盲目の歌姫②
三日ほどが経過した。
今日はオルフェウスの借金返済の日である。
昨日夜、マリーがギルドを訪れた、疲れた顔をしていたが成果はあり。マリーが稼いだ賞金とファラク、エヴァンの稼いだ金額の総計は1万3千ルシカ。
何とかなりましたね、と話した、力無く目の下を真っ黒に染めたエヴァンが印象的であった。
ギルドに訪れたのは以前ファラクが謝らせた男だ、ファラクを見て引きつった笑顔を浮かべながらもカードを介してお金を渡し、一息ついた。
「確かに受け取りましたぜ」
以前とは違い、言葉使いも丁寧に、礼を以て告げてきた。
「違法な金貸しのくせにふっかけてこないのね」
マリーが忌憚なく金貸しへと告げた。違法性を咎めているわけではない。そのようなもの、警邏騎士団でも無ければさして気にするものでもない。
「あっしらだって、命は惜しいですからね」
何についてかは彼の目線が物語っていた。
ファラクだ。
金貸しの男はじっとギルドカウンターに座ってシンディの相手をしているファラクへと注がれている。
シンディが絡まれた際ファラクが助けたとの事だが、よほど恐い目にあったのだろう。金貸しがむしり取るのを止める程度には。
金を借りた負い目は例え強者であってもぬぐえない、そこを突くのが彼ら金貸しだ。だがファラクはそんな感情抜きに言ってしまえば道理のみで動くだろう。違法な金貸しがさらにふっかければファラクは彼らを叩きのめすだろうし、もしかすればその背後にある金貸しの本部ごとつぶしに行くかもしれない。
勿論仮にそんな事になれば国中が騒然となるかもしれない。金貸しとつながりのある貴族や警邏騎士団。裏で行われている癒着から様々な者を敵に回すかもしれない。
それはさすがに言い過ぎかもしれないが……
(しない……わよね?)
先日の凶行を思い出すと自信が持てない。ため息をつきながらマリーはのほほんと、無害そうに笑うファラクを見るのだった。
「まぁあの人を相手にはしたくないと言うことになりましたね」
何せ肉に謝らせた男だ。危険極まりない。主に頭の方面でだが。
「まぁ、良いわ。こっちとしてはありがたいことだもの」
「それじゃあまたご贔屓にしてくだせぇ」
金貸し達が帰り、エヴァンがほっと一息つくとマリーとファラクを呼ぶ。
「色々ご迷惑をお掛けしてしまいました」
「いいのよ。あなたと私の仲だものね」
「マリーは良いとしてもファラクさんに迷惑を掛けてしまいましたから」
「いや、そこは頑張ったんだから労ってよ」
「それでファラクさん」
「ん?」
「ねぇ? 無視? 無視なの?」
マリーの嘆きは誰にも届かない。
「これは私が依頼で稼いだお金です」
エヴァンがカードを差し出す。
「これは?」
身分証に使うカードとは違う、薄いカードだ。
「お金をストックしておけるカードですここに1200ルシカはいってます、これをボーナスとして受け取ってください、少なくて恐縮ですが。それに今後は正規の依頼料をお渡しできます」
「別に構わないがな」
「あれ? 私には?」
マリーの言葉にエヴァンは反応しない。
いい加減いじけてしまったマリーはめそめそとシンディの方へと向かっていく。
「まだ色々必要なんだろう? ならそのために使えば良いと思うが?」
ファラク自身今の所困ったことはない。欲しいと思うものがなかったせいだ。
「そのお金で彼女に何かプレゼントでもしてあげてください」
「彼女?」
さんざん無視され、めそめそ泣いた振りでシンディに頭を撫でてもらっていたマリーが突然素に戻り反応すると凄い勢いで駆け寄ってくる。
「ええ、とても可愛らしい方でしたよ」
「詳しく聞かせて」
マリーが真剣な表情となるとエヴァンの首根っこをひっつかむと部屋の奥へと行ってしまった。
「なんなんだ?」
マリーの反応やエヴァンのプレゼントや、理解ができないファラクはシンディと並んで首を横に捻るのだった。
暫く時間が経つとやや焦燥したエヴァンをつれてマリーが戻ってくる。
「私が居ない間に色々面白い事があったのね」
茶化した顔で人の悪い顔を浮かべるマリー。
「だけどあなたどうするつもり? 今日で用心棒の仕事は終わりでしょ?」
借金を返し終わった後はマリーと二人でペアを組んで魔物の討伐や狩りの仕事を受けることとなっている。
「レーメは送り向かいをすれば問題はない、依頼の合間にここまで戻って来れればいい」
「そう、依頼の障害にならないならいいわ」
マリー自身は応援すべきものだと考えていた。友人であるアリシアの事はあるがレーメと親しくなることで人の生活や共通意識をもっと学んで欲しいと思う。そうすればあのような凶行に及ぶ事も無くなる筈だと。
それにしても、僅かな間で成長したか、そうマリーはファラクを見る。
今のファラクの第一の目的は世界を楽しむ事だが、他に試練の塔に登る事が上げられる。その目的に沿わない行動を以前までのファラクなら取っていないだろう。それだけそのレーメと言う少女に執着している。
良い傾向だ。
マリーはそう結論づけた。
そうして大事なものを増やしていけば、ファラクの良心も育っていくだろうと。
「それじゃあ用心棒の仕事は今日で最後ね」
「今日は休みだがな」
「あら? そうなの? そのレーメちゃんも?」
「そうだが?」
「じゃあその子とデートしてきなさい デートの意味位はもう知ってるでしょ?」
「レーメとか? 何故?」
その一言で分かった。ファラクはまだ気がついていないのだと。エヴァンが言うには明らかな態度だったらしいがファラク自身まだその気持ちに気付いていないのだ。
かといって恋愛感情とは、なぞ講義できない。そもそも本能的に相手を欲する気持ちをどう人に説明しろというのか。
「とにかくその子と今日遊んでいらっしゃい」
にべもなくギルドを追っ払われ、ファラクは外へとでる。
仕方なしにレーメの家へと足を運ぶ。
だが自分でも分かるが足取りは軽い。
気がつけばすぐ家の前に立ちドアをノックしていた。
「はい……」
ドアをそっと僅かに開き顔を覗かせる。犯罪特区では押し入り強盗など日常茶飯事だ、そのためドアを開ける際は注意が必要であった。
だがファラクだと告げると。
バタン
ドアが勢いよく閉じた。
何故だ?
釈然としないものを感じる。
再びドアをノックする。
僅かにドアが開かれると。
「ちょっ……ちょっと待っててください」
凄い勢いでまたドアが閉じられるどたどたと何やら慌ただしい音が聞える。
彼女が慌てるなど珍しい。
そんな事を考え待つこと10分。
再びドアが開かれる。
「ど……どうぞ」
「いや、中に入る気はなかったのだが」
「え?」
レーメが固まった気がした。
「いや、レーメとデートをしようと思ってな」
「ええ!?」
さらに固まった気がした。
「で……デートです……か?」
「あぁ、デートだ」
「本当に本当にですか?」
「そうだが?」
「ちょ……ちょっとまっててください」
再び勢いよくドアが閉められた。
だから何故だ。
ドタバタとさっきよりも激しい音が鳴り響く。
そんな中さっとドアが開かれた。
「慌ただしくてすいません、どうぞ中で待っていてください」
代わりに出てきたペドロに促され、中に入り待つこととなった。
「どういう事なんだ?」
「女には色々と準備が必要なんですよ」
首を傾げ見当もつかない様子のファラクにペドロは笑いながら答えた。
にこにこと終始笑顔を浮かべていたペドロに見送られ、ファラクはレーメを連れて大通りを歩いていた。
昼過ぎのこの時間、大通りは活気に溢れ、人の行き来はピークに達する。
はぐれまいとレーメはファラクへと近づいている。その手も固く結ばれ、レーメから離さないと自己主張を感じる。
「さて、デートだが何処へ行くか」
「ファラクさんにお任せします」
「とは言ってもデートなどしたことが無いからな」
「はじめてなんですか?」
「ああ、まだ生まれて一ヶ月と経たないしな」
「たまにファラクさんはおもしろい事を言いますよね?」
「そうか?」
「はい」
機嫌がよさそうにレーメが鼻歌などを歌い出す。
そんな彼女を連れてファラクは歩く。
エヴァンに言われた通り何か買ってやろうと連れ出した先はアクセサリーを売る店だ。
「ここは?」
目で見ることができない彼女はどこに来たのか分かっていない。
「アクセサリー売るお店だ。何か欲しいものはないか?」
場所を聞いてレーメは俯く。
欲しいものならある。
だがそれを言ってしまって良いのか。
「どうかしたのか?」
「い……いえ」
「そうか、何でもいいぞ?」
「そ……それなら……指輪を……」
願いを聞いたファラクが彼女を連れて店主に声をかけた。
「指輪を見せてくれ」
「どんな指輪が宜しいでしょうか?」
「あまり詳しくない、彼女に似合いそうな指輪を頼む」
ファラクの言葉に店員が様々な指輪を持ち出してくる。
「色々あるようだがどれがいいものか」
ファラクが首を傾げながら見てるとレーメはファラクの裾を掴む。
「ファラクさん、私は見る事はできないですけど、ファラクさんが選んでくれたものなら何だって嬉しいです」
目の見えないレーメにとって大事なものはデザインでない、大事なのはファラクに贈って貰ったものを身につけていたい。それだけであった。
「そうか、ならこれでいいか?」
シンプルな細身のリングに先端にダイヤモンド、小さなそのダイヤの周りにリボンが結ばれたかのように加工されている。
「はい!」
文字通り見もせずにレーメは力強く頷く。
店員に指のサイズを測って貰い。丁度良いサイズのものを指に付けて貰った。レーメは左手の薬指につけた指輪を右手で撫でた。
「それでな。用心棒の仕事は終わりなんだよ」
「え?」
指輪を買い、食事のために訪れたレストランで、ファラクが唐突に告げた言葉。
レーメは思わず聞き返した。
もう二度と会えないのではないか。
先程までの幸福から一転して頭が真っ白になるくらいのショックを受けた。思わず食事をしていたスプーンを落とし、からんと金属音がなる。
その様子に回りで食事をしていたものが注目するが、二人はそれに気がつかず話を続けた。
「も……もう会えないんですか……?」
もしやこの指輪は別離の餞別として贈られたものなのか、椅子に座り、膝に置いた手に力がはいる。
「いや、違う。これからも送り向かいはする。約束だからな。ただ用心棒の仕事は今日で終わりだったと言うだけだ」
「ど……どうしてですか……?」
「ギルドの借金を返し終わってな。それで戻ってきた相棒と二人で依頼をこなすことになっている。次はギルドの評価を上げなければいけないらしい」
居なくなるわけではないと分かり、レーメはほっと息を吐いた。
「ファラクさんはギルドが大事なんですね」
「そう見えるのか?」
「はい、ポーラさんが言ってました。ファラクさん冒険者の方々でもあっさりと押さえ込めるのに、名前も聞いたことないギルドに所属してるって」
「ならそうなのかもしれないな」
「きっとそうですよ」
「初めて世界に来て、右も左も分からない時に世話になってるからな。それに試練の塔にも登ってみたい」
「試練の塔にですか?」
「あぁ、試練の塔には登る理由もあるんだが、それ以外にも色々と世界を見てみたい」
「私も目が見えれば見てみたいです」
自らの瞼に触れレーメが俯きながら答えた。
「見えるようにはならないのか?」
「私は赤ん坊の頃に目に傷がついて失明したらしんですけど、傷を治す魔法はあるらしいんです。でも治療費が凄く高くて」
「そうか」
「はい、でもいつか見えるようになって。ファラクさんの顔を見てみたいですね」
「俺の顔をか?」
「夢ですから」
「夢か、叶うといいな」
どうして彼女と居ると楽しいのか、その理由は分からないままだが、ファラクは彼女の夢をどうにかできないか考えていた。
月の光が当たりを照らすその時、ファラクはレーメを連れて酒場へ向かった。デートと言われてもファラクにはどうしていいか分からない、ファラクの好きな所と言われれば、酒場が定着しており、そのままレーメを連れて行った。
二人でカウンターの席へと座ると、ポーラが話し掛けてくる。
「今日からはただの客だね、いらっしゃい。レーメも。何か飲む?」
ファラクはウィスキーを、レーメは果実酒を注文し、ポーラが手早く酒を注ぐと二人の前に置いた。
「それにしても、今日はデートかい?」
「ああ、そうだ」
一瞬レーメがぴくりと反応を返すが、即座にファラクが返した。
へ~、とポーラが人の悪い笑みを浮かべる、ニタニタとしたその笑顔はあんたらってやっぱりそうなんだと顔に書いてるのだがファラクは気づきもしないし、レーメもそれを見ることは無い。
「レーメちゃん、今日は楽しかった?」
薄く微笑みながら、レーメははい、と答える。まさかファラクからこうして誘って貰えると思ってもいなかったレーメとしては今日は青天の霹靂であった。
ファラク、レーメ、ポーラの三人がカウンターを挟み会話を楽しんでいると、ファラクへと声が掛かる。
「ファラクさん、昨日でお仕事終わりって言ってたけど来たんだ?」
露出が多く胸元を大きく開いた娘――ミルフィリアだ。彼女はこの酒場の店員。スタイルの良い体と、その愛嬌のある性格が人気である。
「ここは気に入ってるからな、今後は客として来るさ」
ファラクとも仲の良い彼女はファラクにしなだれかかりながら親しげに話している。
ふとポーラがレーメへと視線を移す。
少し彼女の顔に影が落ちている。
二人の会話にはいって行けていない。
「レーメ、どうしたんだ?」
急に静かになったレーメへとファラクが尋ねる、ポーラが目配せしファラクと目が合ったと視線をレーメに移したのだ、それでファラクが気がついた。
「何でもありません」
いや、あるだろう。
そうファラクにして言わせしめる程だ。
レーメには珍しく強い口調に、ファラクからそっぽを向き、その頬は若干膨らんでいる、だが隣に座るファラクの服の裾はしっかり掴んでいる。
紛うこと無く拗ねている……のだがそもそも人から拗ねられる事も拗ねた事もないファラクに分かる筈もなかった。
何故不機嫌に成ったのかも分からずレーメを宥めることすらできない。
レーメは黙っていた。
確かに拗ねてはいるのだが、それよりも胸中を占めるものがあるのだ。
もし、自分の目が見えていたら。
目の見えない体に、犯罪特区出身のおひれつき。ファラクの事を考えればこのまま自分がファラクに寄り添うのは彼にとって良いことではないだろう。
彼には私よりももっと……
その思考がレーメの心を締め付け、やがて段々と元気がなくなっていく。
「レーメちゃん、お願いがあるんだけど、一曲歌ってくれない? どんな歌でもいいわ」
ポーラの声にはっとして面を上げた。
元気のない理由をポーラは分かっているのだろうか。少なくとも元気付けようとして言ってくれたのだと分かった。
隣のファラクも聴きたい。と返し、レーメは頷きホールにあるステージまでファラクに手を引かれ導かれた。
騒がしい客達がレーメを見て押し黙ると、これから始まる歌を楽しみに皆がレーメを見る。
すっとレーメの口が開かれると、その場の空気が一変していく。
どんな歌でも良い。そう言われたレーメの歌声は悲しい音色を響かせていた。レーメの胸中を告げるように。
声に乗った感情が皆の胸を焦がす。
場内に感情を揺さ振る声が響き渡り、泣き崩れる者さえ現れる。
レーメを見ながらファラクは考える、この気持ちはなんなのか。
レーメの歌から、表情から。
胸がしめつけられるのを感じる。
胸を焦がし、一心に何かを求める。だがどれだけ手を伸しても、届かない。
ファラクの前でレーメは歌う。
たった一人の男を想い、レーメは歌ったのだ。




