08 Camarades de classe
王国暦五九八年 コンセル二十五日
朝のホームルームに。
会長が来た。
「おはよう、諸君」
本当に、次の日に来るなんて。
何も持ってないけど、入試と同じようなテストを一日で作ったのか?
「私が出す問題を解いてくれるという話だったな。今日は、これから出題する問題が解けるまで教室の出入りを禁止する。もちろん、テストを拒否しても構わないが、一度、教室を出た者の再入室を禁じる。特別な事情のある者は試験監督である担任に言うように。ちなみに、この教室にあるものは何を使っても構わない。昼を過ぎるようなら、食事は教室でとれるように手配しよう。説明は以上。……テストに参加しない者は?」
誰も何も言わない。
「よろしい。では、はじめよう」
そう言って、黒板に向かったと思ったら。会長がチョークでテストの問題を書き始めた。
あれは、古代語。
すぐにノートに翻訳を書く。
やばい。知らない単語がある。
だめだ。わからない。この言葉の意味。
わからないものはそのまま書いて、翻訳を続ける。
周りに皆が集まってくる。
「これ……。人の名前じゃないかなぁ」
人の名前?
「歴史上の人ぉ。教科書に載ってるかもぉ」
まずいな……。
訳すのに手間取るから、全然、問題に取り組めない。
しかも、翻訳よりも会長の書くスピードの方が早い。
このままじゃ……。
「おい、最初の問題消されるぞ。誰か写しておけ!」
「こっちで写してるわ。でも、文だけよ」
「図や絵は、こっちでやるよ」
「お願い」
なら、細かい翻訳は後回し。
大まかな意訳を書いて行こう。
「一問目は歴史だ。ユリア、解けるか?」
「んーっとぉ。この人、誰だっけなぁ。イエイツ?」
「それ、騎士じゃないか?」
騎士。
そういう意味か。
なら、この単語は階級だろう。
「騎士の階級……?制度を書けって問題か?」
「わかるのぉ?」
「イエイツがまとめた階級制度なら知ってるぜ」
「じゃぁ、カミーユ。手伝ってぇ」
「まじかよ。とりあえず、こっちでやってるから次のに進んで良いぜ」
「次は?」
二問目に行く。
なんだこれ。
「天文学だな」
誰かが黒板を見てる。
天文学の図解か。
「最後の部分を訳してくれ」
最後の一文を訳す。
「良いよ。残りは後で聞くから、次に進んで」
わかった。
「三問目は数学だな」
「数字なら、このままでも行けるんじゃねー?」
それなら……。
解答に必要そうな部分をピックアップして訳す。たぶん、これだけ揃えば。
「おー。そういうことか。まかせろ。次の問題に行って良いぜ」
了解。
四問目……。
これにも知らない単語が出てくる。
「法律か。これは俺がやる。後回しで良いから、次の問題を訳せ」
五問目。
何、これ?
楽譜?
「はいはぁい。五問目は私がやるよぉ」
「ユリア。一問目はどうしたんだ」
「あれはぁ、カミーユたちに任せて来たよぉ。この曲なら解ると思うぅ」
問題自体は簡単。
曲のタイトルと作曲者を答え、曲の特徴を歴史的観点から述べよ。
「ふふふ。任せてねぇ」
次は六問目。
農学だ。
「へぇ。面白い問題持ってくるな。ちょっと、細かく訳してくれないか」
わかった。
古代語は俺以外誰も解らない。
翻訳は誰にでも解るように仕上げないと。
※
「全員、手を止めろ!」
無理。
全然、終わってない。
最初のは意訳だったから、早めに正確な翻訳を届けないと、解答に致命的なミスがあった場合に取り返せなくなる。
「いいか。ランチの時間は手を休めろ。作業は禁止だ」
「えー」
「食事はきちんととるように!」
「はーい」
会長が出した問題は俺が知らないことばかりだ。受験で選んだ科目の範囲を超えてる。
こんなの、俺一人じゃ丸一日かかっても無理。
誰かに正しく解いて貰わないと……。
「お前もだ。エルロック」
ノートを取られた。
何もない机の上に頭を落とす。
「大丈夫か?エルロック」
やばい。
かなり疲れてる。
「わぁ、ケーキまであるわ」
「やった。午後も捗るわね」
教室にランチが用意されてるらしい。
「あの会長、本気出し過ぎだろ」
「一問目はどうなった?」
「あぁ?あんなもん、とっくの昔に終わらせたよ。要は、イエイツがまとめた現在の騎士の階級制度について詳しく述べよって問題だ。これ間違えたら、親父に何言われるかわからないからな」
エグドラ家は騎士の家系だから。騎士の制度について詳しいらしい。
「そっちは、どうなんだよ」
「法律の問題なら、もうすぐ終わる」
シャルロは法律系に強い。
……良く考えたら、このテスト、皆の得意分野が問題になってるんだ。
逆に言えば、俺には解けない問題ばかり。
皆に出来て俺に出来ないテストをやらせるなんて。やっぱり俺は中等部には相応しくないって結論になりそうなものだけど。
このテストに失敗すれば、俺は中等部に異動させられるらしい。
意味がわからない。
中等部に相応しくないことが証明されるのに、異動させられるなんて。
会長の目的は何なんだ。
何の為に、クラス全員がとりかからないと解けない問題を出してるんだ。
いや、違う。
それが目的だったっけ。
俺がやったテストを、本当にクラス全員でやったかどうかの確認。
あのテストを俺一人でやったことなんて、会長はお見通しなんだ。その上で、シャルロの言葉が正しいと主張するなら、クラスでそれを証明しろって言ってるんだ。
どちらにしろ、このテストに合格しなければ俺が中等部に移ることに変わりはない。
自分がどうなるかを、知り合ったばかりのクラスメイトに頼ることになるなんて。
でも……。
「食べ終わったら、錬金術の問題に取り掛かるぞ」
「アレクシス様が選んだ本、借りといて良かったな」
全員、参加して。
手伝ってくれている。
「エルロック。いつまでも死んでないで、ちゃんと食べろ」
体を起こす。
あ。ケーキ。
「なんで、それから食うんだよ」
頭を使ったら甘いものが欲しくなる。
ん。美味い。
※
午後。
最後の一問を残して全部訳し終わった。
錬金術の問題も含め、他の問題は皆がやってくれている。
最後は長文の翻訳と、それに関する問いが一つ。
まずは、翻訳から。
サンドリヨンの物語。
ラングリオンの東を砂漠に変えた魔女。
聞いたことがある気がする。砂漠はもともと緑豊かな大地だったけれど、炎の大精霊が七日七晩かけて焼き尽くして砂漠になったって。
砂漠には、その大精霊を祀った祭壇がある。
あれ?大精霊が入ってる棺だったかな。
この物語。
この魔女。
最後、どうなるんだろう。
……翻訳が終わった。
最後の問いは?
この答えを、俺は知ってる。
「愛?」
俺の解答を見たカミーユが呟く。
「どんな問題だったんだ?」
魂の片割れのように強く惹きつけられるもの。
最も大切な想いの結晶。
古代語には存在しない言葉。
文中で語られている言葉は現代語で何というか。単語一つで答えよ。
「へぇ。古代語には存在しない言葉なのか。結構、そういうのがあるんだな」
現代語の方が言葉のバリエーションが豊かだから。そのせいで、翻訳にはかなり苦労した。
「終わったー!」
「こっちも、なんとか……」
「自信ないな。もう一度確認しておこう」
「私のも見てー」
一つ一つの問題の答えをまとめて、皆で最終確認をしてから先生に提出する。
「お。終わったか。会長に提出してくるから、お前らは、このまま解散して良いぞ」
そういえば、先生、ずっと教室に居たんだな。
疲れた……。
今日は、お風呂に入ろう。
寮には共用の大浴場があるはずだから。
「お疲れ様。あなた、本当に古代語が得意なのね」
マリアンヌ。
「今度、図書館にある本の翻訳してもらおうかな」
「あぁ、あの本。ちょっと読みたいよね」
皆、居る。
ノートの新しいページに名前を書き出す。
全部で二十人。
「何やってるの?エルロック」
名前はわかるけど、顔がわからない。
そう書くと、目の前の三人組が笑った。
「私はセリーヌよ」
セリーヌが名前の横に文字を書く。
昨日、古代語を聞いてきて、今日の古代語の板書をずっとやってくれたのは、セリーヌ。
「あ、あたしもぉ」
ユリアがセリーヌのペンをとって書く。その横に、ハートの記号。
「はいっ、マリー」
ユリアがマリアンヌにペンを渡す。
「何を書こうかしら」
マリアンヌが名前の横に文を書く。
次から次へとペンが渡って、文字やら絵やらが、どんどん書き込まれていく。
アーロン よろしく
アマンディーヌ よろしくね。皆、アマンダって呼ぶわ。
アシュリック よろしく。アシューで良いよ。
カミーユ よろしくな
セリーヌ よろしくね。
シャルロ よろしく。
クラリス よろしくお願いします。
エリザベト よろしく。エリザよ。
エミール よろしくな
フランシーヌ よろしくね。フランって呼んでね。
ジャンルード よろしくな。ルードって呼んでくれ。
ジャンバティスト よろしく。俺はバティで良いぜ。
ジョゼット よろしくね。ジョゼよ。
ユリア よろしくねぇ
マリアンヌ よろしく。マリーって呼んでね。
ノエル よろしくな
フィリベール よろしく。フィリだ。
ラウル よろしくお願いします。
ルシアン よろしくな
セルジュ よろしく。
これで全部。
ようやく、全員の顔と名前が一致した。
かなり賑やかなノートになったな。
「あ。一人足りないぜ、これ」
あれ?
全部で二十人だろ?
カミーユが、もう一人名前を書く。
エルロック
「ほら、お前も何か書けよ」
カミーユからペンを受け取る。
何を書こう。
「悩むことか?エルロック」
あぁ。それにしよう。
名前の横に、文字を書く。
呼び方。エルで良いよ。
よろしく。
序章 Cauchemar avant redémarrage
「再出発前の悪夢」
01 Cafetière à siphon
「サイフォン式コーヒーメーカー」
02 Nouvel étudiant
「新入生」
03 Frapper les uns les autres
「殴り合い」
04 Sept mouvements pour orchestre
「七つの管弦楽曲」
05 Examen irrégulier
「イレギュラーな試験」
06 Instrument à cordes chantant
「歌う楽器」
07 Demander conseil
「助言を乞う」
08 Camarades de classe
「クラスメイト」




