01-2 Invoquer l'esprit
部屋に戻って、床に光の魔法陣を描く。
そして、魔法陣の本に書いてあった言葉を紡ぐ。
「温度を上げる神に祝福された光の精霊よ。黎明の眷属よ。我に応え、その姿をここへ」
魔法陣に自分の魔力を乗せる。
「ミーア、居る?」
『エル。どうしたの?』
「ミーア」
良かった。来てくれた。
「相談があるんだ」
『相談?』
「炎の魔法を疑似的に作るような幻術ってできる?」
『んー。難しいな。それって合成魔法でしょ?』
「合成魔法?」
『炎の魔法と光の魔法の合成魔法。私一人じゃ無理かな。炎の精霊が居なくちゃ』
「炎の精霊の知り合いなんて居ない」
ここで知ってるのは、ミーアだけ。
『エルが呼びかけたら応えてくれるかも』
「魔法陣で?」
『うん』
炎の魔法陣のページを開いて、光の魔法陣の隣に炎の魔法陣を描く。
「温度を上げる神に祝福された炎の精霊よ。熱気の眷属よ。我に応え、その姿をここへ」
来てくれるかな……。
魔法陣が輝き、炎の精霊が姿を現した。
『こんにちは、エル』
「こんにちは」
俺の名前、知ってる?
『挨拶が出来るなんて偉いね』
落ち着いた性格の炎の精霊だ。炎の精霊って、気性が荒いイメージなのに。
「名前を聞いても良い?」
『良いよ。僕の名前はロジェ。よろしくね』
「よろしく、ロジェ。俺のことは知ってる?」
『知っているよ。喋れるようになって良かったね、エル』
「ありがとう」
全部、知ってるらしい。
ミーアと同じで、養成所を守る精霊なんだろう。
『合成魔法をやりたいんだったね。ここで発動して欲しいの?』
「劇で使いたいんだ」
『あぁ、だから、擬似的な炎なんだね。エルは魔法の玉を使える?』
「魔法の玉って?」
『錬金術師が魔法の力を封印する玉よ』
「知らない。どんなやつ?」
『持ってるから、あげるよ』
ロジェがそう言って、机の上に透き通った小さな丸い玉を二つ転がす。
『その魔法の玉に、僕たちが作った魔法を封じ込めるんだ。穴が開いているの、わかるかい』
穴……。
あった。
一か所だけ穴が開いてる。
『それが入口。そこに魔法を込めて、自分の魔力で塞ぐんだ』
「魔力で?」
『穴を指で塞いで、魔力を込めるみたいだよ』
『皆、そうやってるの。エルも上手くやれると思うな』
そういう造りになってるらしい。
『じゃあ、ロジェ。やろう』
『うん。行くよ、ミーア』
二人の精霊が手を取り合って魔法を使う。
すると、目の前に火柱が現れた。
慌てて後ずさると、二人の精霊が笑う。
『触ってごらん』
『大丈夫よ』
炎に触れる。
熱くない。
「なんで?」
『合成魔法は、主となる魔法の属性に準ずるの。光の魔法で炎を視覚的に見せているだけだから、熱くないよ』
面白い魔法。
「蜃気楼みたい」
『あれと似たようなものかな』
『さぁ、魔法を封じ込めてごらん』
魔法の玉の穴を魔法に向けると、魔法が中に吸い込まれた。
まだ魔法は残ってるけど、ちゃんと中に入ったのか?
穴を指で塞ぐ。
魔力を込めるって、どういう感じだろう。
塞ぐ……。閉じる……。魔法が出ないよう包む感じ?
出来たかな。
指を離すと、穴が消えていた。
『上手くいったみたいだね』
成功した。
今の、包むイメージを覚えておこう。
『一つで良いの?』
「もう一個」
もう一つの玉に同じように魔法を込めて、包むイメージで穴を塞ぐ。
『じゃあ、消すね』
魔法が消えて、ロジェとミーアが手を離した。
『その玉を割ると魔法が発動するよ』
軽く爪で叩いても、割れる様子はない。
『簡単には割れないよ。思いきり衝撃を加えると良い』
地面に叩きつけたりすれば良いのかな。
「またお願いするかも」
『良いわよ』
『エル、それだけじゃつまらないから、これも持って行くと良い』
今度は紫色の玉。
「これは?」
『爆炎の煙を抽出した玉。これを作るのは少し難しいから、アレクに頼むと良いよ』
「アレクの知り合いなのか」
『うん』
「ミーアも?」
『そうよ。私、この前、アレクに呼ばれたの』
「呼ばれた?」
アレクは、あんなにたくさんの精霊に囲まれてるのに?
『大した用事じゃないのよ。エルの友達になってくれてありがとうって言われただけなの』
お礼を言う為だけに呼んだらしい。
もしかしたら、変な約束をしてないか心配されたのかもしれない。
『エルって、色んな人に守られてるんだね』
「アレクもフラーダリーも心配性なんだよ」
喋れるようになったし、もう平気なのに。
『でも、エルって不思議。疲れないの?』
「疲れる?」
『魔法使いって、こんなにのんびりお喋りしてくれないよ。用事が終わったら、すぐに魔法陣を消して、ばいばいだもん』
『エルは普通の魔法使いよりも魔力が強いんだろうね』
魔力が強い。
……それで良かったことなんて、一つもない。
「そろそろ行かないと」
『うん。またいつでも呼び出して』
『僕も協力するよ』
「ありがとう」
精霊が消えて、魔法陣も消える。
透明な玉が二つと紫色の玉が一つ。
皆に見せよう。
※
走って、実験室に戻る。
「エル」
「おかえりなさい」
「出来た」
透明な玉を床に叩きつける。
「え」
「!」
「わぉ」
さっき、ミーアとロジェが作ってくれた魔法が現れる。
火柱の幻影。
「何、危ないもの投げてんだよ!」
「触っても平気。光の魔法だから熱くない」
「光の魔法?火柱なのに?」
「光と炎の合成魔法なんだ」
次は紫の玉を割る。
すると、そこから煙が溢れて床に広がった。
「炎と煙があれば、演出として十分だろ?」
「お前、どうやって作ったんだよ」
「そうよ。魔法、使えないって……」
「どうでも良いだろ」
出来たんだから。
「どうでも良くないわ。合成魔法なんて、かなり高度な技術なのよ」
「エル。アレクシス様に手伝ってもらったのか」
……違うけど。
頷く。
アレクにも後で話すだろうし。
目の前に広がっていた魔法が消えた。
持続時間は、そんなに長くないらしい。
「これで劇が出来る?」
「劇をやることは、もう決定なのよ」
「詳しいことはカミーユに聞け。行くぞ、マリー」
「わかったわ」
シャルロとマリーが出ていく。
「私も行くわ。手伝ってくれる人を探さなきゃ」
「俺だって、剣舞のメンバー探さないといけないんだぞ」
「なら、エルには私が説明するねぇ」
「頼んだぞ、ユリア」
「お願いね」
「うんっ。いってらっしゃぁい」
ユリアと俺を残して、みんなが出て行った。
「エル、こっちに来てぇ」
ユリアの隣に座ると、ユリアが紙を出す。
「サンドリヨンはねぇ、マリーがやることになったんだぁ」
ユリアが用紙に書き込んでいく。
サンドリヨン……マリー
王子……カミーユ
王……シャルロ
騎士?……四人ぐらい(未定)
「役は、これだけなのか」
「うん。ストーリーは、これからシャルロとマリーで練り直すってぇ」
じゃあ、図書館にでも行ったのかな。
「セリーヌは衣装係でぇ、お菓子係。これは、女子の皆でやる予定だよぉ」
「お菓子係って?」
「劇の最後に配ろぉって。カミーユは、剣舞係だねぇ」
「剣舞、出来るのか?」
「真剣じゃないなら何とかなるって言ってたよぉ。ちょっとぐらいぶつかっても大丈夫だしぃ。剣舞のメンバーが、騎士役ねぇ?戦うシーンをやるんだぁ」
サンドリヨンの物語に戦うシーンなんてあったっけ?
そういうバージョンの物語もある?
「演出は、さっきので良い?」
「あれ、すごかったよねぇ。ばっちりだと思うよぉ」
大丈夫らしい。
「劇の構成はぁ、こんな感じぃ」
第一幕……サンドリヨンの独白(劇のプロローグ)
第二幕……サンドリヨンと王子の出会い(ガラスの靴を渡す)
第三幕……国王対王子。婚約話を断って戦う(剣舞)
第四幕……サンドリヨンが国を炎で燃やす(エルの魔法はここ)
第五幕……サンドリヨンと王子が結ばれて大団円(お菓子を配る)
もう、こんなに決まってるのか。
「大道具探したり、小道具も作らなきゃだしぃ。他の皆にも色々頼まなくちゃねぇ」
時間もないし、クラス全員でやることになりそうだ。
「私は音楽係。劇の音楽をやるんだぁ」
ユリアなら適任だ。
「ね。エル、一緒に音楽係やろぉ?」
「俺と?」
「うん。私がピアノで、エルがバイオリン」
「俺は、そんなに弾けない」
バイオリンは、まだ半年しかやってない。
「エルなら大丈夫。練習すれば出来るよぉ」
「俺のバイオリン、知らないだろ?」
「ふふふ。エルの個人レッスン、聞いたことあるんだぁ」
「いつ?」
芸術の授業は皆、ばらばらに受けるのに。
「良い音が聞こえるなぁって思ったら、エルの演奏だったのぉ。だから、サボって聞いちゃったぁ」
「サボって?」
どういう意味?
「サボるっていうのはぁ、出なくちゃいけない授業に出ないってことぉ」
「授業の出席は義務なのに?」
ユリアが笑う。
「少しぐらいなら大丈夫だよぉ」
大丈夫らしい。
基準がいまいちわからないな。
「エルが出来そうな曲にするから、一緒にやろぉ?」
「どんな曲?」
「愛の喜びと愛の悲しみ」
「知らない」
「ふふふ。エルって知らないことばっかりだねぇ」
みんな、そう思ってるのか。
ユリアが俺の頭を撫でる。
「教えてあげるからぁ、何でも聞いてね?」
「……ん」
みんな、優しい。
―エルって本当に色んな人に守られてるね。
守られてる。
居場所がある。
※
夜。
アレクの部屋の扉をノックする。
「どうぞ」
鍵、かかってない。
扉を開いて中に入る。
珍しい。眼鏡かけてるなんて。
机に向かっているアレクの方に行く。
勉強中らしい。
魔法の勉強かな。難しそうだ。
「はい、どうぞ」
「わっ」
アレクが出した魔法の玉を、慌てて両手で受け取る。
こんなにたくさん?
「紫は煙の玉。赤いのは火柱の幻影。黒は暗転の闇魔法。白は、割った箇所を基点に周回する光魔法」
「もう作ったのか」
頼んでないのに。
ロジェかミーアから聞いたのかな。
「エル。まだ魔法も錬金術もろくに習っていないのだから、危ないことはしないようにね」
「してないよ。なんでこの玉、色がついてるんだ?」
「魔法を込めても玉の色は変わらないよ。何の魔法を込めたかわかりやすくするために、後から着色しているんだ」
だから、炎の幻影を封じた魔法の玉は透明なままだったのか。
「赤と黒の魔法の玉は、舞台だけで使うんだよ。誰かに渡してはいけない」
「なんで?」
「着色の基準を満たしていないからだよ。魔法の玉は、色によって魔法が決まっているんだ」
「じゃあ、白と紫は基準を満たしてるってこと?」
「そう。だから、好きに使って構わない。光の玉は夜道で役立つんだよ」
アレクが手元のランプを消して、ランプのシェードに白い光の玉を当てて割る。
すると、光の玉がランプを基点にして、光を放ちながら周回し始めた。
「すごい」
ランプよりもかなり明るい。
「こんなに便利なものがあるなんて」
「錬金術とは、魔法を使えない市民が魔法を使えるようになるためのものだからね」
それ、錬金術の本の冒頭には必ず書かれてることだ。
まさに、誰でも魔法が使えるようになる道具。
「エル。無闇に精霊から物を貰ってはいけないよ」
「なんで?」
「ここに居る精霊が協力的な精霊ばかりとは限らない。養成所を見守る精霊ならともかく、悪戯好きの精霊も混ざるのだからね」
「悪い精霊も居るってこと?」
「悪い精霊なんてこの世に存在しない。でも、人間が自分の魔法であっさり死ぬとは思っていないかもしれないよ。たとえば、ロジェから渡された紫の玉が、本当は麻痺や混乱といった効果があるものだったらどうするのかな。もしくは、危険な攻撃魔法だったとしたら」
そんなこと、考えもしなかった。
皆の前で割ったのに……。
「でも、ロジェは嘘なんか、」
「嘘ではなく悪戯の可能性はあるよ。エルが普段からやっていることだって、悪意も嘘もないだろう」
先生から怒られるやつか。
「それに、これは人間が作った魔法の玉だ。人間がロジェに嘘を吐いて渡していたとしたら?」
「人間が簡単に嘘を吐くことぐらい知ってる」
「まるで精霊みたいな言い方だね」
精霊も、良くそう言っていた。
精霊は嘘を吐かないのに、人間はすぐに嘘を吐くって。
「エルは人も精霊も簡単に信用し過ぎる。気をつけるようにね」
「……わかった」
皆を危ない目に合わせるところだったのは間違いない。
ちゃんと、アレクが教えてくれたような可能性を考えながら行動しないと。
アレクが俺の頭を撫でる。
「少し、言いすぎてしまったね」
そんなことはない。
俺が軽率過ぎた。
「ミーアもロジェも信頼出来る精霊だよ。きっと、これからも良い友達で居てくれるからね」
友達……。
「精霊の友達が居ることは、誰にも話さなくて良い?」
「もちろん。精霊の話は誰にもする必要ないよ。特に、魔法使いが契約している精霊について語るのは、マナー違反とされるからね」
言わなくて良いらしい。
「でも、私には話してくれると嬉しいかな」
「心配だから?」
「そうだね。エルの味方になってくれる精霊とは、私も仲良くしたいと思うよ」
心配してるらしい。
でも、アレクは精霊の知り合いも多そうだから、話しても問題ないだろう。
「他に聞きたいことはあるかい」
魔法の玉のことは、これで大丈夫。
後は……。
「アレクは、愛の喜びと悲しみって、知ってる?」
アレクが俺の顔を見て、少し悩む。
あれ。
アレクが悩むなんて珍しい。
「曲のことかな」
「そう。ピアノとバイオリンの曲。劇でユリアがやろうって言ってたけど、どんな曲か知らないから」
「じゃあ、明日、聞かせてあげよう」
演奏してくれるらしい。
「忙しくない?」
「明日は空いてるよ」
良かった。
「泊まって良い?」
「いいよ」
「本読んで良い?」
「本棚から出すのは一冊にすること」
「なんで?」
「エルはすぐ散らかすからね」
散らかしてるつもりはないんだけど。
気がついたら本の山に囲まれてる。
一冊か……。
何にしよう。
アレクの本棚は、毎回、違う本が入っていて面白い。授業に関係ない勉強もたくさんしなくちゃいけないかららしいけど。
「チェスをやろうか」
それも良いかも。
棚からチェスボードを出して、机に置く。
けど、アレクは勉強したままだ。
「勉強をやりながらやるの?」
「良い頭の体操になるよ」
他のことに気を取られてるなら、勝てるかもしれない。