第87話 新米貴族は思わぬ妨害を受ける
オレは呆然とするランクレイを見やる。
彼女は情けなく尻餅をついたまま動かない。
露呈した恐怖は治まる気配を見せず、それどころか悪化する始末だった。
オレは自分の中で殺気が膨らむのを自覚するが、それを懸命に抑えながら声を発する。
「おい」
「……何」
「被り直せよ」
オレはランクレイの足下を指差す。
血だらけになった鉄仮面が転がっていた。
口の辺りがめくれ上がっている。
殺戮の歴史が染み込んだある種の呪具。
「嫌」
ランクレイが言った。
引き攣った顔だ。
嫌悪感に満ちた眼差しでオレを見ている。
そのことに殺意が煮え滾る。
踏み出しそうになった寸前で耐えて、オレはさらに尋ねた。
「もう、終わりなのか」
「勝てないわ。これだけ手を尽くしたのに、まだ遠い」
ランクレイは絶望に浸った声で呟く。
そこには生への執着が感じられなかった。
何もかもを諦めている。
自らの全力を超えても、まだオレには届かなかった。
その事実を理解し、まだ決着していない決闘を放棄したのだ。
ランクレイはいきなり大の字になって寝転がると、乾いた笑いを発し始めた。
「あーあ。つまらない」
「狂ったふりをしやがって。仮面がないと戦えないのかよ」
「うるさい。黙れ」
起き上がったランクレイが低い声で言う。
その目付きには例えようもない怒りが込められていた。
こちらを呪い殺さんばかりの勢いで睨み付けてきている。
エリスと初対面した時のような上品さは皆無だ。
取り繕うだけの余裕がないらしい。
「あなたには理解できない。闘争だけに身を置いてきた狂戦士には」
ランクレイは吐き捨てるように述べる。
そこにはもう、価値など無かった。
あれだけオレを歓喜させた存在は、あっけなく砕け散った。
下らない考えを持って自壊したのだ。
オレは深くため息を洩らした。
そして、鉈を片手にランクレイへと近付いていく。
こちらの動きに気付きながらも彼女は反応しない。
既に自らの死すら興味がないようだった。
オレは最大限の侮蔑を以てランクレイに告げる。
「お前には失望した。あっけないが、ここで死にやがれ」
「駄目だ!」
切迫した声が発せられた。
オレは無視して鉈を振り下ろす。
切っ先はランクレイに触れる寸前で停止していた。
いや、小刻みに震えている。
オレがどれだけ力を込めても進まない。
まるで反対側から同じ力で押し返されているかのような感覚だった。




