07 Demander conseil
王国暦五九八年 コンセル二十四日
朝のホームルームが始まる。
休み明けの授業は、テストの振り返りがメインらしい。先生がテスト結果をまとめて、もっと理解が必要な部分について授業をやり直すのだ。なければ後期の授業に進むことになる。
そんな内容を先生が話していた。
振り返りだけなら、受ける必要なんてなさそうだけど。やっぱり、出席しなくちゃいけないんだろう。
「以上。それから、エルロック。話があるから来るように」
話?
「おい、何かやったのか?」
話って、アレクが言ってたやつ?
「エルロック、早く来い」
先生が教室の扉の前で待ってる。
今すぐ行かなきゃいけないらしい。
立ち上がって、カミーユの腕を引く。
「えっ。俺も?」
それから、シャルロのところに行って、シャルロの腕を引く。
「仕方ないな」
特に何も聞かずに、シャルロが立ち上がる。
廊下に出て歩いていると、歴史の先生とすれ違った。
一限目の授業だ。
「どうして、その二人を連れて来たんだ」
「なんで?」
カミーユは俺が喋れないのを知ってるから。
「例のテストの件なんだろう」
シャルロは、詳しいだろうから。
「この前、エルロックが丸一日かけてやってたやつか?」
「そうだ」
「あれって、なんだったんだ?」
「錬金術に関する中等部一年の期末テスト」
「はぁ?」
カミーユの声が静かな廊下に響く。
「こら。授業中だぞ。静かにしろ」
だから、アレクが同じテストって言ってたのか。
※
案内されたのは、応接室。
低いテーブルを挟んで、ソファーや椅子が並んだ部屋。
「ここで待ってるんだ」
そう言って、先生が出て行った。
「おい、シャルロ。あんなものどこで用意したんだよ」
「ヴェロニクから渡された。エルロックにやらせてみろって」
「ヴェロニクって、アレクシス様といつも一緒に居る?」
「そうだ。アレクシス様の指示かと思ってたんだが。どうなんだ?エルロック」
首を振る。
アレクは誰がやったのか知らなかった。
誰かの悪戯だって。
つまり、ロニーの悪戯?
「じゃあ、何の目的で……」
シャルロがそう呟いたところで、扉が開いた。
「三人も呼んだ覚えはないが。……まぁ、良い。座りなさい」
偉そうな髭の男。
カミーユが先に行って、シャルロに押されて、二人に挟まれる形でソファーの真ん中に座る。
「君はシャルロ、君はカミーユ。そして、君がエルロック」
俺しか呼んでないって割には、二人のことも知ってるらしい。
「私はこの養成所の会長だ。要は一番偉い立場にある。エルロック。君は、私がこの職に就いてから、一度も例がないことを二つ成し遂げた」
二つ?
「一つは、養成所への中途入学。あの問題は私が作ったものだ。その年で古代語まで自在に操れるという生徒は見たことがない。君が砂漠で……」
思い切り机を叩いて立ち上がって、睨む。
なんで、言うんだ。
「エルロック、落ちつけ」
シャルロに腕を引かれてソファーに座る。
「もう一つは、先日のテストだ。あれは、君がまだ習ってもいない錬金術のテストだ。初等部の君が解けるようには出来ていない。だがしかし、君が解答へ挑むプロセスは見事だった。問いに対する読解力はもちろん、数学のセンスも目をみはるものがある。自然に関する知識や魔法に関する知識も中等部程度はあるだろう。錬金術の器具に関する知識は低いものの、それを想像力でカバーしてかかるとは面白い。君の思考回路はとても柔軟で、発想豊かで素晴らしい。まさに天才だ」
テストなんて解答が存在すると決まってるから。やるべきことは、答えに向かう為の材料を揃え、解答を導き出すこと。
あのテストは数学的な考えで挑めば解けそうな気がした。
……丸一日かかったけど。
「そこで、だ。私は、君には中等部の授業が相応しいと判断した」
え?
「つまり、君はもう初等部で学ぶ必要はない。今から中等部のクラスに入ると良い」
なんで?
「私からの話は以上だ」
待て!
こっちの話を一つも聞かずに決めるなんて。
俺は嫌だ。
あぁ、声が……。声が出れば。
「ちょ、ちょっと待って下さい!エルロックは、そうは思ってない!」
中等部に行きたいなんて思ってない。
「彼がどう考えようと関係ない。これは決定済みのことだ」
「関係ないって、どういうことだよ。エルロックのことなのに……。そうだ、フラーダリーは?」
「保護者が養成所の方針に口を出すことはない」
「んなこと言ったって……」
養成所は独立した機関。
保護者はもちろん、あらゆる権力が教育方針に口を出すことは許されない。
養成所は如何なることがあろうとも学生の自由な学びの場を保証し、また、思想の自由と多様性を尊重する。
この理念により、教育による思想の強制を行わないことを約束し、更に、学生が平等な身分を有する証として制服を取り入れているのだ。
だから。
養成所のトップが判断したことには誰も口を出せない。
「ちょっと、よろしいでしょうか」
シャルロ。
「何かな」
「全く話が見えてきません」
「ほう」
「会長は勘違いをされています。あれは、エルロックが一人でやったものではありません。クラスの能力を結集してやったものです」
「あのノートの筆跡がエルロック一人のものであることは確認済みだ」
「当然です。エルロックが皆の意見をまとめながら書いたんですから。ノートを見たならば、ご存知でしょう。問題を解く為に幾つもの試行錯誤があったのを。あれは、一人の人間が考えたものではないからです」
「なかなか面白い話だ」
何度も解答への道を失敗して、どこから書き直せば良いかわからなかったから。
失敗した過程もすべて、ノートに書きっぱなしだ。
「つまり、あのテストはエルロックの能力を測る材料にはならないということです。ですから、エルロックが中等部相当であるとの判断は考え直すべきです」
「そうです。考え直して下さい」
助かった。
「ふむ……。残念だが、私の考えを変える材料としては少し足らないな」
なんで。
「君たちの主張が正しいという証拠が必要だな」
「証拠?」
「君たちが私を納得させるほど優秀であるという証拠だ。初等部一年諸君の能力を測る問題を用意しよう。その結果が出るまで、彼の処遇は保留とする」
つまり、もう一度、テストをやれって?
「わかりました。カミーユ、エルロック。行くぞ」
立ち上がったシャルロに続いて、カミーユと一緒に急いで部屋を出る。
「おい、シャルロ、」
「黙れ。後で話す」
結局、俺が中等部に行くかどうかは保留になっただけ。
どうにかしないと。
……どうすれば良いんだ。
※
教室に戻って、席に着く。
歴史の授業中だ。
しばらく授業を受けていると手紙が回って来た。
入試の問題を用意しろ
入試の問題?
※
一限目が終わって、休憩時間。
入試の問題を書き出したノートをシャルロに渡す。
「ねぇねぇ、何の呼び出しだったのぉ?」
「そうよ。授業中に呼び出すなんて、よっぽどじゃない」
「誰に呼び出されたの?」
「会長だ」
「は?」
「エルロック、何やったんだ?」
「なんかさー、エルロックが天才だから飛び級させろって言って来たんだよ」
「飛び級だって?」
「どういうことなの、それ」
「俺だってさっぱりだ。シャルロ、説明してくれ」
シャルロは俺が渡した入試の問題を見ている。
「面倒な問題だな……。いいか、全員で、この問題を解くぞ」
「何?これ」
「エルロックが受けた入試だ」
「なんだって?」
皆が、シャルロの机に集まって来た。
なんで、俺の入試を皆がやるって話になってるんだ?
「それぞれ、得意なのをやれば良い」
「歴史ならまかせてぇ」
「手伝うわ」
「数学をやらせてくれ」
「じゃあ、地理にするかな」
「問題見せて」
「えっ?古代語は無理だろ」
「それはやらなくて良い」
シャルロの腕を引く。
なんで?
「エルロック、お前の思考パターンはばれてる。もう一度、お前が解ける問題を用意してくると思うな」
会長が出す問題は、俺じゃ解けないってこと?
「っつうか、科目数多くねぇ?」
「俺らの時は、必須三科目と選択二科目だったからな」
選択は二科目だけ?
数が違うらしい。
「シャルロ。なんでこんなことやるんだよ」
「私たち、中途入学のテストをやらされるの?」
「クラスで、それぐらい難しい問題をやらされることになったんだ」
「なんで?」
「いつ?」
「近い内。明日かもしれない」
「明日ぁ?」
「失敗すると、エルロックが中等部に異動させられる」
「飛び級って、そういう意味か」
「行けば良いんじゃないのか?」
「本人にその気がないんだ」
「エルロックは嫌がってるんだよ」
皆が、こっちを向く。
……行きたくない。
でも、どうすれば良いかわからない。
「んー。なんかわからないけど、テストなんでしょ?」
「やれば良いんだろ」
「楽しそうだねぇ」
「そうだな」
……え?
「これ面白いなー」
「本当に、これ解いたのか」
「負けられないな」
「教科書で調べても良い?」
「やろー」
なんで?
「どうしたんだ?エルロック」
だって……。
だって、これは。
俺の問題なのに。
なんで、皆、やる気出してるんだ?
※
皆、ずっと問題と向き合ってる。
授業中はもちろん、ランチの時間になっても、食堂の一角にクラス全員で集まって話してる。
俺が受けた試験は、ラングリオンの言語学、数学、歴史の必須三科目と、古代語、地理、生物学、自然と魔法基礎学の選択四科目で計七つ。
選択科目は、得意なのを伸ばす形でアレクと一緒に選んだ。他にも法学や文学、音楽、農学……。色々、選べたはずだ。
「お前、まだ食ってるのか」
皆が早いだけだ。
まだ食べてる奴だって、ちらほら居る。
「食事が終わったら図書館に行くぞ。お前もだ、カミーユ」
「俺は勉強は苦手だぞ。何やるんだ?」
「お前ら、実験室に出入りしてるだろ」
カミーユが驚く。
「なんで知ってるんだよ」
「錬金術の知識を齧ってるなら、協力しろ」
錬金術。
あのテストをすべて解答するのに丸一日かかってる。
圧倒的に知識が足りない。
「あのノートがあれば良かったんだが」
「ノートって?」
「エルロックがテストの解答用に作ったノートだ」
シャルロは、あれを全部、読んだんだろう。
「覚えてるのか?」
「だいたいは。見やすいノートだったから理解もしやすかった」
「すげーな」
そんなことを言われるなんて。
後で見返すことを前提に書いたとはいえ、かなり雑な考察もたくさんあったはずだ。
「エル」
「アレクシス様」
アレク。
「悪かったね。ロニーが余計なことをして」
アレクも知ったらしい。
ロニーの悪戯だって。
「シャルロ。どうなってるのかな」
「会長と取引をしました。会長の出す問題をクラス全員で解きます」
「あの会長は、相当、変わった問題を出すよ」
「可能な限りやってみます」
「何か手伝おうか」
「自分の責任は自分でとります」
責任?
「わかった。彼はフェアな人だ。今の君たちに解けないような問題は出さない。ただ、エルが錬金術のテストを解いた以上、錬金術をテーマにした問いも出すだろう」
アレクなら問題の傾向がわかるのかな。
そういえば、俺の入試問題を作ったのは自分だって会長が言ってたっけ。だから、シャルロは入試の問題を全員にやらせてる?
でも、今のままじゃ……。
アレク。
助けて。
「この後、どうするつもりだい」
「図書館で錬金術関連の本を探す予定です」
「わかった。私も行こう。食事が終わったら図書館においで。先に探しているよ」
アレクが俺の頭を撫でて行ってしまった。
目で追うと、グリフとロニーと合流したのが見えた。
アレクは悪戯しても怒らないんだな。……怒ってる所なんて見たことないけど。
「ね。この問題教えてぇ?」
食事中のトレイの横にノートが置かれた。
数学の問題。
出された問題を解く。
「あぁ、そっかぁ。その公式を使うんだねぇ」
そこがわからなかったのか。
横に、解説を書く。
こういうパターンの場合は、この公式が当てはまりやすい。
「うんうんっ。字、綺麗だねぇ。ありがとぉ。この先は自力でやるよぉ」
ここまでで良いのか。
「あたし、ユリア。名前覚えてねぇ」
音楽の名門、エウリディーチェ子爵家の長女だ。
クラス全員の名前は覚えてる。
名前と顔が一致しないだけで。
別の誰かが来た。
「古代語の文字、私のノートに書いてくれない?」
文字?
出されたノートに文字の一覧を書く。
古代語は大文字しかないから、文字数はそんなに多くない。
「そうやって書くのね……」
書き方を知りたかったらしい。
ついでに、現代文字との相関も書いておく。完全一致ではないけれど、ラングリオンで使われている文字は古代語の流れを汲んでいるから。これを対応させて、無理やり現代語を古代語に変換する方法もある。
「へぇ。そうなってんのか」
カミーユも興味があるらしい。
入試の問題を書いて、その下に翻訳を書く。そして、対応する単語を書き出した解説を書く。
古代語は、元々、精霊の言葉だ。だから、それを人間が使う言葉、特に現代語に翻訳しようとするなら、かなり想像力が必要な作業になる。
例えば、古代語の文字の一つである門。現代語では門と訳されるが、原義としては境界を表す記号だ。だから、門を始め、扉や出入り口といった意味もあれば、死を意味することもある。こちらの世界と死者の世界の境界を表すからだ。
「そういえば、門って、お墓のレリーフに良く使われるわね。死者の世界への入口って」
ラングリオンの墓は、そうなのか。
一方で、古代語の文字の一つである剣もまた、境界の神を表すことから原義として境界を示す。ただ、この場合の境界は、一つのものを切断、分離させるという意味が強く、境界そのものよりも境界を作るものとしての意味が……。
「ありがとう。この辺で良いわ。ゆっくり食べてね」
ここまでで良いらしい。
ノートを持って行ってしまった。
「丁寧な解説じゃないか」
「お前ってさ、面倒見良いよな」
面倒見良い?
二人の方が、よっぽど面倒見が良いだろう。
違うな。
二人だけじゃない。
クラスの皆、そう。
これは明らかに俺一人の問題なのに。
なんで、こんなに……。




