↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
32/65

29話 外伝1 仙女 後編


 一週間後


 木の前で、拳を握り、右手を引いて構える田渕がいた。


 閉じていた田渕の目が開かれる。


「ふんっはぁ!」


ガシッ


 細い木の幹に拳を打ち込み、田渕の顔が大きく歪む。


「おぼっ……」


 田渕は拳を突き出した姿勢のまま、真横に倒れた。それを見て、大家が首を横に振る。


「変な声出して気絶したお」


 そして大家は、側にあった直径ニ十センチ程度の太さの木を撫で、ヒビが一切無い事を確認した。


「あんた達、冒険者を本気で続ける気なの?」


 はぁっと、ローズは本当に大きなため息をついた。大家は、頬をぽりぽりと掻きながら答える。


「ワタシ達が弱いのは揺るぎないお。でもそれを自覚して、弱い魔獣ばかり狙うから大丈夫だお。それに……」


 大家はそう言うと、ぴょんと飛んで、木の幹を駆け上がり、後ろに宙返りをして着地した。


「この通り、少しはレベルアップ出来たお」


「まあ、オーヤは非戦闘職にしては動きが良かったからね。問題はタブチよねぇ……。体は締まってるのに、生かしてないと言うか……」


 ローズと大家は、目をぐるぐるの渦巻にして倒れている田渕を、呆れた顔で見る。


「オタ芸にしかベクトルが向いてない体だお。無駄な筋肉、まさにムダキンだお」


「まっ、それでもちょっとはマシになったかなぁ。ほんのちょっとは……」


 ローズは、土の上に付いた田渕の力強い足跡を眺め、くすりと笑った。


 大家は、うんうんと大きく頷いてから、肩をすくめる。


「重心移動を教わった分、力を効率的に使えるようになったようだお。彼は成長した。そして、すぐに限界点にぶち当たる。伸びしろが一センチしか無かったようだお」


 究極進化状態に達した田渕は、なかなか起き上がらない。その様子に、ローズは首を傾げて言う。


「まあほら、冒険者とかより、例えば……、そうね、郵便屋さんとかの仕事……、ん?」


 ローズは、不意に視線を落とすと、ショートパンツのポケットから、紙を一枚取り出した。折りたたまれた紙を広げ、視線を上下させる。


「あら、今日、弟子が戻って来るみたい。まったくあの子は、事前に連絡とか出来ないものかねぇ……」


 大家は、ローズが持っている紙をじっと見る。これは、以前にアリアが使っていた、離れている相手にメッセージを送れる紙と同じ物のようだった。地球の携帯電話のメールに似た使い勝手に思えた。


「ほお……。そんな感じで連絡出来るなら、郵便屋とかいるのかお?」


 すると、ローズは不思議そうな顔をする。


「ん? あなた達の国でもあるでしょ? これは、遠くの人へ言葉を届けられるけど、まず魔力紙が高価だし、それに、予め、お互いに破いて分けた魔力紙を持ち合っていないといけないしで、庶民には使い勝手の良い物じゃないわ」 


「なるほど……。通話料の高い直通電話みたいな物だお。そう頻繁には使えんお」


そう返しながらも、大家は、ナンの村やエンの村と連絡を取るのに便利だなと思った。


「時間的に、もう弟子は近くまで来ていると思うから、会っていく? 一緒に修業とか…」


 ローズは誘うが、大家は力強く首を横に振る。


「お断りだお! ローズさんともようやく話せるようになったというのに、また見知らぬ人と会って気苦労をするのは嫌だおっ! 修業はこれで終わりにして帰るお!」


「残念ねぇ。あの子は気さくだけど、でもオーヤの人見知りは相当だもんね。まあ、あの子と一緒に修業したら、あなた達は怪我しちゃいそうだしね」


 ローズは、田渕の腕を掴んで引き起こし、両肩を持ってぐっと力を入れると、田渕はようやく目を覚ました。


「あ……いてて……、う……腕に電気が……、びりびりって……」


 まだ小刻みに震えている腕を見せる田渕に、大家は、親指で自分の肩越しに後方を指さしながら言う。


「ローズさんにお客さんが来たから、ワタシ達はそろそろお暇(いとま)するお!」


「えっ? あ……そうなんだ!」


 田渕は、少し名残惜しい表情を見せたが、すぐにローズに深々と頭を下げた。


「ありがとうございました。おかげで、来た時よりもずっと強くなれました! 全てローズさんのおかげです!」


「え……いや……私のおかげとか、あまり言わなくて良いわよ。…………私もどこに成果があったのか良く分からないし」


 ローズは、最後の方は小声でごにょごにょと言った。




 ローズは、田渕達に別れの言葉を告げ、森の中にに消えた。


田渕達はと言うと、一週間修業漬けだったので、川辺でリフレッシュすることにした。


「♪あなたの笑顔でぇ、気力充実ダダ洩れよっ♪」


 田渕と大家の体は光に包まれ、疲れが消えた。


「ふぅ。ようやく技術(スキル)が解禁だお。一週間分の疲労は半端なかったお」


「まあ、久しぶりに先生が付いた運動も、体育の授業みたいで気持ちよかったよね」


 田渕は川面に向かって伸びをした。


「田渕君は全治癒で怪我を治せて、気力充実で疲れも無くせる。でも、やっぱり、ワタシがカニと戦った時に感じた、頭痛と眩暈が同時に来る症状は、治せそうに無いのかお?」


「うーん。それが……魔力……、魔力切れってやつなのかも。だとしたら、ハニハウの歌詞にも回復の言葉は無いなぁ。結局、僕達の不思議な技術(スキル)も、魔法の一種で、魔力切れには気を付けないとって事だね」


「ふむ。魔力切れの回復は、ゲームと同じで、宿屋かポーション頼みだお」


「これからは、ちょっと燃費について考えなきゃだね。その点でも、ローズさんに教えて貰った体術が役立つかも」


「ワタシ達は弱いから、頭を使わないとだお。それにしても……」


 大家は歩き、川辺のギリギリの淵に立つ。そこから対岸まで五十メートルあり、右を見ても、左を見ても、その水量のまま、見える範囲で左右に三百メートルは川が続いている。かなり大きな川だった。


「この川を、ローズさんはチョップか何か知らないけど、割れるらしいお。すごいお。田渕君は出来そうかお?」


「うーん」


 田渕は、大家の横に並んで立った。




ガサガサガサ


 田渕達の後方三十メートルにある森の茂みから、ローズの頭がぴょっこりと出た。そして、にやりと笑う。


「ふっふっふ。あの二人、家では微塵も意識している風じゃ無かったけど、きっと恋人に違いないわ。一週間も私といたから、イチャイチャ出来ずに、きっと溜まってるに違いない。もしかすると、チューとか見るチャンスかもっ!」


 拗らせ独女ローズは、仙人生活により、更に拗らせていた。


「きゃぁ! いやらしいっ!」


ゴンッ


 顔を赤くしたローズは、側にあった木に思わず頭突きした。はっと我に返ったローズが田渕達を見るが、気付かれた様子は無かった。


「あぶない、あぶない。せっかくの娯楽の機会、絶対にチューを見ないと……ムフっ」


 ローズは茂みの中に頭を引っ込めると、目だけを覗かせた。


 


 田渕は、両の拳をぎゅっと握り、大家に言う。


「技術(スキル)は、今ちょっと使っただけだし、今日は魔力がたっぷり残ってそうだから、やってみようか?」

 

すると、大家はショルダーバッグからタブレットを取り出す。


「うむ。おまけに、川魚もついでにゲット出来るかもだお」


「オッケー」


 田渕は両腕をぷるぷると振って脱力してから、口を開く。


「♪あなたが側にいるだけでー わたしのぉ 体はぁ ぱわーあっぷぅ♪」


 田渕の体に、力が漲る。お馴染み、田渕の基本的なパワーアップの歌だ。


 次に田渕は、空へ向かって顔を上げ、大きく息を吸ってから、歌う。


「♪好きな男子の行動を まねまね♪」


 大家は、田渕がレッドインセクギリーを切り裂いた時、その後ろの海が割れたのを思い出した。


「ほう。あのパツキン駆け出し冒険者からパクった技でいくかお。まあ水を割るなら、妥当だお」


 田渕や大家から、金髪の駆け出し冒険者と勘違いされている人は、ビズ国が誇るS級冒険者、拳聖アリアである。


「はぁぁぁ! 神拳……竜光剣」


 田渕の体が、白い炎に包まれる。ばっと両手を広げると、その腕が伸びるように、白い炎が左右に伸びて行き、巨大な白炎の剣が、田渕の両腕に一本ずつ出現した。それを、田渕は頭の上で合わせる。すぐさま、炎は宙を駆け上がって行く。


 大家は、首が痛くなるほど真上を見上げて言う。


「漲ってる状態では無いのに、これはなかなかだお。ローズさんのお陰で、無駄なくベクトルが向いているのかお?」


 レッドインセクギリーを倒した時は五十メートルに達した白炎の剣だが、現在は三十メートル程の大きさになっている。田渕が通常状態なので、以前よりも強くなっていると言える。


「行くよっ! 魚をお願いねっ!」


「うむっ!」


 大家がタブレットを操作すると、頭上にドローンが出現した。大家はそれに捕まって空へ舞い上がる。


ダッ


 それと同時に、田渕が地面を蹴って、巨大な白の巨塔を、川へ振り下ろす。


「アユっ、イワナっ、しゃぁけぇぇぇ、斬り!」



ズドォォォォォォォォォン



 田渕の竜光剣は、川を割った。そして、割って、割って、割っていく……。



ォォォォォォォォォン バババババババババ ンドォォォォォォォォォン



 割れ目は、上流へ向かって伸びて行く。息を一つ付く程の間で、丘の向こうに消える川面(かわも)を、全て割った。その距離、実に三百メートル。


「おぉぉぉう! さすがに鮭はいないけど、鮎みたいなの大量ゲットぉぉぉ!」


 上空のドローンから、大家が歓喜の声をあげる。大家は、川の外に放り出された魚や、川に浮かぶ魚を、次々にタブレットに収容していく。


 田渕は、割れて現れた川底に一度足を突くと、飛び上がって川辺に戻って来た。そして、割れた川の水が戻るのを見ながら、ひと息つく。


「まあ、ローズさんは軽くこの川を割って、更に、もっと巨大で深い湖さえも割る事が出来るって言ってたから、僕にしては出来た方かな?」


 空に浮かぶ大家が手を振っているので見ると、どうやら魚の回収は済んだとの合図のようだった。そして、大家の巨大ドローンの隣には、同じ大きさのドローンがもう一機浮かんでいる。


「♪会いに行くわ、逆バンジー♪」


ドンッ


 田渕が、助走無しでロケットの如く地面から発射され、次の瞬間には、大家の出したドローンに捕まっていた。するとそのドローンは、北へと向きを変える。


「じゃあ、一週間前の目的地、ビズ王都へだね!」


「大分寄り道してしまったお。お土産買って、そろそろナンの村へ帰らないと、皆心配するお」


ブゥゥゥンと、音をさせて、田渕と大家は、北の空へ飛び去った。






 田渕達の姿が小さな点になった時、森の茂みからローズが現れた。


「な……な……なに……あれ?」


 よろよろとした足取りで、川辺までローズはやってくる。


「割った……。川を……割ったわ、あの子……」


 そのまま、上流に顔を向ける。


「それも……まさかの……縦……。縦に……川を割ったわ……」


 そこで、ローズはがっくりと膝を突いた。


「私でさえも……川を横に割るのが精いっぱいなのに……。って言うか、縦に割るって発想なんてあるの? おまけに、あの子が使ったのは……神拳だったわ。それも、奥義の竜光剣……」


 そこで、ローズの目は鋭くなった。


「まさか……神拳を盗むために……私の元へ修業を……。いや……」


 そこで、ローズはふぅっと息を吐き、眉間の力を緩める。


「私は、あの子達の前で神拳は一度も使ってないわ。……と、なると……あれね」


 ローズは立ち上がる。


「一子相伝の神拳……とか言いながら、あのエロ師匠、他にも神拳を教えた女弟子がいたんだわ。ったく、隙あらば尻を触って来たセクハラ師匠め……」


 川に向かってぼやくローズの背に、近づいて来る者がいた。


「師匠、何してるのぉー? 家でごちそう作って待っててよぉー」


 特に驚く事も無く振り返ったローズは、後ろに立っていた金髪の女性に尋ねる。


「アリア、あなた……『竜光双(・)剣』は出来るようになった?」


「えぇぇぇ! 無理だよー。師匠も出せないんでしょー?」


 尋ねられたローズは、首を縦に振る。


「あれはエロじじい……じゃなくて、先代様しか使えない技……。でも……」


 ローズは思い出す。


 田渕は、巨大な竜光剣を作る前に、右手と左手に、手の延長となるような白い炎の剣を作っていた。あれこそが、神拳の究極奥義、先代の師匠がローズに見せた『竜光双剣』だった。両手を頭の上で合わせ、体全体で作る竜光剣よりも、遥かに難しい技だ。


 ローズは、ダンッと地面を一度強く踏み、アリアに言う。


「修業をするわよ! 私達は、まだまだ修行が足りないっ!」


「えー、分かってるよー。だから、戻って来たのー。少し前に、黒ずくめの飛んでも無く強い敵に遭ったのー。私も師匠みたいに、湖を割れるように頑張るー」


「そ……そうね。頑張りましょう!」


 湖を割ると言うのは、ローズの冗談だった。だが、それが可能かもしれない田渕を実際に見て、ローズは、もう一度修業をし直し、歴代最強かつ、最エロと言われた先代を越える決意をした。


「あ、あとー、そふとくりむって冷たくて美味しいお菓子があって、……師匠、聞いてる?」


 アリアはそう言うが、ローズは上の空で田渕達が消えた方向を見ている。


「あの子は確かに弱かった。あれは絶対に本気だった。って事は、技術(スキル)の倍率が、常識の範疇を越えているって事ね。最上級職であっても、せいぜい、二十倍。でも彼は……数百倍……いや……数千……、いや……」


 ローズは、自分の拳を、ぎりぎりと握った。 




次シリーズは、『ミスチェル王国編』です!

ビズ王国編で書いた次回予告ですが、「全然違うぞ!」と言うクレーム、ありがたく頂戴いたします。

時期尚早と言う事で、二つほどシリーズを挟みます。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。