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夕焼けの散花  作者: 智枝 理子
Ⅹ.冒険と竜
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10 Remise des diplômes

王国暦六〇三年 ヴェルソ十五日


「卒業生代表。エルロック・クラニス」

「はい」

 返事をして、登壇する。

 卒業生を代表して演説するのは首席の役目らしい。クラス委員長だったマリーがやれば良いのに、ダメだって言われた。

 講演台に立って礼をし、用意していた演説文書の入った封筒を講演台の所定の場所に置いて講堂を見渡す。

 卒業する学生、保護者や先生方、そして、アレク。王族は養成所の卒業式には来ないのが通例だけど、アレクは、わざわざ時間を作って来てくれた。

 ……真面目にやろう。

「寒さも和らぎ、春の息吹を感じる今日。王国暦五九八年に入学した私たち、そして、中等部での卒業を選んだ王国暦六〇〇年に入学した皆さんは卒業を迎えます。……留学生として学びに勤しむことだけを目指して来た養成所でしたが、クラスメイト、先輩、後輩にも恵まれ、先生方、養成所の運営に携わる方々、保護者の方々の温かな見守りにより、充実した学生生活を送ることが出来ました」

『エルっぽくないわぁ』

 そんなの、俺が一番知ってる。

「さて。王立魔術師養成所で私は錬金術コースを選択しました。私が行った研究は多岐に渡り、また、仲間と共同で行ってきた研究も多いことから紹介は省きます。詳しくはホールの掲示をご覧下さい。ここでお見せ出来るものとして……」

 闇の魔法で会場を暗転させると、会場がざわついた。

「周囲の壁や足元をご覧下さい。私たちが開発し、ラングリオン王国の薬学図鑑に掲載されることになった蓄光塗料を使用し、皆様へのメッセージを書きました。今回、ご来賓の皆様の席をこちらで指定させて頂いたのは、各自で用意したメッセージをご家族並びに保護者の皆様にお伝えする為です。ご協力頂きありがとうございました。そして、この準備を行った卒業生一同に拍手をお願いします」

 会場に拍手が鳴り響く。

 皆、手伝ってくれてありがとう。

 主に錬金術コースの皆が中心になって行なったもので、中等部で卒業する学生にも加わってもらってる。

「それでは、しばらく、この状態で私の話を続けさせて頂きたいと思います」

 皆、メッセージをゆっくり読むだろう。

「中等部で錬金術への学びを深めた私は、高等部で薬学を研究することを選びました。薬学は、長くラングリオンで積極的に取り組まれて来なかった分野です。しかし、私たちの未来に必要な分野に違いありません。……というのも、私自身、新しく開発された薬に助けられた経験があるからです。既存の薬でも魔法でも対応しきれない病は存在しているのです。また、貧困区で医療ボランティアを行った経験からも感じたことがあります。現地の衛生環境は決して良いとは言えません。軽い風邪だろうと感染はあっという間に広がり、弱者が命の危険にさらされる深刻な状況が簡単に発生してしまうのです。この状況を改善する為にも、手に入れやすい安価な薬の開発、及び、未知の病や危険な病の発生時に柔軟に対応可能な開発ノウハウの蓄積が必要だと感じました。……一方で、薬学を研究するに当たり、かつてアルファド帝国時代に行われていたと言われる非倫理的な研究の歴史を無視することは出来ません。そこで、私たち薬学研究会は、まず、研究における倫理規定の策定から行いました。この倫理規定は錬金術研究所で新たに薬学研究室が作られる折にも役立つものと考えています。個人の命や意志を尊重すること、決して弱者の搾取にならないことを重視したもので、詳細は理念と共にホールに掲示しております。ラングリオンにおける薬学の研究は、この先、間違いなく必要なものになると考えます。薬学の発展によって救える命が格段に増えることは間違いありません。研究所に新しく作られる研究室へ、どうか御期待下さい」

 頷く。

 メラニー、お願い。

『マリー。今だ!』

 メラニーの声を聞いたマリーが、みんなと一緒に柔らかな光の魔法を放つ。

 すると、会場が明かりを取り戻した。

 幻影の魔法を応用した桜の絵が浮かび上がり、風の魔法で色とりどりの生花が舞う。そこに、魔法の玉に仕込んでおいた合成魔法が至るところで煌めきを加えた。

 綺麗。

 きっと、ここからの眺めが一番美しいだろう。

「皆様、お楽しみ頂けたでしょうか。ただいまのショーを企画、実行した卒業生一同に、今一度拍手をお願いします」

 また、拍手が鳴り響く。

 皆、ありがとう。

 こっちは、魔法コースの皆が中心となって企画したものだ。

「私たちが卒業するに当たり、この場で皆様にお見せ出来る成果がほんの僅かであることが残念でなりません。しかし、ここで学んだ経験の数々は、卒業後、ラングリオンの未来に生かされていくものと考えています。……最も、私たちが養成所で学んだものは錬金術と魔法に限りません。文学、数学、法律、天文学、農業、剣術、ダンス、音楽や芸術……。挙げればきりがないほど多岐に渡る分野を学んできました。中でも、私が精力的に取り組んだものにバイオリンがあります。養成所で初めて触れた楽器でしたが、二人の先生の指導を受け、更に師匠を得ることで、音楽の世界の深さや楽しさ、豊かさを知ることが出来ました。……今から、クラスメイトのユリアと共に成果をお見せしたいと思います。……ユリア」

「はい」

 良く通る声で返事をしたユリアが、俺のバイオリンを持って舞台に上がる。

 卒業式で演奏することは滅多にないらしいけど。俺にとって、バイオリンとの出会いは大切なことだったから。

 壇上に上がったユリアからバイオリンを貰って、一緒に礼をする。

 それから、舞台上にあるピアノの前にある椅子を引き、ユリアの準備を手伝ってから、バイオリンを構える。

 準備は出来た。

 ようやく、アレクに聞いてもらえる。

 ユリアを見ると、ユリアが微笑んで頷いた。

 行こう。

 目を閉じて、呼吸を整えて。

 俺が描きたい世界を想像して……。

 奏でる。

 

 遥か遠く灼熱と渇きの世界。

 果てしなく広がる砂の中にたった一人取り残される孤独。

 見渡す限り黄金色に染まる砂漠。

 ……届ける。

 この音を。

 誰もが、この世界に入り込めるよう。

 旋律の中で冒険する。

 

 楽しい。

 演奏する度に、もっと遠くへ、もっと心が踊る場所に行ける。

 ユリアと目を合わせる。

 あの時よりも、もっと先へ……。

 あぁ。

 ここが、新しい景色。

 皆が居たから辿り着けた場所。

 一人じゃない。

 たくさんの人に出会って分かち合って来たからこそ無限に広がる世界が見えた。

 砂漠のように果てのない世界でたった一人で立ってるのに、決して不安じゃない。

 

 ありがとう。

 

 静かなホールに最後の音が響く。

 バイオリンを下ろすと、溢れるほどの拍手が会場を覆った。

 ユリアの手を取って一緒に前に進んで礼をする。

「ユリア、ありがとう」

「うん。ありがとう、エル」

 楽しかった。

「バイオリン、預かるねぇ」

「お願い」

 バイオリンを渡して講演台に戻る。

 アレクの方を見ると、アレクが微笑んだ。良かった。満足してくれたみたいだ。

 フラーダリーは……。

 ここからじゃ少し遠いけど。視線を向けると手を振ってくれた。

 ユリアが席に戻ったのを見届けてから、正面に向き直る。

「ご静聴頂き、ありがとうございました。このように、養成所では、ありとあらゆる知識や技術を充実した設備と頼りになる教員の指導の元、学ぶことが出来ました。……養成所で学んだ六年間。思えば、いくつもの失敗を重ね、両指では数え切れないほど養成所及び関係各位に御迷惑や御心配をかけた日々でした」

 本当に良く付き合ってくれたし、何でもやらせてくれた。

 怒ったり心配することは、いつも命や健康に対することだけだった。

「行動しなければ失敗も変化も起こらないが、成功も経験も生まれない。……これは、私が敬愛するアレクシス皇太子殿下から頂いた言葉です。この御言葉の通り、私が失敗を恐れずに挑戦し続けることが出来たのは、学びの自由を最大限に保護してくれた養成所の配慮によるものであることは間違いありません。研究活動をサポートし続けてくれた多くの先生方、医務室の先生、並びに会長には感謝の念に堪えません。素晴らしい環境で学べたことを誇りに思います」

 素晴らしい先生ばかりだった。どんな質問にも答えてくれて、時には一緒に考えてくれた。

 本当に恵まれていた。

「ここで、私の尊敬する先生をご紹介しようと思います。ラファエル先生です」

 先生の方を見る。

「亜精霊学の専門家として名高い先生は、初等部から中等部までの担任、更に、高等部で発足した薬学研究会の相談役として、長く私たちを指導してくださいました。養成所に入学したてで未熟だった頃からずっと、私を教え導いてくれた先生です。先生が居たから、何の不安も心配もなく六年間、真っ直ぐ進み続けることが出来ました。……先生、いつも感謝していました。ありがとうございます」

 クラスメイトの皆が拍手を送る。

『ふふふ。泣かせたわねぇ』

 先生、ありがとう。

 次で最後だ。

 演説は、陛下とアレクに感謝を述べて締めることになっている。国王陛下は来ていないけど、王立魔術師養成所は国の機関で国王陛下の庇護下にあるから。

 拍手が鳴り止むのを待って、正面に向き直る。

「最後に。入学から卒業まで共に過ごした仲間と、ご支援を下さった皆様に改めて感謝を申し上げます。そして、この晴れの日を迎えられたことを、アントワーヌ国王陛下、並びに、アレクシス皇太子殿下に御報告し、厚く御礼申し上げます」

 ずっと、楽しかった。

「王国暦六〇四年ヴェルソ十五日。卒業生代表、エルロック・クラニス」

 以上。

 終わり。

 

 ※

 

 卒業式を終えて、講堂から出る。

「良い演説だったぜ」

「上出来だ」

「ふふふ。真面目だったねぇ」

「当たり前よ。代表なんだから」

「全部、暗記してたの?」

「自分で書いた文書ぐらい頭に入ってる」

「おー」

「流石ね」

「エルって、ちゃんと首席だったんだね」

「どういう意味だよ」

「エルの敬語って違和感しかないもの」

「ねー」

「だよな」

「わかる」

「礼節の授業は、ちゃんとしてたと思う……?」

「懐かしいな」

「苦手な教科ってあったのか?」

「書き取り」

「それは教科じゃねーだろ」

「あ、私、エルの写本借りたことあるわ」

「俺も。カミーユとシャルロの字もあったな」

「しょっちゅう悪いことばかりやってた証拠よ」

「でも、貴重な本は写本でしか借りられないからな」

「あ、ラファエル先生」

「先生!」

 皆で先生の方に行く。

 隣には知らない女の人。

 もしかして……。

「はじめまして。……夫が素晴らしい子供たちに囲まれていたと知って嬉しいわ。皆さん、卒業おめでとう」

 先生の奥さんだ。

「ありがとうございます」

 皆で礼を言う。

 連れて来てくれたんだ。

「先生、泣いてたよね」

「泣かせに来たのはお前たちだろう」

「感謝してます」

「お世話になりました」

 急に、空に大きな音が響く。

 ……え?

 皆で、校舎の方を見上げる。

 

 空に大輪の花がいくつも咲く。

 

「花火?」

「花火だ」

「綺麗ー」

 まさか……。

「……お前たちか?」

「違う」

「俺たちじゃない」

「流石に、卒業式直後に打ち上がるような仕掛けは作れないからな」

「じゃあ、誰だ?」

 カミーユとシャルロと顔を見合わせる。

「さぁ?」

 次の世代への引き継ぎは完了した。

「盛大な置き土産だな」

 先生が笑う。

「先輩!」

「卒業おめでとうございます!」

 後輩が集まって来た。

 最後の挨拶の時間だ。六年間で集めたポーラータイを配ろう。

 

 ※

 

 荷物は卒業式までにすべて運び終えている。

 卒業式を終えて外に出たら、もう養成所に入ることは出来ないから。

『おめでとう』

『さようなら』

「さようなら」

 養成所の精霊たちともお別れだ。

 ……六年。

 あっという間だった。

「フラーダリー」

 皆から貰った花束を持って、正門の近くで待っていたフラーダリーの方へ行く。

「エル。皆への挨拶は、もう良いの?」

「あぁ。前の日までに済ましてるから」

 燕の会でも蛍の会でも送別会をしてもらったし、今日、ポーラータイも渡せたから。

 それに、クラスメイトとは明日も会える。明日、卒業生と保護者の為の祝賀会が城で開催されるからだ。国王陛下からの祝辞もそこで貰えることになっている。

 エンブレムの着いた学生服も、祝賀会で返却する決まりだ。つまり、ブレザーとニット、セーラーコートを。

 ただ、エンブレムが着いてるものでも、ベレー帽とカンカン帽、学生鞄は記念に取っておいて良いって話だ。

「卒業おめでとう。……素晴らしい演説だったよ。周囲を思いやる君らしさが存分に出ていたね。蓄光塗料のメッセージもありがとう。心に刻みつけたよ」

 それぞれのメッセージの内容は、後日、手紙で各家庭に届く予定なんだけど。

 まだ、内緒にしておこう。

「講堂のロビーいっぱいに飾られていた君たちの研究成果も見た。圧巻だったね」

 あれか。

 卒業生が入学から卒業までの間に行ってきた研究成果の一覧。いつも講堂のロビーに貼り出されることになっているんだけど、あまりにも数が多過ぎて壁を覆い尽くして天井付近にまで達した結果、読むことが出来ないものが多数出てきてしまったから、手元で読める目録が用意されることになったらしい。

 俺、カミーユ、シャルロがやってきた研究はもちろん、他の皆が行った研究も山のようにあったから。セルジュの天体観測の記録は間違いなくラングリオンの天文学に影響を与えるだろう。

「この門を出たら、本当に最後だよ。思い残すことはない?」

 正門を見上げる。

 ここを出たら、もう養成所の学生ではなくなる。

『アンジーだ』

 アンジー?

 振り返ると、アンジーが走ってきた。

 さっきも会ったのに。

「エルロックさん!やっぱり言います」

 言うって……。

「エル。私は先に帰っているね」

 頷いて、門を出るフラーダリーを見送って、アンジーに向き直る。

「どうしたんだ?」

「エルロックさん。好きです」

 俺の答えなんて解ってるはずなのに。

 わざわざ伝えに来てくれたのか。

「ありがとう。その勇気があったら何でも出来るよ」

「もーぅ。そこは、せめて振る言葉が欲しいです」

 泣き腫らした目を撫でる。

「アンジーの真っ直ぐなところが好きだよ。でも、俺が好きなのは別の人なんだ」

「……はい」

「これで良い?」

 アンジーが頬を膨らませる。

「一言、余計です!」

 可愛い。

「アンジェリク。楽しかったよ。花火も嬉しかった。……頑張ったな。残りの学生生活を楽しんで」

 花火を作ったのは蛍の会だ。

 あのレベルのテストをこんなに早く解ける学生は他に居ない。

「褒めてるなら、もっと何か下さい」

「まだポーラータイが欲しいのか?」

「違いますー。特別なのが欲しいです」

 特別って言っても、もう何も用意してない。

 ……あぁ。あったな。渡せるもの。

 被っていた帽子をアンジーに被せる。

「やるよ」

 養成所のエンブレムが付いたベレー帽。

「良いんですか?」

「もう使わないからな」

 アンジーが微笑む。

「嬉しい。ありがとうございます。エルロックさん、大好きです。たくさん構ってくれてありがとうございました。どこに行っても、ずっと応援してます」

「ありがとう。元気でやれよ」

「はい!」

 手を振って、養成所の正門を潜って外に出る。

 卒業。

 これから、それぞれの場所に向かうんだ。

 

 ※

 

 寄り道をして帰ろう。

 花を持って花を買いに来るなんてって、フローラに笑われたけど。

 贈りたかったから。

 

「ただいま」

「おかえりなさい。エル」

 いつものように出迎えてくれたフラーダリーに花束を向ける。

「フラーダリー。六年間、ありがとう」

「え?私に?」

 頷く。

 ラナンキュラスとブーゲンビリアの花束。

「無事に卒業出来たのはフラーダリーのおかげだから」

「君が頑張った結果だよ」

「俺が頑張ってこれたのはフラーダリーのおかげなんだ。フラーダリーが用意してくれた道だったから、ずっと信じて進めた。ラングリオンに連れて来てくれて、養成所に入れてくれて、本当にありがとう」

「ありがとう……。エル」

 花束を受け取ったフラーダリーが、溢れた涙を拭う。

 もう、子供の時代は終わった。

 これからは自分で選択して進む。

「フラーダリー」

「うん?」

 一歩前に出て、フラーダリーの頬にキスをする。

「好きだよ」

 好き。

「私も好きだよ」

 わかってないな。

 微笑んだフラーダリーの頭に飾られた真珠貝細工が煌めく。

 ……いつか、答えを聞かせて。

 望む答えじゃなくても受け入れる覚悟はあるから。

 もし、望む答えを貰えたなら。

 その時こそ……。

 結婚しよう。幸せにする。

 

 


読んで頂きありがとうございました。


エルの学生時代は、これで終わり。

残りのお話は、本編へ続く前日譚となります。



01 La senteur de printemps

「春の香り」

02 Partir en voyage 

「旅立ち」

03 Retrouvailles

「再会」

04 Tendre un piège 

「罠を仕掛ける」

05 Tueur de Violaceus Dragon 

「紫竜討伐」

06-1 Même si ça me coûte la vie

「命に代えても」

06-2 Pourquoi es-tu si loin?

「How far are you?/何故そんなに遠くに来てしまったの?」

07 Gâteau de mémoire

「思い出のケーキ」

08 Signe de flamme

「炎のサイン」

09 Promesse du petit doigt

「小指の約束」

10 Remise des diplômes

「卒業式」


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