【第5話:目覚める感覚】
夜の森は、静寂と危険に包まれていた。
クロは一人、群れから少し離れた場所に立っていた。
空は曇り、月の光すら差さない。
だが、彼の視界は闇に沈んでいなかった。
(……やっぱり、これは前よりずっと“見えてる”)
木の陰の起伏。枝の揺れ。遠くで虫が這う音さえも、頭の中に“像”として浮かび上がる。
肌に触れる空気の流れすら、方向と強さを感じ取れるほどだ。
(ノスラに噛まれた直後——いや、“倒した”直後。確かに、何かが身体に流れ込んだ感覚があった)
それは、言葉では説明できない確信だった。
あの時のノスラと、今の自分は何かが“繋がって”いた。
——そして、その結果として得られたこの力。
《スキル取得:感覚鋭化(初級)》
※説明:聴覚・嗅覚・視覚補助機能を強化。
文字が脳裏をかすめる。
あの日以来、クロは何度もこの“表示”を目にしていた。
(……やっぱり、これは俺だけのものだ)
ガンジたちは誰も気づいていない。
ノスラを仕留めても、何も起こらなかったように振る舞っていた。
そもそも、スキルという言葉すら知らないようだった。
(この世界には、“そういう理”がある。そして俺は——それに選ばれてる)
クロはしゃがみ込み、地面の小石を拾う。
指先で転がすたび、わずかな質感の違いすら伝わってくる。
(強くなれる……。この力を使えば)
そのとき——
木陰の先で、カサ、と葉の擦れる音がした。
すぐさま気配を感じ取り、体が自然と低く構える。
草をかき分けて現れたのは、小型のノスラ。
先日の個体よりも一回り小さいが、油断すれば簡単に喉元を裂かれる。
(……テストには、ちょうどいい)
クロは、獣と目を合わせた。
風の流れ。足の踏み出す角度。わずかな緊張の変化。
(来る——!)
ノスラが飛びかかる瞬間、クロは真横に跳び、木の幹を使って反転。
間合いを詰め、喉元に拳を叩き込んだ。
ぐしゃ、と鈍い音が響き、獣が動かなくなる。
(……悪くない)
息を整え、冷静に獲物を見下ろす。
そのとき、また脳裏に流れ込む“表示”が走った。
《スキル獲得条件を満たしました》
※重複スキルのため変化はありません。
クロは静かに目を細めた。
(やっぱり、俺は“喰うことで”得ている)
敵の命を奪うたび、彼の中にその一部が取り込まれていく。
それは“スキル”という形で。
——まるで、自分自身が進化していくかのように。
(……だったら)
クロはノスラの死骸から一部を切り取り、腰の袋にしまった。
目を伏せ、深く息を吐く。
(この力を、もっと深く理解しよう。もっと強くならなきゃ)
この世界で生き残るために。
喰われる側から、喰らう側へ。
その境界を、もう一歩、越えてみせる。




