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夕焼けの散花  作者: 智枝 理子
Ⅹ.冒険と竜
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09 Promesse du petit doigt

王国暦六〇三年 リヨン二十五日


「エル!会いたかったよ!」

 走って抱き着こうとしてきたロニーを蹴り上げる。

 すると、蹴りを腕で受け止めたロニーが笑った。

「そんなに喜ばなくても良いのに」

「どこが喜んでるって言うんだよ」

 でも、ようやくかわせた。

 今日は捕まらずに済んだ。

「主君への挨拶が先じゃないのかよ」

「主君はまだ帰還されてないよ」

「横に居るだろ」

 紺のローブに身を包んだアレクを指す。

 城に来たのはアレクと俺だけ。今日はアレクの部屋に泊まって、明日、養成所に戻る予定だ。

「主君はツァレンたちと一緒に帰還予定だからね」

「じゃあ、俺も一緒だ」

「可愛いエル。絶対に見間違えないよ」

「お前の一番大切な主君は見間違えるのか」

「もちろん、絶対に見間違えないよ」

 アレクがまだ帰ってないことになってるから、見えないふりをしてるって?

「報告は?」

「順調」

「流石だね。エル、おいで」

 今ので報告が終わり?

 あれ?

「陛下に帰還の報告をしに行かないのか?」

「正式な報告以外、する必要はないよ」

 ツァレンたちが紫竜ケウスを王都に運び込むのは、リヨンの二十九日の予定だ。アレクの帰還もその日の予定だから、外遊の成果の報告もその時になるって?

「怒られないのか」

「帰還の式典は盛大になるだろうね」

 あぁ。式典の準備があるから、ツァレンたちより先に帰る必要があったのか。

 それにしたって、勝手に行方不明になったことは咎められそうなものだけど。

「心配要らないよ。順調だからね」

 ……順調。

 グリフとロニーが上手くやってるって?

 そのロニーは、少し距離を置いて付いてきてる。

「なんで?」

「仕事だろうね」

 アレクの護衛?

 近衛騎士がまともに仕事してるとこ、初めて見たかも。

 魔法部隊も仕事中なのかな。城に入った時に、魔法部隊の宿舎にフラーダリーが居るかメラニーに確認して貰ったけど、居ないって言われたから。

「ローグバルを近衛騎士にするのか?」

「まずは従騎士からだよ」

「誰に任せるんだ?」

「私が育てるよ」

「アレクが?」

「私の騎士を目指すのだから、一から面倒を見てあげないとね」

 皇太子の従騎士になるなんて。

「揉めないのか?」

「意外だね」

「何が?」

「エルが、そういうことを気にするなんて」

 それぐらい想像がつく。

「ドラゴン退治ですら、誰が倒すかで揉めるって言ってたのに。皇太子が異国の人間を従騎士にするなんて言ったら、揉めるに決まってるだろ」

「そうだね。でも、彼は竜殺しの立役者で、その証としてドラゴンを持ち帰るんだよ。誰も文句なんて言えないだろう」

 立役者。

 竜殺しに関わったメンバーは、アレク、ツァレン、シール、ローグバル、ガラハドの五人だと正式に発表された。

 実際は、アレクとガラハドの二人で倒したようなものなのに。

 ……まさか、最初から全部、計算済み?

 シールに与えた主命は、ローグバルを試す為のもの?

「無理難題を出しやがって」

「私の騎士になるのなら、これぐらいは出来ないと」

 アレクと一緒に城で生活するなら、ローグバルはパーシバルと全然会えなくなるな。

 パーシバルは貴族街にあるガラハドの屋敷で生活する予定だ。ガラハドは名誉騎士の叙勲と共に屋敷も貰っている。広いし、世話をするメイドも居るから、パーシバルが来ても問題ないって言っていた。

 まだ、ツヴィーベルクーヘンの再現が出来てないから、今度、材料を探して遊びに行こうかな。

 完成したら、ローグバルに届けないと。

「さぁ、お風呂に入ろうか」

 アレクのメイドが立ってる。

「どうぞ、こちらへ」

 

 ※

 

 風呂なんて久しぶり。

 気持ち良い。

「補習が大変だね」

 大してやることがないとはいえ。一か月以上、授業をサボってたからな。先生も課題を作るのが大変だろう。

「誰のせいだと思ってるんだよ」

 桶でお湯をすくって、アレクの頭からかける。けど、ちっとも動じずに、アレクがこちらを見た。

「楽しかったかい」

「楽しかったよ」

 アレクとガラハドとパーシバルの四人旅。

 ……たくさん寄り道をしてきた。

 あちこちの都市に寄ったし、珍しいものもたくさん見た。

 森で野宿して見た蛍も綺麗だったし、誕生日祝いも嬉しかった。

 商人の荷馬車での移動も、鍛冶屋で剣を打たせてもらったのも、知らない人と即興演奏したのも、何もかも面白かった。

「すごく、楽しかった」

 本当に色んな体験をした。

「良かった。私も良い思い出になったよ」

 思い出。

 そっか。

 きっと、こういう旅はもう出来ないんだ。

 アレクは次の国王になるから。

 ……本当に?

「アレクは、皇太子になりたかったか?」

「なりたくてなるものでも、請われてなるものでもないよ」

「聖剣が選ぶものだから?」

「そう。私が皇太子になることは、生まれた時から決まっていたんだ」

「決まってた?」

「それが私の運命」

―あなたは、大きな力を得る代わりに大切なものを失う運命。

―あなたは周りを不幸にする人間。

―いつか、悪魔に列せられる魂。

 ……違う。

「運命なんて信じてどうするんだ。俺は信じない。自分の生き方は自分で決める」

 アレクが笑う。

「エルらしいね」

「アレクはどうなんだ」

「皇太子なんて滅多になれるものじゃない。二度と廻って来ないこの運命を、私は楽しむよ」

「そんなこと言ってたら、何度生まれ変わっても、ラングリオンの皇太子にされるかもしれないぞ」

「それは困ったね」

 ……困ってるように見えない。

「ケウスは、どうしてブラッドドラゴンになったんだ?」

「ドラゴンの言語ぐらい、解っただろう」

「何かを奪われたって言っていた」

「そして、取り返したとも言っていたね」

「人間がドラゴンから奪えるものって、何?」

 ドラゴンが執着するようなものなんて想像がつかない。

「滅びゆく種族。他の種族にとって、人間は滅びない種族に見えるのだろうね」

 ドラゴンに比べたら、圧倒的に弱くて寿命も短いのに。細かく世代交代を繰り返すことで繁栄し続けている。

「ドラゴンだって、卵を産んで世代交代するはずだろ」

「卵を孵化する為には大きな魔力が必要なんだよ」

「大きな魔力?」

「つまり、精霊の力が。精霊から祝福されなければ、ドラゴンは生まれることが出来ないんだ」

「じゃあ、ドラゴンがずっと生まれていないのは精霊の祝福がないから?」

「もしくは、ドラゴンが卵を産むことをやめているのか」

「滅びを受け入れているってこと?」

「どうだろうね。長寿の彼らがどういった一生を過ごすかは、まだ解明されていないから」

 ドラゴンの寿命は長く、二千年以上とも言われている。

 単純に、今は子育てする時期じゃないと言われたらそれまでなんだろう。

「他に聞きたいことは?」

「え?」

「質問ばかりするから」

 そんなつもりはないけど。

「俺は、アレクにとって何になる?」

「弟だよ」

「フラーダリーにとっては?」

「子供だよ」

 ……子供。

―今さらだけど。

―フラーダリーを好きでいるのは、勧めないわ。

 キアラが教えてくれたこと。

―私と同じだから。

 フラーダリーは、キアラが飲まされた薬と同じ薬を飲んでいる。

―自分で選んだのよ。

 決して、自分が王家の血を残すことがないよう。王族としての地位を捨てる際に覚悟を決め、恋人も家族も諦めていた。

 けど、砂漠で孤児を見つけた。

―だから、あの子はあなたを引き取ることを選んで、母親になる為にあらゆる努力をして、あなたにあらゆる愛情を注ぐの。

 フラーダリーが望んだもの。

「それは、変わらない?」

「変わらないよ。家族の関係は変わらない」

 変わらない。

―あなたはフラーダリーのすべてなのよ。

「エルの父親も、母親も。変わらないよ」

 ……変わらない。

「けれど、子供は成長し、変化する」

「え?」

 アレクが俺の頭を撫でる。

「大きくなったね」

 ……結局、子供扱いか。

 アレクが笑って。

 それから、一呼吸置いて俺を見る。

「エル。私の元から離れないで」

「どういう意味?」

「遠くへ行っても、必ず帰って来ると約束して欲しい」

 意味がわからない。

「王都を離れる予定なんかない。卒業したら魔法部隊に入るって言っただろ。それに、兵役が終わったら王都で薬屋をやるんだ」

「薬屋?意外だね。ずっと魔法部隊に居るんじゃないのかい」

「フラーダリーの手伝いはしたいけど、戦うのは嫌いだ。魔法使いになんてなりたくない」

 魔法の怖さは知ってる。

 あれが、簡単に生き物を殺せる力だって。

 ……だから。

 やるなら、魔法に頼ることなく、誰かを癒したり助けたりするような仕事がしたい。

「そうだね。エルに向いてるのは薬屋だね」

「本当に、そう思ってるのか?」

「思っているよ。その為に、勉強を頑張って来たんだろう」

 そうだけど。

「薬屋をやるぐらいなら研究所に入れって言われるかと思った」

「言わないよ。研究所に入れば意にそぐわない研究をしなければならないからね。ドラゴンの防腐剤のように」

「あれは、」

「毒なんか作らせて、すまなかったね」

 作って良かったのか迷ったのは事実だ。

 でも、必要なことだったのは解ってる。

「やりたいことが見つかって良かった。応援してるよ」

「ありがとう。アレク」

 薬屋は、俺が養成所で学んだことを生かせる仕事だから。

 店を出す場所も決めてる。

 ……あそこにするって。

「だから、遠くになんて行かないよ」

 兵役が終わって、開店資金が溜まったら始めるつもりだ。

「旅は楽しかっただろう」

 珍しい。

 そんなに心配?

 でも、アレクは卒業後ずっと、あちこち出歩いてたから。旅の楽しさを俺より知ってるんだろう。

「心配しなくても、どこに行こうと帰る場所は決まってる。王都だ」

「約束だよ」

「命令じゃないのか」

「弟に命令なんかしないよ」

 弟じゃないのに。

「それに、エルは命令なんて聞かないだろう」

 聞かないけど。

「わかったよ。約束する。どこへ行っても必ずここに帰るって」

「良かった」

 アレクが微笑む。

 遠くに行くつもりなんてない。

 ここには、俺が必要としているものがすべてあるから。

 家族も。友人も。俺を必要としてくれる人も。

 だから、すべて捨てて、やり直して……。

 また、同じことが起こったら……?

―大丈夫。

 フラーダリー。

 信じてる。

 

 ※

 

 ほのかな甘い香りが部屋に漂う。

 アレクが持ってきた紅茶のセットからだ。

「それは?」

「リンデンフラワーだよ」

 安眠効果のあるハーブティーだっけ。

「まだ寝ないのかい」

「もうすぐ出来そうだから」

 一番相性が良かったのは亜麻糸だった。

 真空の魔法を込めながら、魔法陣のように編んでいく。

「器用だね」

「半分は魔法なんだ」

「どういう原理だい」

「そんなに難しくないけど……」

 どう説明したら良いかな。

「なら、研究発表会に参加しないとね」

「来れるのか?」

「視察の名目で行けないか調整してみるよ」

「ん」

 アレクが養成所に来るなら、ツィガーヌを演奏したいな。……いや。難しいか。研究の仕上げや発表準備で、練習時間を取れそうにない。

 どこかでアレクの為に演奏出来たら良いんだけど……。

「出来た」

 出来上がった袋に手を突っ込む。

 人間が触っても平気だな。

「何か大きいもの……。そのブランケットを貸してくれ」

「ブランケット?」

 アレクから大判のブランケットをもらって、袋の中に入れる。

「面白いね。まるで吸い込まれているみたいだ」

「吸い込んでるんだよ」

「どんな風に?」

「圧縮して収納できる。圧縮収納袋だ」

「エルは名前のセンスがないね」

「悪かったな」

「圧縮可能なものが、かなり持ち歩けるってことかな」

「あぁ。色々試してみないとわからないけど。布はかなり縮むと思う」

 すべて仕舞い終わったブランケットを、引っ張り出す。

「あぁ、素晴らしいね。まさに錬金術。魔法を知らない人々が魔法を使えるようになるシステムだ」

 こんな小さな袋から大きなブランケットが出てきたら、みんな驚くだろう。

「でも、欠点があるんだ」

「エルにしか作れないんだね」

 俺にしかってわけじゃない。

「真空の精霊の力を安定的に借りることが出来ないと難しいってだけだよ」

『そんなのぉ、エルにしか無理よぅ』

 真空の精霊は地上にほとんど存在しない精霊で、滅多に契約してくれないことで有名だ。

 ユールみたいにあっさり契約してくれることなんて、まずないらしいから。

 アレクに圧縮収納袋を向ける。

「試作品第一号」

「くれるなら、一番、完成度の高いものが良いな」

 それなら、一番最後に作ったやつかな。

 これから、クラス全員分とフラーダリーとアレクの近衛騎士と……。かなりの量を作る予定だから。

「デザインの希望はあるか?」

「何でも良いのかい」

「ある程度、融通はきくよ」

 ハーブティーを飲む。

 良い香り。

 フラーダリーはあまりハーブティーを飲まないけど、アレクは結構、飲んでる気がする。

「なら、花にして貰おうかな」

「瑠璃色のビオラで良い?」

 アレクが少し驚いた顔をする。

「何故、そう思ったんだい」

「好きだと思ったから」

 なんとなく、イメージが固まっていた。

「良い?」

「もちろん」

「じゃあ、発表会で献上する」

「楽しみにしているよ」

 今日は、ここまで。

「寝るかい」

「ん」

 荷物を片付けて、ベッドに入る。

 こうしていると昔を思い出す。

 アレクがフラーダリーの家に来る時は、いつも一緒に寝てたから。

 寮でも良く泊めて貰ってたっけ。

 アレクは、いつでも一緒に居てくれた。

「アレク」

「なんだい」

「外に出たくなったら言って。いつでも連れ出すから」

「もう、簡単に外には……」

「約束する」

 もう、子供じゃないから。

 守ってもらってばかりで居たくない。

「アレクも俺を頼って」

 城での生活が窮屈になったなら。

 皇太子を辞めたくなったら。

 いつでも俺がアレクを手伝うから。

 だから、また一緒に旅をしよう。

「ありがとう、エル」

 ……信じてくれない。

 アレクに向かって小指を出す。

「それは……」

 あれ?知らない?

「砂漠の風習かい」

「そう。約束の証」

 俺の真似をしたアレクの小指に小指を絡めながら、約束の詩を歌う。

 

 小指の約束

 嘘吐いたら

 赤い風に焼かれる

 指切った

 

「約束だよ」

 

 


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