第85話 新米貴族は決闘を満喫する
腹部に衝撃を受ける。
見ればランクレイの拳が貫通していた。
肘の辺りまで埋まり込んでいる。
血肉を抉る音が鳴った。
「へぇ、やるじゃねぇか」
オレは素直に感心する。
恐ろしい速度と破壊力だ。
とても素手による攻撃とは思えない。
素の身体強化がよほど優秀でなければ、ここまでの結果には繋がらないだろう。
ランクレイは真性の天才だったらしい。
しかも才能を努力によってさらなる領域へと昇華させている。
それについては認めざるを得ない。
この女は、英雄と呼ばれるに足る実力者だ。
オレは腹を貫く腕を掴んで固定した。
ランクレイが引き抜こうとするも決して離さない。
サーベルを振り上げて、ランクレイの胸から喉を斜めに縦断する。
貴族服が裂けて浅く切れた喉が血を噴いた。
それがオレの顔にかかって視界を赤く染める。
さらにサーベルを握った手でランクレイの喉を殴り付けた。
拳がめり込んで内部を粉砕する感触が走る。
その甘美な瞬間に脳髄が刺激された。
鼻腔に蔓延する血の臭いが、この死闘の実感を強めてくる。
オレに殴られたランクレイが地面を跳ねて飛んだ。
彼女の身体は壁に激突して土煙を舞わせる。
何か硬い物が割れて崩れる音がした。
あまりの衝撃に壁が耐え切れなかったのだろう。
「ふう、今のは良い一撃だった」
オレは腹部を撫でる。
血みどろの穴から潰れた内臓と骨の破片が見えていた。
断面が蠢いて再生を始めている。
今のままでも支障はないし、すぐに塞がるだろう。
戦闘面でまったく問題なかった。
オレはランクレイが吹き飛んだ先に注目する。
常人なら死んでいるだろうが、あいつはオレの力を部分的に手に入れていた。
そう簡単にはくたばりやしない。
むしろ張り切っている頃ではないか。
狂戦士の本領とは、自らが傷付いて死を予感し始めた時だ。
土煙が晴れると、倒れるランクレイが視えた。
瓦礫に埋もれる彼女の首は、前後が逆に捩れている。
四肢もひん曲がって、左手に至っては千切れかけている。
壁に激突した衝撃でそうなったのか。
外部からの攻撃には強いが、自分から当たりに行った場合は脆い。
彼女の身体強化はそういう性質らしい。
思わぬ収穫である。
オレはサーベルを確認する。
刃先が割れている。
無理な扱いをしたせいだ。
あと何度か同じことをすれば、根元から折れそうだった。
その時は腰に吊るした鉈に持ち替えようと思う。
オレが武器の点検をする一方、ランクレイが立ち上がった。
両脚が折れてるので傾いた姿勢だ。
それが徐々に正常な角度へと修正されていく。
不気味な音を立てながら四肢が再生しているのだった。
最後に頭を掴む、捻って回転させる。
鉄仮面を被った顔がこちらを向いた。
鉄仮面が変形して、めくれ上がって口元が露出している。
血だらけの口は、無邪気な笑みを浮かべていた。
「いい顔だ。惚れちまいそうだぜ」
オレは笑いを返すと、歓喜のままに突進する。




