36話 大家襲撃
王城の中にまで、群衆の歓声が聞こえて来た。宝物庫を漁っていた大家は顔を上げる。
「盛り上がっているようだお。田渕君が良い仕事をしているのかお?」
盗む気は無いが、ネタになる宝物でも無いかと探していた大家は、ようやく手を止めた。
「しかし……」
大家は、宝物庫から外へ出る扉を開けた。外に守備兵は一人もいない。
「急に皆 出て行ったお。田渕君が盛り上げたからって、仕事を放り出してトーナメントを見に行くって、異世界人達は困った人達だお」
実際は、スピツ王国の不穏な動きに気が付いた兵士達が、最優先である王族の命を守りに城を空にしたのだが、大家はそんな事をもちろん知らない。
「ふう。戦争をしようとしている証拠が、まったく見つからないお。やっぱワタシには、スパイの才能がないのかお……」
大家は、鍵の束を指で回しながら歩く。その宝物庫の鍵を返しに、上階にある王様の部屋へと戻る。
「レイモンド王国からの武器も、王城に無いお。って事は、港の倉庫に隠してあるままか……。スピツ王国を攻めるなら、王城に置くべきだお。港に置くって事は……船を使って……一体どこを攻める気だお?」
鍵を戻してから、大家はマリーの部屋へ行き、そこから侵入してきたバルコニーに出た。
「結局、ワタシ達に出来る事は……ここまでだお。ミスチェル王国が、スピツ王国に攻め込まない事を祈るお」
大家はバルコニーから闘技場を見た。舞台の上で誰かが戦っているようだが、百五十メートルは離れているので、誰だかは判別出来なかった。タブレットから双眼鏡を出そうとしたが、手を止める。
「まあ、どうせもう二回戦が始まる頃だお。田渕君が一回戦で騎士団員に勝てる訳は無いし、そもそも、空気を読んで、勝っちゃいけないしで、田渕君の出番は終わってるお」
大家は、ドローンに掴まって、飛び上がった。
「んっ? あれは何だお?」
北には密林、東には大山脈と、空から壮大な景色を眺めていた大家は、北の森の中でキラリと光を放った物に気が付いた。
「人の……武器か鎧だお。しかし、どうして街道を通らないんだお? 祭りの最中、魔獣狩りに出かけている冒険者もいないはずだし……? なんだか、怪しい匂いがぷんぷんだお」
大家のドローンは、闘技場から、北へと方向を変えた。
ブブゥゥゥン
大家を吊り下げたドローンは、北へと飛び去った。
南へ進軍する銀の軍団。
鎧に身を包む騎士達の先頭を、フードを深く被った男が歩く。
フードマントの男は、懐から紙を取り出し、それを読んだ。どうやら遠くへメッセージを送る魔法紙のようだ。
「一回戦で、ミスチェルの騎士を全て戦闘不能にしたようだ。王族は拘束、闘技場の警備も掌握、予定通りだな」
フードの男は、鎧を着ていない様から、どうやら文官のようだった。その後ろを歩く騎士風の男が、フードの男に言う。
「参謀、作戦の確認なのですが……、闘技場を囲んだ後、本当に……ミスチェルの民を……手あたり次第殺すのですか……?」
「何故、今になって作戦を確認する? まさか、出来ないと言うのか?」
「しかし、闘技場には一万人が……」
「北の大国、クラブ連邦。そして、東の強国、レイモンド王国。我がスピツ王国が生き残るには、南のミスチェル王国を吸収し、その南に広がる交易路を手に入れなければならない。このままでは、スピツ王国は、南北と東から押され、圧死しかない」
「しかし、王は……」
「王も最後には認めた作戦だ。全て俺に任せておけば良い。ミスチェルには、ロン王子がいるからな。反撃の芽は摘んでおかねばならん」
「くそっ……。アスカ国のせいで……」
騎士は、拳を強く握った。
スピツの侵攻軍本隊は、ミスチェル王城まであと一息の場所まで来た。フードの男が手を上げると、騎士隊長が「止まれ」の合図を出す。
この本隊は、騎士二十人と、兵士が五十人から成る。
少ないと思うかもしれないが、異世界の軍隊とは、少数精鋭が基本だ。なぜなら、戦闘職の者が圧倒的に強いからだ。例えば日本の戦国時代、農民と武士では、武士の方が強いが、武器を持った農民が十人集まれば、武士と言えど一たまりも無い。
しかし、異世界では、一般人が十人集まろうと、百人集まろうと、戦闘職には敵わない。戦闘技術が発動すれば、数十人の命が奪われる。広範囲魔法ならば、百人が焼き尽くされるだろう。なので、異世界では、基本的に一つの王国の主力は、五十人程の騎士団が担う。そして、補助として、兵士が百人程だ。騎士は上級職、兵士は下位職の違いがある。
アスカ国での魔獣大氾濫では、クラスメート三十八人と、騎士団員五十人で、三千近くの魔獣を倒した事から、いかに戦闘職業が大事か理解出来るだろう。ちなみに、一般人では、十人いても、弱い魔獣の一匹相手に敗北するだろう。騎士団員五十人とは、下手すれば、日本の武士が五万人集まっても敗北する程の巨大な戦力である。
侵攻軍全員が、武器の確認を終えた。
だが、皆の表情は、曇っている。スピツ王国の未来のためとは言え、同盟国であった人々を虐殺する事を、喜ぶ者はいない。
「よし、行くぞ」
「…………」
ローブの男が歩き出すと、騎士や兵士達は、無言で付いて来る。森は、あと百メートル程で終わり、ミスチェルの王城が見える平地に出るだろうと思われた。
コン コロコロコロ
硬い何かが地面を跳ね、転がった。白い筒で、金属製のようだった。
「……なんだこれは?」
ローブの男が拾おうとすると、その金属の筒から、白い煙が勢いよく噴き出した。
ブシュゥゥゥ
「なっ……なんだこれ……ゴホッ ゴホゴホッ」
「目がっ! 目がっ! 痛いっ!」
全員が咳き込み、涙を流し始めた。空では、「ブブゥゥゥン」と、鳥の羽音にしては妙な音が聞こえる。
ローブの男は、空を飛行する、黒い物体を見つけた。
「お前かっ!」
ローブの男が手を空に向けると、そこから火球が射出された。空に浮かんでいたドローンが火に包まれる。
森の中は、ひどいありさまとなった。騎士や兵士の全員が、地面に四つん這いになって苦しんでいる。ばら撒かれた白い筒は無数にあり、完全に侵攻軍が煙に巻かれた。
「スキル、いや、魔法かっ! 状態異常……なのか? しかし、こんな魔法、俺にも見た事が無い……」
フードの男には効いていなかった。体質なのか、それとも状態異常に耐性を持つ魔法をかけていたのか、不明だ。
「……まさか、追手か? なぜ、今になって俺を?」
フードの男は、きょろきょろと周りを見回す。すると、木の上から声が聞こえて来た。
「むふふ。先手必勝だお。盗賊は怖いけど、催涙ガスで視界を奪えば無力だお。お前も、フードの中で、涙と鼻水を垂れ流しているんじゃないかお?」
木の枝から飛び降りたのは、大家だった。むふんと、勝ち誇った顔をしている。
「貴様……追手では無いな。何者だ?」
「追手? ああ、盗賊だから、誰かに追われているのかお? 刑務所で反省するがいいお」
突然、ローブの男が、大家に飛び掛かった。大家は驚いたが、体を捻ってローブの男の爪を躱す。
「むっふっふ。ローズさんとの修行でレベルアップした私には、そんな攻撃はハエが止まって見えるお」
どや顔をする大家の前で、ローブの男は呪文を詠唱し始めた。
ガァンッ ガァンッ
ローブの男が、両膝を突いた。大家の手には、拳銃が握られている。
「おっと、魔法使いなのは、さっきのドローンへの攻撃で見切ったお。命までは奪わないから、大人しくするんだお」
「この……人間風情が……調子に乗りやがって……」
ローブの男は立ち上がった。太ももに打ち込まれた銃創から、血はすでに止まっているようだった。
ローブの男は、フードマントを自らはぎ取った。茶髪で、色白の男だ。この世界では、何の変哲もない人間だった。鎧も武器も持っていないので、やはり魔法使いのようだった。
「急にマントを取るから、象さんでも露出するかと思ってビビったお。ショワ少佐に比べるとまるでイケてないが、なんだお?」
「ぐぅぅぅ……」
男は、唸り声を上げ始めた。すると、真っ白だった皮膚に、どす黒い染みが出来始めた。
大家は、顔をしかめて後ずさる。
「気持ち悪い敵は、田渕君の担当にして欲しい物だお……。ワタシはカニとか、銀色のモフモフ担当で良いんだお……」
男の肌は、褐色となり、瞳は赤く輝いた。頭の両脇から、角も生え出ている。
大家は、男の姿に、聞き覚えがあった。全てが……ナンの村の老人から聞いていた特徴と当てはまる。
「ジジイ達が言ってたお。こいつは……冒険者の宿敵の……小鬼(ゴブリン)だお……」
すると、変貌した男が、ニヤリと笑う。
「ふん……、魔族の事を知っていたか。俺の名は、ゼラ。お前が考えている通りの種族だ。普通は魔王領から出てこないが、俺は変わり者で通っててな。まあ、はぐれって奴だ」
「魔王領から出て来たことを、後悔させてやるお。Fランクの宿敵、一度、倒してみたかった魔獣だお」
「やはり、高ランクの冒険者だったか。だが、俺を魔獣扱いしたことを、後悔する事になるぞ」
ここに、壮大な勘違いが完成した。
次話は 8/13 本日17時投稿です。




