04-3 Rue de la Faim de loup
狼の腹通り。
どんな腹ペコも満腹にするという意味がある、ウエストで一番有名な繁華街だ。
ラングリオンは狼に関する言葉が多い。
ただ……。
「あー。閉まってるな」
「良い店だったんだけどな」
長く続く店は少ない印象だ。
「どこ行く?」
「新しい店を探すか」
「今から?」
「この辺で良いわよ」
「裏通りに行ってみようぜ」
「待ってよ、ノエル」
「え?ちょっと、」
アシューとノエルが脇道に走って行く。
「まったく……」
狼の腹通りから外れて行ってしまった。
でも、ウエストは飲食店が多い。フラーダリーと食事をしに来るのもこの辺だし、ウォルカのショコラトリーがあるのもウエストだ。いくらでも違う店は探せるだろう。
皆で二人を追う道に入る。
「先生のおすすめは?」
「俺が行くような店に連れて行けるわけがないだろう」
「えっ」
「どういう意味?」
「だから……」
「やばい店?」
「アヤシイ店?」
「おい、」
「酒をメインに提供する店のことだろう」
「なんだ。酒か」
「どこがやばくて怪しいんだよ」
「妙なことを言うな。普通の店に決まってるだろう」
先生がため息を吐く。
だったら、連れて行ってくれても良いのに。
ラングリオンには未成年者の飲酒を禁止する法はない。けど、未成年者に飲酒させる行為は法律で禁止だ。
飲食店等が明らかな未成年に酒類を提供すれば厳しく罰せられるし、保護者が子供に飲酒させる行為は虐待に当たるとされている。
と言っても、ある程度の年齢になるとグレーになる。俺たちぐらいの見た目なら確認せずに出して貰えるだろう。
……いや。制服を着ていたら無理か。養成所の学生は未成年なんだから。たまに、グリフみたいに何歳か上で入学する場合もあるらしいけど、考えなくて良いぐらいレアなケースだ。
ちなみに、バーは見た目に関係なく厳しく年齢確認を行っている。取り扱う主体が酒だから、未成年は入店禁止なのだ。保護者同伴であっても入店は不可能。バレたら重い処分が下される為、未成年を除外する目的で会員制にするバーも多い。
ベルベットもそう。あそこは紹介者しか会員になれないから、ほとんどが知り合いだ。そして、揉め事を起こすと紹介者もろとも出禁になる。
前に、俺が襲われた時もそうだった。あの犯人と犯人の紹介者は出入り禁止になってるらしい。
「あ、居たぞ」
アシューとノエルだ。
立ち止まって、知らない女の人と話してる。
「どうしたんだ?」
「あ、皆」
話をしていた三人が振り返る。
「子供とはぐれたらしいんだ」
「名前は?」
「ジャンです。私と同じ茶色のくせ毛の男の子。八歳で、背は、これぐらいで……。グレーの上着と緑のパンツを着てます。そこの店で会計をしている間に居なくなってしまって……」
母親が示した背丈は、かなり低い。五、六歳ぐらいの見た目もイメージしておこう。
「子供なんか見たか?」
「私たちが歩いて来た道には居なかったと思うわ」
ちゃんと観察してなかったけど、目立って困ってるような子供は居なかった。
「手分けして探そう」
「単独行動は駄目だ。二人一組で行動しろ」
「了解。アシュー、行こうぜ」
「わかった」
「待て!」
真っ直ぐ、二人が走って行ってしまった。
「あなたの名前は?」
「アデレードです」
「エルとカミーユは西へ行け。俺とルードで東を探す。先生は近場の店の確認を。セリーヌは母親と一緒にここで待っていろ。帰りが遅かったら守備隊に行っても良い」
「了解」
「ん」
「わかった」
「わかったわ」
細い通りをカミーユと一緒に左右を確認しながら走る。
「居ないな」
「泣き声もしない」
どこかな。
知らない人間の捜索はメラニーにも頼めない。
『本当ぉに迷子かしらねぇ』
『誘拐の可能性もあるな』
「誘拐?」
「なんだって?」
「誘拐の線も考えた方が良いかも」
「確かに。誰かと一緒の子供も注意して見た方が良いな」
『条件に当てはまる子供を、さっき見かけた』
「どこ?」
『あそこだ』
振り返ると、店の前でお菓子を買ってもらっている子供が居た。
茶色いくせ毛、グレーの上着、緑のパンツ。背丈も聞いていたぐらい。
走って、子供の方に行く。
「ジャン!」
声をかけると、子供がこちらを見る。
「なぁに?」
答えた。
「ママが探してる」
「え?ママは……」
「どちら様ですか?」
子供との間に女性が立ちふさがった。
「それは、こっちの台詞だ。あんたは何者だ?」
「この子のシッターですよ。お母様から世話を頼まれてるの」
シッター?
ジャンって名前は、ラングリオンでは良くある名前だ。でも、母親から聞いた特徴に当てはまる。
それに、シッターのようにも見える……?
『カミーユが来た』
「守備隊に通報して来たぜ!すぐにこの辺を囲うって!」
カミーユがでかい声を出すと、子供の傍に居た女性が俺を突き飛ばして走り出した。
「あ、おばさん」
「待て」
転んだまま子供の腕を引くと、カミーユが来た。
「お前、ジャンだろ?ママのアデレードが探してる」
「お兄ちゃんたちもママの知り合いなの?」
たちもって。
埃を払いながら立ち上がる。
「あいつにも言われたのか?」
「うん。あの人はママの友達で、ママに急な用事が出来たから、少しだけお世話を頼まれたんだって。ママもすぐに戻るって言ってたよ」
それで付いて行ったらしい。
『エルも騙されそうねぇ』
『そうだな』
そんな言い方で騙されたりなんかしない。
「知ってる人だったのか?」
「んーん。知らない」
だよな。
「良いか?ジャン。知らない大人に付いて行くもんじゃないぜ。そうしないと、二度とママに会えなくなる」
「え?……ママ?」
子供が、きょろきょと周りを見回す。
「ママは誰にも世話を頼んでないし、居なくなったジャンを探してる」
「お兄ちゃんたち……。本当にママの知り合いなの」
俺たちも初対面なんだから、不審に思われても仕方ないか。
母親の居る方を指す。
「俺たちは向こうでママと会ったんだ。ジャンが最後にママと一緒に居たところも、そっちじゃないか?」
ジャンが頷く。
「いつも、お買い物するお店がある」
「なら、その店まで一緒に行こう」
「良いよ。付いてきて」
走っていく子供を追う。
「しっかりした子だな」
「あぁ」
土地勘のある場所みたいだし、誘拐されてるなんて思ってなかったんだろう。
「そういえば、守備隊なんて、いつ連絡したんだ?」
「するわけないだろ。出任せだ。悪い奴を追い払うには守備隊の名前を叫べば良いからな」
良い案だ。
子供と一緒に戻ると、気付いた母親がセリーヌと一緒に走って来た。
「ジャン!」
「ママ!」
母親が子供を抱きしめる。
「良かった……」
急に、子供が泣き出す。
「ママ、ごめんなさーい」
無事に見つかって良かった。
「見つかったのか」
「先生」
先生が走って来た。
「他の皆は?」
「まだ戻ってないわ」
まだ捜索中か。
「先生、この子、誘拐されてたんだ」
「なんだって?」
「シッターだって言い張る女と一緒に居た。エルが見つけて保護出来たけど、誘拐犯は逃した」
突き飛ばされた後のことは見てないから、どこへ行ったのか解らない。
「なら、守備隊に報告した方が良いな」
「あの……。一緒に行って頂けませんか?」
「そうだな。カミーユとエルロックは犯人を見たんだろ?二番隊まで一緒に行ってあげてくれ。俺はセリーヌと一緒に残りの皆と連絡を取る」
先生が話しながら書いたメモを貰う。
地図だ。
「終わったら、この店に来て俺の名前を出せ」
「わかった」
※
中央広場南西にある王都守備隊二番隊宿舎に母子と行って、誘拐犯の特徴を一通り伝える。
ついでに簡単な人相書きも書いてきた。
「お前、人物模写なんかやってたっけ?」
「やってないよ」
覚えてた通りに描いただけ。
報告後、母子と別れて、先生のメモにある場所へ向かう。
三日月猫の顔通り方面に続く、猫の小路という通りにあるらしい。
狼の次は猫か。こっちは、狼と違って砂漠にも居るメジャーな生き物だ。
着いた。
狼の腹通りに比べたら静かな場所だけど、店内は賑わってる。
「本当に、ここか?」
「合ってるよ。看板も、パッセの店って書いてあるだろ」
「だって、居酒屋だぞ?」
居酒屋?
「お酒と食事を提供する店?」
「そうだよ」
バーとは違うジャンルの、お酒をメインに扱う店。レストランに近い形態だから、条件さえ満たせば未成年者も大人と一緒に入店可能だ。
カミーユと一緒に店に入る。
本当に、普通のレストランみたいだ。普段行くレストランと客層も変わらない気がする。一般的なレストランだって酒を置いてるケースがあるのに、何が違うのかわからない。
カウンターへ行くと、店員が声をかけてきた。
「お前たちもラファエルの教え子か?」
制服だから、すぐに気づかれる。
「そうだよ」
初等部からずっと俺たちを担当している先生の名前は、ラファエル。
「パッセって、名前?」
「あぁ。ここは俺の店だからな」
分かりやすい店名だ。
「先生は?」
「奥の部屋だ」
個室があるらしい。
カミーユと一緒に奥の部屋へ。
「エル、カミーユ」
「みんな」
シャルロ、ルード、アシューとノエル、それから、セリーヌに先生。
皆、揃ってる。
「ほら、座れ」
空いている場所にカミーユと一緒に座る。
さっきのレストランとは雰囲気の違う場所だ。低いテーブルと長ソファー二つ、それから一人がけのソファーが一つと、普通の椅子が一つ。
明らかにこの部屋のものじゃなさそうな木の椅子には先生が座っている。一人がけのソファーにはセリーヌが座っているから、長ソファーに詰めて座ることになった。
「頼んで良いのは食事だけだぞ。アルコールは言っても出てこないからな」
「先生は飲まないのか?」
「お前たちの引率があるのに、飲むわけないだろう」
「つまんないなー」
ノックがあって、扉が開く。
パッセだ。
「ラファエル、全員揃ったか?」
「あぁ。パッセ、急に悪かったな」
「別に構わないぜ。狭くて悪いな。もう少し椅子を持ってくるか?ここは五人用の部屋なんだ」
長ソファーは二人用だったらしい。
「どうする?」
先生が俺たちを見る。
「別に、これで良いよ」
「あぁ」
特に狭いとは感じない。
「先生の知り合い?」
「ラファエルは、遠い親戚みたいなもんだな」
「親戚?」
全然、似てない。
「誰が親戚だ。ほぼ他人たぞ」
「どういう意味?」
「俺の妻の従兄の奥方の……。方面の家系らしい」
遠い。
先生も把握しきれてないらしい。
っていうか。
「先生、結婚してたの?」
「初耳だ」
「指輪してないのに?」
「知らないのか?別嬪な奥さんだぜ。うちにもたまに連れて来る」
「パッセ。良いから、適当なおすすめを持って来てくれ」
「おいおい。お前の教え子は、良いとこの坊っちゃん嬢ちゃんだろ?そんな出し方で良いのか?」
「養成所の子はどんな料理も食べ慣れているから問題ない。……大皿料理には慣れてないかもしれないが」
「なら、適当な盛り合わせを用意するから、他に食べたいものがあったら注文してくれ」
「わかった」
パッセが出て行く。
「大皿料理って?」
「養成所のビュッフェみたいなものだ。皆で食べる分が一皿に入ってきて、取り分けのサービスはない」
「なんだ、それだけか」
オルロワール家の食事会は、順番に一皿ずつ運ばれてきて、丁寧なサービスがある。
そういうのが当たり前な貴族にとって、運ばれてきた料理を自分たちで取り分けるって形式は珍しいかもしれない。
「奥さんって、どんな人?」
「聞きたい」
「教えて」
「仕事中にプライベートなことは聞くな」
「なんで隠してるの?」
「結婚指輪まで外してるなんて」
「指輪は持ち歩いている」
先生が首に手をかけて、紐を引っ張る。
すると、服の中からネックレスにしていた指輪が出てきた。
「おぉ」
指に付けないで持ち歩いてるらしい。
「養成所は機密が多いんだ。養成所に関することは家族であっても口外禁止だって念を押されてる。お前たちのことだって、うちの妻は一切知らないんだ」
貴族の情報は厳しく管理されてるのか。
「なのに、妻のことだけをお前たちに話すのはフェアじゃないだろう」
片方にしか情報しか開示されないのはフェアじゃない。
「公表してる先生も居るよね?」
「詳細は伝えていないだろう。公表だって、出産に立ち会いたい場合など、かなり限られるケースだ」
確かに。
大陸会議研究史の先生は、かなり珍しいケースだった。あの先生だって、奥さんの名前は知らないし、産まれた子供の性別すら知らない。無事に産まれたって報告があっただけだ。
「奥さんに誠実なのね」
「先生らしいな」
「卒業したら教えてくれる?」
「は?」
「そうだな。卒業したら関係ないからな」
先生がため息を吐く。
「本当にお前たちは妙な所に頭が回る。……卒業時までに覚えていたらな」
覚えておこう。
ノックがあって、扉が開く。
「ほら、持ってきたぜ」
早い。
パッセがワゴンで運んできたものをテーブルに並べる。
大量の料理が載った大皿が二つと、取皿らしき山積みの小さな小皿、カトラリーセット。それに、オランジュエードの瓶と人数分のコップが並ぶ。
「他に必要なものがあったら言ってくれ」
「あぁ。後で言いに行く」
パッセが部屋から出て行った。
「これ、どうやって取り分けるの?」
「人数分ずつ盛れるのか?」
「皿が小さ過ぎて乗らないだろ」
「前菜とメインが一緒に入ってるってこと?」
「果物もある」
「落ち着け。大皿から、各自、トングで好きなものを好きな量ずつ取って食べるんだ」
もう一度、ノックがあってパッセが入ってきた。
「悪いな、パンを忘れてた。チーズと一緒に置いておくぞ」
テーブルにカゴいっぱいのパンと、色んな種類の山盛りチーズも来た。
「じゃあ、ごゆっくり」
パッセが出て行く。
テーブルいっぱいに食べ物が並んでる。
「どこから食べても良いってわけか。早い者勝ちだな」
「食べよう」
「まずは乾杯からだろ」
オランジュエードが入ったコップを皆に回す。
「乾杯の挨拶は誰がするの?」
「カミーユ」
「えっ?俺っ?」
「頼んだぜ、室長」
「まじかよ。……あー。皆、チャリティーイベントお疲れさま。今回の活動で、俺は、やっぱりラングリオンには新しい薬が必要だって、薬学研究会が必要だって、改めて思った。皆もそうだと思う。次の休みも頑張ろう。乾杯!」
「乾杯!」
皆でグラスを高く掲げる。
俺も、間違いなくそう思う。
薬学研究会はラングリオンに必要だ。
そして、カミーユに任せておけば大丈夫。
※
夕食後は、真っ直ぐ養成所に帰って部屋に戻る。
楽しかったな。
チャリティーは成功。医療ボランティアも十分に行えたと言える。
ただ……。
次の休みもアリス礼拝堂に行く予定だとはいえ。この先も継続的な支援が出来るわけじゃない。今回は、たまたま暇な時期だったからボランティア活動が許されただけで、テスト期間にやりたいと言ったところで却下されただろう。学生の本分を超えた活動は出来ない。
エンドの問題に本格的に取り組もうとするなら卒業後……?
進路も、もう考えないと。
俺は錬金術研究所には行かない。複数人での作業が性に合わないのはもちろん、ユールという錬金術の相棒がすでに居るから。
だからといって、学費の返納なんて不可能だ。桁違い過ぎて、一般的な労働での返済なんて無理。フラーダリーに負担をかけるなんて論外だ。
今のところ、兵役をこなすことが卒業後の進路として最も妥当な気はする。
ただ、それと平行して医療ボランティアを行うのは現実的じゃないんだよな。養成所の環境は恵まれ過ぎている。高価な錬金術の道具に、頼めばいくらでも用意してもらえる材料の数々。そして、頼りになる仲間。同じ環境を願うなら研究所に入る方が間違いなく良いだろう。
……行かないって決めたけど。
「あ」
片付けていた荷物の中から、ラウルから貰った花の絵が出てきた。
暗いところで見てって言ってたっけ。
明かりを消すと、花の絵に蓄光塗料が浮かび上がった。
これは……。
花火の絵?
面白い仕掛けだ。昼と夜で違う絵が楽しめるなんて。
白い壁に蓄光塗料を塗ると少し目立つけど、カラフルな土台に載せると目立たない。暗がりでだけ見ることの出来る絵になるってわけか。
単色なのが難点だけど、他にも応用できそうだな。




