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夕焼けの散花  作者: 智枝 理子
Ⅸ.落ちる雫と蛍火
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09 Vivons ensembre

王国暦六〇三年 ヴィエルジュ朔日


「じゃあ、切るね」

 フラーダリーが新年のガレットデリュヌにナイフを入れて、小さめの丸いパイを二つに切り分ける。

「分けてくれるかい」

「ん」

 パイを皿に分けるのは、最年少の家族の役割だ。

 いつも同じ。

 二つの皿にパイを分ける。

 そして、家長が一言添える。

「月の女神よ。どうか家族が健康で平和に暮らせますように」

 いつも同じ。

「いただきます」

「いただきます」

 香ばしく焼けたパイにフォークを入れる。

 ……あ。出てきた。

「おめでとう。今年のフェーヴはエルだね」

 いつも、二分の一の確率だ。

「飾っておいて」

「わかったよ」

 本当は、持ち歩いてお守りにすると良いらしいけど。いつも家に置くようにしている。フラーダリーも、当たった時はそうしてるから。

 そして、一年経ったら庭に飾る。

 お守りの効果は一年限りで、効果のないフェーヴを持ち歩くのは良くないことらしいから。

 ラングリオンには独特の風習やイベントが多い。

 どれも、もう慣れたものだ。

 ……甘い。

「卒業後の進路は決めたかい」

「まだ」

「そっか。君の素晴らしい才能がどこで生かされるか楽しみだよ」

「別に、才能なんてない」

「間違いなくあるよ。君はいつも勉強が好きだと言うだろう。それはね、君があらゆることに興味を向けられることが出来る証拠なんだ。どんなことにでも面白さを発見出来ること、そして、その本質に辿り着く為の学びや工夫を欠かさないこと。入学以来、常に満点を取り続けているのは、君のそういった努力の賜物なんだよ。誇って良いことなんだ」

 ……始まった。

 フラーダリーは、褒めるのが好き過ぎる。

「それに、研究会の活動以外にも、個人研究や課外活動も精力的にやってるんだってね」

 え?

「蛍の会のリーダーとして、後輩の指導を行っているんだろう」

「やってるけど……」

 なんで知ってるんだ?

 言ってないのに?

「エルは後輩からもたくさん慕われているんだね。燕の会では、カミーユと競う仲だそうじゃないか」

「は?」

「先生の所見に書いてあったよ」

「先生?」

 何の話?

「聞いてない?ラファエル先生にお願いして、通知表を送って貰っているんだ」

 先生が作成してるものなのか。

「通知表って?」

「通知表というのは、成績や養成所の日常生活を保護者に伝える為に作成される書類だよ。主に、遠方の保護者向けのものなのだけど。最近はすれ違うことが多かったから、作ってもらうことにしたんだ」

 家庭向けにそんなシステムがあったなんて。

 だから、話してないことが違う形で伝わってたのか。

「燕の会の話はデマだよ。カミーユと稽古してるけど、競うほどの実力なんてない。カミーユは別格の強さだ」

「ふふふ。そうなんだ。初等部からずっと仲が良いね。クラスメイトの話も聞いているよ。エルは素晴らしい仲間に囲まれているんだね」

 頷く。

 それは間違いない。

「バイオリンの調子はどうだい。音楽祭の準備は順調?」

「順調だよ」

 ジュリアーノと音楽祭に出ることは、フラーダリーに報告済みだ。

「楽しみだな。今年も、終わった後に帰ってきてくれる?」

 そんな嬉しそうな顔で言われたら。

「……帰るよ」

「じゃあ、エルの好きなものを作らなくちゃね。何が良い?」

「なんでも良いよ」

「どうしようかな……」

 フラーダリーが悩んでる。

 本当に、なんでも良いのに。

「思い付いたら、手紙に書いてくれるかい」

「ん。わかった」

 たぶん、手紙は書かないだろう。

 フラーダリーが作るものは何でも美味しいから。

「エルは将来、バイオリンの道に進むつもりはないのかい」

「ないよ」

「即答なんだね。……もし、学費の返納に不安があるのなら、全く気にしなくて良いからね。私は、君が望む道に進んで欲しいと思っているから」

 なんで。

「何をやるにしても、フラーダリーに迷惑はかけないよ。学費の返納が必要になれば、自分で返していく」

「そんなわけにはいかないよ。私は君の後見人なのだから。君が選ぶ未来の手助けをさせて欲しいんだ」

 手助けなんて要らない。

「卒業すれば後見人の義務はなくなる」

「卒業しても、私は君の保護者としてサポートを続けるつもりだよ」

 ……保護者。

「私には、君をラングリオンに連れてきた責任がある。困ったことがあったら、なんでも頼って欲しいんだ」

 いつまでも変わらない。

「今、話しておきたいことはある?」

 ……そうだな。

 そろそろ聞いておいても良いか。

「ラングリオンの賃貸事情を教えて」

「賃貸?」

「研究所に所属すれば寮に、兵役をこなすなら城の宿舎に入れるけど。それ以外の進路なら、住むところを探さなきゃいけないから」

 卒業しても成人するまで約二年ある。

 見習い労働可能な年齢とはいえ、未成年者の契約には保証人が必要だ。雇用主にも保証人になってもらうことは可能だけど、信頼関係を築けていない相手なら断られる可能性もある。頼れそうな大人は何人か居るけど、フラーダリーに頼むのが一番だろう。

 ただ、ラングリオンの賃貸事情が全くわからない。

 エンドの物件は安そうだけど、危ない場所はフラーダリーが反対しそうだ。家賃が安定して払えて、フラーダリーが納得するような場所の目星を早めにつけておかないと。

「エル」

 急に、フラーダリーが俺の手を掴む。

「卒業したら、この家で一緒に暮らそう」

 きっと、フラーダリーはそう言ってくれるだろうって思ってた。

「でも、俺は……」

「ここなら研究所にも通いやすいし、城にも通いやすい。他の仕事を選んだとしても、王都で働くなら困りはしないだろう」

 それも事実だ。

「でも、」

「遠慮なんか要らないよ。後見人の立場がなくなろうと関係ない。エルはもう私の家族なのだから」

 ……家族。

「でも……」

「それに、卒業直後は何かと忙しいだろう。一人暮らしを考えるにしても、せめて、成人するまでは家に居ないかい。ここなら新しく住む場所もゆっくり探せるし、必要なものを揃えるのだって……」

「わかった」

 無理。

 断れない。

「卒業したら家に帰る」

「本当?」

 花が咲くような笑顔が広がる。

「嬉しいよ。また君と一緒に暮らせるなんて」

 そんなに喜んでくれるなんて。

 ……せっかく離れようと思ってたのに。

 そんな顔されたら断れない。

 仕方ない。

 成人するまでは家に居よう。

 でも。

「一緒に暮らすなら、約束して。もっと俺を頼るって」

「え?」

 もう、子供じゃない。

「家のことをもっとやらせて。料理も教えて。掃除もやるし、庭の手入れもやる。何でも頼んで」

「君はそんなことしなくて良いんだよ」

「そんなわけにはいかない。卒業したら学生じゃなくなるんだ。フラーダリーと同じ自立した大人になる。だから、もっと頼って。疲れてる時は俺に任せて休んで」

「心配しなくても……」

「心配させて」

 対等でありたい。

 もう、大人になってるって気づいて。

「そうだね。もう、こんなに大きくなったんだもんね」

 ……子供扱い。

「ちゃんと、俺を頼ってくれる?」

「うん」

「本当に?」

「もちろん。一人暮らしに向けた準備もあるからね。出来ることを増やしていこう」

 そういう意味じゃないんだけど。

 やれることを増やして、出来るって分かってもらうしかないか。

「エル。いつか……。成人や結婚によって家を出る日が来たとしても。いつでも家に帰ってきて良いんだからね」

 結婚?

 俺が別の誰かと結婚すると思ってるらしい。

 ……やっぱり、この質問は避けて通れないか。

「本当に、俺が家に居て平気?」

「どういう意味?」

 今までずっと聞かなかったこと。

「一緒に暮らしたい人は居ない?」

「え?」

「だから……。恋人とか……」

 フラーダリーが他の誰かと暮らすなら、すぐにでも家を出る。

「その心配は要らないよ。私は恋人を作るつもりも、結婚するつもりもないから」

 ……なんで。

「国から指示されてるってこと?」

「まさか。私はもう王族じゃないよ。単に、私がそう決めているだけなんだ」

 そんなはずはない。

 国王陛下の血を引くフラーダリーに子供が出来れば、何らかの対応が行われるに違いない。フラーダリーがその内容を知らないはずがないだろう。

 どんな取り決めがあるのか分からないけど。

 今のところ、恋人の心配がないのは確からしい。

「なら、ずっと家に居るかも」

「もちろん構わないよ」

「一生でも?」

 フラーダリーが笑う。

「もちろん。良いよ」

 意味、わかってるのかな。

 一生一緒に暮らして良いなんて。

「君は私の家族で、ここは君の帰る場所なのだから」

 微笑んだフラーダリーが俺の頬に触れる。

 あぁ。

 本当に。

 信じられないぐらい何一つ気づいてもらえない。

「わかった」

 目を閉じて、頬に触れたままのフラーダリーの手に自分の手を重ねる。

 手を繋がなくなってから、どれぐらい経っただろう。

 この手に自分から触れなくなってから。

 ……好き。

 離したくない。

 愛してる。

 この関係を変えたい。

 俺がフラーダリーとなりたい家族の形は親子なんかじゃない。

 気付いて。

「ずっと、一緒に居て」

 フラーダリーの手のひらを口に寄せる。

 もう、離れることなんて考えない。

「卒業したら、一緒に暮らそう」

 愛してる。

 愛してる、フラーダリー。

 ……言えない。

 手を離して、立ち上がる。

「皿洗いするよ」

 視線を下に落として、テーブルの食器を重ねる。

「私が、」

「俺がやる」

 そのまま流しに持っていって食器を洗う。

 自分が今、どんな顔をしているか想像できない。

 顔が赤くなってる自覚はある。

 落ち着かないと。

「エル」

「……何?」

「コーヒーのおかわりを淹れようか」

 コーヒーカップは、まだ中身が残っていたから洗ってない。

「俺がやるから休んでて」

 ポットにお湯を沸かす。

 大丈夫。

 いつも通りに出来てる。

「じゃあ、任せようかな」

 背後からフラーダリーの気配が消える。

 少し間をおいて振り返ると、フラーダリーがリビングのソファーに座ったのが見えた。料理の本を読むことにしたらしい。

 いつも通り。

 ……いつか、必ず伝える。

 

 


01 Brouillard

「霧」

02-1 Le rejet

「拒絶」

02-2 Observation astronomique

「天体観測」

03 Aveux des émotions cachées

「自白」

04 Comme d'hab

「いつも通り」

05 Pluie noire

「暗雨」

06 Pluie verglaçante

「氷雨」

07 C'est clair

「晴れる」

08 Les mouches à feu

「蛍」

09 Vivons ensembre

「一緒に暮らそう」

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