第86話 新米貴族は死力を尽くす
渾身の力でサーベルを振り下ろす。
ランクレイは身を捻るも、刃は彼女の片目を切り裂いた。
さらに鎖骨を粉砕し、脇腹へと抜けていく。
ぞぶりと血が溢れ出すのが見えた。
斬撃は内臓まで達しているだろう。
ランクレイが怯まずに蹴りを繰り出してきた。
高速の二段蹴りだ。
オレはサーベルで遮ろうとするも、あっけなく真っ二つにされてしまった。
蹴りはオレの顎を爆散させて側頭部を抉る。
ぐらつく視界の中、追撃を目論む鉄仮面が動いていた。
派手な踵落としが頭上から打ち下ろされる。
「これっぽっちか?」
オレはランクレイの足首を掴むと、振り回した末に地面へと叩き付けた。
地面が大爆発して、彼女の身体が半ば以上埋まり込む。
そこから跳ね起きたランクレイは、折れた腕を伸ばして手刀を放った。
「ほはぁっ!」
オレは首の前面を切られながら飛び退く。
折れてしまったサーベルを捨てて、腰の鉈を握った。
垂れてきた涎を手の甲で拭う。
ランクレイも砂を払いながら立ち上がった。
しかし、身体は前のめり気味であちこちから血を流している。
歪んだ鉄仮面の隙間から歓喜の笑みが覗く。
負傷とは裏腹に満喫しているようだ。
(立派な狂戦士だな。ここまでの奴は初めてかもしれない)
オレとランクレイは壮絶な殺し合いを繰り広げていた。
かなり長い時間が経っている気がするが、実際はどうか分からない。
戦いに夢中になったあまり、時間感覚はとっくに狂い果てていた。
再生能力を持つ者同士が殺し合っているのだから、決着が長引くのは当然のことだろう。
観客は大いに盛り上がっていた。
見世物になるのは不快だが、それすら気にならないほどに楽しい。
「……っ」
ランクレイが片膝をついて吐血した。
静かに体勢を直すも、傷の治りが当初より遅い。
綺麗になった皮膚が剥がれそうになっている。
互いの実力には明確な差があった。
ランクレイは徐々に消耗している。
単純な話、再生能力に限界が訪れつつあるのだ。
いくら相乗効果で強くなったとは言え、それは紛い物に過ぎない。
本来の実力ではなく、いずれ尽きるものである。
とは言え、遠慮するつもりはなかった。
ここで力を抜くのは侮辱だろう。
オレは大地を駆けて、身構えるランクレイに襲いかかった。
鉈の一撃に対し、彼女は回避を選択する。
通過する刃の側面に肘打ちを当てようとしてきた。
(武器破壊か)
オレは鉈を動かして肘打ちを弾くと、ランクレイの腕を掴んだ。
その腕に鉈を叩き下ろす。
鈍い音がして刃がめり込む。
半ばまで切断された腕は、骨が割れて靭帯をぷらぷらと揺らす。
オレは腕を掴んだままランクレイを蹴り飛ばす。
その弾みで腕が完全に千切れた。
ランクレイは情けない動きで転ぶ。
「キニャハァッ!」
甲高い声でランクレイが叫ぶ。
腕を取り返そうとしてきたので顔面を殴り付けた。
「ぅあ」
ランクレイが尻餅をつく。
大きくへこんだ鉄仮面が軋んで外れた。
固定するためのベルトが緩んだのだ。
ランクレイの素顔が露わになる。
全体的に血みどろで鼻が潰れていた。
右目が大きく腫れており、辛うじて開いた左目は充血し切っている。
瞳だけが白濁していた。
果たして視力は残されているのか。
切れた唇は半開きだ。
時折、粘質な血がこぼれ出している。
ランクレイの白濁した片目をオレに向ける。
無気力な色に、じわじわと恐怖が滲み出していた。




