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エアレ牛のシャリアピンステーキ・ジャポネ風

異世界の食糧事情は、地球によく似た都合の良いものです。

 アペッティ王国の王城にある兵舎の近くにオステリア・ウォーモはあった。この店は決して一般人に知られることは無く、王城で働く人間とそこに出入りが出来る者のみが利用する特殊なものだ。客席はカウンター席が5席のみという大層こじんまりとした店構えで、異世界の日本という国から来た時生(ときお)という若い青年がたった一人で切り盛りをしていた。


「エアレ牛のシャリアピンステーキ、ジャポネ風。お待たせ」


 若い兵士の前に時生は、出来上がった料理を少し荒っぽく置いた。兵士は待ってましたと歓声を上げるとカウンターテーブルに設置されてあるフォーク立てから、フォークとそれから一緒に入っているナイフも取り出した。そうして目の前のステーキを引き千切るように切ると、口にその大きな塊を目一杯に放り込んだ。肉を噛んだ途端に口の中は肉汁に満たされ、溢れ出るそれは若い兵士の口の端から流れ出た。彼はそれを行儀悪く右袖で拭くと再び肉を切り分けだした。勢い良く裂けた肉の断面からは、肉汁と上質な溶けた脂が飛び出した。それが付け合せのパタータ芋のソテーにしみ込んでいき、ますます美味そうだ。

 親指一本分はある分厚いエアレ牛肉を用いたそのステーキは、玉ねぎとよく似たチッポラを擦り卸したものに下味を付けて一晩漬け込み、表面を強火で焦げ目を付けて低温のオーブンでじっくりと旨味を閉じ込めたものだ。ソースはエアレ牛の乳から作ったバターで薄切りにしたチッポラを炒め、ウヴァのワインを加えてアルコールを飛ばし、ソイアの果汁を絞って煮詰めた醤油に似た自家製調味料を加えたものをかけている。ほんのり甘みを感じるのは、干したアルビコッカの実を少し隠し味として入れたからだろう。


「そんなに急いで食べなくても誰も盗りゃしないって。ほい、マッシュパタータお待たせ」


 時生は若い兵士の食べっぷりに呆れ笑いを浮かべながら、マッシュパタータが載った平皿をステーキの横に置いた。この店では定食を選ぶと米に似たリーゾの種を炊いたご飯、パン、マッシュパタータの内のどれか好きなものを一つ選ぶことが出来る。それに時生の気分によってスープが付いたり、サラダが付いたり、稀に彼がとびっきりやる気になっていればデザートが付くこともある。

 中でもエアレ牛の乳から作ったバターと生クリームを使用したマッシュパタータは、この兵士のような若い男性客に人気があった。丁寧に潰した熱々のパタータにバターを加えて滑らかにし、更に生クリームを加えよく混ぜることで柔らかな食感に仕上げたそれは、脂の乗ったステーキと一緒に食べれば胸やけを起こしそうなものだが、彼らに言わせるとそこが堪らないのだそうだ。

 若い兵士は肉を口一杯に頬張りながら、時生の言葉に適当に頷くとマッシュパタータをかっ込んだ。それが喉に詰まったのか、彼は胸を叩きながら咳き込んだ。


「だから言ったのに。ほら、スープ。熱いから気を付けろよ」


 その様子に時生は呆れながら、エアレ牛の筋を煮込んだ野菜スープを彼の前に置いた。時生の話を全く聞いていない彼は、それを喉に流すと今度はその熱さに咽た。

 ほら言わんこっちゃないと時生は笑いながら水差しを持ち、若い兵士の側にあったコップを取るとそこに水を注いだ。彼は急いで水を飲むと再び胸を叩き、ようやく落ち着くと大きな息を吐いた。


「ああ!苦しかった……。悪いなトキ。助かったあ」


「どういたしまして。それにしても、何でそんなに急いでんの?」


「いやあ、その」


 若い兵士はそう言って黙り込むと、ちらりと店の入り口近くの壁に掛けてある時計を見た。時計は昼の2時を示していた。

 成る程。彼の言いたいことを理解すると時生は意地悪な笑みを浮かべた。どうやら兵士は、己が所属する王国軍の最高指揮官が来ることを恐れているようだった。

 このアペッティ王国軍の最高指揮官であるカルロ・アッレグリーニ将軍は、時生の身元保証人兼この店の出資者である。彼は毎日3回、朝昼晩とこの店にやって来ては食事をして帰る。

 もう波は引いてしまったが今日の昼時はいつもより忙しかった為、時生はそのことをすっかりと忘れてしまっていた。大事な大事な恩返しであるというのに。

 カルロはこの異世界に迷い込んだ時生を真っ先に保護してくれた人間だった。それから身元保証人にもなってくれたばかりか、この店まで建ててくれた上に営業許可まで国から取ってくれた。時生はなんとか彼に恩を返そうと、店の利益の中から少しでも金を渡そうとしたのだが、カルロは頑として受け取らなかった。死んだ息子に似たお前から金なんて取れるか。そう彼に言われてしまうと、時生はどうすることも出来なかった。そういった理由から、時生は彼に無償で料理を作ることで恩返しをすることにしたのだった。


「そりゃあ急ぐよな」


 苦笑を浮かべる時生に若い兵士は、うんうんと頷きながらも口に料理を運ぶ手は止めなかった。そうしてスープを一生懸命にフォークでかき混ぜて冷ますと、皿を両手で持って一気に煽った。彼は大きな息を吐くとごちそうさんと言い、慌てて兵服のポケットから代金分の硬貨を取り出すとカウンターに置いた。それから彼は逃げるようにして店を出て行った。

 時生は折角の丹精込めて作った料理なのだから、出来れば味わって食べて欲しいものだと思ったが、これが地球の日本で例えるならば社員食堂で平社員と取締役クラスが同席するようなものなのだから、彼のその反応も仕方がないかと納得した。


「毎度ありー」


 時生は兵士の様子に堪らず声を上げて笑うと、彼が使用した食器を片づけた。それから5分もしない内にカルロが店の扉を開いた。彼はもう老人だというのに、年を感じさせない鍛え上げられた肉体と大層な威厳を持っていた。


「カルロ将軍。いらっしゃい」


「今日の昼は何がある」


 時生の挨拶に彼は頷いて答え、先程まで若い兵士がいた席に腰を掛けた。そうして彼はお決まりの文句を言った。


「今日はエアレ牛のシャリアピンステーキが一押しだけど。グランガチの香草焼きはどうかな。将軍は肉の脂っこいの苦手だろ?」


 時生はカルロの好みを考え、彼の為だけに別メニューを用意していた。グランガチは形はワニに似た白身の魚である。その淡白な味の肉にスパイシーな香りの香草を擦り込み、中火で焼き上げたそれにワイバーンの卵黄で作ったオランデーズソースをかけると驚くほどに美味くなる。今回はバターで炒めた荒めのパン粉を上から散らし、食感も面白く仕上げる予定だ。


「それは美味そうだ。ではそれに合わせ、ウヴァ酒の辛口を貰おうか」 


「じゃあポッロの丸焼きもどうかな。焼いたポッロは甘いけど、ソイアの実で作ったペーストに合わせると酒に良く合う」


 ポッロと呼ばれる葱に似たこの野菜は、直火でゆっくりと外が黒こげになるまで焼くと中がとろりと蕩けるような舌触りになる。それに味噌に似た自家製のソイアのペーストを付けて食えば、酒が進んで進んで仕様がない。


「では、それも貰おうか」


 こりゃあ将軍は、午後から使い物にならないかもしれないな。

 時生は心中でそう呟くと苦笑を浮かべたが、この男は普段から休みも取らず働き過ぎなのだから丁度良いだろうと思い直した。そうして逆にもっと酒を飲ませてやろうと悪戯を思いつき、くすりと笑いを漏らした。

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