【第4話:本能が叫ぶ】
「おい、新入り。今日は狩りだ」
早朝。まだ空が白んでいないうちに、洞窟の奥でガンジの声が響いた。
圭は、重たい体を起こす。
昨夜はほとんど眠れなかった。焚き火の煙と、周囲のいびきと、何より……“生”の重圧に圧し潰されそうで。
「働かない奴に喰わせる肉はない。理解できるか?」
「……はい」
短く返し、他のゴブリンたちと共に森へ向かう。
まだ朝露が残る草を踏みしめ、深い森の奥へと分け入っていく。
◇
「今日の獲物はノスラ。でかいネズミみたいなもんだが、歯も爪も毒もある。油断するな」
ガンジの説明を聞きながらも、圭の耳には入ってこなかった。
手には簡素な棍棒。呼吸が浅くなる。
胃が重く、足が震える。
(……俺、できるのか……?)
「クロ、お前は右から回って追い出せ」
そう言われて、反射的に「はい」と答えたものの、体が動かない。
(怖い。近づきたくない)
草むらの先に見えるノスラの影。
鋭い爪。血の匂い。ギラつく目。
圭はその場に立ち尽くしていた。
仲間の誰も、助けてくれない。
誰も振り返らない。
そして——
ノスラの一体が、音もなくこちらに向かってきていた。
「……っ!」
気づいた時には、遅かった。
ノスラが草をかき分けて飛びかかってくる。
圭は棍棒を構えることもできず、地面に倒れた。
「ぐあっ……!」
肩に鋭い痛み。牙が皮膚を裂き、血が噴き出す。
視界がぼやける。呼吸ができない。
ノスラの重みが圧し掛かり、意識が遠のいていく。
——死ぬ。
(ああ……俺、ここで死ぬのか)
こんな世界に転生して、こんな場所で。
夢も、希望も、やり直しもなく。
だが、その時だった。
心の奥で、何かが強く叫んだ。
(嫌だ)
嫌だ。まだ死にたくない。
惨めでも、弱くても、生きたい。
その想いが、全身を駆け巡った。
震える手が、倒れた棍棒をつかむ。
「うああああああっ!」
叫びと共に、棍棒を振り上げる。
ノスラの頭に直撃。
鈍い音が響き、獣が跳ね飛んだ。
圭は、息を切らせながら地面に手をつく。
痛みと血にまみれながらも、今度は自分から一歩踏み出していた。
ノスラがもう一度飛びかかろうとした瞬間——
「そこまでだ」
ガンジの棍棒が、横からノスラの胴体を叩き潰した。
ゴブリンたちが駆け寄り、残った獣たちを仕留めていく。
「……やっと“本能”に従ったようだな、クロ」
圭は肩で息をしながら、地面に座り込んだ。
額から汗が流れ、傷口はズキズキと痛む。
だが、その痛みすらも、生きている証のように思えた。
(俺は、生きたい)
その思いが、初めて明確に、言葉になった。
ここは、喰うか喰われるかの世界。
けれど、それでもいい。
何があっても、俺は——生き残ってやる。




