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【第3話:群れの匂い】

森の静けさの中、圭はじっと身を伏せていた。

食後の満腹感は消えつつあり、代わりにじわじわとした警戒心が胸の奥を満たしている。


(さっきの気配……絶対に何かいた)


音は風に紛れ、木々の揺れにまぎれている。

だが、獣のような“視線”だけは消えない。


「……!」


次の瞬間、圭の左手ががっしりと掴まれた。

振り返ると、目の前にいたのは、自分と同じような体格の、しかし目つきの鋭いゴブリンだった。

髪は乱れ、牙はむき出し、顔には乾いた血の跡すらある。


「おい、何やってやがる。おまえ、群れのもんじゃねえな」


……しゃべった。


低く濁った声だったが、言葉ははっきりと通じた。

その事実にまず驚き、次に恐怖が押し寄せてきた。


「……ちょっと、道に迷ってしまって……」


「言い訳はいい。こっちへ来い」


有無を言わせぬ口調。

そう言いながら、ゴブリンは腕を強く引いた。

圭は抵抗しようとしたが、力の差は歴然だった。

ずるずると引きずられ、森の奥へと連れて行かれる。


「やめろって! どこに連れていく気だよ!」


「群れに決まってんだろ。勝手にうろつかれても困るんだよ」


「俺は、仲間になったつもりなんて——」


「黙れ。喋っていいのは、強い奴だけだ」


その言葉に、圭は息をのんだ。



森の奥、陽の届かぬ場所。

大きな倒木をくり抜いたような洞窟の前に、十体近くのゴブリンたちがいた。

焚き火を囲み、肉を焼き、時折吠えるように笑っている。

圭の体は自然とこわばった。


「おい、新入りだ」


腕を引いたゴブリンが叫ぶと、周囲の視線が一斉に圭へと集まった。

そのどれもが、値踏みするような目だった。

生き物を見る目ではない。獲物を見る目だった。


「ほう、変わった顔してんな。どこで生まれた?」


「名は? 喋れんのか?」


「おい、オレと替わるか? 部屋、空いてたろ」


「そいつが生き残れたら、な」


嘲るような笑い声が響く。


圭は、一歩も動けなかった。

身体は震えていたが、それ以上に心が沈んでいた。


(これが、“社会”か……)


人間の世界でも、こういう空気はあった。

職場、学校、部活。

力のある者が上に立ち、声の大きい者が秩序を握る。

その縮図がここにもある。もっと原始的で、もっとむき出しな形で。


「おい、新入り。名前はあるか?」


声をかけてきたのは、焚き火の前にいた中でも、体の大きなゴブリンだった。

片目に傷があり、毛皮を肩からかけている。

明らかにこの群れのリーダー格だ。


圭は、僅かに唇を開いた。


「……黒川……圭」


「……へぇ、変な名だな。まあいい、今日から“クロ”だ。言いたいことがあっても、力で言え。わかったか?」


圭は、喉が乾くのを感じながら、ゆっくりとうなずいた。

この世界では、そうするしかないのだ。


焚き火の匂い、焼ける肉の香ばしさ。

その中に、濃厚な“獣の匂い”が混じっていた。


群れの匂い。

それは、安心ではなく——緊張の始まりだった。

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