33頁『玉座の上の贋作王』
「名前の確認を」
「……サトウ・ケイです」
「よろしい。陛下が中でお待ちです」
玉座の間の前には、俺がヨハン3世に謁見した際に立っていた衛兵がいた。
この兵士の仕事が玉座の間を警備することであるなら、中にいる者は紛うことなく王様なのだろう。
「……はぁ」
ため息まじりに覚悟を決める。
ここから先は、俺にとっては修羅場……あるいは正念場だ。
「――っ、――ふぅ」
怖気付きそうな心が、足の感覚を麻痺させる。
一歩でも長くそこに留まらせたい、なんて自衛本能が剥き出しになっている。
大きく鼓動する心臓を、再度息を吸うことで回復させる。準備が万端か、と言えばそうでもない。
けどそれは、この世界に来た時からそうだった。拉致同然に召喚された時から、俺は土壇場をその場しのぎで乗り越えて来た。
今回もそう。同じようなもんだ。やることは変わらない。
佐藤啓は――サトウ・ケイとして――自分自身という役割を果たしきる。
「……」
金の獅子の装飾がされた白い扉が開かれる。
開かれた扉から続く赤いカーペットの先、2段階段の上に鎮座している玉座。
俺の記憶の中では、ほんの1ヶ月前まで座っていた男は見当たらず、その息子である彼は、なんの躊躇も顔面には映さず、玉座の上に泰然と座している。
その瞬間に悟った。
今は、この男が王なのだ。
「どうした、サトウ・ケイ。近う寄れ」
毅然とした言葉が、俺の耳から脳裏を貫通する。
言葉遣いが、前に会った時の飄々としたものではなくなっている。
威厳のある低音の声に、扉が開かれてもなお動き出さなかった俺は、ハッと我を取り戻してつま先を動かした。
「――久しぶりですね、殿下」
「……」
初めて口を開いたかと思えば、これである。
ここにセバスがいたらと思うと背筋が凍るが、今この玉座の間は俺とフォルケの2人だけ。
そりゃフォルケも憮然としたような顔になる。
「一応、教えてやろう。“殿下”とは、王より下位の王族に対して用いる呼称だ。今、この場で俺に対して言っているのなら、それは誤用というものだぞ」
……あれ。もしかして俺が、そういうマナーに疎いって思ってる? この者にも知らないことがあるのだな、みたいな?
うん、甘い。
そんなフォルケの淡い期待を、俺は慇懃無礼な笑顔で完膚なきまでに打ち砕いてやった。
「へぇ。そうなんですか。それで殿下、この度は如何様な御用向きで?」
あくまでも直す気はないらしい。
そう悟ったフォルケはムッと唇を尖らせたが、すぐに思い直して機嫌を取り戻し、にこやかな笑顔を表情に宿す。
「……ふむ。其方も見下ろされるより、対等な目線で話し合う方がやりやすいか……。ではサトウ・ケイよ、話がある」
「話なら聞きます。暴力だけはやめてくださいね」
「お前の数少ない知り合いを人質に取った。返して欲しくば俺の下に付くがいい」
この王ほんとマジで嫌い。
「アスティとラグナルさんはそのためか……やり方に威厳がありませんね。それでも自称王なんですか?」
「ああ、自称王だとも。まだ戴冠していないからな。手段を問うのは2日後からだ」
2日後……クーデターが起こると言われた、本来の日付けか。
戴冠したのがその日だから、概要だけを知っているアワユキは間違えた、みたいな事はあるか。
「なるほど。王になってからじゃ、俺を取り込むことはできない、なんて思ったんですかね?」
「それもあるが、王になる前に其方の知恵が欲しいと思ったまでよ」
「過大評価ですね。俺は政治については、てんで知識がありませんよ」
「そうでもないだろう。其方の知識は、さながら異世界の書庫だ。存在しない本もあろうが、頼りにするのはそこにある本だ。朕は、その管理権が欲しい」
……相談役としての登用、ということか。
曹操に降った徐庶は、こんな気持ちだったのだろうか。あまりにも憎々しいが、ここまで周到に根回しをしたことを素直に賞賛したい。
……だが――
「仕える気はありませんよ」
「ほう? なぜだ?」
「偽物に付く理由はないので」
フォルケ王子の姿をした偽物、という意味ではない。
単純に、目の前の玉座の上の“自称ばかりの王様”の下で働く気はない、と言っているだけに過ぎない。
これは危機管理の問題だ。自分自身の安全を、他人との安らぎよりも優先して考えた結果なのだ。
「この状況で、その答えが出てくるか。豪胆かと思えば繊細というか……なんと言われるのが嬉しい?」
「別になんでもいいですよ、そんなの。俺には、俺なりの考えがあるってだけの話です」
主張としての筋は通っているはずだ。
散々、俺の周りの人間関係を引っ掻き回しておいて、その目的が俺の囲い込みだったなんて。
そんなの天地がひっくり返っても、俺の煮えくり返った腸が冷却される理由になり得ない。
王になる者の所業として相応しくなく、ならば俺がこの男を王として敬う理由はない。
「……」
俺の意見を聞き終えたフォルケは、黙り閉ざしていた口を開くと、ため息まじりの声音を出した。
「お前の言葉は、どうやら本気のようだ。確かに、此方もかなり無茶苦茶やってる自覚はある。故に、嫌われていても仕方なかろう、ともな。
――だが、どうやら、お前の想いはそこが本質ではないらしい。違うか?」
「……は?」
なんの話をしているのか。ないしは、何を言っているのかわからない俺は、玉座の上からの言葉を待った。
その玉座の上といえば、眉をひそめて、さながら不可解な生き物を見るかのような、疑念に満ちた視線を投げてきた。
「……ひとつ聞きたい。其方は――いや、サトウ・ケイは、この世界のことを如何に思っている?」
「この世界ですか? そうですね……まぁ、平たく言えば――」
平たく言えば、なんて枕詞を使ったが。そんなに言葉を平たくできる自信はない。
歴史とは人、人とは言葉だ。
異世界人である俺が、『この世界はどうだ?』という問いに出す解答は、濾紙を通さないままの評価になってしまう。
じゃあ、もう思ってることを言えばいいんじゃないか。
拉致されて、襲われて、命の危機に瀕し、大切だと思える人と出会い、友人ができたこの世界について。
だから、そうだな。平たく言えば――
「――滅びてしまえ、と思ってます」
この世界が嫌いだ。
俺から多くのものを奪った、この世界が嫌いだ。
多くのものを奪いかねない、この世界が嫌いだ。
剣や魔法が跋扈する、暴力的な世界が嫌いだ。
好きになる理由がない。嫌いになる理由しかない。
帰れるならばすぐにでも帰りたい。
けれど帰る手段がない。
しかも早い段階で目的も得た。与えられた。
だから帰る大義もなくなった。奪われた。
何もかも……0になった俺からすら、奪えるものを奪っていくこの世界が、どうしても――
――嫌いだ。
「……そうか」
そう小さく呟いたフォルケは、肩肘を肘掛けに突いて、片目を細めて俺を見ていた。
その様は、まるで、おどろおどろしい物でも見ているかのよう。俺が何か恐ろしい物にでも見えている、とでも言いたげなのか。
……失礼だな。
お前らが、俺を、こウしたンだろうが。
「なるほど。そこか」
「……? 何がです?」
「いや、なに。此方の話だ」
そう言って、俺の疑問をバッサリと切ったフォルケは、「さて、」と話題を変える。
「悪いな、話が逸れた。今もっとも大事なのは、お前が俺の下に付くか否か、ということだ。でないと、これまでの仕掛けも無駄になってしまうからな」
「いや、ですから付く気はないですよ……そもそも、なんで俺なんかが欲しいんです? ヘッドハンティングにしては、やり方が強引過ぎません?」
「それこそ簡単な話だ。先も言ったろう。朕は、国を導く知識はあっても、国を助ける知識はない。所詮は、不出来な贋作王。ぶりき仕立てのマリオネットに過ぎん。故に、知識を必要としているだけだ」
弱気だな。国を導く王様がそんなんでいいのか、という疑問を喉の奥へと飲み込んだ。
唾と一緒に腹の内へと、すとんと落ちたそれは、次のフォルケの言葉を聞いた瞬間、胃液の中で溶解した。
「それとまぁ、なんだ。アドルフ宰相の前で見せた気概は、他の誰にも真似は出来ないと思ってな」
「……えっ」
「あれは渡り人としての価値ではなく、サトウ・ケイ個人の価値と判断した、というだけの話よ」
一瞬、何のことかわからなかったが。アドルフ宰相、という名前の意味を噛み砕くことで、ようやく思い至った。
『……魔術“は”?』
『……ぁ、ぐぁ……』
ヨハン3世との初めての謁見の際。俺に掛けられた、アスティ曰く【告白魔法】。その神秘に抵抗した時のことを、フォルケは知っているらしい。
「……ご存知でしたか」
「この玉座に誓って言うが、朕は実際に見たわけではないぞ。父上が仰られていたというだけの話だ。なんでも、教育に興味があるそうだな?」
そこまで知ってるのか。参ったな。ヨハン3世はお喋りな性質だったようだ。
……いや、もうここまで来れば、2日後に予定されていたクーデターが、本当にクーデターなのかすら怪しい。
……まったく、なにが贋作王だ。確かに王冠はまだ被っていないようだが、それでも“君主”であることに変わりはないじゃないか。
「……どうした。連敗続きで気分が悪いか?」
「ええ、まぁ、はい。頭脳戦は俺の戦場だと思ってたんですけど、やっぱり俺は戦いに向いてないようです」
「それはそうだろう。朕は……いや、私は其方のそこを気に入っているのだ。戦闘向きの教師なぞ、その根本から存在意義を疑うものだろう」
まぁ、それはそうだ。異世界で無双に憧れていた俺だが、憧れと夢はやはり別物のようで。憧れを追えば夢は叶わず、その逆も然り。
俺は根っこの部分から、剣と魔法の異世界という存在に合わない人間らしい。
俺は天を仰いで息を吐くと――
「……、ッ……!」
ぴしゃり、と自分の両頬を引っ叩く。
突然の自傷行為にやや驚いた様子のフォルケ王だったが、顔を上げた俺の目を見て、狐のように微笑んだ。
……親父は狸で、息子は狐か。とんだ化け親子だ。
「――それで、陛下。俺には何をご所望で?」
「そうだな。まずは、悪巧みの手伝いを頼もうか」
◆◇◆◇
数分かけた作戦会議が終わった後、サトウ・ケイは玉座の間を退出して行った。
それと入れ替わるように入室してきた執事服の青年――セバスの姿を見て、フォルケはようやく脱力した。
「はぁ……なんか、貴族と話すより疲れたぞ、セバス」
「そうですか」
ぐったりと玉座にへたり込む主を前に、セバスの言葉は実に簡素だった。
まるで心配をしていない。
この転んでもタダじゃ転ばない主は、心配をするだけ無駄。それが長年、この主に仕える執事としての、当然の判断となっていた。
「……それで、父上は?」
「アドルフ宰相とルーシア連邦に出向されました。無論、内々の取り決め通り、秘密裏に」
「そうか。到着は、彼方の時間で明日の夕方、だったかな」
「はい。その予定となっております」
セバスの言葉に、フォルケは項垂れるように「ん」と頷いた。
先王ヨハン3世は文書上では既に退位し、王冠を自らその頭上から降ろしている。
無論、これは秘密裏に行われた政変であり、国外はおろか国内にも知られていない。
口外の事実とするのは、予定では2日後。
ルーシア連邦に向かったヨハン3世が、自ら考案した作戦の第二段階を完遂した時だ。
ちなみに第一段階は、上述した通り、フォルケ王子の戴冠準備である。
そして、問題の第二段階はといえば――
「ルーシア連邦の元老院、その最高議長の娘との婚姻同盟、か……はたして、上手くいくのか?」
「今代の最高議長は、10年前の内戦を経て議長職に就くほどの野心家です。現在のルーシア連邦が独裁的である以上、婚姻同盟という体裁だけなら上手くいくことでしょう」
今代の議長がどういう人物かは知らないが、
渡り人の世界にも、共和制の国家で権限を独占し、独裁政治を敷いていた人物がいるという。
その人物を模倣するならば、隣の仮想敵国は頼もしい味方に早変わりするはず。……まぁ、利権関連で一悶着はあるだろうが、そこはそれ。
国の命運を背負った父親の無事を願いながら、一息吐いたフォルケに、セバスは思い出したように言う。
「それで、彼の渡り人――いえ、サトウ・ケイはどうでした? お気に召しましたか?」
「ああ。あれは良い。実に、己の身分を弁えている。……少々、危なっかしいところはあるがな」
「危なっかしい……?」
「ああ。あれは、一言で表すなら“異常”だ。それも特級の、な」
フォルケの言葉に要領を得ないセバスは、どういうことだと首を傾げる。それが可笑しかったのか、フォルケは吹き出して笑う。
「ふっ……なぁ、セバス。お前は“召喚期”という言葉を知っているか?」
「たしか、時代区分の名称でしたか。帝国に召喚された渡り人が定めた、世界を変革した渡り人の召喚日を区分目安とした……」
「そう。現在に至るまで、それは4回起こった」
ひとつ、伝道師は世界を見つけ。
ふたつ、皇帝は四方世界を纏め上げ。
みっつ、軍人は世界を無限に分かち。
よっつ、賢人は黎明を告げた。
実際に定められたのは3つまで。
4つ目に関しては諸説あるが、カール王国内では『サツマ・ハヤト』の召喚が、第四召喚期の始まりとされている。
「……陛下、まさかとは思いますが」
「ああ。始まるぞ、第五の召喚期が。あの男が……我が臣下たるサトウ・ケイが、この世界に変革をもたらす」
そこまで気に入ったか、とセバスは呆れたが。事実、サトウ・ケイはカール王国内における軍事作戦の基本方針を変えた。
【飛行魔術】。
彼自身が開発したわけではないが、古に眠った知識を呼び起こし、この世界に空という戦場を作り出した。
これは紛うことなく、召喚されて1ヶ月も経っていない彼が起こした偉業だ。
そんな彼が、生涯をこの世界に捧げたらどうなるか。真っ当なこの世界の人間であれば、想像するのも難しい。
「たしかに、楽しみではありますね」
「ああ、そうだろう。……それとセバス、覚えているか? サトウ・ケイは、これまでの渡り人とは違う。ルールから逸脱した渡り人なのだ。これが楽しみでなくて何と言う」
「そういえば、そうでしたね。……10年後が楽しみだ」
10年後。その時まで生きているかは兎も角。
それでも今の自分はサトウ・ケイが為すだろう奇跡を、密かな楽しみにするのだった。




