すればそこからの行き先は彼女に確認が取れる。しっかりと入金された交通カードを渡され、切符は買わずにとにかく改札にこれを当てれば良いと由宇に教え込まれた。
「お面以外でもいいんですね」
「人が多いとあのお面じゃ目立つからね……」
「その黒眼鏡だと、鼻を捨てたマレーバクですね」
「サングラスね。あの鼻邪魔だし快適だよ」
「でしたら普段からサングラスでいいのでは?」
「これは目しか隠れないから心許無い」
元は顔に何も被っていなかったのに、慣れとは恐ろしいものだ。
合流し手筈通りに映画館へ向かう二人を遠目に追いながら、周囲にも視線を巡らせる。指の輪で覗くこともできるが、駅前は人が多い。重なり合った大勢の人間の感情を見分けるのは難しい。
獏と歩く時は後方を歩いていたので、彼女と歩く時は隣を歩くように黒葉菫に言ったが、その通りに速度を合わせて近過ぎず遠過ぎず歩いている。口元が見えないので何を話しているのかわからないが、あまり話していないように見える。映画館に行くまでは仕方ないかと様子を見守る。
彼女は春らしい小花柄のワンピースを着ている。黒葉菫は少し色が暗めだが、明るい色を渋ったのでこれも仕方がない。嫌なものを無理強いはできない。黒ではなくなっただけ良しとする。
映画館に着き発券するのを遠目に見守り、由宇に教えられた通りに獏も券を購入する。獏も黒い服ばかり着ているが、他の服を着ることに黒葉菫ほど抵抗はない。灰色海月はエプロンだけ外して後はいつも通りの灰色だが、由芽の持つ服の大きさと合わなかったのだから仕方がない。差し色として赤いショルダーバッグを借りたので、思ったよりは目立っていない。
黒葉菫と彼女が中に入るのを確認し、暫く入口に立っておく。上映を待つ客のように見えるため、待ち伏せも怪しまれない。中に入る人間なら列になるので、指の輪でも見やすい。
「……見つけた。きっとあいつだ」
「そんなにはっきりわかるものなんですか?」
「一人で映画を観に来る人間が、入場中に映画以外のことを考え過ぎ」
映画館を薦めた理由は色々あるが、これも理由の一つだ。雑踏の中だと特定は難しいが、わざわざ一列に並んでくれるのだ。これを利用しない手はない。映画を観たことはないが、入口の手前まで入るのは自由だ。興味本位で覗いたことがあるので知っている。
意識されないように少し距離を開けて獏も入場する。見た目は普通の男なので、雑踏に紛れ見失わないようにする。
全体を見渡しやすいように一番後ろの席に着き、二人と男の位置を確認する。二人の二列後方に男がいる。
「ぴったり張り付いた席だから、発券の時に覗かれてたっぽいね。こっちも発券で目を離してたからな……見ておけば良かった」
最後列ということもあり周囲に座る者はいないようなので、小声なら話しても聞こえないだろう。中央はまだ席が埋まっているが、その他は疎らだ。
「映画は楽しみです」
「上映中はあの男も動かないだろうし、ゆっくり楽しもうか」
「はい」
視界に広がる大画面と複数方向から聴こえる音は新鮮だったが、由宇に調べてもらい選んだ映画は過激な描写もあり獏は途中で膝を抱えて顔を伏せた。題名からは内容が推測できなかったのだ。
「……以前、ベッドで裸になってる男女を見ましたが、こういうことだったんですね」
「そんなの見なくていいよ……」
「人も獏みたいに食事するんですね」
「違う、人間のは接吻って言って……僕の食事は違うから……。だから人間の性愛は見たくない……」
耳まで塞ぎ始めたので、映画館から出た方が良いのではないかと灰色海月は思ったが、上映中は席を立たないようにと言われたので、獏をちらりと心配そうに一瞥し画面に目を戻した。
映画が終わる頃には獏はぐったりとしていたが、黒葉菫達が席を立つので灰色海月は獏の手を引いた。
「何で恋愛映画薦めたんだろ……」
「しっかりしてください。私は人間の一面を知れて良かったと思います」
「まあ……人間なら、そうなのかな……」
獣にはよくわからない。獏は見世物小屋で夢魔と呼ばれたことを思い出すだけだ。只の食事をあんな風に言われたくない。屈辱でしかない。獏が興味があるのは人間ではなく悪夢だけだ。
二人と男の後を追って映画館を後にし、次は昼食だ。灰色海月もそうだが黒葉菫も箸の扱いは苦手らしく、事前にピザを指示した。箸を使わないのは勿論、切り分けられるので簡単に相手と交換して楽しめると考えた。仲が良いことを示すのだ。
少し離れた席で獏と灰色海月もピザを一枚注文し、ここにも入店して来た男に目を遣る。
「好きな人が彼氏と仲睦まじくやってるのを尾行して、何が楽しいんだろうねぇ……」
「スミレさんなかなか笑いませんね」
「笑い方は見せたけど、意識して笑うとなると引き攣るから……。多少微笑むことができるだけで良しとしよう」
面を外すのは躊躇われたが致し方なく動物面を取り、昨日は笑顔の練習のためにひたすら笑って見せたのだが、次第に顔面が疲れ果て獏は頬が引き攣ってしまった。自然に笑えるのが一番だが、初対面であり一日の予定や所作など叩き込んでしまったのでそのことで頭が一杯だろう。願い事が終われば精一杯労おうと思う。
「このピザという物は美味しいです」
「うん。僕も初めて食べたけど美味しい」
人の多い店内では尾行する男も大人しく食事している。このまま何も起こらなければいいが、接触してくるなら可能性が高いのは彼女が一人になった時だろう。一人にさせないようにと黒葉菫に言ってあるが、家にまで一緒には帰らないのでいずれは一人になる。彼女が何処から尾行されていたのかもわからない。デート以外のことは願い事の対象ではない。冷たいようだが、こちらが危害を加えられない限りは動くつもりはない。
食事を堪能し、黒葉菫と彼女は立ち上がる。ここからの行動は獏は関与していない。午前は定めたので、午後は彼女の行きたい所へ行ってもらう。言い寄る男は尾行するくらいだ、彼女の好みも把握しているだろう。彼女の好きな所へ行ってもらう方が恋人らしく見えるはずだ。
と言っても彼女も決めていなかったのか、足取りが遅い。買物でもするのかあちこち目移りしている。二人が立ち止まる度に男も立ち止まり、獏と灰色海月も自然に見えるように物陰に隠れる。
うろうろしながらクレーンゲーム機の前で立ち止まるので、様子を窺う。中には大きなぬいぐるみが入っているが、どうやらあれを取るらしい。
「想定外だけど、あれの操作方法わかるかなスミレさん……」
「あれは何なんですか?」
「ケースの中にある物を、ぶら下がってる爪で掴んで穴に落とすんだよ」
実際に遊んでいる筐体を指差すと、丁度ぬいぐるみを持ち上げようとしてするりと擦り抜けた所だった。
「あの爪の力では掴めないのでは?」
「だねぇ。この場合、ぬいぐるみが取れないのと、取って彼女にプレゼントするのと、どっちがいいと思う?」
「欲しいから取ろうとするんですよね? でしたら取れた方がいいと思います」
「よし。僕が手伝ってあげよう」
「何をするんですか?」
「僕の力で物を浮かせられるから、僕が動かして落としてあげる」
「完璧な不正ですね」
「まあそうなんだけど」
二人の様子からして、彼女が言い出したことは確かだろう。楽しそうな彼女の横顔が見える。操作方法も教えている。
「一度で諦めないことを祈って、一度目は様子を見よう。一度で取れても面白くないでしょ。ゲームなんだし」
漸くコインを入れたので、その手際を見る。彼は武器に銃を使用しているためか狙いが上手い。ぬいぐるみは少し浮いたが、ぽすんと力無く横たわった。
「今ので爪の弱さがわかったから、修正するはず。チェスだと早打ちだからね、スミレさんは。思考力があるから、それに合わせて動かしてあげないと」
「ただ動かすだけではないんですね」
「ん」
爪の動きに合わない妙な動かし方をしてしまうと怪しまれる。極自然に穴に落とさなければならない。筐体と獏の間には距離があり、人通りがある。視界が遮られる瞬間がある。それも計算に入れながら、手をそっと翳して力を使った。
操作している黒葉菫だけは違和感に気付いたかもしれないが、無事にぬいぐるみが取れて彼女は喜んだ。ぬいぐるみを手渡す様子を微笑ましく見守る。
「……あっ」
力を使うことに集中せざるを得なかったため、男から目を離してしまっていた。人の波を分け男は二人へ接近し、気付いた時には黒葉菫の顔を殴っていた。
「しまった……」
「動かしたのがわかったんでしょうか。助けに行きますか?」
「……少し様子を見る。力を使ったことはわからないと思うけど、こんな人の多い所で出て来るなんて……。目立つことは避けたいのに」
獏のいる位置からでは男は後頭部しか見えないが、大声を出してくれる御陰で雑踏の間から途切れ途切れに聞き取れる。怒気を含んだ声が聞こえた。
「スミレさんはあんな男に負けないと思うけど、殴り返すと騒ぎが大きくなるよね」
もう一度殴ろうとした男の腕を今度は掴むが、黒葉菫もどうするか考え倦ねている。既に人の動きは止まり始めていた。
「上手く伝わればいいんだけど」
獏は手を翳し、黒葉菫の服を引いた。人々の死角で引いているので独りでに服が動いている様は見えない。黒葉菫はすぐに気付き、服に手を遣りきょろきょろと見渡している。不安そうな顔をしたことが気になるが、掴んだ腕を捻って地面に男を倒し、彼女の腕を掴んでその場から離れた。何とか思い通りに伝わったようだ。
逃げた先で一度話をしたかったが、一日デートの願い事に水を差すことになってしまう。
人の少ない通りまで走ると彼女が息を切らせたので、黒葉菫は仕方なく立ち止まった。彼女は肩で息をしながら辺りを見回す。何かを探しているようだった。黒葉菫も同じように周囲を見回している。先程の男を探しているようには見えない。
「ん……僕かな?」
人もあまりいないので、仕方なく姿を現す。二人が急いで駆け寄るので、やはり探されていたようだ。
「あの、貴方ですか……? 服を引っ張ったのは……」
「うん。あそこで遣り合うと目立つから」
「良かった……」
「?」
「幽霊かと思いました」
「ああ、それで」
不安そうな顔をしていたのかと獏はくすくすと笑った。
「僕を呼んだってことは、デートは失敗かな? 願い事、叶えてあげられなくてごめんね」
「あ、いえ! あいつが悪いんです。願い事……デートしてもらえたのは凄く助かりました」
「あの男、何か言ってた? 怒ってることはわかったんだけど」
「誑かしやがってとか言ってました。彼氏がいれば諦めると思ったのに……」
「逆撫でしちゃったみたいだね。スミレさんは大丈夫?」
殴られた頬は赤くなっているが、腫れてはいないようだ。黒葉菫は頬に手を遣り確認する。
「大丈夫です。遣り返す方が彼氏らしかったですか?」
「スミレさんが殴ると吹っ飛びそうだし……遣り返さなくて良かったよ」
以前黒色海栗が少年を殴り飛ばしていたことを思い出す。変転人は普通の人間と変わらない程度の身体能力のはずだが、基礎的な能力が高いのだろう。
「本気で殴らないので飛ばしませんよ。牽制するだけです」
本気で殴ったら飛ぶんだなと獏は思った。
「こんなことになっちゃったけど、デート続ける?」
「これ以上続けても逆効果だと思うので……すみません。折角色々考えてもらったのに。代価はちゃんと払います」
「……そっか。じゃあ代価も控え目にしておくね」
人に見られないよう物陰へ移動し、獏は彼女の双眸を手で覆った。サングラスを外し、口を付ける。
「君の一番柔らかい、嫌な記憶を――」
口を合わせると、ふっと影が掛かった。食事中の無防備な瞬間に乱入された。
「――っ!」
拳が飛んでくるので仕方なく彼女を引き剥がして突き飛ばす。代価を食べきっていない。中途半端に記憶が欠けた状態になってしまった。
「食事を邪魔する奴は大嫌いなんだけど」
月のような双眸で、襲ってきた先程の男を冷たく睨み付ける。
「今度は誰だ!? さっきとは違う奴だな……どいつもこいつもオレの彼女を奪いやがって!」
「は? 下等な人間の分際で、食事を邪魔する権利があるとでも?」
人形のように整った相貌を不快に歪め、普段より幾分低い声で獏は男の胸座を掴んだ。
灰色海月と黒葉菫は、いつもの柔和さなどなく眉を顰めて威圧する獏を呆然と見詰めるしかできなかった。こんなに怒っている所を見るのは初めてだった。
「なっ、し、食事? オレだって何度も彼女と食事くらいしたことがある! 付き合ってんだからな!」
「そう思ってるのは君だけでしょ? 妄想を現実に持ち込まないでくれる?」
鼻で笑いながら蔑むように見下ろす。
「煩い舌は噛み切ってやろうか」
「!?」
「舌か首、どっちを切られるのがいい?」
「はっ、ひ!? 何なんだお前!?」
「切られる覚悟もない奴が僕の食事を邪魔しないで。穢らわしい。臓腑を引き摺り出すよ、下衆が」
胸座を掴む手に力を籠め、黒葉菫を殴った所と同じ所を地面に叩き付けた。男の頬骨に亀裂が入る。
「……。気分が治まらない」
男を放り捨て、意識が惚けてしまった彼女に跪いて顎に手を遣る。
「記憶障害になりそうだな……」
気を失った男を見下ろし、先に灰色海月が我に返った。黒葉菫はまだ恐々と距離を取っている。
「障害……と言うのは?」
「記憶を食べると言っても、ただ食べるだけじゃ穴が空くだけだから、他の記憶と上手く絡めて繋ぎ合わせるんだよ。破れた服を縫い閉じるみたいに。食べる続きはできるけど、一度離してしまった糸は暗闇の中では見つけることができない。綺麗に縫合してあげられない。それが傷となり障害になる」
「貴方が怒った理由がわかりました」
「本当は殺してやりたいくらいだけどね。今はマキさんのことがあるし、死人を無闇に出せばまた誰か視察に来るかもしれない。怒ってるけどちゃんと考えてるよ」
苦笑し、サングラスを掛ける。見慣れない黒眼鏡姿はどうしても締まらない。
「興醒めだな……適当に距離を置いて帰ろう」
倒れる男はそのままに、彼女は惚けているだけで意識はあるので、男とは充分に距離を取ったベンチに座らせた。代価の残りは食べて繋げられる所は繋いだが、不安定な状態になるかもしれない。
灰色海月の灰色の傘で夜の街へ戻り、獏は大きく溜息を吐いた。
「食事の邪魔だけは勘弁してほしいよ」
「肝に銘じておきます」
「スミレさんが畏まらなくていいよ。……あ、服を返しに行かないとだね」
黒葉菫の姿を見て思い出す。由宇の所へ行かなければならない。
「ああそうだ、スミレさん。炎みたいな髪色の人って宵街にいる?」
何気なく訊いてみる。獏に怯えている今なら偽りなく答えてくれるだろう。少々可哀相ではあるが。
「炎ですか?」
獏のいつもの声色に安心するが、やや緊張気味に黒葉菫は記憶を手繰る。
「炎と言うと、赤や黄……ですよね。俺も全てを知ってるわけじゃないですが、有色だと珍しくない色です。よくある花色なので」
「獣は?」
「獣に会う機会はなかなかないので知らない獣の方が多いですが、睚眦が赤髪ですね」
「!」
「人捜しですか?」
「……ねえスミレさん。前に君が店のドアを開けた時に、仕掛けられた矢が飛んで来たことがあったよね?」
「はい。あの時は驚きました」
「あの時と似た糸がまた仕掛けられてたみたいでね」
「え……? また苧環が何かしたんですか?」
「そこで情報が止まってたんだっけ? あれはマキさんがやったんじゃないんだって。だから他の知らない誰かが仕掛けたってこと。それで今度はマキさんが襲われた」
「苧環が? まさかそれが、炎色の髪なんですか?」
「うん。この街のことを知ってて店の構造も知ってる君が怪しいってことになってる」
「え? 俺が手引きしたかもってことですか? しないですよそんなこと」
「それは僕も信じてる。けどマキさんは今まで孤立してた分、人を信じられないみたいだ。だから代わりに僕がこうして訊いてる」
甘言だ。本当は獏自身も多少は疑っている。可能性の一つとして。白花苧環が刻印を施したことは言うべきか迷うが、獏の口から言うことではないだろう。
「いつもみたいに指で覗いてください。それならわかりますよね?」
「わかるかもしれないけど、僕はそれをしたくない。それをすると対等じゃなくなる」
「……そうですか」
「宵街の方はその後どう? 動きがあった?」
黒葉菫の表情が陰るので、話を変える。あまり変わっていないが、気は逸らせる。
「鵺が火消ししてます。拷問の件は苧環を捜してる件とは関係ないと言ってました」
「関係ないの?」
「たぶん変転人が怯えて巣から出て来なくなったからだと思います。鵺に少し話を聞いたんですが、拷問の件も苧環と関係はあるみたいで、それで情報が混ざってしまったんだと言ってました。拷問の方は、苧環に言ってはいけないことを言ったからだと」
「それが仮に嘘だとしたら、拷問をマキさんに結び付ける必要はないね。本当だと思っていいかも。……心当たりはあるし」
「あるんですか?」
「ちょっとね……」
以前白花苧環は獏に情報を持って来た。昔白が獣を殺したという話だ。有色を問い詰めて聞き出したと言い、白には知らされないことかもしれないと言っていた。それが原因かもしれない。
「ねえ、スミレさんは白が昔、獣を殺したって話は知ってる? これが拷問の原因かもしれない」
「え……。何てこと聞かせてくれるんですか……知りませんよ俺。そんなこと」
「白以外なら知ってるのかなって」
「それだと……色じゃなく、年齢かもしれません。無色は獣の手伝いで戦闘や危険なことも行うので、短命な人が多いです。有色は宵街から出ないので、長命な人が多いです。長生きしてる分、色々知ってるんじゃないですか?」
「年齢か……確かにそれはありそう」
「あの、俺、拷問されませんよね……?」
「言わなければわからないって」
黒葉菫の不安を増やしてしまったが、訊かなければわからないことだ。獏が何も言わなければ、知られることはない。
「あ、また忘れる所だった。先に服を返して来よう。話はまた後でね」
「はい……」
会話の間大人しく控えていた灰色海月は灰色の傘を掲げくるりと回した。
黒葉菫にはとんだ災難な一日だった。
「あの恋愛映画って、何を参考にすれば良かったんですか? 慎重にと言われたので、いきなり抱き締めるのはいけないと思ったんですが」
「参考にしないのが正解だよ」
「えっ、引っ掛けですか? 難しいですね……」




