涙
「ついたよ!今日からここが椿の新しいお家だよ!」
椿が座っている方の車の扉を開け彼女の手を取り玄関先まで引っ張っていく。
椿の手は冷たく、私の手を握り返すことをしない。
「大きくて綺麗でしょ!!」『そうね』
「私がパパとママの元にきて10年くらい経ったときに引っ越してきたからまだ綺麗なんだー」『そう』
何を話しかけてもそうとかそうねしかいわない椿。
「はやくお部屋行こう!いつか私のところへ来てくれる人形の為にお洋服をいっぱい作ってあるの!」
ママの希望で私は裁縫ができるようにインプットされていた。簡単な編み物から豪華なドレスまで。生地があれば何でも作れる。
椿と一緒に部屋に入ると私の服が入っているクローゼットとは違うクローゼットを開けた。
そこには色とりどりの服やドレスが詰まっていた。
「これなんかどう?ピンクとブラウンのワンピースだよ!あっでもこっちのオフショルダーのニットワンピの方が似合うかな?それともこっちの……」
『私のサイズに合わなかったらどうするの、それ』
ぼそりと呟いた椿の言葉にぎくりとする。
そうだ。私の身長や体に合わせて作ったからサイズが合わないことだってあり得る。
でも、ちらりと椿を見つめて体つきをみると身長も私とそんなに変わらないし太っているわけでも痩せているわけでもないので大丈夫だろう、強いて言うなら太ももと胸は椿の方がふっくらとしている。
でもやっぱり改めて見ると髪なんかつやつやだし、腕や脚は長いし、肌は綺麗で顔もちっちゃくて可愛いなぁ……。
『…なに?』
私にずっと見つめられていることが嫌なのか椿は不機嫌そうにぼそりと呟いた。
「あ、いや身長も私とそんなに変わらないし、体型も同じくらいだから大丈夫大丈夫!」
取り繕うようにクローゼットに向き直り服を漁ると、一年ほどまえに作ったお気に入りのデザインのワンピースが手に触れた。
ゴシックロリータのような雰囲気の物を作りたくて、全体は黒色で襟もとにリボンを結び腹部をコルセットで締め、袖には大きめのフリルがついている。
私のお気に入りは背中の黒のレース生地だ。うっすらと肌が見えるようになっている少し大人っぽいデザインで気に入っている。
「椿!これ着て!これ!」
服を取り出し椿に広げて見せる。
服を目にした椿の顔から血の気が少し引いていく。
『そんなひらひらしたの似合わないわよ……!』
ひらひらしたのが苦手なのかもしれない。うーんでも着てもらいたい!だって絶対似合うと思うもん!
「いいから着てよ!着せたいの!!ほらこっち来て!」
椿は目を丸くすると溜息をつきこちらに寄ってくる。
『着ればいいんでしょ、着れば』と呟き私の手から服を少し乱暴に取った。
しばらく服を眺めていた椿は『これどうやって着るの?』と尋ねてきた。
「これ着るの難しいんだよね!コルセットとか締めなきゃいけないし!手伝ってあげる!」
『…いい、着方教えてくれたら自分で着るから…』
私が伸ばした手を振り払い少し後ろにさがる。
さっきからこの子、私の言う事ちゃんと聞かないじゃない!!
そう思うと無性に腹が立った。私は椿の頬をパシンと打った。
そんなに強く打ってないけど、まぁ痛みを感じるだろうなっていう強さで叩いた。
椿は私に頬を打たれた勢いで右下に顔を向けている。
「さっきからあなた口答えばっかり!いい?あなたは人形で私はあなたの購入者なの!あなたに選んだり口答えする権利無いの!!」
椿は顔をあげない。
すると
『ひっ…ぐ…ぐす…っ』
肩を上下に動かし短く荒い呼吸をし始める椿。
「なに?どうしたの?なにして……」
椿の肩を掴み顔を上げさせると私は目を疑った。
決して彼女が私を鋭い眼光でにらみつけていたからではない。
椿の目から滴り頬を伝う水滴に驚いたのだ。
「椿?なにこれ?どうしたの?」
椿の頬に触れ水滴をなぞる。指先に生暖かい液体がついた。
椿は相変わらず私を睨みながらも呼吸を整えながら『アンタに叩かれたから泣いてるのよ…』と忌々しげに言い放った。
ナク。
ナク…?
「ねぇ…泣くって何?この液体はなに?」と椿に尋ねると椿は驚いた顔をして『アンタ泣くって知らないの?』と呟いた。
「この水は泣くと出てくるの?」とさらに尋ねると彼女はじっと私の目をみつめゆっくりと目を閉じ『……そうよ』とまたぼそりと呟いた。
目を開けた椿はもう私をみていなかった。
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「泣く?」
学校のお昼の時間、私はアカリに「買った人形が泣いた」ということと「泣くとはなにか」を聞いていた。
アカリは手に持った紙パックジュースのストローを咥えうーんと考えこみ、ズズと中身のなくなる音がすると口を離し
「分かんない」と言った。
「アカリも分かんないのかぁ」
「うん、ウチの人形、あ、美奈っていうんだけど。美奈がそんな状態になったことないなぁ。いつもにこにこして言うこともちゃんと聞くし、良い子なんだよねー」
途中から人形自慢が始まったがどうやらアカリにも泣くというものが分からないらしい。
「だれか知ってる人いないかな」
「あー、シバなら知ってんじゃないかな」
アカリが言ったシバというのはアカリの友人で人間が書いた本をたくさん読んでいるので色々と物知りな男の子だ。
「じゃあ帰りシバくんに聞いてみよう」
「うん、ウチも聞きたい。」
「シバ!シバー!まだいる?」
アカリは隣の隣のクラスの扉を開け顔を突っ込み叫んでいる。
その声に答えるように「はいはい、何?どうしたの?」と男の子の声が聞こえた。
扉から現れる背の高い男の子。彼がシバくんだ。
「なんかミライが聞きたいことあるんだって」そういうとアカリは私を人差し指で示した。
私はその手を掴んでおろしながら「聞きたいことがあって、帰りながら話さない?」と聞いた。
「うん、いいよ。じゃあ帰るか」そういうとシバくんは部屋に戻り荷物を取ってきた。
シバくんをアカリと私の間に歩かせながら椿のことや椿が泣いたということを一通りシバくんに話した。
「で、泣くってどうゆうこと?」
「うーん、そうだね。まずミライの人形、椿が流してた水は涙っていうものだよ」
「「なみだ」」私はアカリが声を揃え単語を繰り返す。
「うん、涙は人の目、涙腺と呼ばれるところから分泌される体液だよ。眼球の表面を保護してくれる役割もあって、目に異物がはいると涙を流して洗い流そうとするよ。それは泣くっていうのかな?ちょっとわかんないや」
「ようするに目からでる体液ってことね」アカリが確認する。
「そうそう、人間は悲しさ、怒り、恐怖とかいった負の感情を抱いたときに涙を流すことがあるんだ。」
昨日、椿が流した涙はなんだったのだろうか………私を睨みつけていたから怒り、かな?
「悲しいなら悲しいってだけでいいのにね!実際私たちはそうじゃん、悲しくても悲しいーってだけで涙は流さないよ!」
「それが人間とロボットの違いだよなぁ。小説とか読んでても主人公が涙を流して悲しんでいる挿絵なんか見ると全身から悲しさがあふれ出てる感じがしてすごいんだよ。」
人間ってよく作られてるなー、ロボットよりいいかもね、そうだなーと談笑を始める二人を横に私は昨日の椿を思い出していた。
赤くなった頬、鋭い眼光、頬を伝っていく涙。
それを思い出していると、言うことを聞かなかった椿が悪いはずなのになんだか私が悪いことをしたように感じてきた。
謝らなきゃ…そう思うとぱっと駆け出した。
「ちょっとミライ!?どうしたのー!?」
「ごめん先帰る!シバくんありがと!!」
後ろを振り返りながら二人に手を振り家まで全力で走った。
「ただいま!椿!椿!!」
ママに帰りの挨拶もそこそこに私は部屋に駆けた。
ドアを開けると、椿はベッドの脇に座り込み頭をベッドにもたれさせて眠っていた。
「椿!ねぇ椿!!」椿の肩を掴み強く揺らすと椿はハッと目を開けた。
『あ、ごめん……寝てて…』
「いいよ!そんなことより昨日は叩いてごめん!」
頭を下げると椿の服が目に入る。
頭を勢いよくあげると、椿を、椿の全身を見る。
椿が身にまとっていたのは昨日私が着てほしいと言った服だった。
ぴったりとした服はやっぱり椿に似合っていた。
「椿!着てくれたんだね!やっぱり似合ってるよ!!」
私は目の前にいるあこがれの人形を目にして興奮していた。
「ちょっと立って!立って立って!」
彼女の腕を掴み立ち上がらせるとふんわりとしたスカートと袖のフリルが柔らかく揺れた。
綺麗な黒い髪が黒いワンピースによく映える。
やっぱり私の勘は当たったのだ。
じーっと椿の格好を見ている私はふと我に返り彼女の顔を見た。
椿は私の顔をぼうっと見つめていた。
「あ、えっと、その、昨日は叩いたりしてごめんなさい…」
ぺこりと頭を下げると頭に椿がふうとついた溜息がかかった。
『いいよ、別に……私はアンタの人形なんだから』とまたぼそりと呟いた。
良かった、ちゃんと理解してくれたみたいだ。
顔をあげ椿の顔を見つめ微笑むと椿は視線を右下にそらした。
私はわざと視界に入り込むように顔を動かすとまた目を見つめてにこりと微笑んだ。
すると椿はぎこちなく目元を緩めぎこちなく口角を上げ笑った。
「笑った…うちにきて初めて笑ったね。」そう言うと椿はまた表情を引き締めて一歩後ろに下がってしまった。
その時私はあることに気付く。
「ねぇ椿、ちょっと後ろ向いてくれる?」
くるりと私に背を向ける椿、……やっぱりな
この服の一番のポイントは背中のレース部分なのに椿の髪は腰まで伸びており、完全に背中が見えない。
背中を見せるには髪を結ぶか切るかしかない。高い位置でツインテールにしたら可愛いかなと思うが他の服を着せることを考えるとあまり凡庸性のある髪型ではないと思った。
私は椿の髪を切ることにした。
「椿!背中のデザイン見えないから明日髪切ろうね!」
すると椿はすごい勢いでこちらを振り返った。目は見開かれている。
『えっ……えっ…髪、切るの……』震えたような声で呟く椿。
「うん、背中のデザイン見えないし、他の服着る時にも合うからいいかなーって」
椿はきょどきょどと私の顔の上で視線をさまよわせていたが、じっと私の目をみつめるとふいとまた私に背中を向けた。
『分かった…好きな長さに切ってくれていいわ…』
「うん!分かった!」よかった!また何か口答えされるんじゃないかと思っちゃった。
階下からママが私を呼ぶ声がした。「はーい!今いくよ!」大きめの声で答えてから部屋から小走りで階下に向かった。
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椿は一人残された部屋で自分の長い黒髪を撫でた。
その目には涙がたまっている。
『……お父さん……私だけ……なんで……』
少女は手のひらで顔を覆い嗚咽をこらえながら涙を流した。




