16話 田渕 VS 大家
翌日の早朝から出発した田渕達は、午前中にエンの村に到着した。
村に入って田渕達がまず驚いたのが、村人たちは男女共に一様に白いワンピースを身に付けている事だった。まるでどこぞの新興宗教のような印象を受ける。それは元罪人の村だからと言う理由があったのだが、田渕達は異世界と言う事もあり、特に深くは考えなかった。
ナンの村、ガワの名前を伝えると、村人達の表情が明るくなる。ガワは上手にこの村と友好関係を築けているのを田渕は感じた。
「それで、馬車はどこにあるんだ?」
エンの村人、アーサーと言う男子が、手ぶらな田渕達に当然のように聞いた。アーサーは田渕達と同じ、十六歳らしかった。
「あ、えぇっと、ここに出すね」
田渕は、自分の背中に隠れるだんまり地蔵の大家をちらりと見る。そのだんまり地蔵は、手を動かし、タブレットを操作する。
すると、アーサーの目の前に、大量の荷物が現れた。
魔獣の毛皮、爪、牙、そして、新鮮な果物や、薬草などだ。どれも、海の側では入手不可能な品物だった。量は、馬車一杯分は楽にあるだろう。
だが、やはりアーサーは、突然と物品が現れた方法が気にかかる。
それには、田渕が頭を下げた。
「ごめん。技術なんだけど、内緒にしておいて」
「ああ、まあ……そりゃそうだ。で、こんな量、すごい助かるよ」
この世界では、自分の技術を内緒にする者は多い。奥の手は……と言うような話で、田舎育ちのアーサーも理解が出来る。
「でね、ガワは代わりに、塩を三百キロ貰って来てくれって言うんだけど……」
「たったそれだけ? ほんとガワはいつも良い取引ばかりだなぁ。悪いよ」
アーサーに案内されて海の方向へ向かうと、人間の背丈くらいに積まれた塩の山があった。それが、百近くを数える程に並んでいる。
「これ一山で三百キロ以上あると思うんだけど……」
アーサーが喋っている途中で、正面にあった塩の山が一つ忽然と消えた。田渕が大家のタブレットを確認すると、塩が収納されており、重量は三百五十三キロと表示されている。
「あ、ごめん。五十キロ程 多く貰いすぎちゃった」
「全然良いよ。それにさ……どうせ税金で殆ど持ってかれるんだからさ」
「税率高いんだ。どのくらいなの?」
「九十五パーセント」
「…………えっ!? 九十五ぉ? 塩の収入が百だとしたら、五しかもらえないって事?」
田渕の問いに、アーサーは、悲し気な目で頷いた。
「そりゃ無茶だよ! ビズの王様って、酷い人なんだね!」
田渕が言うと、田渕の後ろで、大家も無言だがぷんすかと地面を踏んでいる。
「いや……そうでも無いよ。俺達 エンの住人は、爺さん世代が海賊でさ、それがビズの王様にとっ捕まって、今はここで生かされているんだ。爺さんが死罪にされていたら、俺らはいなかった訳だし……」
アーサーは笑った。
田渕は、自分達の対応はアーサー一人に任せて、他の村人はわき目も降らず塩田で塩を作っている理由が理解出来た。一分一秒を惜しんで働かないと、生活が出来ないのだ。そして、アーサーを含めて村人全員が、かなりのやせ型だった。
「このままじゃ、いつか死んじゃうよ。エンの人達は、ご飯はどうしてるの? ちゃんと食べてるの?」
「まあ、貝を掘ったり、流れ着いた海藻とか食べたり……」
「大家さん!」
田渕が叫ぶと、後ろで大家がタブレットを操作した。すると、田渕達の前に、大量の魔獣の肉と、大量の野菜が出現した。これらは、タブレットに保存していた田渕と大家の一年分の食料全てだった。
「こっ……これは……肉だ……。腐ってない肉なんて、久しぶりに見た……。萎びてない野菜もある……」
アーサーは、ごくりと唾を飲み込む。そして、周囲で塩づくりに励んでいた物達も、肉の気配を感じて手を止めて田渕達を見ている。
「もちろん、全部あげるよ。ほんの数日分にしかならないかもしれないけど……」
村人達は、大変喜んだ。そして、この食材を使って日暮れにパーティーが開催される事となり、仕事に戻った村人達の顔はずっと笑顔だった。
それから三十分後。
ザザーン ザザーン
砂浜に、水着姿の田渕と大家が立っていた。
アーサーから、エンの村人が使う小さなビーチを教えられた田渕達は、ここに遊びに来たのだった。もちろん、エンの村にはアーサーを始め、同世代の少年少女は幾人もいたのだが……、
「無理だよね」
「初対面の人と海水浴とか、現実に出来るはずがないお」
ぼっちな二人に誘えるはずが無かった。
海は果てしなくエメラルドグリーンで、水質なのか光加減なのか、地球の海とは少し違うようだった。海藻も少なく、魚も殆ど見えない。水生魔獣はいるらしいが、遭う確率は、地球でのシャチやクジラ、サメに遭遇するくらいの低い確率らしかった。
「泳ぐついでに、海の食材をゲットだと思ってたけど、生物自体が少なそうだお」
「保冷技術が無いから、ナンの村じゃ魚とか手に入らないもんね」
実際は、魔石を使って保冷は可能なのだが、あまりにコスパが悪いので、王族や上位貴族くらいにしか使われていない。
「アジやイワシも良いけど、マグロが食べたいなぁ……」
「いや、一番はカニだお!」
「ああ……カニかぁ……」
遠くを見る田渕の横で、大家は俯く。
「恥ずかしながら、ワタシは高校入学のお祝いの時まで、手足が付いた一匹まるまるなカニを見た事が無かったお。カニみそ、実に美味しかったお」
「なるほど……」
「ワタシ達には、今、便利な力がある! 是非カニをゲットしたいお!」
しかし、大家の熱意とは対照的に、田渕はずっと冷めた目で水平線を眺めている。
「どうしたお? まさか、カニが嫌いなのかお? そんな人間……、はっ! まさか、アレルギーかお?」
「……いや、僕は子供の時から、しょっちゅうカニを食べてるよ」
その言葉に、大家は驚愕する。
「ま……まさか、その地味顔で、良いとこのお坊ちゃんだったのかお?」
「カニって……食べやすいように、身だけ出して、パックに入れてスーパーで売ってるよね?」
「……ん?」
「テレビで見る爪や足がついたカニは、あれは加工前だからだと僕は思ってたよ」
「……い……嫌な予感がしてきたお」
「確かにお母さんは、カニだと言ってたんだ。だけど、僕は高校生になってから、ふと、原材料に目を遣ってしまった」
そこで、大家は両手で自分の耳を塞いだ。
「あれは、カニじゃ無かった……。もしかすると、僕は、一度もカニを食べた事が……」
「うわぁぁぁ! 言うんじゃない! それ以上はやめるんだお!」
大家は田渕の体に、ひしと抱きついた。
「もう考えるなお! 大丈夫! ここでカニを捕まえて、全てを上書きするお!」
「上書きも何も、僕が食べてたのは、かまぼ…」
「まかせるんだお! ワタシが、でっかいカニを捕まえてやるお!」
「……ありがとう」
田渕は、大家からの強い友情を感じた。
「で、そもそも、大家さんって泳げるの? 僕は昔 お爺ちゃんに特訓されて大丈夫だけど」
「ふふふ。ワタシはぼっちになる前までは、『カッパの大家』と呼ばれてた程だお」
「それって、髪型が、おかっぱだからじゃ?」
「違うお! おかっぱにしたのは、ショワ少佐の妹を知ってからだお! つまり、ガイグダンに どハマりする前、ぼっちの前は、おかっぱじゃ無かったんだお!」
大家は、首を左右にコキコキと鳴らしながら、自信満々で波打ち際に立つ。
「競争するお。もちろんだけど、技術無しのガチンコだお」
「縄に繋がれて川に沈められる、僕のお爺ちゃんの特訓を甘く見ない事だよ」
波打ち際に、田渕も立った。大家は念のため、タブレットが入った防水ビニールショルダーバッグを斜め掛けして持っている。
「しかし、田渕君は帰宅部とは思えない体つきをしているお」
意外だろうが、大家の言う通り、田渕の体はスポーツ部のレギュラーの如く筋肉が付いている。
「ライブ翌日には筋肉痛になっちゃうくらい動いてるからかな?」
「オタ芸のやりすぎだお。それじゃ、よいどん!」
大家は田渕を置き去りにし、海へ飛び込んだ。
「あ! 大家さんずるい!」
田渕もすぐに後を追う。
次話は 5/17 18時投稿です。




