第90話 新米貴族は錯綜する
怒りに駆られたオレはエリスに向かって突進する。
大地を踏み砕きながら距離を詰めていく。
異常な状況だが、やることは一つだった。
クソッタレな別人格を力の限り叩きのめすだけである。
相手はあのエリスだ。
一般の兵士にも劣る戦闘能力しか持っていない。
本人なりに鍛練していたが、まるで強くなっていなかったのは知っている。
こんなことになったのは予想外だが、別に焦らなくていい。
細かいことを考えるのは、もう後回しでいい。
丹念に痛め付けて、そして殺す。
これだけ表立って邪魔されたのだから権利はあるだろう。
「死ね」
エリスを間合いに捉えたオレは鉈を横薙ぎに振るう。
奴の首を刎ねるはずだった鉈はしかし、空気だけを切った。
屈んだエリスに躱されたのだ。
エリスが、オレの、攻撃を、躱した。
なぜ。
さらにエリスは宙返りをして後方へ跳んだ。
その際、爪先でオレの顎を蹴り上げる。
「……っ」
衝撃で脳が揺さぶられるもオレは倒れない。
首を軽く振って不快感を飛ばす。
エリスは少し先に着地して再び身構えた。
緊張した顔つきだが、ある種の落ち着きを持っている。
今のやり取りを当然とでも思っているのか。
(こいつ……どういうことだ)
不可解な動きであった。
エリスがあんな反応をできるはずがない。
鉈を見切るだけでもありえないのに、反撃まで当ててきやがった。
もう、あいつの生首が転がっている頃だ。
どうして死んでいないのか。
オレが仕留め損ねたのか。
なぜ殺せていないのか。クズ野郎が。
無言のオレを見て何を考えたのか、エリスが発言する。
「僕は狂戦士の影響を受けているようだ」
その言葉ですべてを察する。
オレとエリスの境界が曖昧になり、様々な支障が生じてきた。
ついに能力までもが共有され始めているようだ。
オレの身体能力と戦闘経験がエリスを強くしているらしい。
たぶんそういうことだろう。
逆にあいつの影響も受けているのか。
だとすればさすがに笑えない。
臆病者になるのは嫌だ。
弱さなんて必要ない。
だからあいつを抽出して追い出したのではなかったか。
よく憶えていない。
違ったかもしれないが、今はどうでもよかった。
(クソみたいに厄介な野郎だ)
オレは悪態を吐きたい気分になった。
その時、エリスがこちらの動きを注視しながら懐を探る。
奴が取り出したのは、鉄仮面だった。
真新しい血が付着して、口元がめくれている。
それを折り曲げて直したエリスは、ゆっくりと仮面を装着した。




