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大陸送り

2022年11月現在、この作品の(魔族の学園)の章以前の部分を書き直しています

 アスタリア王国中心部からほんの少し北東の方に、その辺りの中流貴族が住む屋敷の門と同程度の、そこそこ立派な門が存在する。その門の中にたたずむレンガと鉄で造られた建物は、アスタリア王国立最高裁判所。アスタリア王国にはいくつもの騎士団、警備隊が存在し、王国全体を警備している為、王国で起こる事件など、窃盗や暴行、違法な物品の所持や販売程度のものばかりである。そのような事件は大概、その場での和解や罰則、せいぜい簡易裁判所で片づけられることが多い。


 その為国民の多くは、このたいして使わない癖に無駄にコストと面積だけ大きい税金吸収場を撤回すべきだと思っている。しかし今日は、普段閑散としている裁判所の周辺があまりに騒がしい。

 門内にはあらゆる政治家や騎士団長、国民であればだれでも知っているだろう権力者や役員達が列を成している。門外にはありとあらゆる新聞社の記者たちが、我先だ我先だと言わんばかりに押し寄せる。そんな囃子事が行われているかのような外とは対称に、裁判所内は、人々の呼吸が聞こえるほどに静かだった。


「では、最後に、ロビルガ・ヴォリプス被告……」


 閑静な法廷内に、裁判官の声が響く。


「……」


 被告人の少年は俯き、ただ身を震わせていた。


「最後に何か、伝えたいことは……?」


 裁判官は少年に哀れみの眼差しを向け、静かに少年の動向を見守っている。館内全員が、この少年に、どこか同情していた。


「では、ロビルガ・ヴォリプス17歳。貴方は、誇り高きホールネット家の令嬢、アイラ・ホールネット嬢に対し、婦女暴行の罪を犯したことを正式に認めたことをここに確定致します。したがって、アスタリア国内及び、Ast機関に所属している国全てから、永久追放の罪とします。尚、この罰則はアスタリア王国初代国王である、ノグリッチ・フォン・アスタリア国王陛下直々に下された者であり、この決定を変更することは出来ないものとします」


「……」


 * * *


 魔法。その起源は1500年ほど前までさかのぼる。人類が誕生して8000と少し、当時人類はこの世界の7割ほどを自らの領土としていたらしい。ある時、鉱夫が見知らぬ土地で採掘を行っていた所、奇妙な鉱脈にぶつかったという。その鉱脈に存在する鉱石は、見る角度や光の当て方を変えずとも、色が変わって見えるそうなのだ。

 それを是非見たいと科学者達がこぞってそこに訪れ、大金を支払って鉱石を買い取っていたそうだ。その鉱石を発見してから、炭鉱夫が大富豪と呼ばれるようになったのは数日だという。

 その後鉱石の原料や不思議な力が解明されるのには時間は要らなかった。ありとあらゆる国のあらゆる科学者が、どんどん研究成果を発表していったのだ。あるものは鉱石から火を噴かせることに成功したと、あるものは水を、あるものは風、光、樹木、石……


 他にも、飲み込んだ所体が丈夫になった、物を宙に浮かせることが出来た、老人が若返ったなど、ありとあらゆる成果発表が行われた。その中で正しい論文は「全て」であった。全ての論文が正しかったのだ。そんな御伽噺の様な鉱石のパワーに、皆が惹かれた。そして鉱石の研究はどんどん進んでゆき、やがてその鉱石は魔石と呼ばれるようになった。しかし残念なことに、魔石の力を操る方法は、全く発見されることは無かったのだ。いくらどんなことでも成せる全知全能の神器といえど、それを操れなくては意味がない。科学者たちはこぞって、神になる方法を探した。そして、今、現代人たちが普段何の気なしに使っている魔術が、この出来事から200年後に発見された。


 当時の人類は発見者を神格化し、奉ったそうだ。神の奇跡、と……


 その科学者、神、ヘイシャリタによれば、この世界には謎の力が自然に存在しており、その力こそが、魔石の能力を自在に使うために必要な物である。魔石はその力を多く含んだただの鉱石に過ぎないのだ。


 その謎の力は後に魔力と名付けられ、全人類は、この魔力を操る、魔力を感じる為の訓練をいたるところで行っていたそうだ。こうして人類は、わずかではあるが、自然を思うように操れる力を手に入れた。これを魔法という。


 そうして、悲劇は起こった。


 人々はこの魔力を政治に行使したのだ。その結果、全ての国が例外なく炎に包まれた。魔力を否定し処刑された哲学者がいた。彼は生前こう唱えていたそうだ。「人類は魔力を操っているのではない。魔力に操られているのだ」


 この争いは、魔力の祟りと呼ばれている。しかし、祟りはこれに留まらなかった。


 魔族。現在人類以上に生息しているとされている生物だ。この魔族は、本来自然に沿って循環していた魔力を、人類が私利私欲の為に各地で流れを変えた為に発生したとされている、魔力暴走によって産まれたと言われている。そしてその魔力暴走発生時、周辺に居た生物は、魔力過剰摂取状態によって、遺伝子変異が発生した。


 その変異が人間に発生した際、誕生したのが魔族である。そしてもう一つ、生物が誕生した。人間以外の生物が変異した生物、魔物。魔族と魔物の誕生は、人類を半減どころか、ほぼ全滅まで追いやった。人類が暮らしていた大陸の多くは魔族に支配された。魔族は人間を遥かに超える力を有しており、誰もが迫る人類滅亡に恐怖したという。


 追いつめられたとき、絶望ではなく希望を持ちなさい。この滅亡に立ち向かったいにしえの英雄、カーヒル・ルグッサスの言葉だそうだ。カーヒルは高度な魔力操作技術持っていた。彼女の魔力操作は最早才能だったそうだ。そんな彼女は、魔法より更に強力なものを探していた。魔法で出来ることは、火をおこしたり水を生み出したし、風を操ったり、体を再生させたり身体能力を強化したりと様々だ。様々なことが出来ると言っても、その力は、魔族に対して何の効果もなかった。魔法で炎を出したとしても、魔族の水魔法には敵わなかった。より俊敏に、より怪力になる魔法を使ったところで、魔法を使っていない魔族にこれっぽちも敵わない。


 彼女は考え、ある結論に至った。魔力を自分のものにすればよいのだ。


 魔力は自然から生成されたもので、誰かの為にあるものでは無いし、何かを有利に、何かを不利にするために存在するものでは無い。そこが弱さの根本的な原因であると、彼女は考えたのだ。その結論に至ってから、人類が魔族に打ち勝つまでに、時間はかからなかった。魔術。これが魔法を超えた力を持つものの名称だ。魔術を彼女が生み出した後、魔術開発は一気に進んでいった。魔法は火や水や風を自在に操ったり、自身の健康や体力を増進させる程度だったのが、魔術ではこの魔法の強化は勿論、炎の槍をあちらこちらから生成したり、辺りを闇の空間にしたり、対象物と自身の位置を変更したり、お茶とお菓子を出すなど、上げたらきりがない。こうして魔術を開発した人類は、魔族に敗北することなく、徐々に土地を奪還し、また栄えて行った。しかし、まだ魔族は絶滅したわけではない。


 魔術を使いこなし、現在も存在している魔族を討伐し世界を守る魔術師。僕はこれを目指し、現在、世界一の魔術師学校と呼ばれる、アスタリア学園に通っていた。学校に通うためには莫大な資金が必要だ。僕の家は貧しかったが、僕が死に物狂いで何年も勉強し、実技はダメだったが、筆記で満点を取れた為、ギリギリではあるが、入学が認められ、更に、数年に1度起こるか起こらないか程度の筆記試験満点の快挙を成し遂げた僕は、特別給付金を貰うことも出来た。


 アスタリア学園は世界で1番魔術、学問ともに優れている学校で、貴族や皇族も通っているとんでもない所だ。僕はそこで薔薇色の学園生活を送ることはなく、毎日勉強にあけくれた。魔術師になればそれなりの報酬が出るし、魔族が絶滅しない限り、食いっぱぐれることは無い。親孝行が出来て世界を護れる。そんなことを夢みながら、僕は努力していた。のに……


「どうして……? 全然ダメだ……!」


 僕の努力が報われる事はなく、全く魔法が使えずにいた。どうやら僕は魔力適性が弱いらしく、周囲と比べれてとんでもなく劣っていた。僕は入学してすぐいじめられるようになった。毎日のようにクラスメイトから罵詈雑言を浴びせられ、嫌がらせを受けていた。


 相変わらず、彼女には心配をかけてばっかりだ。


「大丈夫……? 今日も酷かったね……」


 僕のクラスメイトで、周囲からは聖女と呼ばれている彼女、リーフェは違った、僕の事を気にかけてくれていて、そして、僕に唯一、仲良くしてくれた。僕の事を哀れんでそう接してくれているのではないと、僕はなんとなく理解していた。彼女の笑顔には、彼女の言葉には、勇気を貰えた気がした。


「ありがとう。僕は大丈夫。慣れっこだし、あれくらいじゃ、へこたれたりしないよ」


「そう……でも、私はあんな目に合ってるロビー君を見ているの、私は嫌……」


 彼女は僕の事をロビーと呼んでいた、彼女は舌ったらずの用で、僕の名前が呼びにくいらしかった。


「まあ、しょうがないよ。実際、毎回僕が実践で足手まといになって、他の人に迷惑かけてるし……僕が逆の立場だったら、きっと同じことしちゃうかも……」


 正直、僕が退学にされていないだけマシだった。こんな劣等生の僕が、学校で授業を受けさせてもらえているだけ、マシだった。教授からは毎日嫌味を言われ、学長には哀れみの目を向けられ……それで済んでいるだけ良い……そう思うようにしていた。


「ロビー君は絶対にそんなことしない! あんまり自分の事を悪く言わないで……」


「あはは、ごめん。こんなんだから、魔法も使えないのかもね」


「だからやめてって!」


 こうやって彼女と他愛もない話をしながら家路を辿ることが、僕がこの生活に耐えられている要因かもしれない。そんなことを考えていると、いつもの場所が、もうすぐやってくる。


「それじゃあ、また明日」


「うん。ありがとう。また明日」


 僕と彼女はお互い自分の家の方へと歩いて行った。彼女はこの大通りを左へ。僕は真っ直ぐ。放課後、何もない日はいつもこうして彼女と帰っている。そしてこの大通りで別れる。それを毎日繰り返していた。しかし、今日はいつもと少し違った。


「ありがとう……」


 僕は、彼女にと普段から感謝していた。こんな僕を慕ってくれていて、勇気づけてくれる。そのおかげで僕はこうして逃げずにこの生活に立ち向かえる。しかし思えば、彼女にまだ一度も、ありがとうと感謝を伝えていなかった気がする。


「今度、何かお礼にプレゼントでも…… いや、それは気持ち悪いかな…… さて、今日も勉強しなきゃ」


 僕は走る。早く魔術師になって、僕を田舎の村からアスタリア王国に留学させてくれた母さんと父さんに立派になったところを見てもらうんだ。その為に、もっと学ばなければならない。そんな事を考えながら、僕は走る。早く帰って今日の授業の復習をしなくては。


「ちょっと……! やめてください!」


 大通りをしばらく行くと、路地が至る所に点在する場所がある。そのうちの一本、細い路地の奥から、聞き覚えのある少女の声が聞こえた。その声に僕は委縮してしまう。あの声は、僕にとってのある合図だ。これから、嫌なことが起こる合図。アイラ。僕のクラスを完全に支配している彼女は、父母ともに優秀な魔術師らしく、彼女の魔力適性とセンスで、入学当初から天才と、学園中が期待しているらしい。彼女は、自分とは真逆の存在である僕をとても嫌っていた。魔力適性もない、努力しても全く成長しない僕と同じクラスであることが嫌だったらしい。僕がいじめを受けるようになった原因である。しかし、何故、そんな彼女が、何て言った?


「たすけなきゃ……」


 この辺りではよく女性が襲われる事件が起こっている。もし今、本当にそれが目の前で起ころうとしているならば、被害者がたとえあまり良い関係ではないアイラであろうと、無視するわけにはいかない。無能だ劣等生だの言われている僕でも、この位は出来なければ、ただのヘタレになってしまう。それに、もしこれで助けられれば、今後は少しはこの生活が改善されるかもしれないと思ったのだ。辞めておけばよかったのに。


 僕は声がする方へと走る。これが勘違いや聞き間違いであってくれと思っていたが、内心、本当であって欲しいとも願っていた。認めてほしかった。僕は無能ではないと、周囲に認めてほしかった。痴漢から女性を守れるくらいはできるんだぞと、カッコつけたかった。そんなことを考えているうちに、見えてきた。大きな人影が、小さな人影を囲っている。人数は三人。アイラを含めて四人。


「何をやってるんですか!」


 僕の思った通りだった。服をびりびりに破かれ、ほぼ裸にさせられているアイラ、その小さな腕をつかむ大きな手。その手の持ち主はガタイの良い男。その男の取り巻き? の二人がアイラの鞄の中を漁っていた。魔術は人間が魔族に対抗するために開発されたものだ。人間を傷つけるものでは無い。傷つけようにも最近は服などの身に着ける物に魔力耐性が付いていたり、逆に装着していると魔法や魔術で人間を攻撃出来ないように強制的に打ち消されてしまう物もある。僕も着用しているこの制服がそうだ。それに、こんな狭い所で魔法を使ってしまっては、自身の身も危ないし、周囲にかなり悪影響を及ぼしかねない。だからこそ、天才と呼ばれている彼女でさえも、この状況では、ただの非力な女の子になってしまう。対して力もない彼女は、されるがままになるしかないのだ。


「ん? どうした? あんちゃん。とっとと失せな」


 ガタイの良い男は慣れた様子で僕にそう言う。僕の方へ目をやることもなく、アイラの体を舐めまわすように見回していた。この態度は確実に馬鹿にされている。少しイラっとしてしまったが、冷静に……


「おい。とっととやめろよ」


 なったつもりだったが、どうやら全く怒りを鎮められていないようだった。しかし、もうそれを後悔しても遅い。


「うがっ……」


 男たちから返ってきたのは言葉ではなく拳だった。あまりに一瞬の出来事に反応しきれなかった僕はその拳を腹部に思い切り受けてしまう。殴られてから一秒程経過し、一気に吐き気と痛みが込み上げてきた。


「……早くやめろよ、クズが……」


 怒りから出た言葉ではない。しっかり考えたうえでの挑発だ。この挑発にこの三人が乗ってくれれば、その間、アイラが辱めを受けることは無い。微力ではあるが、これで時間稼ぎをすることにした。幸いにも、運動神経はそこそこある。先ほどは急だった為、モロに食らってしまったが、次はそうはいかない。


「ふう……ふう……」


 腹痛を堪えながら、予想通り飛んできた拳を避ける。絶対に手を出してはいけない。手を出してしまえば自分だって悪になってしまうし、なにより、僕の力で、あの体にダメージを負わせられるかどうかわからない。むやみに攻撃して反撃を喰らうのであれば、ずっと守りに徹していた方が時間は稼げる。幸い、取り巻き二人はアイラを逃がさないように抑えることと、アイラの鞄を漁ることに徹底しているらしく、数で押されることは無い。


「おい……ちょっと待てよ!」 


 取り巻きが急に声を荒げる。それに僕と男は動きを止め、取り巻きの方へと顔を向けた。取り巻きが小さい紙を持っている。


「どうした?」


 取り巻きはそれを見て震えている。何かがおかしい。そう思った男は僕をすっぽかして取り巻きの方へと歩いて行った。そして取り巻きが持っている紙を見た途端、顔を青くした。


「こいつ……名家の!」


 その紙はアイラの学生証だった。その瞬間。


「おい、そこで何してる!」


 誰かがこちらに気づいたらしく、こちらに向かってくる。


「やべえっ! おらガキ! やるよ! じゃあな!」


 男はそう言うと、僕にアイラを投げ飛ばす。「ひゃあ!」とアイラの声。なんとかアイラを受け止める。アイラの小さい臀部が僕の太ももに触れる。しかし、そんな事を考えている場合ではない。まずはアイラがけがをしていないか確認しなくてはいけない。


「だ、だいじょう……」


「放して! 汚い!」


 僕の言葉をかき消すように、アイラの声が路地に響く。「助けたのにそれはないだろう」僕がそう言おうとした瞬間に、僕の肩を誰かが思い切り掴んできた。


「おい、何をしている!」


 警備兵だった。良かった。幸いにも先程の男達の特徴は覚えている。


「あ、よかった。さっき……」


「お前! こんなことしてどうなるか分かっているのか!」


 理解が遅かった。完全に遅かった。この状況を先程までの出来事を知らない他人が見たならどう思うか。答えは簡単だ。僕がこの女の子を襲っている。そう思うだろう。


「いや! 違うんです! 三人組が……三人が、その……」


 完全に思考がぐちゃぐちゃになっていた。捕まる。頭にはその言葉しか浮かばなかった。先ほどの事を説明しようにも、もう情報を整理できるほど、僕の頭はまわっていなかった。完全に停止していた。しかし、そこで僕は思った。そうだ、ここには被害者本人がいる。本人が説明してくれるだろう。そんなことを考えていると、アイラが口を開いた。


「……この人に、襲われ……ました」


 * * *


 そのあと、何が起こったか覚えていない。目が覚めた時、僕は暗く狭い石造りの部屋の中だった。頭が痛い、殴られたのだろうか?


「ここは……」


 僕の頭の中に、先程の事が思い出される。僕がどうしてこんな目にあっているのか、わからない。僕はただ、人を助けようとしただけなのに。いや、本当にそうだろうか。もしかすると、これは僕の下心を見透かした神様が仕組んだものなのか。いや、違う。


「あの女のせいだ」


 アイツの顔が浮かぶ。声が聞こえる。僕の中で思い出されるアイツの言葉は全て罵倒だった。死んでしまえ。近づくな。そんな言葉がどんどん浮かんでくる。その時、ゴンッと大きな音が聞こえた。


「……あれ?」


 僕は無意識に、壁を殴っていた。石の固い壁、こんなもの、素手で壊せるのは岩のような体を持った屈強な男だけだろう。


「いっ……!」


 右手に激痛が走る、当たり前だ。僕程度の力でこの壁を殴ったら、僕の方が壊れるだろう。僕の拳と手首が紫色に染まっていく。骨折している。痛い。何で僕がこんな目に。


「なんで……なんで……」


 僕は田舎の農家の家の生まれだ。辛い事はここに暮らす人より経験していると思う。なので、怪我程度では涙を流すことは無い。なのに。そのはずなのに、涙が出てきた。暗い部屋で、僕は泣いた。悲しみと怒りが、僕の脳内でかき混ぜられる、吐き気がする。どうして僕が。どうして。今までいろんな仕打ちを受けてきたけれど、それでも父と母の事や、今自分が夢を追いかけられているということを思うと、幸せだった。そんな幸せが。どんどん崩れていくのを感じる。頭の中が完全にぐちゃぐちゃになる。めまいがする。そのまま僕は冷たい床に倒れこむ。


「おい」


 部屋の外から声が聞こえる。誰なのかはわからない。男だということしか。


「刑の執行命令が下された。今扉を開ける。不自然な動きをしたら殺す。いいな?」


 部屋の扉が開く。光が眩しい。


「何してる。立て」


「……」


「ほら立て!」


 僕は無理やり手を引っ張られ、そのまま引きずられていく。幸いけがをした方ではなかった。しかし、今の僕にはそんなことはどうでも良い。判決。判決とはなんだ。


「……僕は何もしてません」


 無実だと信じてもらえたのかもしれない。そんな希望を、僕は見出してしまった。しかし、現実は僕を更に闇へ落とす。


「本当にやっていないならこんな判決にはならなかっただろうな」


「……追放って、魔物が住む森に放り出されるんですか」


 無意識的に言葉が漏れていた。男の顔は見えなかったので、男がどんな顔をしているか分からないが、男の声は震えていた。


「それより辛いぞ」


「じゃあ助けてくださいよ」


 もうすべてがどうでも良かった。プライドなんてなかった。とにかく、この底辺の地獄から抜け出したい。そう思った。僕は男の方へと顔を向ける。男は全身に鎧を着けていた。その鎧を見て、僕の頭に電撃のような衝撃が走る。この甲冑は、国の護衛。とんでもない罪を犯した者は、この国では、罪のレベルによって、罪人を裁く機関が異なる。痴漢のような罪は地域ごとに専属で居る騎士団が。そして殺人や上級国民と呼ばれる高い地位にいる人物に危害を加えた場合は国が直々に、という感じだ。そして、国が動いた際、大抵は死刑、さらにひどい場合は……


「お前が放り出されるのはコントリア大陸だ」


 人類は一度滅亡しかけたが、1500年間、様々な技術を用いてそれを回避してきた。それでも世界にはまだまだ魔族に占領された土地が沢山あった、今僕達人類が住んでいるホーボル大陸のみ、何とか人間のものに出来てはいるが、完全に奪還出来ていない。


 現在もなお、ホボール大陸では魔族と人類の死闘が続けられているらしい。魔族は、人間をとらえた後、人間に近い感性や知能を持った魔族に変異させ、その後ホボール大陸へよ送り込み、人間らしさを出汁に、人間を襲わせたり、新たな人間を捕獲するといった話を聞いたことがある。実際、何十年か前に、魔物の様な生物の死体を解剖したところ、人間の遺伝子が発見されたことがあるらしい。まさに、生き地獄を味わうことになる。


「今回は国王陛下直々に下ったものだ。もうどうしようと罪は軽くならない」


 騎士はそう言って、何も言わなくなった。僕が何を言おうと、反応することは無かった。僕は死んだのだ


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