【第72話:巡礼者たち】
聖都グランフェルド。
高き尖塔と白銀の回廊が織り成す聖域は、常に静寂と規律を保ち、王権と教義が交差する“記録の中心”とされてきた。
その中心――教皇庁地下に位置する“白の間”に、特別な者たちが集められていた。
深紅の外套を羽織った男が、静かに膝をつく。
「塔が、動いたのか……」
その声に応じるように、奥の祭壇前へと姿を現したのは、老いた男――教皇直属の記録官、エルグ。
彼の目は、記憶と魔法の複雑な構造を映し出すかのように濁り、それでもなお一点を射抜く力を宿していた。
「塔の封印の緩みは、予期されていた現象だ。しかし……“選ばれなかった者”が接触したとなれば話は別だ」
「……現地の騎士団から報告がありました。塔の前で“異形の存在”と遭遇したと。魔力値は高く、従えるものも数多く……まるで一つの“種族”のように振る舞っていたと」
報告を読み上げたのは、青年騎士――レイヴン。
まだ二十代の若さながら、代々聖都に仕える家系に生まれ、“巡礼者”として選ばれた逸材の一人である。
エルグは頷き、ゆっくりと指を動かした。
それに呼応するように、部屋の中心に設置された“記録の水鏡”が淡く光り出す。
水面に映ったのは、塔の入り口。
そしてその前に立つ、一体の異形――角と獣耳を併せ持つ、白銀の髪をたなびかせた男。
その男が振るった風と土の魔法は、まるで精霊が荒ぶるかのような力を放っていた。
「こいつが、“クロナ”……」
レイヴンの声には微かな震えがあった。
「精霊と融合した異形。塔の“鍵”にして、“記録外”を解放する者。まるで……神話に記された、天災の使徒のようだ」
エルグは一拍おいて告げた。
「巡礼騎士団を派遣する。“鍵の者”クロナ。……その存在が、神の御技による“選別”か、それとも禁忌の“逸脱”かを見極めよ」
「承知しました」
レイヴンは静かに立ち上がる。
その目に宿るのは、ただの使命感ではなかった。
目の前に現れた“物語にない者”。
彼は恐怖を抱きながらも、それ以上に興味を抱いていた。
「――人は、物語の外を恐れる」
エルグが背を向けながら、静かに言った。
「だが、外から来た者こそが、世界の“継ぎ目”を開く鍵となることもある。気をつけよ、レイヴン。“記録”を否定される痛みを知る前に」
一方そのころ、森の奥では。
クロナたち一行は、かつてのアジト――今や一つの集落に近い規模となった拠点へと帰還していた。
周囲の木々は削られ、獣たちが作った簡易な壁が巡らされている。
群れはクロナの帰還に湧き、そして静まった。彼の眼差しが、ただならぬものを宿していたからだ。
「……おそらく、遠くないうちに人間が動く。塔でのあの出来事は、間違いなく世界に響いた」
群れの中心で、クロナは静かに語った。
「だから、俺たちも備える必要がある。避けられない“接触”に、怯えず、誇りを持って立つために」




