第一節:自由の終わり、地獄の始まり
皆様、初めまして。そして、いつも応援してくださっている皆様、本当にありがとうございます。
会社員として働きながら、いつか小説を書いてみたいと思っていた私ですが、最近になってようやくその思いを形にすることができました。
三、四週間ほど前、『三国破産清算人:官渡の泥濘から這い上がる、猛将文醜と戦場不良債権の処理記録』という作品を投稿し、執筆を始めました。
まったくの新人である私にとって、読者の皆様からいただいた反応は、想像以上に大きな励みとなりました。最高で一日600PVを超え、ブックマークも10件いただくことができました。皆様の応援は、これからも書き続けていこうと思える、何よりの原動力です。
そして、いただいた反応を励みに、作品をもう一度じっくり練り直し、より丁寧に物語を紡いでいきたいと考えるようになりました。
そのため、旧作はいったん取り下げ、タイトルも新たに、第一話から書き直すことにしました。
今回の改稿では、これまでの物語を土台にしながら、文醜だけでなく、袁紹軍のもう一人の猛将・顔良も重要な仲間として登場させます。物語の展開や設定も大幅に見直し、より厚みのある作品にしていくつもりです。
まだまだ未熟な新人ですが、皆様からいただくPVやブックマーク、感想、コメントの一つひとつが、次の一話を書くための大きな力になります。
これからも切磋琢磨しながら、少しずつ成長していきたいと思っています。
どうか新しく生まれ変わった本作も、引き続きお付き合いいただければ幸いです。
今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。
歴史の敗者や捨てられた人々が、自分たちの居場所と勢力を築く物語。
ブラック企業で心を壊した無職青年。
転生した先は三国志の時代――しかも、袁紹軍の最底辺に位置する収尸兵だった。
生き残るため、彼は偶然にも瀕死の名将・顔良と文丑を救い出す。やがて二人をはじめ、歴史の表舞台から見捨てられた兵士たちと絆を結び、理不尽な軍組織から身を守るため、自分たちの勢力を築き始める。
官渡の大敗、袁紹軍の崩壊を乗り越え、歴史には存在しなかった第四の勢力が誕生する。
その勢力には、顔良・文丑を筆頭に、蜀国の「五虎将」にも匹敵する独自の精鋭武将集団が誕生していく。
その道のりで出会うのは、運命に翻弄される漢献帝、洛神と謳われた甄氏、才色兼備の才女・蔡琰をはじめとする、数々の三国志の人物たち。
名将も、皇帝も、歴史に埋もれた人々も――それぞれの思惑と運命が交錯する中、無職青年は仲間との絆と現代の知恵を武器に、乱世を生き抜き、やがて天下を目指して成長していく。
これは、英雄になれなかった者たちが、新たな歴史を切り開く物語である。
第一節:自由の終わり、地獄の始まり
無職となった今、俺はようやく、誰にも邪魔されない貴重な自由を手に入れていた。
俺は、現代社会の職場に蔓延する醜悪な権力争いや、理不尽な責任の押し付け合いに、とうの昔に嫌気が差していた。
ブラック企業の後始末を専門とし、経営破綻した企業の最底辺で繰り広げられる醜態を嫌というほど見てきた「企業清算人(Chief Liquidator)」。
人事部(HR)との、まるで皮を一枚ずつ剥がされるような過酷な交渉を何度も重ねた末、俺はようやく最低限の退職補償金を手に入れ、会社をきっぱりと辞めた。
これからの人生は、一人静かに防波堤に腰を下ろし、釣り糸を垂らして過ごすつもりだった。
社会の「透明人間」となり、もう誰にも奪われることのない孤独と自由を、心ゆくまで味わう。
ところが、そんな穏やかな日々の、ある午後のことだった。
大雨が降り出す直前、川が海へと注ぐ河口付近で、俺は見事な銀色のスズキを釣り上げた。
竿を大きく振り上げた、その瞬間。
空の彼方で渦巻いていた巨大な積乱雲から、夜空を引き裂くような紫色の稲妻が突如として走った。
次の瞬間、世界はまばゆいばかりの白光に包まれた。
それが、俺の前世における最後の記憶だった。
――俺の、孤独だが自由な人生は、こんなにも短く終わってしまうのか!?
「おい! 起きろ! 死んだふりをするな、この役立たずが!」
耳をつんざく怒鳴り声とともに、右の脇腹に容赦ない蹴りが飛んできた。
その激痛で、俺は一気に意識を取り戻した。
顔は粘り気のある冷たい泥に押しつけられ、口の中には強烈な鉄錆の味――いや、血の味が広がっていた。
周囲には、嗅覚を麻痺させるほどの凄まじい腐臭が立ち込めている。
目を開ける。
ここは、いつも俺がのんびりと過ごしていた、あの小さな町ではなかった。
目の前に広がっていたのは、豪雨に荒らされた泥濘の戦場だった。
血に染まった大地、引き裂かれた軍旗、そして古代の甲冑を身にまとった無数の兵士たちの遺体。
手足を失った死体が山のように積み重なり、流れ出した血が泥水と混じって、細い川のようになっていた。
その傍らで、皮の鞭を手にした、いかにも粗暴そうな小隊長が怒鳴り散らしていた。
「何をぐずぐずしてやがる! 曹操軍の追っ手が来る前に、死体から使える武器と鎧を剥ぎ取れ! 一つでも取りこぼしてみろ。今日の飯を全部取り上げてやるからな!」
黄皮――それが、この男の名前らしい。
不思議なことに、男の身分も名前も、そして口から飛び出す粗野な古代の言葉も、俺の頭に入ってきた瞬間、何の違和感もなく意味を理解できていた。
(……なるほど。そういうことか)
(これが、いわゆる転生というやつか。俺は三国志の時代に来てしまったらしい)
(組織の末端を極限まで酷使するくせに、肝心の管理体制はまるで整っていない。この混乱ぶり……)
(兵士の命を使い捨ての消耗品としか考えず、上層部の無能な指揮による大敗の責任を、最前線の人間に押しつける……)
――嫌悪。
胃の中身をすべて吐き出したくなるほどの、強烈な嫌悪感だった。
ここは、前世で俺の精神を完全に壊した、あのブラック企業と何一つ変わらない。
西暦二〇〇年。
官渡の戦いの前哨戦、白馬の戦場。
俺は転生してしまったのだ。
しかも、王侯将相のような生殺与奪の権を握る立場ではない。
一時は天下に並ぶ富と兵力を誇りながら、歴史の中で自滅へと向かう運命にある袁紹軍。
その中でも最底辺に位置し、戦場に残された死体や使える装備を回収する、ただの消耗品――「死体拾い」だった。
頭が割れるように痛む。
それでも、前世のブラック企業で揉まれ、組織の最底辺で数々の後始末を引き受けてきた経験が、今の俺をかろうじて支えていた。
肉体が恐怖に震える一方で、頭だけは何とか冷静さを保っている。
俺は周囲の戦場に目を走らせ、目の前の状況を論理的に分析し始めた。
泥水に倒れた兵士たちの傷口。
飛び散った血痕の方向。
そして、地面に打ち捨てられた軍旗の向き。
(……おかしい。これは単なる敗走じゃない)
(傷口は正面と側面に集中している。それに、倒れているのはほとんどが袁紹軍の兵士だ)
(敵軍の誘いに乗って深入りし、待ち伏せと包囲を受けて壊滅した……そう考えるのが自然だ)
袁紹軍の指揮官たちは、敵を完全に侮っていたのだろう。
まるで前世のブラック企業に天下りしてきた高級管理職と同じだ。
現場の実情など一切見ようともせず、空っぽの自尊心だけを頼りに無謀な命令を下す。
そして、作戦が失敗すれば、責任を取らされるのはいつだって最前線の人間だ。
使い終われば捨てられる駒。
最後には、この冷たい泥の中で、誰にも顧みられることなく惨めに死んでいく。
――ふざけるな!
前世の俺は、ブラック企業が破綻する前に、何とか自分の退職補償金だけは確保して逃げ切った。
それなのに、今度は歴史的な破綻が約束された泥船に乗せられたというのか?
冗談じゃない。
俺は絶対に死なない。
この地獄のような最底辺から、何としてでも生き延びてやる。
三国志の時代に転生した、最も身分の低い一人の男。
その新たな人生における、最初の「後始末」の仕事が始まった。
――混乱しきった袁紹軍の中で、生き残ること。
それが、俺の第一の目標となった。




