55 合同演習③
「あれがメイルが作った疑似魔物か……」
演習場で騎士と魔術士達が必死で戦う魔物を、観覧席のサーフが興味深そうに見つめる。
観覧席にはサーフの他、騎士団長のベール、4魔術士団長、宰相のミルド、そして大魔術士であるメイルとその護衛のダインがいた。
「はい! 黒蜥蜴の眷属を倒した時の魔力をほんの少し込めた魔石で作った疑似魔物君11号と12号です。可愛いでしょう?」
メイルが得意げにこたえる。魔石で疑似魔物を作るのは得意だが、今回の疑似魔物君11号と12号は中々の力作なのだ。
「あれが可愛いと感じるなら、お前の感性はおかしいぞ。なんだ、あの間抜けな腹立つツラは」
サーフはげんなりとした顔をする。疑似魔物君とやらは、身体が大きく恐ろしいが、何よりその顔つきがヤバかった。どこかどんよりした目。曲がった鼻。だらしのなく歪んだ口元。悪意をもって作ったとしか思えないぐらい、顔つきはどこか抜けていて茫洋としている。丹精込めて職人が作った筋肉の身体に、5歳児が悪戯で作った頭を乗せた様だ。ギャップが酷い。
「失礼な。顔だってちゃんと全力で作りました!」
メイルが反論するが、サーフは全く信じない。あんな顔、悪ふざけでなければ作れないだろう。
「陛下。あれは本気で作ってああなんですよ」
メイル付きの護衛であるダインも重々しく同意する。ダインは大魔術士隊に常駐しているため、鍛錬の時の疑似魔物は何度も見ている。アイツらは総じてあんな顔なのだ。
「……本気で、本気で作ってあの顔なのか? 冗談ではなく? あのなんとなく人を小馬鹿にしたような抜けた顔なのか?」
ダインの言葉に、サーフが愕然としてメイルに聞き返す。メイルが不服そうに頷くと、サーフは絶句した。
「人間、教育を受ければ最低限の絵心が備わると思っていたが、……そうでもないんだな」
「喧嘩を売っています? っていうか、顔は演習に関係ないですよね? 今の騎士団と魔術士団のレベルに合わせて疑似魔物君を作ったのに、そこを褒めて下さいよ!」
「スマン。あの顔のインパクトが凄すぎてな……。うん、顔以外を見る様にしよう。顔以外だな」
自分に言い聞かせる様にサーフが呟くのを、メイルは半眼で睨んだ。余計な一言多い。
「結構強いですねぇ。あの疑似魔物」
ミルドが感心してそう言えば、騎士団長であるベールは首を振った。
「そうでもないぞ。俺も試しに戦ってみたが、全く手ごたえがなかった」
ベールの言葉に、メイルは嫌な顔をした。
「ベールのオッサンの実力には全然見合ってないよ、11号と12号は。オッサン、ウチの子たちが手こずった魔力吸収型の疑似魔物も倒すでしょ? 魔力が一切ないくせに、力業だけで倒すってどういうことよ?」
魔力吸収型の魔物は、魔物の許容量を超える魔力をぶつけるぐらいしか倒し方は無い筈なのに、あろうことか魔力を一切持たないベールが、剣だけで倒したのだ。魔力で強化され刃物など通るはずのない魔物の皮膚を突き破るのだから、常識外であるとしかいえない。剣でぼっこぼこにされた情けない顔の疑似魔物を思い出して、メイルはなんだか可哀そうになった。
「魔力吸収型か」
火の魔術士団長ナフタ・サルーシャは顔を顰める。魔力吸収型はとんでもない魔力を持った、恐ろしい魔物だ。以前、大魔術士隊で実践演習を見せてもらった時に、4人の弟子たちが倒したのを見て以来、ナフタたちも疑似魔物を相手に演習を重ねているが、勝敗は5分5分だ。4人の魔術士団長が総がかりでもなかなか倒せないのを、騎士団長ベール1人で倒せるとは。魔力が一切なく、文字通り腕一本で騎士団長にまで上り詰めたベールと実力や経験の差があることは分かっているが、悔しさを感じた。
「いやいや、ナフタさんたちも魔力がここ2月で大分伸びたじゃないですか。成人して魔力を伸ばすって、大変なんですよ。杖の魔石も自力で4大竜を倒して付け替えたし。お陰で魔力吸収型にも対抗できるようになったじゃないですか。なかなか出来ないことですよ?」
落ち込むナフタにメイルが優しい声を掛ける。労わりと素直な尊敬の籠った言葉に、ナフタは子どもの様に頬を染めた。
「さすがジャイロ王国の誇る4大魔術士隊長たち。凄いですよねぇ」
にこにことメイルに笑顔を向けられ、水の魔術士隊長リアム・アジス、土の魔術士隊長モリス・ローグ、風の魔術士隊長シール・カルシスも揃って笑み崩れる。社交界では孤高だの近寄りがたいだのと、令嬢たちから熱い視線を集める隊長たちも、メイルを前にすると思春期真っただ中の男子の様だ。
「メイル殿が直々に稽古を付けて下さったお陰だ。更なる高みを目指すためにも、鍛錬の時間をもう少し割いて頂くと嬉しいのだが」
熱の籠った視線をメイルに向け、その手をそっと掬い上げて唇を落とすナフタに、メイルはうーんと首を傾げる。メイルの予定は弟子たちと大魔術士隊付きの文官たちによってガチガチに埋められている。これ以上時間を作るとなると、休憩や仕事後の時間を当てるしかないが。
「そうですねぇ。隊長たちの力を上げるのも大事ですから、なんとかして……」
「なりません」
ナフタに取られていた手を、自然に抜き取られメイルはミルドに抱き寄せられた。ナフタの唇が触れた箇所を丁寧にハンカチで拭い、ミルドはメイルを腕に抱いたまま、悔しがるナフタを睨みつける。
「メイル様のスケジュールは侍医であるジグ様の監修の元、組まれています。これ以上の余暇の時間を削るなど言語道断。またメイル様に無理をさせるおつもりですか」
理路整然と語るミルドに、ナフタは苛立たし気に眉を上げる。
「宰相殿? それでは毎日の様に組まれている貴方とのお茶の時間を削って頂いても良いのだが?」
「私とメイル様のお茶の時間は余暇の一部です。メイル様は見張っていないと無理をしてしまいますからね。お食事を取っているか、睡眠をとっているか、適宜休憩を取っているか。きちんと確認しないとすぐに別の予定を入れてしまわれます」
「う。ミルドさん。最近はちゃんと規則正しい生活をしているでしょう? そろそろ信用してくださいよ」
「おや。昨日は30分ほど就寝時間が遅れてたとサーニャから報告を受けております」
ほんのり笑みを冷たくしたミルドにそう言われ、メイルは首を竦めた。藪蛇である。昨日はちょっと寝つきが悪かったので本を読みこんでしまっただけだ。
「おや。寝つきが悪いと仰るのなら、毎日添い寝をした方がよろしいでしょうか」
「んー? 大変魅力的なお誘いだけど。たぶん気持ち良すぎて寝すぎちゃうと思います」
揶揄うようなミルドの言葉に、メイルは真顔で断った。なんせミルドとは魔力の相性が恐ろしい程いいのだ。横に居てくっついていたら、3秒で寝落ちできる自信がある。
今もミルドの腕の中に囚われているが、温かいやら魔力が気持ちいいやらで若干眠気が襲ってきている。メイルにとってミルドは安眠グッズなのかもしれない。
じっと真摯に見つめられて『ミルドさんがいないと眠れなくなりそうで困ります』と真面目に言われ、ミルドは狼狽えた様に目を泳がせた。
「おい、いつまでじゃれついておるのだ。少しは演習を見ないか」
呆れた様にサーフに注意され、ミルドは渋々メイルを手放した。
演習場では騎士と魔術士達が懸命に魔物に立ち向かっている。弱めに作った疑似魔物とはいえ、なかなかの奮闘ぶりだ。戦闘が続くにつれ、確実に疑似魔物を弱らせている。
「あれは『初級』の疑似魔物だったな、メイル。3チームでもなかなか討伐に時間がかかるものだ」
「でもトカゲ型の方は段々慣れて来て、『死亡判定』になる前に回復できるようになっていますよ。あそこまで流れができれば、後は回数をこなすのみです」
うんうんとメイルは満足そうにしているが、サーフは不満だった。なんせ、邪竜があの疑似魔物以上の魔物を率いてこの国を襲うかもしれないのだ。初級の魔物ごときで、手こずっていても大丈夫なのか。
「まあ演習をこなしてもらって、あのクラスの魔物を難なく倒せるようになったら大丈夫ですよ。実戦までには結界石を量産して魔物を弱らせて、魔術士たちには杖の強化、騎士たちには魔力剣の配布を行いますから」
邪竜軍の主力を叩くのはメイルたち大魔術士隊。ジャイロ王国の騎士と魔術士たちにはあくまでも国防を担ってもらう予定だ。首領である邪竜さえさっさと討ち取れば、邪竜の支配下を抜けた他の魔物たちは烏合の衆だ。そう討伐に苦労はしないだろうと、メイルは考えている。
「だがそれは、貴女に負担が大きすぎるではないのだろうか。やはり我らも共に、主力として戦った方が」
「そうだ。俺たちも貴女には及ばないが、出来うる限りのことはしよう」
「俺たちにも戦わせてくれ」
土の魔術士隊長、モリス・ローグが心配そうにメイルを見つめ、水の魔術士隊長、リアム・アジスが力強く宣言して、風の魔術士隊長シール・カルシスが熱心に言い募る。シールはちゃっかりとメイルの手まで握っていた。
「ふふふ、お気持ちは嬉しいですけど、魔術士隊長さんたちにはやはり守りを固めて置いてほしいです。その方が私も安心して戦えますので」
最悪なシナリオはアリィシャのお腹の子が奪われ邪竜が完全に復活する事だ。王宮内、特にアリィシャの周囲は結界魔術で守りをガチガチに固めているが、どんな妨害があるか分からない。実力も実戦経験もある魔術士隊長がたちが守りについてくれていた方が安心できるのだ。
「貴方たちではまだまだメイル様の足手まといです。自覚なさってください」
ぺいっとシールの手を引き剥がし、ミルドはメイルを魔術士隊長たちから隠す。宰相の暴言とその子ども染みた独占欲に魔術士隊長たちから殺気が飛ぶが、ミルドはどこ吹く風だ。
「お前ら、折角の演習なのだから、ちゃんと見ろ!」
サーフに叱責されるまで、宰相と魔術士隊長たちは睨みあっていたのだった。




