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夕焼けの散花  作者: 智枝 理子
Ⅶ.混ざる嘘と九日間
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05-2 Ça veut dire quoi?

 音楽院の近くにあるきらびやかなレストラン。

 こういう店には入ったことがない。

「いらっしゃいませ、ユリアお嬢様」

「甘いのとぉ、コーヒー二つ、お願いねぇ」

「はい。承りました」

 今ので注文が終わり?

 ユリアと一緒に二階へ行く。

 カウンターの脇にある狭い階段は、客向けというよりは、従業員向けのような造りだ。

 ユリアの案内で、二階の廊下の奥にある部屋に入る。

 なんていうか、可愛い部屋。

 ゆったり寛げそうなソファーや椅子に、低めのテーブル。ぬいぐるみをはじめとした可愛い小物がたくさん並んでいて、壁際には可愛いピアノが置いてある。

「ここは、私のお店なんだぁ」

「ユリアが所有してるってこと?」

「そうっ。出資してるお店」

 出資……。

 経営に関わるお金を出してるのか。もしかしたら、メニューの開発にも関わってるのかもしれない。ユリアはお菓子作りが好きだから。

 ユリアが窓辺へ行ってフリルの付いたレースのカーテンを開くと、部屋が一気に明るくなった。

 隣に行って、一緒に窓から外を眺める。

「良い眺めでしょぉ?」

「あぁ」

 開放的な明るい窓だ。

 ここからは音楽堂前の広場が良く見渡せる。あちこちで楽器を演奏している人が居て、立ち止まって聴いている人が居て。

 階下のレストランの楽しげなざわつきも聞こえてくる。

 賑やかな場所だ。

「私の秘密基地なんだぁ」

 秘密基地。

「だから、ユリアっぽいのか」

「わかるぅ?」

「わかるよ。あのピアノもユリアっぽい」

「うんっ。私の大切なピアノなのぉ」

「さっき話してたの?」

「そぉ」

 ユリアが微笑む。

 ピアノを見せる為に連れてきてくれたのか。

「止めてくれて、ありがとぉ……。私、ピアノ弾いてると、周りが見えなくなっちゃう時があるんだぁ」

 周りが見えない、か。

 ユリアも悩んでるんだろう。

 ユリアが外に向かって両手を伸ばす。

 ……細い指。

 ピアニストの指を撫でる。

「ユリアは、誰かの演奏に感動したことはある?」

「たくさんあるよぉ」

 指と指が絡む。

「俺は、先生の演奏にすごく感動したんだ。だから、先生の演奏を目指そうって思ってた。でも、先生から違うって言われたんだ」

「えぇ?どぉしてぇ?」

「感動をもたらす芸術は、単純に技術を真似するだけで辿り着けるようなものじゃない」

 ユリアが頷く。

「そうだねぇ」

 解ってくれると思った。

「俺は先生の演奏で、心が震えるということを知ったんだ。俺が目指してるのは、あの感動を届けられる演奏。でも、それは先生の真似で出来るものじゃない。俺自身が自分で表現しなきゃいけないんだ」

「うんうんっ。良いと思うよぉ」

「だから、今まで練習してきたものとは違った完成形を目指したい」

「違った完成形?」

「そう。だから……」

 すぐ隣に居るユリアと視線を合わせる。

「ユリアらしいピアノが欲しい」

「えっ?」

「俺がやりたい音楽は、いつも一緒に遊んでる時の、あんな感じだから」

 あの、楽しくなる感じ。

「ユリアと演奏してると、どんどん世界が広がるんだ。今まで辿り着けなかった場所を目指す為に、ユリアの世界も俺に見せて」

「私の……?」

 きっと、それが一番良い演奏だと思うから。

「上手く出来るかなぁ……?」

「出来るよ。俺はユリアの演奏が好きだから」

 間違いない。

「私も……。エルの演奏が大好きだよぉ」

 ユリアが笑顔になる。

 可愛い。

 いつものユリアらしい元気が戻ってきたみたいだ。

 ノックがあって、皿いっぱいのケーキとコーヒーが運ばれて来た。

「ごゆっくりお過ごし下さい」

 それだけ言って、店員が出て行く。

 でも、ユリアは席に付くことなく窓から外を眺めたままだ。

 指を絡めたまま、ユリアの手を握る。

 ……ユリア。

「まだ、ユリアの好きな人は変わってない?」

「え?」

―悲恋……。

―好きな人から、見向きもされないお話……。

「前に話してた相手」

 あんなに泣いてた相手。

 あれは、ユリアが好きな相手だ。

 そうじゃなきゃ、あんなに泣いたりなんかしないだろう。

「まだ……。好きだけどぉ……。もう、諦めよっかなぁって」

「なんで?」

「そぉ決めたのぉ」

 諦めてるように見えない。

 きっと、好きなんだ。

 ……同じ人が。

 手を離したユリアが、振り返って腕を伸ばす。

「んー。お腹すいたぁ」

 ユリアがソファーに座って、ケーキを食べ始める。

 他の人の相談にはたくさん乗るのに。自分の相談は誰にもしないで無理した答えを出すのか。

 手招きで呼ばれて、その隣へ行く。

「エル、口開けてぇ?」

 絶対、甘いだろ。それ。

 ユリアが俺の口にケーキを放り込む。

 ……あれ。思ったより甘くない。

 上品な甘さだ。

「どぉ?」

「キャラメルより甘くない」

 でも、コーヒーは飲もう。

 ユリアが笑う。

「思い出したぁ?」

 ユリアがキャラメルを手にしてる。

 ……どこから出したんだ。

「今日も?」

「もっちろん」

 約束だから仕方ない。

 キャラメルを食べる。

 今日のは……。

「当たりだ」

 食べられるやつ。

「ふふふ。今日のはぁ、私が作ったんだよぉ」

 だと思った。

「何味?」

「林檎だよぉ」

「あぁ、確かに」

 食感の良い林檎が混ざってる。

 これなら、二個ぐらい食べられそう。

 最初の約束通り、キャラメルは毎日のように食べさせられた。しかも、ユリアだけじゃなく、クラスの女子連中、皆で作ってたせいで、甘ったるいハズレばかりだった。

 本当に、毎日、酷い目にあった。

「ユリアが毎日作ってくれたら良かったのに」

 それなら、毎日、楽しみにできたのに。

 ユリアが笑う。

「でもぉ。キャラメルも、もうすぐおしまいだねぇ」

 隣でコーヒーをすするユリアの横顔を見る。

「あいつにもやるの?」

「ジュリアーノ君のことぉ?」

「そう」

「何を?」

「甘いのを食べさせるの」

「やらないよぉ」

「なんで?」

 ユリアがフォークに刺したケーキをこっちに向ける。

「エル、口開けてぇ?」

 キャラメルを食べたばかりなのに?

 次のケーキを食べる。

 あれ?

「ガレットデリュヌ?」

「当たりー」

 新年に家族で食べるパイだ。

 ラングリオンの恒例行事で、毎年、フラーダリーと一緒に食べている。

「新年じゃないのに?」

「フェーブ入りは新年だけだけどぉ、ラングリオンでは、いつでも売ってるお菓子だよぉ」

 特別なお菓子なわけじゃないらしい。

「どぉ?美味しい?」

「まぁまぁ」

「女の子以外だと、エルにしかやらないよぉ」

「なんで?」

「ここに来た男の子もぉ、エルが初めて」

「……なんで?」

 ユリアがケーキを食べて、笑顔になる。

「んー。美味しいっ」

 女の人って、なんで、こっちの質問を平気で無視するんだ。

 そんな風にはぐらかすから、ジュリアーノにもしつこくされるんだろう。

「ユリアは婚約者、居る?」

「居るけどぉ、解消する予定だねぇ」

 あの舞踏会以降、かなりの婚約が解消されたって聞いてる。

 もちろん、マリーとロランも。

「じゃあ、俺の婚約者になって」

「えっ?」

「恋人ごっこでも良い」

「んーっとぉ……。ちょっと待ってぇ?」

 ユリアが頭を抱えた後、俺を見る。

「どぉいう意味か、聞いても良い?」

「そのままだよ。婚約は、お互いを拘束しない貴族の恋人ごっこだろ?」

「そぉ……。だねぇ」

 ロランから聞いた通り。これは貴族の共通認識で間違いないらしい。

 本物の恋人が別に居ても良い関係なんだから、その程度のものだろう。

「でも、どぉしてぇ?」

「俺がユリアの婚約者だって言えば、ジュリアーノを追い払えるだろ?」

「んー……。そこまでしなくても、大丈夫だよぉ?」

「大丈夫じゃない」

「だって、また、エルが何か言われたらぁ……」

「俺はあいつに何を言われようと構わないし、気にしない」

「でもぉ……」

「これ以上、ユリアをあいつに触らせたくないんだ」

「えっ?」

 急に、ユリアが顔を隠すように手で覆って、そっぽを向いた。

「エルの、ばかぁ」

 ……ばか?

 なんで?

「今日のエル、ちょっと変」

「何が?」

「あんまり、甘やかさないでぇ」

 甘やかす?

 どこが?

 ……意味がわからない。

 けど、甘やかされてると思うなら。

「甘えて」

 顔を覆ったまま、ユリアが首を振る。

「甘えて欲しい」

「もーぉ」

 怒ってる?

 こっちを見ないまま、ユリアが片手だけこちらに向けてひらひらと振った。

「告白、して?」

 愛の告白?

「ユリア。俺の恋人になって」

「そうじゃなくってぇ……。王子様みたいなやつぅ?」

 して欲しいことがあるらしい。

 ユリアが望んでるのは……。

 サンドリヨンとか、眠り姫と七人の小人みたいな奴?

 サンドリヨンで王子としたこと。

 それから、眠り姫で王子が姫にしたこと。

「ユリア」

 ユリアの手を引っぱって、ユリアの顔をこちらに向ける。

「え?」

 そして、ユリアの唇にキスをする。

 柔らかい感触。

 唇を離すと、赤い顔のユリアが俺を見上げた。

 合ってる?

「もーぉ」

 違ったらしい。

「エルって、いつか誰かに刺されると思う」

「は?」

 なんで?

 怒ったような顔の後、ユリアがくすくす笑って。

 俺に近づいて唇にキスをした。

「お返し」

 ……可愛い。

 俺の胸に顔を付けたユリアを抱きしめる。

 ……好き。

 何が正解か解らない。

 自分も他人も納得させられるような言葉が一つもない。

 好きな人は他に居るはずなのに。

 ずっと、こんな風にユリアを抱きしめたかった。

「音楽祭が終わるまで……。恋人ごっこしよっかぁ」

 音楽祭なんて、すぐだ。

「それだけ?」

「うん……。それだけ」

 今日を入れても、たった九日間だけの恋人。

「正解を教えて」

「正解ってぇ?」

「告白の」

 さっきのは違ったらしいから。

「恋の本を貸してあげよっかぁ?」

「物語は読まない」

「キスの意味ぐらいは知っておいた方が良いと思うなぁ」

「キスの意味?」

「だからぁ……」

 顔を上げたユリアが、キスの意味について教えてくれた。キスする場所によって、細かく意味が異なるらしい。

 ……なんで、そんなに細かい意味があるんだ。ラングリオンは何にでも余計な意味を付け過ぎる。

 でも、聞いたところで何をすべきだったかの答えになってない。

「さっきの正解は?」

「内緒ぉ」

 教えてくれない。

 ユリアが俺を見上げる。

 可愛い。

 目を閉じて、抱きしめて。

 もう一度、キスを交わす。

 ……キャラメルみたい。

「好きだよ」

 とろけるように甘い。

「好きだよ」

 今だけは、他の愛を忘れて。

 たった一人の人にさせて。

 

 


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