29話 外伝1 仙女 後編
一週間後
木の前で、拳を握り、右手を引いて構える田渕がいた。
閉じていた田渕の目が開かれる。
「ふんっはぁ!」
ガシッ
細い木の幹に拳を打ち込み、田渕の顔が大きく歪む。
「おぼっ……」
田渕は拳を突き出した姿勢のまま、真横に倒れた。それを見て、大家が首を横に振る。
「変な声出して気絶したお」
そして大家は、側にあった直径ニ十センチ程度の太さの木を撫で、ヒビが一切無い事を確認した。
「あんた達、冒険者を本気で続ける気なの?」
はぁっと、ローズは本当に大きなため息をついた。大家は、頬をぽりぽりと掻きながら答える。
「ワタシ達が弱いのは揺るぎないお。でもそれを自覚して、弱い魔獣ばかり狙うから大丈夫だお。それに……」
大家はそう言うと、ぴょんと飛んで、木の幹を駆け上がり、後ろに宙返りをして着地した。
「この通り、少しはレベルアップ出来たお」
「まあ、オーヤは非戦闘職にしては動きが良かったからね。問題はタブチよねぇ……。体は締まってるのに、生かしてないと言うか……」
ローズと大家は、目をぐるぐるの渦巻にして倒れている田渕を、呆れた顔で見る。
「オタ芸にしかベクトルが向いてない体だお。無駄な筋肉、まさにムダキンだお」
「まっ、それでもちょっとはマシになったかなぁ。ほんのちょっとは……」
ローズは、土の上に付いた田渕の力強い足跡を眺め、くすりと笑った。
大家は、うんうんと大きく頷いてから、肩をすくめる。
「重心移動を教わった分、力を効率的に使えるようになったようだお。彼は成長した。そして、すぐに限界点にぶち当たる。伸びしろが一センチしか無かったようだお」
究極進化状態に達した田渕は、なかなか起き上がらない。その様子に、ローズは首を傾げて言う。
「まあほら、冒険者とかより、例えば……、そうね、郵便屋さんとかの仕事……、ん?」
ローズは、不意に視線を落とすと、ショートパンツのポケットから、紙を一枚取り出した。折りたたまれた紙を広げ、視線を上下させる。
「あら、今日、弟子が戻って来るみたい。まったくあの子は、事前に連絡とか出来ないものかねぇ……」
大家は、ローズが持っている紙をじっと見る。これは、以前にアリアが使っていた、離れている相手にメッセージを送れる紙と同じ物のようだった。地球の携帯電話のメールに似た使い勝手に思えた。
「ほお……。そんな感じで連絡出来るなら、郵便屋とかいるのかお?」
すると、ローズは不思議そうな顔をする。
「ん? あなた達の国でもあるでしょ? これは、遠くの人へ言葉を届けられるけど、まず魔力紙が高価だし、それに、予め、お互いに破いて分けた魔力紙を持ち合っていないといけないしで、庶民には使い勝手の良い物じゃないわ」
「なるほど……。通話料の高い直通電話みたいな物だお。そう頻繁には使えんお」
そう返しながらも、大家は、ナンの村やエンの村と連絡を取るのに便利だなと思った。
「時間的に、もう弟子は近くまで来ていると思うから、会っていく? 一緒に修業とか…」
ローズは誘うが、大家は力強く首を横に振る。
「お断りだお! ローズさんともようやく話せるようになったというのに、また見知らぬ人と会って気苦労をするのは嫌だおっ! 修業はこれで終わりにして帰るお!」
「残念ねぇ。あの子は気さくだけど、でもオーヤの人見知りは相当だもんね。まあ、あの子と一緒に修業したら、あなた達は怪我しちゃいそうだしね」
ローズは、田渕の腕を掴んで引き起こし、両肩を持ってぐっと力を入れると、田渕はようやく目を覚ました。
「あ……いてて……、う……腕に電気が……、びりびりって……」
まだ小刻みに震えている腕を見せる田渕に、大家は、親指で自分の肩越しに後方を指さしながら言う。
「ローズさんにお客さんが来たから、ワタシ達はそろそろお暇するお!」
「えっ? あ……そうなんだ!」
田渕は、少し名残惜しい表情を見せたが、すぐにローズに深々と頭を下げた。
「ありがとうございました。おかげで、来た時よりもずっと強くなれました! 全てローズさんのおかげです!」
「え……いや……私のおかげとか、あまり言わなくて良いわよ。…………私もどこに成果があったのか良く分からないし」
ローズは、最後の方は小声でごにょごにょと言った。
ローズは、田渕達に別れの言葉を告げ、森の中にに消えた。
田渕達はと言うと、一週間修業漬けだったので、川辺でリフレッシュすることにした。
「♪あなたの笑顔でぇ、気力充実ダダ洩れよっ♪」
田渕と大家の体は光に包まれ、疲れが消えた。
「ふぅ。ようやく技術が解禁だお。一週間分の疲労は半端なかったお」
「まあ、久しぶりに先生が付いた運動も、体育の授業みたいで気持ちよかったよね」
田渕は川面に向かって伸びをした。
「田渕君は全治癒で怪我を治せて、気力充実で疲れも無くせる。でも、やっぱり、ワタシがカニと戦った時に感じた、頭痛と眩暈が同時に来る症状は、治せそうに無いのかお?」
「うーん。それが……魔力……、魔力切れってやつなのかも。だとしたら、ハニハウの歌詞にも回復の言葉は無いなぁ。結局、僕達の不思議な技術も、魔法の一種で、魔力切れには気を付けないとって事だね」
「ふむ。魔力切れの回復は、ゲームと同じで、宿屋かポーション頼みだお」
「これからは、ちょっと燃費について考えなきゃだね。その点でも、ローズさんに教えて貰った体術が役立つかも」
「ワタシ達は弱いから、頭を使わないとだお。それにしても……」
大家は歩き、川辺のギリギリの淵に立つ。そこから対岸まで五十メートルあり、右を見ても、左を見ても、その水量のまま、見える範囲で左右に三百メートルは川が続いている。かなり大きな川だった。
「この川を、ローズさんはチョップか何か知らないけど、割れるらしいお。すごいお。田渕君は出来そうかお?」
「うーん」
田渕は、大家の横に並んで立った。
ガサガサガサ
田渕達の後方三十メートルにある森の茂みから、ローズの頭がぴょっこりと出た。そして、にやりと笑う。
「ふっふっふ。あの二人、家では微塵も意識している風じゃ無かったけど、きっと恋人に違いないわ。一週間も私といたから、イチャイチャ出来ずに、きっと溜まってるに違いない。もしかすると、チューとか見るチャンスかもっ!」
拗らせ独女ローズは、仙人生活により、更に拗らせていた。
「きゃぁ! いやらしいっ!」
ゴンッ
顔を赤くしたローズは、側にあった木に思わず頭突きした。はっと我に返ったローズが田渕達を見るが、気付かれた様子は無かった。
「あぶない、あぶない。せっかくの娯楽の機会、絶対にチューを見ないと……ムフっ」
ローズは茂みの中に頭を引っ込めると、目だけを覗かせた。
田渕は、両の拳をぎゅっと握り、大家に言う。
「技術は、今ちょっと使っただけだし、今日は魔力がたっぷり残ってそうだから、やってみようか?」
すると、大家はショルダーバッグからタブレットを取り出す。
「うむ。おまけに、川魚もついでにゲット出来るかもだお」
「オッケー」
田渕は両腕をぷるぷると振って脱力してから、口を開く。
「♪あなたが側にいるだけでー わたしのぉ 体はぁ ぱわーあっぷぅ♪」
田渕の体に、力が漲る。お馴染み、田渕の基本的なパワーアップの歌だ。
次に田渕は、空へ向かって顔を上げ、大きく息を吸ってから、歌う。
「♪好きな男子の行動を まねまね♪」
大家は、田渕がレッドインセクギリーを切り裂いた時、その後ろの海が割れたのを思い出した。
「ほう。あのパツキン駆け出し冒険者からパクった技でいくかお。まあ水を割るなら、妥当だお」
田渕や大家から、金髪の駆け出し冒険者と勘違いされている人は、ビズ国が誇るS級冒険者、拳聖アリアである。
「はぁぁぁ! 神拳……竜光剣」
田渕の体が、白い炎に包まれる。ばっと両手を広げると、その腕が伸びるように、白い炎が左右に伸びて行き、巨大な白炎の剣が、田渕の両腕に一本ずつ出現した。それを、田渕は頭の上で合わせる。すぐさま、炎は宙を駆け上がって行く。
大家は、首が痛くなるほど真上を見上げて言う。
「漲ってる状態では無いのに、これはなかなかだお。ローズさんのお陰で、無駄なくベクトルが向いているのかお?」
レッドインセクギリーを倒した時は五十メートルに達した白炎の剣だが、現在は三十メートル程の大きさになっている。田渕が通常状態なので、以前よりも強くなっていると言える。
「行くよっ! 魚をお願いねっ!」
「うむっ!」
大家がタブレットを操作すると、頭上にドローンが出現した。大家はそれに捕まって空へ舞い上がる。
ダッ
それと同時に、田渕が地面を蹴って、巨大な白の巨塔を、川へ振り下ろす。
「アユっ、イワナっ、しゃぁけぇぇぇ、斬り!」
ズドォォォォォォォォォン
田渕の竜光剣は、川を割った。そして、割って、割って、割っていく……。
ォォォォォォォォォン バババババババババ ンドォォォォォォォォォン
割れ目は、上流へ向かって伸びて行く。息を一つ付く程の間で、丘の向こうに消える川面を、全て割った。その距離、実に三百メートル。
「おぉぉぉう! さすがに鮭はいないけど、鮎みたいなの大量ゲットぉぉぉ!」
上空のドローンから、大家が歓喜の声をあげる。大家は、川の外に放り出された魚や、川に浮かぶ魚を、次々にタブレットに収容していく。
田渕は、割れて現れた川底に一度足を突くと、飛び上がって川辺に戻って来た。そして、割れた川の水が戻るのを見ながら、ひと息つく。
「まあ、ローズさんは軽くこの川を割って、更に、もっと巨大で深い湖さえも割る事が出来るって言ってたから、僕にしては出来た方かな?」
空に浮かぶ大家が手を振っているので見ると、どうやら魚の回収は済んだとの合図のようだった。そして、大家の巨大ドローンの隣には、同じ大きさのドローンがもう一機浮かんでいる。
「♪会いに行くわ、逆バンジー♪」
ドンッ
田渕が、助走無しでロケットの如く地面から発射され、次の瞬間には、大家の出したドローンに捕まっていた。するとそのドローンは、北へと向きを変える。
「じゃあ、一週間前の目的地、ビズ王都へだね!」
「大分寄り道してしまったお。お土産買って、そろそろナンの村へ帰らないと、皆心配するお」
ブゥゥゥンと、音をさせて、田渕と大家は、北の空へ飛び去った。
田渕達の姿が小さな点になった時、森の茂みからローズが現れた。
「な……な……なに……あれ?」
よろよろとした足取りで、川辺までローズはやってくる。
「割った……。川を……割ったわ、あの子……」
そのまま、上流に顔を向ける。
「それも……まさかの……縦……。縦に……川を割ったわ……」
そこで、ローズはがっくりと膝を突いた。
「私でさえも……川を横に割るのが精いっぱいなのに……。って言うか、縦に割るって発想なんてあるの? おまけに、あの子が使ったのは……神拳だったわ。それも、奥義の竜光剣……」
そこで、ローズの目は鋭くなった。
「まさか……神拳を盗むために……私の元へ修業を……。いや……」
そこで、ローズはふぅっと息を吐き、眉間の力を緩める。
「私は、あの子達の前で神拳は一度も使ってないわ。……と、なると……あれね」
ローズは立ち上がる。
「一子相伝の神拳……とか言いながら、あのエロ師匠、他にも神拳を教えた女弟子がいたんだわ。ったく、隙あらば尻を触って来たセクハラ師匠め……」
川に向かってぼやくローズの背に、近づいて来る者がいた。
「師匠、何してるのぉー? 家でごちそう作って待っててよぉー」
特に驚く事も無く振り返ったローズは、後ろに立っていた金髪の女性に尋ねる。
「アリア、あなた……『竜光双剣』は出来るようになった?」
「えぇぇぇ! 無理だよー。師匠も出せないんでしょー?」
尋ねられたローズは、首を縦に振る。
「あれはエロじじい……じゃなくて、先代様しか使えない技……。でも……」
ローズは思い出す。
田渕は、巨大な竜光剣を作る前に、右手と左手に、手の延長となるような白い炎の剣を作っていた。あれこそが、神拳の究極奥義、先代の師匠がローズに見せた『竜光双剣』だった。両手を頭の上で合わせ、体全体で作る竜光剣よりも、遥かに難しい技だ。
ローズは、ダンッと地面を一度強く踏み、アリアに言う。
「修業をするわよ! 私達は、まだまだ修行が足りないっ!」
「えー、分かってるよー。だから、戻って来たのー。少し前に、黒ずくめの飛んでも無く強い敵に遭ったのー。私も師匠みたいに、湖を割れるように頑張るー」
「そ……そうね。頑張りましょう!」
湖を割ると言うのは、ローズの冗談だった。だが、それが可能かもしれない田渕を実際に見て、ローズは、もう一度修業をし直し、歴代最強かつ、最エロと言われた先代を越える決意をした。
「あ、あとー、そふとくりむって冷たくて美味しいお菓子があって、……師匠、聞いてる?」
アリアはそう言うが、ローズは上の空で田渕達が消えた方向を見ている。
「あの子は確かに弱かった。あれは絶対に本気だった。って事は、技術の倍率が、常識の範疇を越えているって事ね。最上級職であっても、せいぜい、二十倍。でも彼は……数百倍……いや……数千……、いや……」
ローズは、自分の拳を、ぎりぎりと握った。
次シリーズは、『ミスチェル王国編』です!
ビズ王国編で書いた次回予告ですが、「全然違うぞ!」と言うクレーム、ありがたく頂戴いたします。
時期尚早と言う事で、二つほどシリーズを挟みます。




