表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

16/46

龍神様のお守り

「やだわ。歳を取ると涙脆くなるって本当なのね」


 もしもあの時別れていたら、子供たちはもっとのびのびと暮らせただろうか。別の生き方を見つけられただろうか。もっと人生を楽しめただろうか、それとも貧困に喘いでいただろうか。


 足湯に浸かりながら、涙が止まらなくなって足がふやけるまでそこに留まった。


 ふと気がつくと白い髭のおじいさんが隣にいた。同じように足湯に浸かっている。


 見事な口髭にちょっと目が惹かれて、涙が止まった。人がいるなんて気が付かなかった。恥ずかしい。


「気持ちいいずら?」


 ずら?と思いつつチラリと横を見ると、おじいさんがニコニコと空を見上げながら話しかけてきた。顔を見ないようにしてくれているに違いない。私は慌ててタオルを出すと顔を拭いて、それから足を湯から引き上げた。


「そうですね。いつまでも浸かりたくなっちゃって。足がふやけちゃいました」


「たまにはいいに。心も身体もふやかして、楽にならんと石地蔵のようになっちまうだに」


「あら。そこまでなるにはもっと悟りを開かなくちゃいけませんね」


 私には到底無理な気がします、煩悩だらけで、と笑って答えると、おじいさんは私を見る。青い目のおじいさんだった。水のようにきれいな青で、思わず見入ってしまう。色素の薄い瞳は、私を見ているようで見ていないような、焦点が合わないような、なんとも不思議な感じがした。


「清く明るく正しく生きるんが、人のあるべき姿だに。煩悩があっから人間ってのはええずら」


 おじいさんは静かに、諭すように私に言う。ちょっと訛っている分優しくて、なんだかすんなりと心に染み入った。


おらほ(おれは)湯と(ウナギ)と酒が好きでな。それを諦めろって言われたら、ごして(疲れて)死ぬずら」


「あはは。お風呂は、確かに。やめろと言われたら日本人じゃなくなりそうですね」


「そんなあなたにジジイから一つ、いいもんくれてやるわ」


 そう言うと、おじいさんは私の手をとってビー玉のようなものを載せた。おじいさんの瞳と同じ青。ビー玉というよりパワーストーンのようなものかな。


「水晶?」


「気休めのお守りだに。肌身離さずお持ちなさい。龍神があなたを守ってくれるずら」


「龍神さまの加護…」


「心がごした(疲れた)ら、湯に浸かるずら。ふやけたら、美味いもの食ってまた起きりゃ(立ち上がれば)ええ」


 おじいさんはやっぱり私が泣いている間、そばにいてくれたのかもしれない。情けない私を心配してくれていたのだろう。ここでまた人の優しさに触れて、涙が出そうになった。


「ありがとうございます。大切にします。私も美味しいものが大好きで、諦められません」


「それでええ。人生は短い。楽しく後悔の無いよう、生きるずら」


 おじいさんは立ち上がり、去り際に私の肩に軽く手を置き、ぽんぽんぽんと叩いた。


「おかしなこと、不安なことが起こったら、その玉を握り、”祓え給い、清め給え”と3回、短く唱えるずら」


 じゃあ、ジジイはこれにて退散、と言って今度こそおじいさんは歩き去っていった。



 しばらくぼんやりした後で、私は徐に立ち上がり靴を履き直し、大急ぎで諏訪大社へと戻っていく。


 心が軽い。


 身体も軽い。


 諏訪湖の水と同じ色の瞳。竜のような白い髭。


 多分、おそらく。おじいさんの正体は――。



「……(ウナギ)とお酒、お供えした方がいいのかしら」





 カリカリと見えない壁を引っ掻く黒猫の姿は、私の目に映らなかった。


岐阜の訛りってちょっとよくわからないので、なんとなくでご理解ください。すみません。

擬似日本のお話なので。(汗)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ