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星は輝く


 陵家の屋敷の門を通ると、真っ先に聴こえてくるのは美しい琴の音だ。


 燈惺(とうせい)は書斎へ入り剣をしまうと、真っ直ぐ詠星苑(えいせいえん)へ向かった。妻のために作った花々に囲まれた東屋(あずまや)は、いつものように人に囲まれている。


 星華は東屋に備えられた椅子の上に腰かけており、その傍で睡月が琴を奏でていた。皆、燈惺の帰りに気づくと立ち上がり迎えてくれる。


「おや、旦那様のお帰りだ」


相変わらず陵家に居候(いそうろう)している蓮承は、星華の髪を()いていた雨衣の腕を引いた。


 雨衣は口では蓮承に冷たいが、もう蓮承を心から信頼していると一目でわかる。雨衣に言ったら怒りそうだが、二人の息はますます良くなりもはや夫婦のようだ。


 星華から離れがたそうな雨衣は、しぶしぶ(くし)を持っていた手を下ろすと燈惺に頭を下げた。


「燈惺様、お帰りなさいませ」


「今日は帰りが早いわね」


 睡月は琴を奏でていた手を止めて、主の帰りにすんなりと場所を譲る。星華の隣は、燈惺の場所だ。 


 昔は誰が星華の隣に座るか争っていたが、今はもう皆自ら星華の隣は燈惺に譲ってくれる。


 席を立った睡月は、燈惺の後から現れた人を見て雨衣たちへと目配せした。


「ゆっくりして行ってくださいね。お茶を入れてきます」


 最近、家長よりも家長らしくなってきた睡月は、お客様へ頭を下げると東屋へ上がるよう進めた。


 そして、睡月はまだ星華のそばにいたい雨衣と、そんな雨衣のそばにいたい蓮承を呆れたように引っ張っていく。燈惺は見慣れた景色だが、お客には面白い光景なのだろう。隣から大きな笑い声が聞こえる。


「相変わらず、騒がしいのね」


 王宮から訪ねて来た桃蘭(とうらん)は、陵家の騒がしさにさぞかし可笑そうだ。


 今日の桃蘭は巫女装束ではなく、貴族の娘のような可愛らしい衣に身を包んでいる。一見普通の娘のようだが、微笑む姿はどこか神秘的でますます貫禄がついてきた。


「その方が星華も楽しいだろう」


 燈惺は床に膝をついて、椅子に腰を下ろしている星華の顔を愛し気に覗きこんだ。


 人より一回り小さい顔は雪のように白く、その肌は陶器のように滑らかですぐに触れたくなる。


 小さくまとまった唇は可愛らしく、眠っていても彼女はどこか笑みを浮かべているように見えるから不思議だ。


 問いかけるように優しくその頭を撫でるが、彼女の目は閉じられたままだ。長い間こうして彼女の寝顔しか見ていないが、愛しさが募るばかりで自分でも可笑しくなってくる。


「相変わらず、無垢(むく)な寝顔ね。羨ましいわ」


「それが救いだ…」


 あの事件から、半年が経った。


 清心の邪気を受け取った星華は、あれから一度も目を覚ますことなく深い深い眠りについている。

 

 桃蘭の話では、星華は邪気と必死に戦っているのだという。


 清心が自ら望んいたことではないが、彼は多くの人の命を犠牲にして、つきるはずの寿命を延ばし続けて来た。体はどんなに生き延びようと、清心の心は持たなかった。


 あのままだと、清心は心を失くし不死身の化け物となり人を傷つけ続けただろう。


 それを星華が命がけで止めた。


 普通の者なら清心の邪気で命を落としているが、星華の龍涙の力が彼女を生かさせた。その代償として、赤子のように安からな寝顔で眠り続けている。


 桃蘭や元巫女の(かく)の力を借りたが、天命を待つしかないと言うのが答えだった。それがどんなに酷なことか、燈惺は身に染みて苦しむしかなかった。


 多くのことを試しても星華が目覚めることはなく、今は皆の手を借りて、詠星苑で眠り続ける星華と過ごし続けている。


 彼女が眠りについた最初の頃は、燈惺は星華のそばを片時も離れることができなかった。


 不安と恐怖に襲われ眠ることもできなかったが、このままでは燈惺の体がもたないと周囲からの説得を受けた。現実を受け入れるまで長い時間がかかった。


 今は雨衣と睡月が星華の世話を申し出てくれたので、燈惺が王宮に上がっている間は二人に任せている。蓮承は居候と言いながら、燈惺の留守を守ってくれているので安心している。


 燈惺の父である泰惺(たいせい)は、自ら陵家を出て行った。


 菫麗の罪を知り黙認してきたと自ら罰を望んだが、最後は泰惺の証言のおかげで菫麗を止めることができたとし、王から赦面(しゃめん)された。今は陵家を燈惺たちに任せ、田舎で身寄りのない子どもたちの世話をして過ごしている。


 家族のためとはいえ、星華を傷つけ追い詰めた。全て真実をしった泰惺は深く悔やんでいた。


 地面に膝をつき、眠り続ける星華に許しをこうていたのが印象的だった。陵家を出ることが、泰惺なりのけじめだったのだろう。


 星華が眠っている間に、あの事件は終止符を打った。


 清心はあの後、安らかに眠りそのまま逝ってしまった。


 あの時、星華が清心を止めることができたのは、彼女の龍涙の力だけではない。清心が心を失ってもなお母の剣から星華を守ったのは、清心にとって星華が特別な人だったからだ。


 母に全てを決められてきた人生の中で、彼は小さな初恋を胸に隠し続けて来たかのように思う。


 清心は最後に小さな初恋のおかげで心を取り戻し、好きな人の胸の中で目を閉じた。


 自らの剣で愛する息子を(つらぬ)いた王妃菫麗(とうれい)は、ようやく全てを諦めた。


 菫麗は動かなくなった清心を見て発狂し、泣き叫びながら自害しようとしたが、皇守衛たちに止められた。


 彼女の罪は予想以上のものだった。


 龍涙の力を持つ民たちを攫い清心の命を伸ばし続けていただけではなく、王の寵愛を受けていた禾妃、星華の両親、神殿の巫女達の殺害もわかった。


 その後、多くの高官と手を組んだ横領が発覚した。


 不正により得たお金は、清心の命を保つための資金に使われていたこと、(のち)に清心を王にするための賄賂(わいろ)に使われ、謀反(むほん)までも企んでいた。


 そのうえ、廃止された暗殺組織黒龍(こくりゅう)の者を多く抱え込み、自分の悪事に気づいたものを事故と見せかけ消していた。


 また、黒龍だけではなく、柳誠弦のように菫麗の息がかかった者が王宮には多くいることもわかった。


 誠弦のように直接手を貸したものもいれば、春搖や礼風のようにただ利用された者達もいた。春搖は信頼していた菫麗の正体を知り、何を思ったのか今は王宮を離れ寺院で祈る日々を送っている。


 礼風も自分がただ利用され、燈惺達も追い込んでいたという事実に衝撃を受けていた。


 陽惺が残した王妃の悪事の証拠ともに、燈惺への文が残されたいた。その文には星華を守ってほしいとひたすら綴られていた。


 その文を読んだ礼風がどう感じたのか知らないが、長い間その場で泣き崩れていた。その後は、陽惺が命がけで守った星華を守ると、今は定期的に治療に来てくれている。


 菫麗は暗室と言われる最も恐ろしい牢で、今後一切の光に当たることも。人と会話することも許さず、自らの罪と向き合うこととなった。死を持ってとの民からの声は多かったが、王は今の彼女には死ぬ方が楽な選択だと判断した。


 今回、周到に自らの罪を隠し続けてきた菫麗の罪が全て洗いざらいになったのは、柳誠弦が全て証言したからだ。


 彼は燈惺を庇い矢が深く刺さっていたが、急所は外れていた。桃蘭が応急手当を施してくれたおかげで、命はとりとめていた。


 皇守衛第一指揮官の大罪に、皇守衛達内部に大きなどよめきが走った。


 彼は星華の両親を手にかけ、菫麗の多くの罪に関与していた。大罪ではあるが、このままでは闇に葬られるであろう菫麗の罪を包み隠さず証言したため、王宮にはびこっていた悪を一掃することができた。


 その功労もあり、牢の生活ではありながら、最低限の食事と生活は保たれている。


 あれから、燈惺が誠弦に会いに行くことはなかった。これからも会うことは決してないだろう。

 

「変化ばかりが起きた。星華が目覚めたら、目をまんまるしながら騒ぎそうね」


 全ての苦労を味わった深みのある声だった。あの事件から随分大人びた桃蘭は、眠っている星華を慈しむように見つめ、くすりと笑った。


「桃蘭が大巫女になったと聞いたら、喜ぶだろう」


 神殿はもはや国のためではなく、王妃のために存在していた。


 桃蘭の師匠である前々大巫女は、王妃の干渉を遠ざけ、政治に利用されぬように神殿を守っていたが、弟子の前大巫女の裏切りにより、汚名を着せられ不遇の死を遂げた。


 前大巫女が龍涙の力を持つものを探し、清心へと力を渡していたのだ。


 彼女なりの信念があり、王妃に仕えていたのだろうと桃蘭は言った。本当の悪人なら、桃蘭のこともすぐに殺していただろうと。菫麗は桃蘭の存在を疎んでいたが、前大巫女が庇い続けていたらしい。


 桃蘭の頭が可笑しくなった演技に気づきながら、彼女に騙されているふりをし続けた。そこにどんな想いがあったか知っているのは、桃蘭と前大巫女だけだ。


 あの後、前大巫女は牢に入れられ、薄暗い牢の中で生を終えた。


 彼女は命乞いもせず、自ら命を絶つこともせず、淡々とした様子で牢ですごしていたが、兵が気づいた時にはこと切れていた。


 自害ではないということだった。彼女にも龍夢の力があったため、自分の命が尽きる時もわかっていたのかもしれない。


 大巫女の罪により廃止に追いこまれた神殿だが、桃蘭が大巫女を継ぐことにより、神殿は守られている。


 あまりの若さと今までの演技のこともあり反対が多かったが、今は見事な手腕で神と国に忠実で清らかな神殿を守り通している。


「燈惺と、陛下の関係を知った方が驚くんじゃないの?」


「きっと笑うんだろう。星華…、陛下の戴冠式(たいかんしき)は無事に終わった。きっと星華に一番見てほしかっただろう」


 前王は、王妃の悪事が分かった後、元々悪くしていた体調を悪化させた。もう寝台から立つことも難しくなり、新しい王を立てることになった。前王は迷わず、翔貴を新王に指名した。


 王妃の事件も公では翔貴の功績となっているため、臣下達も反論するものはほとんど現れなかった。


 ただ、当の本人がその申し出を頑なに断った。彼の意思は固かったが、周りの説得もあり翔貴は無事に戴冠式を終えた。


 その中で、前王、王弟慧秀(けいしゅう)、翔貴、燈惺だけが知る約束が交わされた。


 翔貴が王座を断ったのは、今後一切妻を(めと)る気がないというためだった。


 その意思は揺るぎなく、前王と慧秀は誰よりもその強い想いを理解していた。前王は、星華が弟の実の娘だということに薄々気づいていたようだ。


 だから、翔貴がどんなに星華を想っていても、星華との結婚を認めるわけにはいかなかった。


 誰とも婚姻を結ばないというのが、翔貴が王座に就く条件だった。


 この国の存続のために王位継承者を作ることは必須だ。


 そのたため翔貴が下した決断は、翔貴がこの今混乱した国を安定させた後、禾妃のもう一人の息子である諒貴(りょうき)に王位を継いでもらうというものだった。


 諒貴は病弱ではあったが成長につれ体調も良くなってきた。諒貴自身もその話を受け入れ、王位継承者として日々学んでいる。


「私は、毎日陛下にこき使われている」


 そして、皇守衛第一指揮官であった柳誠弦の罪により、皇守衛も神殿と同じように存続が怪しくなった。


 確かに王を一番そばで守る皇守衛が大罪を犯していたが、今回の事件は陽惺のような正義感が強い皇守衛がいなければ、王妃の罪は隠されたままだった。


 王の手足となり正義を守る皇守衛は必要だと、新王が臣下達を説き伏せた。


 柳誠弦の代わりに、皇守衛第一指揮官についたのは燈惺だった。


 第一指揮官は、常に王のそばに仕えることになる。


 顔を合わせては星華の取り合いで対立ばかりしていた翔貴と燈惺は、毎日顔を合わせ国のために奔走する日々を送っている。不思議な縁だと思うが、周りが認めるほど国を守るという点では二人の息は合っていた。


「桃蘭には全て見えていたのか…」


 燈惺は星華の動かなくなった手を擦りながら、聞いては行けないとわかっていたが、自然とそう口にしていた。


「未来が見えているのか…同じような質問を星華にされたことがある。確かにあの時見えていた未来はあったが、見事に覆された。龍夢の力も、龍涙の力が関わると絶対の未来ではなくなってしまう」


「だから…前々大巫女は星華を守り続け、桃蘭もその意思を継いだのか…」


 彼女達には、菫麗によりこの国が堕ちていく姿が見えていたのかもしれない。その未来を変えるために、未来を変える可能性を持つ星華を命がけで守り続けてくれた。


 桃蘭はふっと笑みを浮かべ、燈惺へと視線を送った。


「もう一つ、私に見えなかったものがある」


 大きな瞳は真っ直ぐに燈惺を見つめ、一瞬切なげに揺れた。


「私には、人と人の縁も見えてしまう。様々な縁があるが、世の中には絶対に結ばれない縁というものがある。燈惺、貴方と星華の縁もそうだった」


「っ…」


 その言葉は燈惺に重く乗りかかり、言葉が出てこなかった。そんな燈惺の反応を見て、桃蘭は懐かしそうに星華を見つめながら言った。


「それなのに、星奏様は二人は絶対に運命で結ばれていると言ってきかなかった」


「まさか…それが?」


「えぇ、慧秀様が星華と貴方を政略結婚させた理由よ。あの方もうちに秘めて来たけれど、父と名乗ることができない子を深く愛している。私たちが想像できないほどにね。周りにどんなに反対されても、亡き妻との約束を貫き、貴方達を政略結婚させた。あの方なりの大きな賭けだったのでしょう」


 燈惺は熱くなる目頭に、固く目を閉じる。


 あれからも、星華は藍星華として、陵燈惺の妻のまま眠り続けている。


 王弟の唯一の娘だったという事実を知った者は、皆その事実を口にすることけ胸に秘めている。星華が姫であったことは、これからも公にされることは決してないだろう。


 星華には、王宮に囚われることなく自由に生きてほしい。それが前王や、慧秀の願いだった。


 そのため、慧秀は今も星華に会い来ることはなく、燈惺と王宮で顔を会わせても星華の話を交わすことはない。


 その代り、送り主不明で毎日陵家には花が送られる。彼なりの想いの形なのだろう。


 それでも、都では幻の姫がいたという噂が流れ始めた。


 その内容は様々で真相に近いものは語られていない。皆、幻の姫という言葉が魅力的なのだろうと、翔貴は民には自由に語らせている。


「相容れない二人が結婚し、私達が見た通り貴方達は反発しあった。けれどまさか、その後互いに心から愛するようになるとはね。理由はわからないけれど、星華と貴方が重なると私の百発百中の龍夢はいとも簡単に崩される。この私も、幻の姫には敵わないようね」


 桃蘭は星華にそう語りかけ、不思議と星華も眠っているのに微笑んでいるように見えた。

 








 



 夜になり星華は変わらぬ寝顔で、燈惺の隣で眠っている。毎日、雨衣たちが星華の体を綺麗に拭いてくれたあと、燈惺の寝室へと連れてきてくれた。燈惺は寝台に横になり、仰向けになっている星華を見つめる。


 こうして広い寝台で二人で寝るのも、もう慣れたが眠りにつく瞬間だけは慣れない。


 燈惺が眠っている間に、星華の息が止まってしまわないか。どこかに行ってしまっていないか。言葉にできない恐怖で毎日眠りにつくことが怖いが、不眠が続くと人間は睡魔には勝てない。


 その日も長く星華の顔を見つめていたが、気が付くと朝になっていた。


 重い瞼を開ける瞬間、様々な意味で高鳴る鼓動を抑えることができない。


 すぐに目を開け隣の星華を確認した。今日も美しい寝顔でそばにいてくれていることに、ほっと息をつく。耳を傾けると、彼女の小さな息遣いが聞こえる。星華が必死に生きているという証だ。


 星華が目覚めていないという落胆と、星華が生きてくれているという安堵が今日も交じり合う。


 燈惺は王宮へ上がり、王の部屋である龍王殿へと向かった。


「星華の様子は?」


 翔貴の第一声はいつもこれだ。政務机で報告書を眺めていた手を止め、その端整な顔を上げた。


 龍の王冠が良く似合っている。翔貴は、国費を無駄遣いできないと、衣などは豪華さより簡素で質がいいものを身につけている。


 今は菫麗の残した横領や不正の後始末と、その影響で苦しくなった民の生活を良くするために日々政務に励んでいる。若き王のため政敵は多いが、民からは慕われている。


「星華は、今日も可愛らしい寝顔です」


「何よりだ。明日でも、暇を作って会いに行こう」


「また、王宮を抜け出すのですか?」


 燈惺はあからさまに嫌そうな顔をした。翔貴は燈惺も敬うほどの働きぶりだが、抜け出し癖だけが悩みの種だ。もちろん抜け出しては、星華に会いに来ている。


「時には会わせてくれてもいいだろう」


「長らく会っていないような言い方ですが、三日前も会ったばかりです」


「お前は毎日会っているだろう」


「星華は私の妻ですよ」


「私は星華の唯一の肉親のような存在だと、お前も言っていただろう。そんな態度取っていいのか」


 王にこんな不遜な態度をとることは許されないが、星華のことになると燈惺も譲れない。


 二人が睨みあっていると、そばにいた苑志がまた始まったと呆れながら咳払いをした。その後ろには、頭を抱えている玄士もいる。


「…そろそそ、今日の勤めのお話をよろしいでしょうか」


 毎日、王殿の一日はこうして始まっていた。









 その日は、特に星空が綺麗な夜だった。


 星華と出会うまでは兄の死に(とら)われ、ただ前だけを見据えていた。こうして肩の力を抜き、夜空を見上げることなどなかった。


 燈惺は夜空の美しさに目を細めた。


 真っ暗な闇の中、小さな星々が連なり幻想的な美しさだ。星華なら、綺麗だと万弁の笑みを浮かべ飛び跳ねそうだ。そう思うだけで、ふと笑みが零れる。


 早く彼女に会いたくて、屋敷へ足を速めた。


 屋敷に帰った途端、雨衣が血相を変えて走ってきた。ただごとではないとすぐに分かった。


「燈惺様…、星華様がいません!」


 泣き崩れた雨衣を蓮承が支えている。


 燈惺は勢いよく走りだし、寝室の部屋を荒々しく開けた。もうこの時間なら、雨衣たちが星華達を寝台に寝かせてくれている時間だ。寝台の上には誰もいなかった。


「兄上…寝台へ寝かしつけたのに、戻った時には…星華の姿がなくて…」


 寝室では睡月が茫然と立ち尽くしていた。他の使用人たちが庭に出て星華を探している声が聞こえくる。


 燈惺は扉に手を置いたまま、大きく息を吐く。そして、皆の声を聞かずある所へ向かった。


 両親たちが隠れて愛を育んでいた秘密の庭への扉を勢いよく開いた。


 祈る気持ちで扉を開いたが、誰もいなかった。庭園は真っ暗なままで、夜空の星だけが美しく映えている。冷たい風が頬を切るようだった。


「星華…どこに…」


 今まで平然としているように見せていたが、燈惺は毎日限界の所で心を持たせていた。下を向かないと決めたのに、もう顔を上げる力もない。


 崩れ落ちそうになった時、扉が弱々しく開いた。


「……燈惺」


 ずっと眠っていたせいか、その声は儚く今にも消えてしまいそうだったが、燈惺の耳にはその心地よい声がはっきりと聞こえた。彼女は変わらない笑顔で笑ったあと、今にも泣きだしそうに顔を崩した。


 体が弱っているため、扉に掴まり必死に体を支えている。


「…貴方に会いたくて…探していたら行き違いになってしまったみたい…やっと…会えた」


 燈惺は息をするのも忘れ、星華を見つめていた。


 毎日雨衣により梳かされた髪はなめらかに(なび)き、その白雪のような肌はますます暗闇の中ますます目立っている。そして、長い間眠り続けていても、その大きな瞳は星に負けないほどの輝きを放っている。


 燈惺の全てを照らしてくれる星のような瞳は、何も変わっていない。


 全てが燈惺の心をとらえて離さない。


「約束…遅くなってごめんね。燈惺…待ってくれて…ありがとう」


 星華は燈惺に向かって飛び出した。寝たきりで弱くなった足を引きずっていたが、すぐにもつれ倒れそうになる。燈惺は慌ててその体を支え、強く強く抱きしめた。


 壊れてしまうのではないかと思うほどの力で星華を抱きしめていた燈惺は、はっとしたように一度その体を離す。


 星華は顔を上げて、涙を流しながら嬉しそうに微笑んだ。その笑顔は、星よりも眩しい。ずっと求めていた燈惺の星だ。


「目覚めたら…ずっと言いたかったの。燈惺…貴方が大好きよ!」


 今にも倒れそうな体でそう叫ぶと、星華は愛おしそうに燈惺の腕にまた飛び込んできた。しっかりと抱き止める。


 背中へ回された星華の手は、弱い力で必死に燈惺の背中を掴んでいた。


「……星華っ…!」


 それがあまりにも愛しくて嬉しくて、燈惺はもう零れる涙を堪えることができなかった。





 


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