30話 ミスチェル国へ
こんにちは。
諸事情により妙な場所に改行が入っているかもしれません。
では今回もよろしくお願いいたします。
王城内を、靴音がこだました。
ノックの後、男はある部屋に入った。
「およびですか? 申し訳ありませんが、私はすでに任務に入っておりまして……」
「納得できない! 攻めるなんて許されないわ」
「王の承認は頂いております。でしたら、あなた様は何もしなくて良い。騎士団が上手くやります」
「……の命は助けてもらえるの!?」
「皆殺しと言う訳では無い。我が国を大きくするためなので、邪魔をしなければ、傷はつきません」
「今まで通りで良いじゃない! 平和でしょ!」
「……様は、近隣諸国の情勢が良く分かっていないようだ。クラブ連邦はもちろん、レイモンド王国さえも、強国化している。今……すれば、その両国をも飲み込める機会が訪れるかもしれない。この国の戦争は、必須なのです」
女性は、俯いて黙った。
「では、文字通り、祭りの始まりです。あの国を、一日で落として見せましょう」
男が、目を赤く光らせた事を、女性は気が付かなかった。
大きな港に、それに見合う大型の帆船が入港してきた。周りの帆船や漁船などとは比べ物にならない、軍艦と見まがうほどのサイズだ。
ビクトリア号、そう記された船は、港の中央、一番良い場所に停泊すると、すぐに船の後方から荷の搬出が始まり、前方からは人が降りて来る。身なりの良い商人に紛れて、田渕と大家の姿があった。
「ミスチェル王国の港って、すごく大きいね」
「北側以外、東、西、南と、海に囲まれている国だお。当然だお」
大家と田渕が、港の地に足を着いた時、後ろの男が言う。
「北側は、ミスチェルと同盟を結んでいる、スピツ王国であります。いやぉう」
エンの村のアーサーだった。その横には、海賊系アイドルのレイラがいる。服装は、今は普段着で、ドレスでもなければ、エンの村の白衣でも無い。
「えっと、つまり、半島になってるって事で良いんだよね?」
田渕が聞くと、大家が頷く。
「丁度、このミスチェル王国が韓国、スピツ王国が北朝鮮、って感じで良いと思うお。半島のサイズ的には、ずっと小さいけども」
ふと気が付くと、港にいた人間の何人かが、田渕達をじろじろと見ている。どうやら視線の先はレイラのようで、アスカ国やビズ国と海を挟んだこの国、ミスチェル王国にまで名前が知られて来ているようだった。
幸いにも、まだ異世界にはサインをねだると言う文化は無いので、遠目に見ているだけで近づいては来ない。
そんな中、走り寄って来る一人の男性がいた。年の頃は三十くらいで、黒いハットをかぶり、長いひげを蓄えている。田渕達を運んで来た船の船長、マゼランだった。以前、海賊に襲われている所を救った縁で、知り合いになった。
「タブチ、オーヤ、船の旅はいかがだったかな? って、悪いね、忙しくて」
そう言った側から、荷下ろしをしている船員達が、マゼランの名前を呼んでいる。
「祭りは毎年の事なんだけどなぁ、今年は不思議に忙しくて。まあ一週間、楽しんでくれ。帰りの船で、またゆっくりと話そう!」
申し訳なさそうに一方的に言った後、マゼランは船員達の元へ走って戻っていった。
「景気が良いみたいだお」
大家がそう言うと、田渕も港の向こうの、街の賑やかな様子を眺め見ながら言う。
「年に一度の祭りだもんね。僕達も、ミスチェルでの初ライブを成功させて、祭りを更に盛り上げよう!」
「いやぉぅ!」
アーサーと、護衛兼大道具担当として付いてきたエンの村の男性四人が、声を上げた。
ミスチェル王国は特殊な国で、この海に面した街が、王都となっている。この王都で、年に一度、祭りがあり、期間は三日間だ。そして、その祭りの最終日にイベントがあり、そのイベントの目玉として、レイラのライブが予定されている。
田渕達は、祭りが始まる二日前の今日、現地入りして、本日よりライブの準備を始める。準備期間は当日を抜いて、四日間だ。
田渕達は、二手に分かれる事にした。
レイラとアーサー、その他四人は、レイラの衣装と、ライブの舞台製作の人員確保に動く。舞台製作の木材は、すでにマゼランが確保してくれて、組み立て前の状態で切り揃えられている。
そして田渕と大家は、街で情報収集をして、ライブの雰囲気や、進行形態の微調整を考える。つまりプロデュース業だ。
皆と離れた田渕と大家は、まずは観光がてらに街を散策する。
ミスチェルの人々は、身なりはアスカ王国の民と近く、ビズ王国のように薄着では無い。海に近いので湿気は多いが、絶える事無く良い風が吹いているので、やや涼しくも感じる気候のお陰だろう。
店に並ぶ商品は、多国籍な品揃えだった。様々な国から、貿易で入手されるのだろう。
ミスチェル王国は、東の海を挟んで、レイモンド王国とビズ王国に面している。アスカ王国とも向かい合っているのに近い状態だが、アスカ王国は海を持たない内陸の国なので、直接的には面していない。
そして南には、複数の諸島からなる王国、そして西の海の向こうにも、かなりの距離があるが、大陸があると言う。
「で、北にはスピツ王国、そのスピツの北には、クラブ連邦があるお。そのクラブ連邦の北には……魔王領があるらしいお……」
「ま……魔王領って、そ……そんな所にあったんだ。ここは大丈夫なのかな?」
田渕がきょろきょろとしながら聞くと、大家も同じようにしながら答える。
「クラブ連邦、つまり、魔王領に対抗するために王国が手を組んで連邦になったらしいお。まだ私達が会った事の無い、エルフやドワーフの王国も加わっているらしいから、多分大丈夫だお」
「あれかな……やっぱり魔族とかいるのかな?」
「そこまではナンの村のジジイは知らないみたいだったけど、きっと悪魔みたいなトゲトゲ姿で、肌は青とか紫だお、きっと」
「僕達なんて、一発でやられちゃうね……」
「土下座で許してくれる事を祈るお……」
二人は屋台で、照り焼きチキン風の串焼きを見つけた。店主に聞いてみると、どうやら醤油に似た調味料は、南の諸島王国から入手されているとの事だった。地球でも、東南アジア諸島に魚醤なる物が存在するので、同じ進化の道を辿ったと予想が出来た。
その照り焼きチキンに、最近流行りのマヨネーズを付けて食べると、非常に美味しいと店主は進めて来た。マヨネーズは、田渕や大家と一緒に異世界転移してきたクラスメートの誰かが異世界に広めた物だ。
「片手で食べられるこのお店に、ライブ当日は出張販売してもらって……」
「なら、飲み物も確保が必要だお」
「そうだね。大体、一回のライブには一人四リットルの水分が必要だから……」
「フルマラソンしてんじゃねーんだお。それは田渕君だけだお」
アイドルのライブに詳しいのは田渕だが、常軌を逸したファンのレベルで物を考えてしまうので、それを止めるために大家が同行している。
そんな時、田渕と大家に、背後から女性の声が掛かる。
「ちょっとあなた達、旅行者?」
振り返ると、歳は田渕達と同じくらいだが、身なりの良い少女が、腰に手を当てて睨むように田渕達をじろじろと見ていた。髪型は金髪でウェーブが掛かっており、服装は真っ白なブラウスに、高級な生地の茶色のスカートで、どう少なく見積もっても貴族だった。ちなみに庶民は、作りが簡素なワンピースを着るのが主流だ。
「あ、はい……。え、いや、あの、海賊系アイドルレイラの関係者です」
大家は人見知りで硬直しているので、田渕が答える。
女性は訝し気な表情をしたが、すぐに思い出したように小さく頷いた。
「ああ、一応は聞いているわ。……でも、そっちのあなたがアイドル? すごく魅力がある女性って聞いたけど……?」
田渕の陰に隠れる大家を、女性はじろりと見ながら言った。大家は、田渕の後ろに隠れている自分の拳を、ぎゅぅっと、強く握った。
「あの、この人はレイラさんじゃなくて、えっと、僕と同じ裏方で……」
「裏方? ああ、裏方って感じのお顔よね。確かに」
大家は苦笑いを返しつつ、田渕の背中をガリガリと引っ掻いていた。
「私はマリー。この祭りを取り仕切ってるの! よろしくね!」
金髪で身なりの良い少女は、そう名乗って笑った。性格がきついだけで、悪気があるようでは無かった。
悪気があるようでは無い、のだが……。
十分後、田渕と大家は、大きな荷物を両手いっぱいに抱えさせられ、マリーの後を付いて歩いていた。
「いつの間にか、持たされていたね……」
「こいつ、人を使うプロだお。生粋のマウンターだお……」
しかし、街の人達は、笑顔でマリーに挨拶をしているようだった。
「人望……あるね……」
「幻術でも使ってるのかお?」
だが、街の人に向けるマリーの笑顔には、怪しい部分が全く無かった。
「そっか。マゼランの紹介でもあるのね。この時期に、旅行者なんて妙だと思った。他国の人は、入国禁止だからさぁ」
マリーが話すには、どうやら年に一度の祭りは、ミスチェル王国とスピツ王国の同盟を祝う祭りで、客の全てが、ミスチェル国民との事だった。そこに、スピツ王族と、その騎士団を招待する。スピツ王国は、また別の時期に、同じような祭りがあると言う事だ。
次話は 8/11 本日18時投稿です。




