迷いと決断と
「ファラク? ねぇファラクってば?」
ふと、ファラクは声をかけられ俯いていた顔を上げる。
気がつけばここはアリシアの部屋。いつの間に戻ってきたのか、ファラク自身気がついておらず、どうした事かと辺りを見回す。
ひとしき周りを見て満足したのか、ようやく自分が呼ばれた事を思いだしたファラクは、なんとも気の抜けた声が出た。
「ん? 何でも無いぞ? と言うかいつのまに戻ってきたんだろうか?」
部屋には三人の女性、アリシアは気遣うように、リーゼロッテはなぜか申し訳なさそうに、ナチがあきれたような顔を向けている。
「あんたねぇ、仕事中にぼさっとしてんじゃないわよ」
とナチが窘め、
「ご主人様は何か深い考え事があるようです、邪魔するべきではありません」
ナチに張り合うようにリーゼロッテが返す。じりじりと火花が散るかのように視線を絡ませ合う二人はふんっと視線を同時にそらした。
どうもこの二人はあまり相性がよくないようだ。
アリシアがおろおろと二人を交互に見ては、やがて肩を落とす。
リーゼロッテがついてきたのはまぁいいとして。ファラクの頭の中はガトーの事で頭が埋まってた。
周囲に関心を払ってばかりのファラクには珍しいその姿、となれば皆いつもと様子が違うと気がつくのは簡単だったのだろう。
「あのね、ファラク。何か悩みでもあるのかな?」
特に最も長いつきあいのアリシアが率先して口を開く、とは言ってもそれでも『長い』と呼べるような仲ではないのかもしれないが。
その言葉にファラクは再びアリシアを見ると、視線を動かしながら閉口した。落ちた視線が床へ向けられ、やがて戸惑うように或いは整理するようにゆっくりと言葉が紡がれた。
「やりたく無いことをしなければいけない。そういう時はどうすればいいのだろうか?」
まさしく悩むという事に陥るファラク。
すなわちガトーの事だ。
ファラクの中で彼の存在はすでに友人の域に達している。そして彼はまさしくファラクが請け負ったアリシアの護衛の障害になる相手だ。
やりたくない。ファラクは戦いたくない。だが請け負った仕事はやらなければならない。
その上ガトーは強い。ファラクの直感ではナチでは手に負えない相手だと感じてもいる。
いつも率直に口を開くファラクが、ガトーの名を出さずやりたくない事、そう答えたのもその影響か、ガトーの名を出し依頼人に話しが通れば最早戦いは避けられまい。
まるで子供が駄々をこねるようなその言葉だが、彼の真剣な言葉がその場の者に何か意図を含んだものだと感じさせた。
「そんなの仕事優先で戦えばいいんだよ。当たり前だろう」
ナチがやや強い口調で答えた。
椅子に座り見上げるファラクを、ナチは強い眼光で見下ろし続けていた。
「あたいらは仕事として、依頼としてこの仕事を受けている。だからその障害になるなら相手が誰であろうと戦わないといけない」
当たり前だろうとナチは声をはっきりと断言した。まるでつまらないものを見るかのようにファラクを一瞥。
「む……そうか」
その声に納得の色はない、そうするのが正解だと。ただ頭では理解しているような気はする。
「少し頭を冷やしてくる」
力なくファラクは立ち上がり、一人部屋を出て行った。
ナチはその背中をずっと睨むかのように視線で追う。
出て行ったのを確認すると右隣にたっていた竜人の少女をみるナチ。ずっと睨まれていたのだ。
「何よ? 文句あるの?」
「あります!」
手に力を込めるリーゼロッテはナチを睨み続ける。
「ご主人様に無礼な口を利くな」
一触即発の空気が二人の間に漂いかけると、どうしたらいいのかわからなそうに難しい顔をしたアリシアと、リーゼロってを交互にみると肩をすくめた。
「誰かが言わないといけない、彼にとってはつらいのかもしれないけどね。そんな事仕事をしてたらいくらでも起こりうる。まぁ、あいつが甘ちゃんだって事ね」
「なんですって!」
さらに眼光鋭く、最早つかみかからんばかりリーゼロッテが目を見開き、詰め寄ろうとすると止めに入ったものがいた。
「ちょっとまって、リーゼロッテさん」
「なぜ止めるんですか!?」
怒気をはらませたリーゼロッテにだけど今度はたじろぐ事なく、アリシアが先を続けた。
「ナチさんはファラクのためを思って言ってくれてるんじゃないかな?」
ね? なんて笑顔でアリシアが目配せすると。
「ふん、仕事の邪魔はしてほしくないだけ」
なんていう。
「あんな甘ちゃんでも力は確だからね。このままだとやっかいな事になる事だってある」
裏切るとまでは言わない。だけど一人そんなものが紛れているだけで引っかき回される事はあり得る。しかも彼は自分よりも強い。それは先日の襲撃の際にはっきり示された。にも関わらず中途半端に動き回られるのは力のない者のそれよりも質が悪い。
一度は不覚をとったが、今度は不覚をとるつもりはない。問題になりそうな事は先につぶしておきたい。
「そういう事なら……」
リーゼロッテはしぶしぶと引き下がったようだ。
「というか、そもそもあんた、勝手に入ってきたけどなんなの?」
きょとんと、目を丸くしたリーゼロッテ。
そもそも彼女は今回の依頼に関係のない人物だ。だけどぼけっとして屋敷に戻ってきたファラクの後ろにひっつくように一緒に入ってきて、いつの間にか話しに加わっている。
「む? 私はご主人様の手伝いに来ました」
それが当然とばかりにうんうん頷くリーゼロッテ。
いや、頷かれても。
「いや、勝手に参加されると困るんだけど?」
「へ?」
「へ? じゃないわよ。あんた今回の依頼の参加者じゃないのにそんな事できるわけないじゃない?」
「そ…そうなんですか?」
まるで主と同じような言葉でリーゼロッテは整った眉をへの字に、この世の終るかのような情けない顔でアリシアを見た。
「え、えっとうん。で、でも大丈夫お父様に話を通していたら大丈夫だと思う。依頼料とかはでないかもしれないけど」
「それは構いません。ご主人様と一緒にいられればそれでいいですから」
ほっとと胸をなで下ろしリーゼロッテは依頼に参加できた事に喜んだ。
◇◆◇
「相手が誰でも……か」
ぽつりと一人独白。
辺りは静まり帰り、すでに夜となっている。
屋敷から離れ、ファラクは一人、街路を行く。
冴えない表情では一人歩くファラクがここにいるのはただ頭を冷やす為だけではなかった。
ファラクとて仕事でここにいるのだ。どういう気持ちであっても仕事をしない訳にはいかない。
バルコニーから見えた人影。そして晩に会った彼の気配。それを追ってここまで歩いてきた。
今までこんなに足が重く感じた事はなかっただろう。
まるで足が鉛にでもなったかのように足取りは重い。
けれども時間は待ってくれなくて、
それでも状況は変わっていく。
「一人で、来ましたか」
今一番聴きたくない声だった。
魔灯の届かない闇の中から、うっすらと男が陽炎のように浮き彫りになってくる。
真っ黒なフード付きの外套、顔には対照的に真っ白な仮面。その仮面に赤い涙が描かれている。フードをかぶり夜の闇に溶け込んだ衣服が、あたかも仮面だけが浮いているかのように幽鬼めいたものを感じさせる。
「あぁ」
端的なその一言が如実に物語る。
重々しく呻くように漏れ出た肯定の言葉は普段の彼らしくない。
「仲間を呼んでこようとは思わなかったんですか?」
考えもしなかった。
「呼ぶべきでしたよあなたは」
自らの状況を悪くするはずのその言葉はなぜか責めるように紡がれた。
だけど、ファラクは自らの意思で一人ここにきた。それはわかる。
「一人でこないといけないものだと思った」
「……どうして?」
仮面を被るガトーの表情はわからない。だけどその声には穏やかなものが含まれている。
「わからない」
するとガトーはただ淡々と告げた。
「おそらく私とあなたの実力は伯仲しています。ならば戦力は多くするべきです。判断ミスですよ」
言葉と同じにガトーが二本のダガーを抜く。真っ赤に染まる血のように赤いダガーは明確にファラクへと向けられる。
始まりは突然だった。
「――くっ!」
構えた刹那、飛び込み様に繰り出された短剣の一撃。
あまりの速さで目で追い切れず、それでもなんとか躱す。
しかしその動きに追従し、ガトーはさらに踏み込む。
両手に持ったダガーが息つく間もなく乱れ舞う。
避ける。
避ける。
避ける。
為す術もなく。
ファラクの顔に余裕はない、浮かべる表情は苦悶、余裕はない。
十六度にも及ぶ斬線が徐々に避けるファラクに追いついていく。
上着は裂け、薄皮を裂き、頬から血が流れ出す。
このままでは直に致命傷までおよぶと思われた時、ファラクが再び距離をとると何かに耐えるような苦渋に満ちた顔を向ける。
ぎりぎりと歯を食いしばる。右手を背に背負った大剣にかざし 心が悲鳴を上げるように吠えながらファラクが反転、右薙ぎを放った。
「ぐぅ…………がぁっ!」
さらに追ってきたガトーにカウンターで入りガトーを吹き飛ばした。街路の壁際でくるりと体制を立て直し着地したガトーはゆっくりと立ち上がる。何事もなかったかのように佇む。
「今の一撃、本気であればそれで終わっていたかもしれませんね」
荒い息を吐きながらファラクは他意のない言葉を返す。
「十分本気だった」
頬から裂けた傷が血したたらせ、ぬぐうこともせず中段に構える。あれほど手になじんでいた大剣レーメが今はただただ重く感じる。
ガトーが恐ろしい強さを持っている事は判る。ステータスだけではない、彼の技術はファラクより高みにいる。先日での戦いでは逃げに徹していたが、攻勢にでればこうして差がついている。負けるつもりはない、だけど目の前に立つガトーを倒す光景を思い浮かべることができなかった。
だけども取り合おうともせず、ガトーは答える。
「勝てる勝負には勝つ、負ければあなたは大切な者を失う。ならば、何をもってでしても勝たなければいけません」
「悔いなさい、今日あなたは敗北を知るのです、呪いなさい、あなた自身のその甘さを」
呪詛のようにファラクを縛る、関係でもって。言葉でもって。
全身が重くまるで勝てる気がしない。その意思は表にもでていたのだろうか、隙という形で。
「が――」
今度はまるで見えなかった。
ガトーがいつの間にか接近し、ファラクは殴り飛ばされていた。
さっきよりも速く思い。
「立ちなさい!」
叱咤が響き。ファラクは訳もわからずガトーを見上げる。
「隙だらけです。昨日の力を見せなさい。あなたの力はそんなものではありません」
「本気だと言っただろう」
なぜガトーがそんな事をいうのか判らなかった。手加減してるつもりもなければ、なぜ敵である自分にそんな事を言うのか、殴り飛ばさずそのダガーでえぐられれば致命傷を負っていただろう。
ぐっと膝に力を入れ。立ち上がる。
「いいえ、昨日のあなたよりもずいぶん動きが遅い、キレがない。集中がない。昨日のあなたであれば――」
ガトーは口を閉じ、ファラクが背後を振り返る。
突如轟音が響いたから。あまりの出来事に何が起こったのか判らなかった。ただそれがファラクにとってよくないことが起こっている。それだけは片隅で理解していた。
夜の暗闇の中、遠く炎が揺らめき濛々と煙を噴く館は先ほどまでファラクがいた場所だ。。
「アリシア?」
気づいてみれば、起こった事は明白であった。あそこには護衛対象となるアリシアやリーゼロッテもいる。失念していた訳ではない。ガトー以外の仲間がいる可能性を。
「失いますよ? 友人なのでしょう?」
後ろからかけられた声にファラクがはっと振り向いた。ガトーの過去を聞いた際、彼は事前に情報を集める事を重要視したような話しもしていた。ファラクとアリシアの事も事前に調べたのだろう。
「私の手の者です。あなたが私に勝てなければ、あなたはここで死ぬ。大事な友人は攫われ、利用され、用済みになれば殺される」
物騒な言葉にファラクの瞳が揺れる。
ギリっとファラクの奥歯が軋む。
そんな事はさせない。させてなるものか。だけど、ひどく体は重たい。そんなファラクを見かねるように敵であるはずのガトーがため息をつくとまるで人が変わったように声を荒げた。
「甘ったれるんじゃねぇ!」
「――!?」
口調さえ違うその怒号が響き渡る。不思議なもので、まさかガトーそんな言葉を吐きだすとは思わずファラクの注意はすべてガトーへと向いた。
「やらなきゃやられるんだよ。負ければ失うんだよ。やらなきゃ失うんだよ。誰も待っちゃくれねぇ、てめぇはそれでいいのか? 欲しいものがあるなら戦えよ!、守りたいものがあるなら戦えよ!――」
すっとガトーは深く深呼吸をすると。先ほどよりも少し穏やかな声音で先を続けた。
「全部守りてぇなら強くなれ。誰よりも。どんな理不尽だろうとねじ伏せちまえるくらいにな それができねぇならお前はここで終りだ。お前の大事なやついなくなって。お前はここで死ぬ」
それはファラクの命を奪おうとするものの言葉ではない。戦意を鈍らせる事すらあれ、戦意を持たせようとする相手など普通はいない。それは人として経験の浅いファラクにも理解できる事だった
――何故?
いや。
そんな事が重要なのでは無い。
ぎりぎりと、大剣を握りしめ震える俯くファラク。
俯いていた時間は僅か数秒にもまた途方もなく長くにもかんじられた。その間ガトーは構えもせず、突っ立っている。
そんな時間が過ぎ去り。ファラクの震えが止まった。
深く深く息を吸い込みすべての迷いをはき出した。
長い息吹を終え顔を上げる。
鉛のように重たかった体がいつものように軽くなり、手に持った大剣が再び手になじんだ気がした。
いや、事実そうだったのだ。無用な力みを生み。固く緊張した筋肉がファラクの体を強ばらせ動きを悪くしていた。迷いが視野狭窄を起こし、内に籠もった気持ちが見えるものを見えなくしていた。
立ち止まっている場合ではないのだ。
目の前に立つガトーの仮面からのぞかせる瞳は何故か優しげに細められている。
「やる気になったようですね」
訪ねれた声に返礼するかのようにファラクは踏み込む。先ほどのガトーに迫る速度で。
「あぁ」
峰を向けた大剣を振るう。すべてをなぎ払うかのように振るわれる剣は、先ほどまでと雲泥の差があるほどの剣速を生んでいた。
「ぐぁっ!」
吹き飛ばされたガトーが街路の壁に激突し、ぐらつく。二本のダガーで防いではいたが大剣の威力を防ぎきれず肩を抱きファラクを見る。
「ようやく目覚めましたね」
脱臼したのか、ガトーは垂れ下がった右腕を見ながらごきっと音を鳴らし肩をはめるとファラクを見る。
何を迷っていたのだろう、ファラクは自分にややあきれながら答えた。
「ああ、俺はやりたいようにやる、お前を無力化してアリシアの居場所を吐かせる。ついでにお前をふん縛って理由を聞き出して孤児院も守る。誰の理由も彼の理由も知ったことではない。敵だろうと味方だろうと、守りたいものを守る。それでいい。その為に動けばいい」
ようやくだした答えにガトーが笑った。
「ふふ……欲張りですね……ですが簡単ではありませんよ?」
「知っている」
「私は脅されています。そして従っていると言うことは相手の排除を私ではできないということです」
「そうか」
「私よりも強い相手ですよ?」
「勝てばいいのだろう?」
「勝てるとでも?」
「勝つさ」
「そうですか、ではまず証明してもらわないといけませんね」
「何をだ?」
「私よりも強い相手に勝てる。と言うのなら少なくとも私よりもあなたの方が強いと見せてもらわなければ、でないと孤児院を守れる可能性はないでしょう、まぁ保身です」
「ならやるさ」
ぎゅっとファラクが大剣を肩に背負い半身に構える。
正面からガトーを打倒せんと戦闘に頭を切り換えると。
「ええ、と言いたい所ですが」
「んぁ?」
肩すかしを食らったように間抜けな声が出た。
「明日、明朝。ダラクの丘で待ちます。私に勝てばアリシアさんはお返しします」
「今じゃだめなのか?」
「今ですと他の手の者がアリシアさんを連れさっていますよ? 例え私に勝ってもアリシアさんは戻ってきません」
ファラクが頷くと、ガトーは夜に紛れるようにその姿をけした。
◇◆◇
荒い息を上げながらリーゼロッテは槍を手に眼前にいる男を睨んでいる。
「まさか正面から来るとはね」
背後から聞こえる声。リーゼロッテの後ろで魔銃を構え男へと向けているナチだ。
片足を地につけながら、尚も強い眼光で相手へと告げた。
男は意識を失ったアリシアを抱いている。
「…………」
だけど、その真っ白な仮面に覆われた男は一言もしゃべらず。残る右手には真っ黒なダガーを握り、リーゼロッテを見下ろしている。
壁が破壊され、内側に飛び散った瓦礫の山。
先日と違い強引なまでの侵入。しかし理由は考えられる。
アリシアの父であるバリーは今この屋敷にはいない。
学園による会合の為、外泊予定となっていた。十分な対策を練っていたのだろうが、相手は情報収集に長けた相手。さして不思議ではなかった。
前回はファラクの活躍により守り切った。その事実も大きかったのだろう。だけどこの場に彼はいない。
――だけど私がここにいる。
リーゼロッテは強く想う。自らの主人と同じ強さは望むべくもないけれど、今ここにいるのは主の役に立つためだ。今手にしている槍は主が狩った魔物が元となった武器。この主とのつながりがあればリーゼロッテは何もいらない。
後ろを振り返り、ナチの背後に立つアリシアを見る。
恐怖に震えた、だけどぎゅっと力んだその表情は自分に近しい者を感じる。
彼女はファラクの知己で、護衛の相手で、リーゼロッテのように戦う術を持たない女性。
そんな女性が危機に瀕しようものなら普通は逃げるだろう。だけど彼女はリーゼロッテやナチが立ちふさがるのを見て、自分も残っている。そんな不徳はしないと。
それを見てリーゼロッテは足手まとい――なんて思わない。立場が逆なら確かに自分もそうするだろうから。
彼女を見ると思い出す。守ってもらった自分自身を。
脳裏にあるのは何もできず、ファラクに守ってもらった自分自身だ。
今は立場を変え、自らの手には敵を屠るため――いや、大切な者を守るための力がある。敬愛する主が与えてくれた力。
「一人で特攻かけてくるなんて、いい度胸してるじゃないのさ、でもね――」
背後に佇むナチが魔銃を構える。うっすらと微笑を浮かべているのは自信の表れだ。
「これで!」
ナチが魔力を解放する。
「反射」
設置魔法解放の言葉を紡ぎ、ナチの魔銃が光りを放つ。
迸る雷が男へと――ではなく。壁に描かれている魔方陣へと迸る、 反射し、男へとターゲッティングされた雷が男の側面から迫る。
「――ッツ」
前回には見えなかった男の焦燥であった。
側面から訪れた危機に、男は身を捻って避ける。その動きだけみても判る。ナチもリーゼロッテもこの相手は自分よりも強いと。
だけどそれでは終わらない。
さらに壁に激突した雷がさらに反射。
男が仮面をつけていなければ、その顔は苦悶にゆがんでいたかもしれない。
僅かに腹をかすめながら割けると、さらに
反射反射反射反射反射反射。
「逃がさないよ」
ナチの声が響く。獲物を狙うような目でにらみ据える。この室内は、すでに男を包囲するための檻だ。準備は流流。勝つための場をこしらえてあるのだから。
「――舐めるな」
不意に、男の声が響く。
手にそのダガーもって。
雷弾を裂けると同じ、ぐるりと回転、さらに反射してきた雷弾を黒いダガーが切り裂く。
裂けた雷弾が周囲にバチバチと音を立てながら拡散、消失する。
だけどそれも想定の内。
――今度は私が。
強く秘めた思いを胸に。リーゼロッテは踏み込む。
相手は格上だ。リーゼロッテは力をつけ始めているとはいえ、慢心するわけにはいかない。何より主の仕事の一翼を担っているのだから。
槍を薙ぐ。
経験こそ少ないが、リーゼロッテはマリーと共に討伐依頼をこなしてきた。魔人がこなすような仕事をだ。
魔石色こそナチにもおよばないが、彼女は竜人。
純粋な力だけならすでに中堅所の能力は有している。
リーゼロッテの持つ槍はグレイブにも似た片刃で、その刃は背に返しがついている。使いようによっては鎌のようにも使える。
――肩を狙い、そのまま引き倒す。
狙いを定めたリーゼロッテはぐっと力を込めて槍を引いた。
「舐めるなといった!」
虚空を掻き、躱された事を悟ると、瞬時にリーゼロッテは槍を腰元に引き戻し、同時に腰を支点にしての回転薙ぎを放つ。
「くっ!」
思わず声が漏れる。腹には男の拳がめり込んだ。
体がくの字に折れ曲がり、男はとどめを刺そうとダガーを振る寸前。
「そこ!」
側面に回り込んだナチが両手の魔銃を放つ。
男は距離を取り、豹のようなしなやかな動きで魔弾をかいくぐり距離を取る。
「大丈夫か!?」
「ええ」
心配げな駆け寄ってきたナチになんとかそう返す。
「ハッ! 女の腹を殴るなんて鬼畜な野郎だな」
挑発するようなナチの言葉はその声音を聞けば強がっている事が判る。二人がかりで攻めているのに、攻めきれずこちらが攻撃されているのだ。お世辞にも優勢とはいえない。だけどナチの言葉に反応がある。
「……僕は負けられない」
言い訳のように答えてきた男の声には苦々しさが混じっている。じっくりと聞いてみればまだ若いように思えるその声は、リーゼロッテ達とそう変わらない若々しさを感じた。
ただ、その言葉でリーゼロッテ何となく事を察する。
「あなたは孤児院の関係者ですか?」
ぴくりと、男の肩が震えた。
「やはり……」
「どういうこと?」
背後から、アリシアが訪ねてきた、この状況にあっても彼女は未だなんとか平常心を保っているようだった。
「今日、ご主人様と向かったのは孤児院です。依頼を請け負っている最中にご主人様が向かったのですから何らかの関わりがあったのかと思います……その上でご主人様のあの態度とあの男――」
踏み込み首元を狙った男の一撃を避けたせいで話しを中断する。 だけど、さっきよりも雑なその攻撃がリーゼロッテに確信を抱かせる形になった。
尚も男の攻撃は止まらない、リーゼロッテは肉薄するダガーをぎりぎり躱しざま、腹を狙った一撃を槍を立てる事でガードする。
「やめなさい」
ぎりぎりとナイフと槍が競り合い、リーゼロットと仮面の男は鼻先が触れあう程の距離で顔を見合わせた。
「何か理由があるののだと思います」
「うるさい」
ナイフと槍、押し合いになれば槍の方が有利であるにも関わらず、男の膂力が辛うじて均衡を保っていた。
「私のご主人様ならすべてを守ってくださいます」
盲信ともとれるその言葉。真実リーゼロッテはファラクによって不可能な事だと思われた事を成し遂げ守られた一人なのだから。
「馬鹿でかい剣を持った男か……あいつに何ができる……」
仮面の奥から男の瞳がリーゼロッテを突き刺すように見据えられる。
実力者からの射貫くようなその視線に、身が震えそうになる。だけどそれ以上に主をその言葉はリーゼロッテを奮い立たせるには十分な言葉だ。
「何でもです。あの方は私をすくい上げてくださいました。そして、今は考えておいでです。きっとあなたたちを救う方法を」
きっとあれだけ上の空であったのは、それを考えていたのだと信じて疑わない。事実は少し違うのではあるが、奇しくもここにはいないファラクはリーゼロッテの望む方向に決断する事になる。
男の一瞬の迷いか、ふと力が抜けた瞬間を見計らい、リーゼロッテは槍に力を込めて男を振り払う。
飛びずさった追った男はすぐに追撃には移らなかった。
彼の事情を聞いてご主人様に伝えるなければ。
そう思いリーゼロッテが口を開きかけた時、重くのしかかるような声を聞いた。
「……あいつに勝てるやつなんていない」
地を這うように暗い感情がこもっていた……それは怨嗟の声で、絶望した声で。悲鳴にも似た感情。
「僕も……君たちも……先生だって……そいつだって……」
すべてを諦めた目の前の男は、ついこの間までの自分と重なって。
「大丈夫です! ご主人様ならきっと!」
だけどその言葉は届かなくて。
「僕は……君たちを倒すよ……彼女を守るために……」
男の背後で青白い光が漏れる。
「おい! そいつ後ろで魔方陣を!」
ナチの怒声が響き、リーゼロッテの意識は途絶えた。




