第10話 新米貴族は宣言する
(よりによって領主に任命か……)
僕は子爵と同じく険しい顔になる。
悪い報せであるのは察していたが、これは予想外の展開だ。
守護担当とは、つまり領主になることである。
本来ならこの上ない栄転と言えよう。
当代限りの名誉男爵から、正式な貴族として認められたようなものだ。
広大な領地を自らの手で運営し、そこから得られる富を自由に使える。
誰もが羨む立場であった。
ただし、僕が任命されたのは此度はロードレス領主だ。
その実態は自殺命令に近い。
左遷よりも遥かに酷い采配だった。
何者かの介入があったのは言うまでもない。
そうでなければ末席の僕が任命されるはずがなかった。
ただ、首謀者に心当たりはない。
(ひょっとすると、レイク殺害の疑いをかけられたのだろうか)
僕の関与を察した何者かが、僕を殺すために策を講じたのかもしれない。
それにしては手段が迂遠すぎる気もする。
僕のような木端貴族なんて簡単に暗殺が可能だ。
わざわざ領主の座を押し付ける理由がない。
(他に目的があるのか?)
考えてみるも、特に思い浮かぶことはない。
僕に嫌がらせをしたところで、何の利益も生み出せないからだ。
果たして誰の陰謀なのだろう。
その狙いはやはり不明瞭であった。
とにかく確かなのは、長らく不在だったロードレス領主に僕が選ばれたことだ。
王命なので逆らうわけにはいかない。
告げられた事実を噛み締めていると、子爵がいきなり頭を下げた。
僕が慌てる間もなく、彼女は暗い顔で発言する。
「すまない。責任は私にある」
子爵の調査によると、此度の任命はランクレイ准伯爵の提案らしい。
辺境の女貴族で知名度は高く、そして子爵と仲が悪いことで有名だった。
何かと子爵を敵視しており、彼女との優劣に執着していた。
子爵は厄介に思っているらしい。
ことあるごとに絡まれて困っているとぼやいていた。
向こうとは違って、競争心はない印象だった。
そんなランクレイ准伯爵が僕を領主に選んだ。
彼女の仕業だと考えた場合、その目的が見えてくる。
僕がロードレス領主になると、様々な問題が生まれる。
まず領主として活動する以上、それに関する手配を徹底しなければならない。
地元の人々による暗殺からも身を守らねばならなくなる。
そうなれば、子爵に力を借りることになるだろう。
僕が頼れるのは彼女しかいない。
子爵なら嫌な顔をせずに支援を実施してくれるはずだ。
ただし、必然的に彼女の負担が増加する。
これこそが准伯爵の狙いなのだと思う。
間接的に子爵を困らせることで、彼女を貴族社会から失脚させたいのだ。
卑劣だが賢い策だった。
現在、レイクの死という異例事態が発生している。
そのどさくさに紛れて提案を強行させたに違いなかった。
ロードレス領は元から放置されているような土地だ。
そこに名誉男爵を放り込むと言われて、反対する者はいない。
興味すら抱かないだろう。
どうせ短期間で死ぬと思われている。
損得に関係のない事柄において、貴族達の腰は驚くほどに重たかった。
今回の任命は、既に大多数の頭の中から忘却されているだろう。
「数日後には正式に発表されるそうだ。君は領主として現地へ向かうことになる」
「そう、ですか……」
僕は視線を落として思案する。
今後の展開とそれに付随する事柄を予測した。
現状と比べた良し悪しを考察し、そして結論を導き出す。
熟考を経た僕は、心配そうな子爵を見据えて宣言する。
「分かりました。力を尽くします」




